第20話 新歓コンパ②
私の頭の中は警戒心で警鐘が鳴りっぱなしだっだ。こういう時の頼みの綱は真子なのだが、真子は真子で他の男子に絡まれ、動けない状況だ。しかも今私の状況は最悪だ。両隣に男子がいて、その奥に真里奈がいる。周囲にも男子女子が交互に座っていて、決して女子たちも悪い雰囲気ではない。しかし私はというと両隣の男子達に全く興味がないし、いい気もしていない。むしろ酔った頭に何やら色々話しかけられ、正直警戒心しか湧かなかった。
「いやでも、奈々に彼氏が出来るとは思わなかったよなーっ」
「いやほんと、マジそれな。しかも俺らと同じ学生とかって、ほんと意外。奈々ってどっか金持ちの社会人捕まえて、学生なんか興味無いって感じだもんな」
彼らは本当に勝手な事を言っている。そもそも彼らに名前を呼び捨てにされる筋合いも無ければ、人の恋愛を勝手に語られたくも無い。なので私が文句を言おうとすると彼らの奥にいた真里奈が2人に冷めた目で話し出す。
「ちょっとここにも女子が居るんだから、いくら奈々が可愛いからって、ウザ絡みしすぎだって。少しは下心抑えないと、マジ犯罪になるわよ」
「何言ってんだ、こんだけ周囲が酔ってれば、多少の事は無礼講だって。何なら真里奈、お前もそれからお前のお友達もまた相手をしてやっても良いんだぜ」
「はあ?ふざけんじゃ無いわよ?私がした約束はここ迄よ。大体、こんな卑怯な事しか考えらんないあんたらなんかは、真っ平ごめんよっ」
真里奈は多少ギャルが入っているだけあって、凄んだ声は意外にドスの効いたものだった。しかし両隣の男子達は、さして応えた様子もなくニヤニヤしだす。
「はいはい、今日の所はこれで充分。真里奈グッジョーブッ」
「はは、確かに、それ言えてる。ああ真里奈のお友達、ガチでかっちゃんに惚れてるから、いろーんな画像持ってるみたいだぜっ。俺らもちょっとおこぼれ貰ったし、だからお互いウインウインじゃね〜」
私は酔った頭でこれは本当に不味い奴だと、この場から逃げなければと顔を青くして立ち上がろうとする。
「痛っ」
すると立ち上がろうとした私の腕を隣の男子がキツく握り、私は思わず顔を顰める。
「おっと、奈々どこ行くの〜、夜はこれから、当然二次会行くっしょーっ」
「当然、当然っ、いかない訳ないじゃんっ!今日はオールで寝かさないよーっ」
私は握られて腕の痛みとその嫌らしい笑みに、思わず怯えてと嫌悪で押し黙ってしまう。嫌だ、こんな奴らに触れられるのも、今こうして腕を握られているのでさえ気持ち悪い。そしてなにより、折角圭介との関係が少しだけ近づいてきたのに、こんな奴らの為にその日々が失われるのが怖かった。私は酔った頭で何とかこの場を切り抜けようと考えるが、酔った頭は全然働かず、むしろ抱いた恐怖が私の心を一気に浸食する。
『ああ、やだ……、け、けーすけ……』
恐怖に怯えた私は、絶望に染まる気持ちに思わず目を瞑る。
「痛っ、てめえ、何すんだっ」
不意に腕から痛みが無くなり、腕を握っていた男子の声が響く。
「人の彼女の腕、勝手に握っておいてお前こそ何してんの?」
恐る恐る私は目を開くとそこには隣の男子の手を捻り上げる圭介の姿があった。
「おう、奈々、迎えにきたぞ」
その声はさした緊張感もなく、ただいつもの面倒臭そうな圭介だった。
◇
時間は少し前に遡る。
俺はバイト先で着替えを済ませて、少し控え室で寛いでいた。今日はこの後、明美さんと餃子を食べに行く約束をしている。俺がコンコンと餃子に対する愛を語っていたら、すっかり明美さんも餃子が食べたい口になってしまったらしい。幸い明日は休み。ニンニクを気にせず過ごせる。なので明美さんもついて来る事になったのだ。
そして明美さんが着替え終わるのを待っているのだが、そこで俺のスマホがブルッと震える。きたのは通話ではなくSNSのメッセージ。送り主は健で俺はスマホを覗き込む。
「おっふ」
思わず漏れ出るうめき声。厄介だ、ああ面倒臭い、ああダルい、五七五で感想を思い浮かべたくなる位面倒臭い。俺はこれから餃子を食べたかったのだ、そう、餃子が食べたかったのだ。大事な事なので2度繰り返したが、そう言う気分だったのだ。するとそんな事を考えていた俺の元に着替え終わった明美さんがやって来る。
「圭介、あんた変な顔してどうしたの?」
俺の絶望に満ちたこの表情を変な顔と明美さんは一蹴し、俺が見ていたスマホ画面を覗き込む。すると明美さんは妙にサバサバした表情で、俺に最後通告をする。
「ありゃりゃ、あーそう言う事。じゃあ、私は今日は一人餃子と決め込むわ。そういう事なら仕方がないでしょう?」
「おっふ」
スマホ画面に表示されていた健からのメッセージはこうだ。
『今、真子からメッセージがあり、酔っ払ったから迎えに来いとの事。因みに奈々も酔っ払い中で、私共々迎えに来なければ、お持ち帰りされちゃうよ、清水君にもメッセージ入れといてねだと。取り敢えず店の前で待ち合わせな」
因みにメッセージの下に店のURLがご丁寧に貼ってあり、行かないという選択肢が1mmも存在しなかった。
「圭介も偽とは言え彼氏だからね〜、こればっかりは私も泣く泣く諦めるわよ。うん、圭介の分まで餃子堪能させて貰うわ」
「くっ」
明美さんは涙のかけらも見せずにニマニマした笑顔で、そう言ってくる。俺は心の底から悔しげな表情で、明美さんを見る。そしてそこで大きな溜息を一つ吐くと、とぼとぼと健との待ち合わせ場所へと向かうのだった。
そして店の前までつき、見慣れたガタイの良い男を見つける。健だ。あいつはあいつで俺と同様に気怠そうだ。しかもうっすら髪が濡れている。
「おう、……あれ?風呂上り?」
「ああ、バイト終わってシャワー浴びて、さあ寛ごうと思った矢先だ。ある意味嫌がらせなタイミングだな」
「飯食った?」
「コンビニ弁当が手付かずで部屋に残ってる」
おお、流石は同志よ、俺は同じ境遇の不幸な友人の肩に手をおく。
「ならこの後餃子食べようぜっ」
「うーん、この空腹のタイミングでその単語は結構くるな、ただ酔っ払いどもが餃子の匂いに耐え切れると思うか?」
「ははっ、酒を飲んだら締めはラーメンだろう。そう言うもんだろ?」
「圭介、お前天才だな。いやこの場合、鬼畜というべきか。……ただ悪くない」
健は俺の意見にニヤリとする。そして2人でガッチリと握手を交わし、酔っ払いどもの回収へと店に入る。そしてレジの近くにいた店員さんに奈々達のサークル名を告げて、場所を確認する。うーん、流石は新歓である。その場は酒に溺れた学生達で、混沌と化している。
「健、真子ちゃん見つけたか?」
俺は相棒に声をかけて、その回収物を見つけたかを聞いてみる。すると健からは返事はなく、少しイラついた表情で指をさす。あーあれは確かにイラッとする。真子ちゃんが酔っ払っているのは分かる。しかし両隣に男子を侍らせ御満悦そうにしているのが頂けない。まあ健が迎えに来るのを見越して、楽しんでいるのだろうけど、あれはイラッと来るだろう。俺は健が真子ちゃんの方へ向かって行ったのを見て、自分の担当案件を探す。
あっいた。これまた少しイラッとくる光景。奈々は男子2人に絡まれて、軽くビクついている。何がイラッとってビクついているのが、イラッとするのだ。元々奈々は気の強いタチだ。酔ってなければ払い除けるくらい平気でするのだろう。でも酔って頭が働かないのか、隣の男子達が軽く悪い所を見せているのか分からないが、気弱な面を覗かせていた。正直、来て良かった。お持ち帰り云々をそれ程心配してた訳ではないが、これなら強引に連れて行かれてもおかしくはない。
なので俺は迷わず奈々の腕を掴んでいるその手を捻り上げる。不意打ち上等、酔っ払い相手に手加減する必要もないだろう。
「痛っ、てめえ、何すんだっ」
うーん三下感半端ないな。まあ痛いのは痛くしてるんだから仕様がないが。
「人の彼女の腕、勝手に握っておいてお前こそ何してんの?」
俺はここで己の正統性を目一杯アピールする。幸い奈々は痛がった顔をしてたので、多少相手を痛めつけても周囲的には問題無い。むしろどいつもこいつも酔っ払い。周りになんか気を配っていない。
「おう、奈々、迎えにきたぞ」
奈々は呆気に取られた表情で、でも少しずつ状況を理解したのか、ホッとした表情を見せる。むしろ収まらないのは両隣の男子だ。目の前で獲物を掻っ攫われるのだ。当然俺に対しいきり立つ。
「おい、テメエ何勝手な事言ってんだっ、サークル以外の部外者がしゃしゃり出てくんじゃねーっ」
「そうだ、そうだ。部外者は引っ込んでろっ」
うーん、酔っ払い。こいつらアホだろう。周りが全然見えてない。
「ああ、君たち奈々の何?ぶっちゃけただのサークルの知り合い程度だろ?俺は奈々の彼氏、分かる?少なくても奈々の側にいる権利くらいはお前らよりあるんだけど?」
「うっうるせーっ、でも部外者だろうがっ」
「はいはい、別に彼女の迎えに来るのにサークルの奴の許可が必要か?マジそんなサークル、ドン引きなんだけど?あ、ねえ君、そう思うよね?」
俺は近くにいた1年生っぽい女子に声をかけて、同意を求める。因みにこの女子はもちろん未成年なので、お酒は飲んでいない……ぽい。うんこればかりは場の雰囲気に当てられているかも知れないので断言は出来ない。そんな彼女は案外しっかりした口調で俺の意見に同意する。
「えっ、あ、私ですか?あーはい、彼氏さんが迎えに来るのをサークルの人が拒否するのは違うと思いますけど……って、あれここのサークルそんな感じなんですか?」
「ははっ、俺今絶賛拒否られてんだけど、マジヤバいんじゃねこのサークル。こりゃ奈々も辞めさせるしか無いな」
「えーっ、宮城先輩居なくなるなら、1年生結構このサークル辞めますよ、あっ私も辞めます」
するとそのこの周りの1年生達も私も私もと同意してくる。すると奈々の両隣にいた男子たちは明かに自分達の失態に気付き始める。
「いや君たち、ジョーダン、冗談だよ?うちのサークルはオープンだからこんな事で拒否ったりなんてしないよ」
「そうそうっ、冗談だよーっ、なー分かるでしょ」
いや今更感が半端ない。どうやらここの席の騒動が軽く周囲に波及して、男子に対する女子の反応がかなり悪くなっている。すると奈々の奥にいた少しギャルの入った女子が大笑いを始める。
「アハハッ、あんたらちょーダサイ。完全に奈々彼氏の圧勝じゃない。ハハハッ、このサークルももうダメね、あんたらの所為で1年生はいってこないわ」
その女子、なんか豪快な奴だな。お陰で両隣の男子達は「やっべかっちゃんに殺されるっ」とかめっちゃビビってる。誰だ?そのかっちゃんって?俺はそんな彼らを尻目にしれと奈々の側にいき、その顔を覗き込む。
「ほら、奈々、ボーッとしてないで帰るぞ。それとも酔っ払い過ぎて立てないか?」
すると奈々は徐にガバッと抱きついてくる。
「ウオッ」
俺は慌てて、奈々を抱き止めて何とか体勢を整える。そして俺の胸に顔を埋めながら、奈々はボソッと呟く。
「今日は圭介ん家泊まるから」
「はいはい、そうなると思ってるよ」
俺は半ば諦めの境地でそう言う。周囲の女子達の好奇の目が痛い。うん、本来なら全力で偽彼氏ですからっと叫びたい所だが、少しだけ奈々の温もりにホッとしている自分もいるのだった。
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