第6話 寝る場所

 さて、奈々が風呂が入っている内に、寝る場所をどうするかを考える。まあ奈々が偽ではなく本当の彼女なら、ベットで一緒に寝る一択なんだが、所詮偽である。一緒に寝ようかなどと言ったら、どんな猛攻にさらされるか分かったもんじゃない。そうなると、俺は、絨毯替わりにひかれたラグマットの上で寝るしかないのだが、もう四月だが、夜は十分寒い。一応タオルケット的なものはあるので、それを掛けながら寝るが唯一の選択なのだが、流石に寒いだろう。


『暖房つけっぱなしで、厚着で寝るしかねーか」


 普段寝る時に空調は消す派なのだが、今日はしょうがないだろう。元々他に選択肢もない。圭介はテレビの電源を入れて、お笑いのコント番組を見ながら、そう結論付ける。


 奈々はやはりシャワーだけだったようで、思ったよりも早く上がり、圭介に声を掛ける。


「シャワー、有難う。圭介も入るんでしょ?」


「ん、ああ。入る入る」


 圭介はそう言って、着替えを持って立ち上がる。奈々はブカブカの圭介のスエットを手足のところで、折り曲げて、タオルで髪を拭いている。まあ奈々の髪はショートなので、ほっといても乾くのかも知れないが、そのまま寝たら風邪をひくだろう。圭介は気を使って、棚からドライヤーをとって渡す。


「ほら、髪乾かさないと風邪ひくぞ。ああ、鏡とかは、姿身使ってくれ」


「フフフッ、至れりつくせりだね。流石は元彼女持ち」


「うるせー。まあアイツもここに来たのは2回だけだ。女なんかそれ以外来たことねーよ」


 やろうが集まってゲーム大会とかは、冬に何度か合ったが、女子を連れ込んでなどはない。まあそんなことするほど、広くもなければ、部屋を汚したくないのも本音だったりする。


「なら私が貴重な2人目ね。もう二度と女子が来ないかも知れないから、感謝しなさいね」


「まあ、今のところ事実だから、仕方がないが、ほっとけ。風呂入る」


「はいはい、いってら~」


 そう言って、鏡の前に陣取って、鼻歌交じりにドライヤーをかけ始める奈々。俺はそれを眺めながら、この噂が広まれば、本当に女子を呼ぶような機会が来ない事に気がつき、驚愕しつつ洗面所の扉を閉めた。


 俺がシャワーを浴び終え、部屋に戻ったところ、奈々はベットの前にチョコンと座りながら、のんびりテレビを眺めていた。


「あっおかえりー」


 奈々の間の抜けた声。少し眠たげだ。俺はおうと声だけ返して、ドライヤーを使い髪を乾かし始める。そして鏡越しに奈々を見ると、ウツラウツラしている。俺は髪を乾かし終わって、ドライヤーを片付けると、奈々の傍まで言って、声を掛ける。


「奈々、眠いならベットで寝ろ。歯磨きしてないなら、歯磨きして寝ろ」


「んん、歯磨きはもうした・・・・・・。あれ、圭介は何処で寝るの?」


 寝ぼけた目を擦りながら、いつもの何倍もおっとりした口調で奈々はしゃべる。当然、今はすっぴんで、化粧が濃い方ではない奈々でも、化粧を落とすと少しだけ、幼く感じて、なんだか可愛らしい。


「ああ、俺は床で寝る。布団の予備なんてないからな。だから奈々はベットで寝ろ」


「むむ、駄目。私が床で寝る。今日は私が無理にお願いしたんだから、私が床。圭介はベットで寝て」


 流石に無理に部屋に泊まりに来たことに後ろめたさがあるのか、そんな殊勝なことを言ってくる。とは言え、流石に女子を床に寝かせて、自分はベットとか、鬼畜過ぎるので、その案は却下だ。


「いや、掛ける布団もないから、ベットで寝てくれ。俺は、ダウンとか厚着をして寝るから、何とかなるけど、奈々だと風邪ひくだろう?」


「なら、一緒にベットで寝よ。私寝相には自信があるから、大丈夫」


「はあ?いや流石にそれは、不味いだろう。俺も一応男子というか」


 まあ手を出す出さないは、酒ガフンッガフンッ酒の空気に充てられている訳でもないので、抑える事はできるが、狭いベットの上、多少の接触は発生してしまう。自称清い体の奈々さんには、ハードルが高いのではないだろうか。


「勿論、エッチィのは禁止。でも少しくらい触れちゃうのは気にしないわ。それ位は彼氏彼女でしょ。別にいいわよ」


「と言いつつ、心なしか顔が赤いのは、気のせいか?いや、本当に無理してとかなら、逆に気を使うから、ちゃんと言って欲しいんだけど」


「もう、別に大丈夫っ。ほら、圭介壁側、ほら、奥に寝て」


 そう言って、奈々は俺をベットの奥に押しやってくる。そして明かりをけし、自分もベットに横になると、同じベットの中、一つの布団を共有する事態がやってくる。


「フフフッ、なんか不思議ね。圭介とこうして一緒になって寝てるなんて」


「奈々、お前なんか楽しんでるだろう?さっきまでの眠気は何処へいった?」


「あら、眠いのは本当。今も目は瞑っているしね。でも楽しいって言われるとそうかも。なんか修学旅行の時みたいで」


 俺は暗がりに少しだけ慣れてきた目を目の前の奈々に向ける。確かに彼女は目を閉じている。っていうか、睫毛長っ。っていうかなんか良い臭いもする。ただそれ以上に柔らかい表情をしている事に、胸がドキッとする。


「ああ、修学旅行で男子生徒が遊びに来てもしたか?」


「ううん、私の部屋は女子だけ。でも女子同士で、夜遅くまで恋バナするの。時々先生が見回りにきて、ドキドキして、でも楽しかったな~」


 ちなみに俺は、彼女のいる部屋へと遊びに行き、途中、先生に見つかって正座させられた口だ。それはそれでいい思い出である。


「ふーん、まあ俺と一緒のベットにいる事がその良い思い出と同じ気分というのは、かなり申し訳ない気がするけどな」


「圭介は、私の中の圭介の評価を見くびり過ぎよ。結構いいのよ、圭介の評価。少なくてもこうして一緒のベットで寝てもいいと思えるくらいには、評価しているのよ、圭介の事」


 正直、そういって貰って嬉しさはあった。それが友達としての評価だったとしてもだ。だからだろうか。俺は、偽の彼氏ではあるものの、少しだけ彼女の彼氏っぽい事をしてみたくなった。まあ嫌がられたら、止めればいいだけだ。


「なあ奈々、ちょっとだけ頭を上げて」


「こう?」


 奈々は何の疑問も持たずに、素直に頭を少しだけ持ち上げると、俺はそこに右腕を差し込む。奈々の頭が俺の腕にのりその手が俺の胸に振れる。


「ふぇ、えっ、腕枕・・・・・・」


 暗がりでわからないが、清い体が本当なら、奈々の顔はきっと真っ赤になっているだろう。俺はちょっとだけ悪戯心が満たされてニヤリとする。


「ほらっ、彼氏の役得って奴だ。この方が、ベットが広く感じるしな。まあいやなら言ってくれ。元に戻すから」


「フンッ、べっ別にこれくらい平気よ。嫌って程じゃないから。ほら、私はもう寝るからね」


 暗がりの中で、俺には見えないが、なんとなく彼女の嬉しそうな雰囲気を感じて、俺は、ほっとして奈々と同じように目蓋を閉じて、知らぬ間に寝息を立てていた。

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