第7話 同伴出勤

 俺は明け方、右手の痺れを感じて、眉間にシワを寄せる。


『あれ?なんか狭っ、ん?何だ、この柔らかい感触?』


 寝惚けた俺は、何やら上がらない右手と体に感じる柔らかい感触に違和感を覚え、激しく動揺する。ただ薄目を開けたところで、状況を思い出し、体の力を抜く。


『ああ、奈々がいたんだっけ』


 そう言えば、昨日腕枕をした所までは覚えている。奈々は本人が言う様に、寝相は悪いほうではなく、確かに余り動いてはいない。ただ少しだけ、俺に密着しているだけだ。


 奈々は今、頭は俺の腕の付け根に乗せつつ、その手は俺に抱きつく様に寝ている。密着している分、柔らかい感触もするくらいだ。うん、これは不味い。奈々の柔らかさも、女子らしい甘い香りも、非常に不味い。何より普段気の強い奈々が、無防備に寝ているその寝顔が、非常に不味い。


『何これ、俺を殺す気なの?』


 それくらい無防備の奈々は可愛かった。まあ確かに外見は多くの男子が言い寄る位の容姿だ。俺の友達目線でも普通に評価出来る。ただ今の彼女は、それ以上だ。うん、やっぱ俺を殺す気だ。これで勘違いして手を出そうものなら、確実に殺される。こんなに無防備に密着して寝ているのに、一切手は出せない。やはり殺す気だろう。


 とは言えいつまでこの状況に甘んじないといけないんだろう。今日の俺の授業は1限。動き出しは必然と早くなる。


『ん?今何時だ?』


 俺の部屋には時計がない。テレビだったり、スマホだったりが、時計がわりだ。俺はスマホ何処に置いたっけと動かせる左手の範囲でスマホを探すと、コツンとそいつが手に触れる。


「おっ、あった、あった・・・・・・、げっ8:30・・・・・・」


 手に触れたスマホを掴んで、待ち受け画面に表示された時間は既にギリギリの時間。今跳ね起きて、急いで準備すれば、間に合うかも知れないが、横目で奈々を見ると気持ち良さそうにスヤスヤ眠っている。


『ああ、あかん。一限は諦めるか』


 俺はそう思い、9:00にアラームをセットして、再び目を閉じた。



 俺と奈々は2人並んで、学校迄の道のりをのんびりと歩いていた。隣を歩く彼女は上機嫌。


 結局俺は、セットしたアラームの力を借りて、奈々を叩き起こし、何食わぬ顔で、目覚めた体を装い、そして朝食をのんびり食べた後、コーヒーも振る舞った。そして身支度も整えて、今現在に至る。ちなみに午後からの授業である奈々には、授業の時間迄家にいても良いと言ったが、一緒に行くと言われたので、ついてきている。


「普段、学バス乗ってるから、こうして歩いていくのって、新鮮」


「まあただの住宅街だけどな」


「確かにね。でもやっぱ楽しいよ」


 奈々はそう言って、上機嫌な笑顔を見せる。まあたまに違う街を歩くのも、楽しいものではある。今歩いているのは、俺には歩き慣れた道ではあるが。


「そういえば、授業までの間は、どうするんだ?」


「うーん、サークルの溜まり場にでも行ってみようかな。圭介の授業って、専門科目でしょ?それだと潜り込めないし」


「まあ知らない奴がいれば。普通にバレるな」


 専門科目は、学部専門の必修科目だ。人数も少数精鋭であり、先生にも普通にバレる。奈々は違う授業を選択しているので、一見さんお断りである。


「なら教室まで一緒に行って、チヤホヤされてから、サークルの方に行く。授業終わったらラインして。お昼一緒に食べよう」


「奈々のそのシレッと俺の環境破壊をしようとするその行動力に、軽く戦慄するんだが」


「こういうのは鉄は熱いうちに打てよ。先送りにしたって、いい事無いんだから」


 そりゃ奈々にしたらそうなのだろう。とは言え、俺としたら、自分の首を締める事だ。なので、なんとか回避するべく話をする。


「奈々さんや、俺とお前が普通に教室行っても付き合ってる感って、無理じゃね?チヤホヤされなくね?」


「えっ、そ、そうかな?」


「少なくてもクラスでは友人関係って認識されてるからな。普通に奈々がいるで終わる気がする」


 フフフッ、悩み始めた。とは言え、言ったことは事実だ。恐らく普通にクラスへ行ってもノーリアクションだろう。それならあえて一緒にクラスに行かなくても問題ないと考えるに違いない。


「むむ、なら手を繋いで行くっ」


「はぁ?」


「だっだから、手を繋ぐって言ったの。ほら圭介、左手出してっ」


「いやキレ気味に言われても......」


 そう言って右手を差し出す奈々の右手を眺めながら、呆れた声を出す。ただ放っておくと、さらにキレそうだ。俺は渋々ながら左手でその手を繋ぐ。ああそうか、恋人ならこっちの方が良いかと思い、握り方を恋人繋ぎに変える。


「くっ......」


 あれ苦悶の声?俺は奈々のその表情を見ると、みるみる顔が赤らんでくる。


「奈々さんや、その顔でクラスに行くと、違う意味でチヤホヤされるぞ」


 顔を赤らんめテレる奈々の表情は、これまでの奈々のイメージとは真逆のウブなそれだ。正にギャップ萌である。これはこれで、男心をくすぐるのだ。


「べ、別にテレてないしっ、顔もちょっと暑いだけだしっ、ま、負けてないんだからっ」


「お前は一体何と闘ってるんだ?」


 奈々は無駄な負けん気を発揮して、テレてないと主張するが、これは駄目だろう。ただ俺としては、これで俺の環境破壊は完了するなと、内心で溜息を吐くのであった。



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