第14話 マウントの取り合い

 日曜日。世間の皆んなはまだダラダラ過ごしているだろう時間、朝10:00という早い時間に俺は駅前に来ていた。アパートからは駅迄歩いて20分以上はかかる。すると遅刻しないようにと考えて、家を出るのは9:30前。ああ、海賊王を目指す番組をうつらうつら見る至福の時間が徒歩に費やされていく。それでも約束は約束。遅れないように出かけるあたり、我ながら律儀だとは思うが、溜息の一つも溢れるというものだ。


『10:00はちょっと早いだろ……』


 ああ金髪マッチョな芸人の毒舌が恋しいなどと思っている所で、背中をドンッと叩かれる。


「いてっ」


「朝から辛気臭い顔してないで、明るく振る舞ったらどうなの?あ、おはよう」


「いや叩く前に挨拶してくれ、まあ、おはよう」


 俺は痛む背中に不満げな顔を見せながら、奈々に文句を言う。そして奈々と向き合った所で、唖然とする。いや確かに今日はデートという事なのだが、あれ、やけに気合入ってませんかというくらい、目を引く服装だ。胸元がV字のニットに丈の長いロングカーディガンを羽織り、首元にスカーフを巻いて、下はスキニーのジーンズにかかと高めのヒール。何処ぞのファッションモデルもかくやの格好だ。元々ショートで線の細い奈々に似合ったお姉さん的な格好で、薄い化粧も素材の良さを引き立たせるようで、思わずドキッとする。


「ふふーん、あれれ、圭介、もしかして私に目を奪われている?もしかしてこんな美人とデート出来るなんて、とか思っちゃったりしてる?」


 そう言って挑発してくる奈々。俺はそれが事実ではあるのだが、迂闊に認める訳にはいかない。なのでそこで謎に負けん気を発揮して、その挑発を利用する事にする。


「ああ、正直美人すぎてびっくりしたっていうか、正直感動した。奈々、お前、マジで可愛いな」


 ここでのポイントは茶化す事なく、テレる事なく言うのがポイントだ。あくまで自然にそして真摯に奈々の目を見てニコッとする。


「ふぇっ」


 すると俺の予想通り、奈々の顔が見る見る赤くなる。奈々は見た目が良いのでその手の事は言われ慣れている。ただし世の中の男は大抵が、それを真剣に言えない。茶化したり、テレたりするのが常だ。そうすると奈々自身に警戒や嫌悪感が生まれ、その言葉をあしらう方へと会話が進む。しかし今は、正直そう思ったのもあって、素直に気持ちを込めたせいでダメージがデカい筈だ。奈々は赤くした顔と共にプルプルと震え出す。


「ほら、そろそろ移動しようぜっ、此処にいてもデートは始まらないぜ。今日は俺の彼女なんだろ?」


 そして俺はダメ押しとばかりにその手を取って恋人繋ぎにし、男らしく誘導する。ふふふっ、伊達に元彼女持ちではないのだ。経験値で言えば、奈々には負けない。俺は心の余裕を表すように自然な笑みを浮かべる。すると一方の奈々は、惚けた顔で完全にフリーズ状態だ。あれ?これで良かったのか?俺は未だ再起動しない奈々を見て不安がよぎる。


「圭介、……ば、ばか……。そんな風に言われたら、ドキってするしか無いじゃない……」


 可愛らしく何とか奈々はそう零すと、真っ赤な顔を俯かせて俺の胸にくっ付ける。しまったーっ、やり過ぎたっ。ま、不味いっ。此処まで奈々を惚気させるつもりは無かったっ。慌てた俺はどう軌道修正すべきか必死に頭を悩ませる。そして奈々に掛けた言葉が思った以上に動揺したものとなる。


「あ、いや奈々さんや、いや、えっとそうくっつかれると、いや、その……」


「その?」


 残念ながら奈々の表情は見えない。彼女のおでこが俺の胸に押し付けられているからだ。だから俺は失態を犯す。


「いや、その嬉しいんだけど、ちょい恥ずかしいというか、テレるというかでして……」


「ほほう、圭介はテレると。可愛い奈々さんにくっつかれて、ドキドキしてしまうと。ふふーん、その言葉頂きましたっ」


 すると奈々はしてやったりの満面の笑みで、顔を上げる。あれ、さっきまでに赤ら顔は何処へ行った?今度は俺が唖然とする番だ。さっきまでは確かに俺が主導権を握っていたはず。なのに今は奈々の方がマウントをとっている。


「はっ、あっ、奈々お前っ」


「フフフッ、何時迄も圭介にやられっぱなしじゃないわよ。私にだって、圭介を慌てさせたりドキドキさせたり出来るんだからね」


「くっ」


 確かにやられた。迂闊にもドキドキしたし、慌てもした。ただ俺はそれ以上に安堵する。奈々を友達と思っている俺は、あの甘酸っぱい状況から普段の奈々との距離感に戻った事により安堵したのだ。


「はぁ、悔しいが一勝一敗だな。仮の彼氏である以上、勝ち過ぎるのも問題だからな」


「あら、圭介は私にメロメロになっても良いのよ?私的にはその方がが気兼ねないし、そんな圭介の姿も見てみたいしね」


 俺のは完全に負け惜しみ。そして奈々のは完全に上から目線であり、俺はそれにイラッとしつつも、何とかやり返す。


「おう、まあせいぜい頑張れ、いくら可愛いからって、そう簡単には落ちないからな」


「あら可愛いって言ってくれて有難う。それにそのセリフ、なんかチョロイン見たいよ。完全な負けフラグ?」


 くっ、そんな可愛い顔で楽しげに笑うなっ、俺は内心で悪態を吐きつつ何とか顔を背ける事で精一杯の虚勢を張るのであった。


 ◇


 その後俺達は移動をし、新宿に到着する。何故新宿?俺の大学の沿線上で1番大きな街なのが単に新宿だからだ。ルミネも伊勢丹も丸井もある。その他ファストファッション系の店舗も多数ある。そう今日は奈々に連れられ服を買いにきていたのだ。因みに奈々の荷物持ちではなく、俺の服をだ。


「うーん、こっちも良いけど、これも良いよね〜」


 そう楽しげに服を選んでいるのは奈々だ。俺は時折服を見せられ、背中を向けてサイズを合わせたり、羽織って見たりと着せ替え人形だ。確かに奈々の服のセンスはお洒落なので、選んでくれるのは有り難いのだが、その気合の入り方が尋常ではない。先程から店舗を回っては目星を付けてまた別の店へと渡り歩く。11:00前には新宿に着いていたので、かれこれ2時間は歩き回っていた。


「奈々、腹減ったよ〜う」


 俺は流石に弱音を吐く。因みに自分で買う服は大抵通販だ。わざわざ出掛けなくてもいいし、何より安い。よそ行きの服は元カノチョイスの服があるので困らないのだが、そこが奈々にはお気に召さないらしい。


「んー、もう一軒、もう一軒回ったらお昼にするから」


 俺は大きく溜息を漏らし、大袈裟に両手を上げてジェスチャーする。


「OHー、ナンテコッタッ」


「それ次にしたら殺すわよ」


 キッっと睨んだ奈々は恐れ慄く俺を見て鼻を鳴らす。既に昼を大分過ぎているのに、この所業。コイツは鬼だと俺は確信する。


「そもそも何でそんなに服に拘るんだ?正直余り違いが分からんのだが」


「何でって、彼氏には格好良くしてもらいたいじゃない。圭介だって、可愛い彼女の方が良い訳でしょ?」


 さも当然のように奈々が言う。まあ中身が大事と言うのは確かに詭弁だ。やはり中身も外見も良いに越した事はない。勿論、可愛さを感じる要素は人それぞれなので、俺が可愛いと思っても、周りが可愛いと思うかは人それぞれだが。


「まあ奈々クラスになると、多少変な格好でも個性扱いされそうだけどな。俺クラスは努力も必要か」


「相変わらず圭介は自己評価低いけど、普通にモテると思うわよ。あっ、彼女がいなければだけどね」


 くっ、偽の彼氏役である俺はモテないと言う現実である。おかしい、俺騙されている!?


「それって俺にメリットなくないか?ああ、俺のキャッキャウフフのキャンパスライフを返してくれっ」


「何言っているのよ、この私と付き合えるのよ?これ以上のメリットないじゃない。文句あるの?」


「くっ、ポンコツの癖に偉そうにっ。いつか世間に奈々のポンコツっぷりを暴いてやるからなっ」


 しかし奈々は俺の悪態もどこ吹く風だ。結局は引き続き奈々に連れまわされるまま、付き従うしかない俺であった。



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