第17話 撃墜王

「ふぁぁ、眠い……」


 俺は眠い目を擦りながら、ボーッと窓の外を見る。4月も後半に差し掛かり、日差しは大分暖かみを増している。日曜日に奈々とデートをし、その後大学のある駅の駅前の居酒屋で軽く飲んだ後、奈々は当然の様に家に着いてきた。まあそこまでは諦めも付いていたので、結果を受け入れていたが、問題はその後で有る。


 いざ寝るとなって、再び一緒のベットでご就寝。因みに皆さんに言っておきたい。年頃の女子と同じベットに密着しながら寝て、色々持て余さない男子はいない。俺は自他共に認める一般的な男子だ。勿論その例に漏れず色々持て余す。これは仕方がない、仕方がない事なのですよ。

 じゃあ実際に手を出すべきかと考えると、それとこれとは話は別で友達で且つ自分を信用している相手に対し、迂闊な行動も取れない。1回目は正直、こんな事早々ないだろうとそれほど意識をせずにやり過ごせた。しかし今回はと言うと、1回目で安心したのか、奈々のパーソナルスペースが近い。ええ、近いのですよ。しかもそれを計算せずにやっているものだから、タチが悪い。お陰で俺は理性を総動員しなければならず、夜も中々寝付けなかった。

 人間、意識すると駄目だね。良い匂いや柔らかい感触、無防備な表情は尽く人の理性を削ぎ落とす。俺は結局、ささやく悪魔の告げ口を押さえ込み、今日の朝にはぐったりとしながらも悪魔の囁きに勝利しました。うん、俺偉い、マジで褒めて欲しい。

 そして朝、俺は午後授業、奈々は1限目と言う事で、悶々としたものを吐き出し、ぐっすり午後まで寝るつもりだったのだが、奈々から一言、「圭介、一緒に学校に行こうよ」と誘われる。俺は速攻お断りを入れるが、奈々さんは連れて行く気満々で、俺のささやかな抵抗など聞く気を持たず、結局仲良く登校してしまう。そして今、うつらうつらしながら、時間を潰しているのが、この状況だった。

 因みにここは学校内の図書館。俺は窓際の陽射しが差し込む席をキープし、本を斜め読んでいた。因みに内容は全く頭に入ってこない。俺はもう一度大きな欠伸をして、伸びをする。


『駄目だ……、コーヒーでも飲みながらタバコでも吸うか』


 俺は見ていた本を片付け、そのまま図書館を出ると屋外にある喫煙場所へと向かう。折角天気が良いのだから屋内で篭ってタバコを吸うよりかは至って健全だ。屋外にある喫煙場所はやや離れた場所にあるが、眠気覚ましにも丁度いいとその場所に向かう途中、見た事のある女子を見かける。


『あれは……、三枝さん?』


 先日の飲み会で良い意味でも悪い意味でもお世話になった三枝さん。一瞬挨拶だけでもしようかと思ったが、隣に男子がおり、その彼が一生懸命話しかけている。ナンパとかなら間に入ろうかとも思うが、三枝さんも相槌をしており知り合いのようなので、そこは敢えてスルーする事にする。まあ所詮、前回飲み会で少し話した程度の間柄だ。別に無理して話しかけるまでもないと、やり過ごそうと彼女に背を向け自販機にお金を入れる。そして三枝さんへの意識が完全に抜け落ちたところで、背後から声が掛かる。


「セーンパイ、おはようございますっ」


「うわぁっ」


 驚いた弾みに何か変なボタンをおしたようで、ガタンッと飲み物が落ちてきた音が聞こえる。


「ええっ、ミルクティー?しかも熱い奴……」


 分かるだろうか?冷たい飲み物を買おうと思って暖かい飲み物を選んでしまったこの悲しさを。しかも、しかもだ、よりにもよって甘ったるいミルクティー。俺は牛乳が嫌いだ。勿論ミルクも嫌いだ。なんとなく口の中に纏わり付く感じが嫌い、口周りが白くなるのも嫌いだ。ただシチューは好きだ。いやあれは牛乳も入るかもしれないが、ホワイトソースだ。牛乳カテゴリでは断じてない。そんなどうでも良い事を考えながら、俺は事の元凶の方へと顔を向ける。


「先輩、今日結構あったかいのに、HOTなんですか?」


「いや、誰のせいでHOTを選んでしまったと?し、しかもよりにもよってミルクティー」


「えー、ミルクティー美味しいじゃないですか。私好きですよ、ミルクティー」


「ちっ、ならプレゼント、俺は冷たいコーヒーが飲みたい」


 そう言って俺は熱々のミルクティーを声の主にに放り投げる。


「あっつ、あ、あっつ、せ、先輩鬼ですかっ、女子に投げつけるもんじゃないでしょっ!?」


「失敬な、投げ付けてなんかいないだろう。ちゃんと手のひらで受け取れる様にコントロールして渡しただろう」


 そう優しい俺は敢えて暑さの感じる手のひらに投げたのだが、三枝さん、ナイスリアクション!俺は表向き平然と答え、再び自販機にお金を投入し冷たいコーヒーを選択する。そして悠然とコーヒーを飲み一言呟く。


「美味い」


「先輩、正に鬼畜ですね……」


 そう呟くのは後輩の三枝さん。そう先程スルーしようとした彼女である。するとそこにもう1人、先程三枝さんに積極的に話しかけていた彼が、声を掛けてくる。


「お、おい、三枝、この人誰だ?」


 それは警戒と敵意を含んだ声だった。俺は彼の方に目を向けると軽くこっちを睨んでいる。うーん、今のやり取りを総合的に考えても睨まれる要素は無いと思うんだがと内心思いつつ、三枝さんの返答を待つ。


「えっ、この人は圭介先輩よ。見ての通りただの鬼畜ね」


「おいコラッ、誰が鬼畜だっ」


 しまった。うっかりノータイムで突っ込んじまった。そんな俺の突っ込みに三枝さんは大爆笑。そして隣の彼は不満げな様子だ。これはキチンと関係性を説明しておくべきだろうと、俺は隣の彼に話しかける。


「俺は春日圭介、経済学部の2年だ。あー、三枝さんとは偶々飲み会で一緒になっただけの関係だから、そう警戒するな」


「ひ、酷いっ、膝枕までしてあげた仲なのにっ。私との事は一夜限りの遊びだったって言うのっ」


「おいコラッ、微妙に事実を交えつつ誤解を招く様な事を言うなっ、あ、俺と三枝さんは別にやましい関係では、一切ないからなっ」


 定番通りとは言え、今この場で1番して欲しくないボケを三枝さんはかまし、俺は慌ててそれを否定する。いやだから、そんなに睨むなっ。彼女のロケットには一切触っていないからっ。三枝さんは先程の仕返しが出来て満足したのか、そこでドヤ顔で隣の彼にフォローする。


「ふふっ、田中君、ちょっと睨むのやめてあげて。先輩の言う通り、今のところただの先輩後輩だから。あっ膝枕は本当だけどね。先輩、彼は私の同級生で田中総司君、因みに彼氏でもなんでも無いから安心して下さいね」


 おっと、三枝さんのフォローとも言えないフォローに、田中君は微妙にダメージを受けている。俺はそんな田中君の肩に手をやり、一言励ます。


「まあ頑張れ」


 そんな俺の優しいフォローに田中君は苦虫を噛み潰したような渋い表情を見せ、隣の三枝さんは呆れた表情だ。


「先輩、本当に鬼畜ですね」


 いや、元はといえば君が原因だからね?俺はそんな彼を応援しているだけだから。俺は他人事の様にそう呟いた三枝さんにジト目を送るのだった。


 ◇


 さてこの奇妙な会合はこの後暫く続き、今は喫煙所近くのベンチで何故か駄弁ってたりする。


「えっ清水さん、あの難攻不落の彼氏さんなんですか?」


 そう驚きの表情を見せるのは先程三枝さんに止めを刺された田中総司君。あの後、彼の誤解は解けて何故か彼の質問責めに俺はあっている。いや、奈々の二つ名が入学間もない1年生にまで広まっている事に俺は驚きなんだが、と我が偽彼女に俺は軽く戦慄する。


「えっ、奈々の奴、1年にももう名前が知られているの?」


「は、はいっ、まず学食で見かけた時に流石に大学生の女子はレベルが高いと感動しました。その後、いくつか新歓に参加した時、先輩達に聞いてみたらその名前を教えてくれたんです。うおー、清水さんすごいっす。マジ尊敬ですっ」


「いや、確かに奈々は見た目良いけど、別に普通だぞ?まあ男嫌いの傾向はあるが、別に男友達も居ないわけじゃないしな」


「その見た目が凄いんじゃないですか。なんか女子アナとかにもなれるレベルというか、洗練された大人というか」


 ふむ、奈々さんは一般的にやはり大分高い評価なんだなと今更ながらに俺は思う。まあただそれならそこにいる三枝さんも同じ様なものだと思うがと、その事を聞いてみる。


「ふーん、まあ見た目が良いのは認めるけどな。でもそれなら三枝さんもそうなんじゃないのか?見た目なら奈々にも負けんだろう?」


「ははっ、流石は清水さん、お目が高い。三枝は今年の1年の中でもトップクラスの女子ですからね。既に撃墜王の異名すら持ってますから」


「ふぇっ、え、なにそれ?聞いた事無いんだけど?」


「ほほーう、撃墜王の二つ名持ちか。確かに類稀な攻撃力を誇っているからな。ああ、ある意味納得だ」


「えっ、先輩、納得しないでっ、私全然強くないしっ」


「ですよね。俺も撃墜された男の1人ですから。所詮俺なんか、群がる虫ケラの如く、蹴散らかされるだけなんです」


「まって田中くん、それ被害妄想だよっ、私虫ケラなんて思った事無いよっ」


 ボケる俺らに対して、三枝さんは全方位で突っ込みを入れる。少しいじめているみたいで悪い気にもなるが、それ以上に美少女が焦る姿が可愛らしい。うん、これは鬼畜だな、でも楽しい。すると田中君も同様に思ったのか、此方は少し感動した面持ちだ。


「おおっ、三枝が変な警戒する事なく自然に接している、清水さんマジっぱねえ……」


 田中君それは違うぞ、みろあの三枝さんのこっちをみる蔑んだ目を、あれは確実に鬼畜野郎と思っている目だ。これは好かれる事を前提としない諸刃の剣だ。君、確実にそういう対象外になっちゃうぞっ。


 しかし田中君は三枝さんに気付かず喜んでいる。俺は内心で合掌しつつ、今後の彼の検討を祈るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る