第4話 奈々の本音

 これは私にとって、一世一代の大きな出来事だ。


 なぜなら人生で初の男子の部屋へのお泊りだったからだ。確かに最初から泊まるつもりでいた。泊まるつもりで覚悟を決めないと、決してこんな大胆な事などできないからだ。


 私と圭介の関係は所謂、ただの友達だ。お互い異性ながら、気兼ねない会話を交わせる友達らしい友達。ただ私はその友達らしい友達をずっと演じてきた。本音は彼が好きだからだ。でもそれは打ち明けられない。なぜなら、彼には彼女がいて、彼が彼女を大好きだと知っていたからだ。


 私はただの友達であれば、圭介の傍にいられるから、それを演じた。そうしないと圭介には彼女がいたので、避けられると思ったから。


 圭介と別れた彼女との関係は、圭介から聞いて良く知っている。ラブラブな関係、圭介も彼女の事が本当に好きだとわかる表情をする。だから羨ましかったし、妬ましかった。私は男子に興味がない振りをし、時に圭介を笑い、彼女を褒め、場合によっては、アドバイスまで送り、彼の友人役を務めあげた。ただそれは正直つらい道だった。


 好きな人の違う相手に送る好意をまじかで見るのだ。私の心はだんだん荒んでいき、諦めの言葉が漏れるようになった。


 そんな時ふとしたきっかけで、佐藤先輩に声を掛けられた。イケメンで女子にも人気のある先輩ではあるが、さして興味は湧かなかった。でも1度だけデートに付き合った時に偶然友達に発覚した。そこから噂が広まって、結果、試しで付き合う事になってしまった。私が圭介の事で荒んでいたので、魔が差したのだ。


 本音を言えば、それは失敗だった。佐藤先輩といても嬉しくも楽しくもない。相手の好意も圭介の彼女に対する好意とはどこか違う。相手の事を想うような優しい感じではなかった。


 そんな時、圭介から彼女に振られた話を聞いた。青天の霹靂だ。バイト終わりの何気ない会話の1つとして、圭介は私にその事を打ち明けてくれた。凄く寂しそうな笑みを浮かべて。本当なら何か、慰めの言葉でもかけた方が良かったのだろう。でも私がした行動は、大爆笑。うん、今思い返してもかなり酷い。大分、酷い奴だ。でも私は止められなかった。それは圭介を笑ったわけでは決してない。圭介を振った馬鹿な彼女を笑ったのだ。それはそうだろう。だって、圭介を振ったのだ。馬鹿としか言いようがない。あんなに彼女の事を気に掛け、遠距離なのに幸せにしよう努力していた圭介を振ったのだ。私が羨ましくて仕方がなかったこのやさしい圭介をだ。しかもこの失礼な大爆笑をした私に、気が楽になったとまで言ってくれる圭介を振ったのだ。


 そしてそれは私にとって、最大のチャンスが訪れた事を意味する。私の実らない片思いが実るかもしれないチャンスだと。ただ私と圭介は、何処までいっても只の友人関係。このままいてもそこから発展しないだろう。それに圭介は、きっと直ぐに誰かに見染められる。彼女持ちだから除外されていたが、いないなら興味を持つ子は絶対にいる。私はまだ見ぬライバルに戦々恐々とする。


 私は、見た目に反して、経験値がまるでない。彼氏がいたこともないし、男子と付き合った事すらない。言い寄られる機会は少なくは無かった。むしろかなり多い。だけどそこが、私を臆病にさせた。だって、2、3度会話した程度の人が、平気で告白してくるのだ。次第に私は、男嫌いになっていく。


 でもそんな私に警戒を抱かせず、普通に接してくれたのが、圭介だ。勿論、圭介に彼女がいて、他の女性に興味がなかったのもあったのだろう。私に対してもぶっきら棒で、愛想のない態度だったが、時々私を全肯定してくれる優しさを見せてくれる。それが堪らなく嬉しくて、ついつい甘えてしまう。今思い返しても、私はチョロいのだろう。勿論、圭介に対してだけではあるが。ただそのチョロさは、圭介との関係を変える事には役に立たない。


 だから、私は、一計を案じた。先に形だけでも彼女になれないかと。そこからは、自分でも予想外だが、トントン拍子だった。佐藤先輩と別れる口実で、偽彼氏の役をやってもらう。実は、計画はここまで。彼氏役をやってもらった事で、少しでも私に興味をもって貰えたら程度の策だった。所詮、経験値のない私には、その程度しか、思い浮かばない。


 でも、そこから話が広がった。なんと佐藤先輩の活躍?で私と圭介が付き合っているとの話が広がったのだ。ちなみに佐藤先輩に対しては、同情しない。だってあの人、他に女友達沢山いるし、私の事も振られたのが悔しいだけで、本当に好きでいてくれるかも怪しいからだ。


 私は、その彼の行動を利用する事にした。真子に問い詰められた時、圭介と付き合っていると言ってしまったのだ。ちなみに圭介の事を根ほり葉ほり聞かれたので、つい本音で惚気ちゃったのは、ご愛嬌だ。だって好きなところなら、いくらでも説明できるから。


 そして今日は、バイト先に来る前に、男子に呼び出されたので、そこでも圭介が彼氏なので付き合えないと喧伝する。それはもう、あっさりと、そしてバッサリと言った。そうなると私としては後戻りはできない。元々私は後戻りしたいと微塵も思っていない。むしろ、圭介がどういう反応をするのかだけが、不安だった。


 正直、圭介には、迷惑でしかない。実際には彼女でもない只の友達。すべては私がしでかした事なのだ。私が一人で解決しろと突き放されるかもしれない。むしろそうするのが普通だろう。少なくても私だったらそうしてしまうかもしれない。でも、もし万が一、圭介が、偽の恋人をOKしてくれたら、私はもう止まらない。止められない。それは私に優しくしてくれた圭介の罪だ。チョロい私を落としてしまった圭介のミス。そして運命の瞬間が訪れる。


『まあそうしないと、奈々が困るんだろ?そもそも最初に受けちゃった手前、ここで放り出すのも後味悪いしな』


 そう圭介はミスを犯す。彼に恋い焦がれる1人の女性に、優しくするというミスを。私は、内心歓喜する。偽とはいえ、圭介と彼氏・彼女の関係になったのだ。だから私はもう止まらない。止まる気がない。やっぱり圭介は優しい。私の事を考えて、許してくれた。


『やったっ、本当にいいのね!圭介優しい、愛してる!なら今日圭介のうちに泊まるから』


 落した爆弾。圭介は意味が分かってないだろう。私は建前の回答を答えつつ、内心では恥ずかしさで一杯だった。もう賽は投げられた。偽とはいえ、彼氏と彼女。なら、後は偽をとちゃえば良いだけ。恋愛経験0のポンコツだけど、形があるなら、頑張るだけ。


 見てなさいよ、圭介!絶対メロメロにしてやるんだから!


 後で圭介が聞いたら、ポンコツの癖にどうやってメロメロにするんだとツッコミを入れそうな事をやる気に満ちた私は、考えていた。



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