第16話 奈々の好み

「うまーいっ」


 結局3時手前になり、ようやく昼食に俺はありつけた。今はマックではない、お洒落なハンバーガー屋に来ている。この店、確かにテレビでも紹介されるように従来のハンバーガーとは一線を画す程、ボリューミーであり、上手い。ただお値段もマックよりもかなりボリューミーなので、そこは要注意だ。学生身分ではちょっとランチにとは言えない。

 店にも綺麗目な格好のお姉さんやら勝ち組風なお兄さん、中には金髪な外人さんなんかもいる。うん、こう言う所は偶に来るのが良いな。うんうん、などと舌鼓を打ちながら満足そうにハンバーガーを頬張る俺を見ながら、奈々もポテトをひと摘み。因みに俺とは違い奈々はこの店にいても際立つ容姿で、外人さんあたりに軽くウインクされてたりする。流石は外人さん、ウインクすら絵になっている。しかし奈々はと言うとそれには気付かず、俺を見て満足そうな表情を見せる。


「今日は納得出来るものが買えたから、ちょー楽しかった。ちゃんと3割増しでかっこよく見えるんだから、着てよね」


「ああ、ありがとう。いや思ったより安く良いもの買えたから、素直に感謝しかない。これなら持ち合わせての服とも合わせやすそうだし、マジ助かるわ」


 俺もそこは素直に感謝する。値段もそうだが、何より着回しが効くのが嬉しい。これだと組み合わせ次第で、同じ格好っていう印象もなくなるし今ある服も無駄にならないからだ。


「ふふーん、でしょう?ちゃんと圭介の普段の格好も計算に入れたんだから、もっと褒めてくれても良いわよ」


 まあこれで昼がおやつの時間で無ければ、大満足なんだが、でも今は俺もお腹が膨れただけあって、心にゆとりがある。なのでそれを笑顔で合いの手を入れる。


「いよ、流石、大学のアイドル!この難攻不落!!」


「ちょっ、その変な言い方辞めなさいよっ。何その難攻不落ってっ」


 慌てたように俺の合いの手を遮る奈々。あれ?奈々の奴、映えある二つ名持ちの癖にその二つ名を知らない?俺は不思議そうな顔になりながら、二つ名の説明をしてやる。


「あれ?奈々お前、周囲の男に難攻不落って言われてんの知らないの?これまで星の数程の男達をにべもなく振ってきた正に難攻不落の城、奈々城の城主にあるまじき発言だぞ?」


「何よその奈々城って……、まあでも言いたい事は分かったわ。周りの男子、そんな事言ってんのね。だから男子は嫌いなのよ」


「ははっ、まあ俺も最近知ったんだけどな。でもなんか格好良いじゃん、難攻不落。なんか無駄に強そうで」


「くっ、今度私をその変な渾名で読んだら殺すわよっ。ん?……あれ、でも圭介は最近まで知らなかったの?友達いないの?」


「友達くらいいるわっ、人をボッチ扱いすんな。まあ、健達の話だと俺は難攻不落の対象外らしいからの、話が回って来なかったらしいが……、まあ、今もだけど奈々に1番近い男子らしいからな」


 俺は別にボッチではない。クラスやバイト、サークルでも友達はいるし、話す奴もいる。あれ?アイツらダチだよね?俺実はハブにされていたりしないよね?俺は急に自分の交友関係に不安を抱きつつ奈々を見ると、目に前の奈々はニヤニヤ顔で俺を揶揄ってくる。


「まあ圭介は私にとって確かに対象外だけどね。彼女がいた時は、変な気起こされる心配は無いし、今は何てったって彼氏役だから、くっついていても良い相手だしね」


「くっ、俺はお陰で周囲の女性関係がズタズタだけどな。あっ、お前を狙っている男子にも嫌われているのか?ん?よくよく考えると俺、悲惨じゃないか?」


「女性関係はそもそも圭介対象外だったでしょ?最近まで彼女持ちで今も私がいるもの。まあ対象外が対象外のままだと言うだけの話よ」


 確かに奈々の言う通り。彼女がいてちょっかいを出してくる勇者はまずいない。いても困る。これがラノベなどで彼女がいなくて好意を持つ女子がいる展開ならば、ハーレムルートもあり得るのだが、鈍感系モテ男でも無い限り無理だろう。そもそもそんなにモテない身としては、関係無いが。くっ悔しくなんか無いんだからねっ、と自虐に溺れている俺にニシシと奈々が話しかけてくる。


「そんな悲惨な圭介君だからこそ、この奈々様が付き合って上げてるのよ。感謝しなさい」


「いや、これ元々奈々の頼みだよな?付き合ってるのは、俺の方なんだが……」


 完全にマウントを取りにかかる奈々に対し、冷静に反応する。そもそも振られたばかりの俺は、女子と付き合う気すら無かったのだ。まあ今はある意味リハビリみたいなものだった。


「むーっ、圭介は私の彼氏じゃ不満だって言うの?」


「別に不満では無いが、デメリットが大きいのも確かだな。まあ俺も今すぐ誰かと付き合うとか余り考えられんから、別に良いけど」


「なら良いじゃない。私にはメリット大きいしね。それにこうして圭介と一緒にいるのも楽しいし」


 奈々はそう言って柔らかくフニャリと笑う。こらっ、そういう笑みはやめなさいっ、ちょっとドキッとするだろうがっ。俺は内心で無防備な奈々を見てこれの何処が難攻不落なんだかと心底思いつつ、目の前にあったポテトをパクッと頬張るのであった。


 ◇


 そしてその日は店を出た後、少し街をぶらついて帰路につく。帰りの電車は生憎席が埋まっており座れない。俺と奈々は仕方がないので、入り口付近の手摺りを背に立っている。時間的には18:00を回ろうかという所で、帰っても良いし、もう一軒どっか行ってもというタイミングであり、奈々にどうするかを聞いてみる。


「奈々、もう疲れたから帰っていいか?」


「ん?圭介の家でのんびりするって事?」


 おっふっ、奈々さんまだ遊び足りないの?結構日中歩き回って、ヘトヘトじゃないんですか?しかもさも当然の様に家に着いてくる気満々。あれ?この子無警戒過ぎやしないかい?


「奈々、男はみんな狼さんなんだぞ?わかるか?ガオーッて襲われちゃうんだぞ」


「何それ、圭介、私の事襲うの?あっ、奈々さんの色っぽさにクラクラきちゃうんだ〜、そうか、そうか、圭介には奈々さんは刺激が強過ぎるのか〜」


 ウザい、ウザ過ぎる。人が親切3割、面倒臭ささ7割で助言してやれば、調子に乗りやがって。ん、3割しか優しさに振ってないのが悪い?だって疲れてんだもーん、家帰ってのんびりしたいじゃないかっ、なのに家にくる気満々ってどういう事?


「はぁ、じゃあどっかで晩飯がてら飲みに行くか?家の最寄の駅で良いだろう?」


「その後圭介ん家に行って良い?」


 おっふ、駄目だ。くる気満々だ。クッ、奈々の奴、セカンドハウスにする気満々じゃねーかっ。


「因みに明日の授業は何限から?」


「私一限から。だから圭介ん家の方が都合が良いの」


「馬鹿なの?奈々、馬鹿な子なの?なんで休み明けに一限なんて入れてるの?そんなのぜってーブッチしちゃうじゃん」


「えっ、でも週末圭介と遊んだり、バイトしたりしたら圭介ん家に行けば良いんでしょ?寧ろ私的には圭介と付き合えて、チョーラッキーなんだけど」


 ああ神様、このアホな子に他人《ひと》の都合と言う言葉を教えてあげて下さい。貴方が休みの度に家にくると俺の貴重な休みが削られる事を教えてあげて下さい。俺は切実な目で奈々を見るが彼女は全く気にしていない。


「いや、ラッキーじゃないよね?計画的な犯行だよね?セカンドハウスにする気満々だよね?いや、流石に俺も男だよ?間違いが無いとも限らないよ?」


「ああ、私の清い体を圭介が蹂躙するのね……、なら責任者を取って貰わないと。圭介、示談金は100万で良いわ」


たけーわっ、微妙に金額が生々し過ぎるわっ」


「あらある意味私の過失もあるのだから、そこは1割に負けて上げたのよ。元値は1000万だから」


 おまわりさ〜ん、ここに美人局がいますよ、痛いげな大学生がカモられてますよーっ、俺は内心で全力で逃げ出したい気持ちを抑えて、救済処置を求める。


「さ、裁判官っ、それは執行猶予が付きますか?又はなんとか金銭以外の示談条件を求めます!」


「あら、簡単な示談条件はあるわよ?私を惚れさて本物の彼女にすれば良いんだもの。流石に本物の彼女ならそういう事をしてもおかしく無いでしょ?」


 そこで俺は渋い表情になる。奈々が俺に惚れる姿が想像つかない。それにそもそも奈々の好みがわからないのだ。


「因みに奈々の好みの男性像は有るのか?そういやあ、あんまりそういう話を聞いた事無かった」


「ふぇっ、こ、好みの男性は……その……目の前に……ゴニョゴニョ……」


 何やら声が小さくなり、よく聞こえない。惚れさせろと言っておいて、好みの男を説明するのに照れられても困るので、もう一回聞いてみる。


「いや聞こえないんだが。奈々お前はどんな奴が好きなんだ?」


 今度は聞き逃さないよう顔を近づけて、俯く奈々の顔を覗き込む。すると奈々は何やら顔を真っ赤にさせて狼狽たかと思うと、逆ギレをかます。


「うっ、うるさいっ、それも含めて考えなさいよっ、このバカッ、朴念仁っ」


「ええ……、今時使わねーぞ、朴念仁……」


 呆れる俺を他所に、キレた奈々はそっぽを向いて、それでも結局は俺の家まで付いてくるのだった。

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