第3話 噂
奈々の別れ話に付き合った数日後、俺は大学内にある喫煙所にて、授業の合間の空き時間を潰していた。隣には大学に入って友達になった
「でもまさか圭介が宮城と付き合うようになるとわな」
友人の何気ない一言。俺は何を言っているのか理解できず、もう一度話を聞き返す。
「ん?何だって?」
「あぁ?だから圭介と宮城が付き合ってるって話だ。そうなんだろ」
そんなの今更俺達の間で隠すなよと言わんばかりの口調だ。いや待て。そんな事実は微塵もないんだが。俺は何でそんな話になっているのかが気になり、平静を装って、健に聞く。
「そのソースは?」
「は?」
「いや何処からそんな話を聞いたんだって話だ」
いつにも増して真剣な口調で聞いてくる俺に対し、怪しむような目を向ける健だったが、素直に返答はしてくれる。
「何だ?まだ秘密だったて事か?まあ俺は真子から聞いた。アイツ宮城とサークル一緒だろ?なんかそこで何とかって先輩に聞かれたらしいんだ。その時、宮城が来て、私達の邪魔をするような事しないで下さいって啖呵切ったらしいぞ。だから付き合ってるんだろうと思ったんだが、違うのか?」
おっとイケメン佐藤先輩、まだ諦めて無かったのか。3年付き合った俺なんか、すっぱり別れたってのに、まあ未だに未練は有るけど、会ってはいない。まあ物理的距離の問題ってのもあるけど。ちなみに真子は健の彼女だ。ソースはそこだったか。
それより俺の事より今の現実。さてこれはどうしたものかと思い悩む。
「うーん、なんて言ったら良いのか。付き合っているいないで言えば、付き合ってないけど付き合った事になってると言うか、そんな感じ?」
「さっぱり分からん。真子の話だとその後、彼氏の惚気を大分聞かされたって言ってたぞ?それを聞いて確信したって、真子言ってたし」
「はあ?惚気?」
惚気という名の罵倒と間違っているんじゃ無いだろうか。まあ同じサークル内だからバレないように、演技したとかか。チッ、ここで健にバラすかどうか、迷うじゃねーか。
俺は心の中で悪態をつく。勿論そんな事は知らない健はニヤニヤと冷やかしモードに入る。
「まあ付き合いたてなら惚気の一つや二つ出るだろう。良いねぇ、甘酸っぱくて」
一ミリも甘酢ぱくない自分と奈々の関係を思い返して、俺は顔を歪ませる。
「うるせーっ。余計なお世話だ。取り敢えず言いふらすのは、暫く禁止だ。余計な波風立てたくない」
「ククッ、まあ最初のうちは、周りに冷やかされたくないもんな。まあ遅かれ早かれ広まる時は広まるもんだけどな」
完全に誤解中の健は、そう言って冷やかしてくる。よし本当に彼女が出来ても、コイツだけは教えるのを止めよう。俺はそう心に誓いつつ、渋い表情でタバコに火をつけた。
そしてその後の授業を受け、俺はバイトに行くまでの空き時間で奈々にラインを入れる。
ケースケ:おい奈々、今暇か?
ナナ:忙しい。後にして。
既読が付くのに数秒、返信が来るのに10秒も経ってない。
ケースケ:返信早すぎ、確実に暇だろ!
ナナ:それは電車の中だから。何?
成る程。電車の中ならラインは出来ても暇とは言い辛いか。ちなみに奈々は実家からの通いだ。大学までは1時間近くかかると言っていた。ならこのままラインで会話だな。
ケースケ:真子ちゃん経由健から付き合ってるだろと言われた。
ナナ:はあ?ケースケ振られたんじゃ無かったっけ?
ケースケ:そっちじゃねえ。お前の事だ、お前の!
ナナ:ああ、そっち。ならそういう事。
えっ、どういう事?サッパリ意味分からんのだけど。こういう時、ラインは面倒臭い。長文作るの面倒臭いし、相手も簡単な文章で返ってくるし。
ケースケ:つまりどういう事だ?
ナナ:つまり付き合っているって事よ。
ケースケ:はあ?
思わず声も出しつつ、同じ単語を打ってしまう。それしか言いようが無いだろう。そしてさっき迄ポンポン返ってきていた返信が急に途絶える。恐らく電車でも降りたのだろう。電話でも掛けようかと悩んでいる所で、奈々から着信が入る。
「はい、春日ですが」
「あっ圭介?今日バイトでしょ?後でバイト先寄るから、そこで話しましょう。じゃねーーーツーツーツー」
一体何だったんだろう。何の問題も解決せず、俺は深く溜息をつきながら、身支度を整え、バイト先へと向かった。
俺のバイト先は所謂大手外資系の全国チェーンのカフェだ。ちなみにタバコが吸える方と言えば、対象がグッと狭まるだろう。俺がそのカフェをバイト先に選んだのは、立地による。大学からも近く、俺の住むアパートもそう遠くない。時給も都心だけあってそれなりだ。深夜帯の居酒屋チェーンやコンビニならもっと稼げるかもしれないが、仕送りもあるので、それで充分と言えば充分なので、俺としては気に入っている。
カフェは原則立ち仕事。カウンター内の狭いスペースを行ったり来たりしながら、忙しなく働く。時折、店内のテーブルを片付けたり、砂糖とかを補充したりと忙しい。俺のシフトは、基本夕方から22:00のラストまで。店は駅ビル併設しているので、そちらの時間に合わせた格好になっている。
そしてそんなバイトが終了に差し掛かる21:30頃、ようやく奈々が到着する。
「やっほ、圭介。あっ明美さんお疲れ様です」
明美さんとは今日同じシフトで働いているバイト仲間で、フリーターの先輩だ。彼女はバイトのリーダーでもあり、頼れる感じの姉御的存在で、奈々とも仲が良い。彼女は、奈々を見て笑顔で手を振ると、そのまま仕事に戻る。俺はレジで奈々の対応だ。
「お客様、当店は22:00閉店となりますが、お持ち帰りで宜しいですが?」
同じバイト仲間として、親しげに話しかけてくる奈々に対し、俺はマニュアル通りの接客を試みる。
「ん、店内で。終わるまで待ってるから、終わったら話そうよ」
普通に仕事終わりに話始めるの、嫌なんだが。俺は露骨に嫌そうな顔をする。するとその表情に不満げな奈々は、俺に対し文句を言ってくる。
「ちょっと圭介なら、1時間話しても23:00には家に着くでしょっ。私なんて日付変わるのよ。文句なんて認めないわ」
「ちなみに奈々の明日の授業は何時から」
「午後一コマだけ」
「おい、計算づくじゃねえかっ。俺は1限からなんだが!?」
1限と午後からでは起きる時間が違う。しかも俺は授業は午前だけで、午後はバイトだ。明かに疲労度が違う。ただそんな俺を気にする事なく、奈々は言う。
「えっ、良いじゃん。圭介ん家、近いんだし」
「はあ、もういい。片付け手伝えよ。それと晩飯奢れ」
「えー、女子に奢らせるの?圭介、鬼畜?」
「誰が鬼畜だ、誰がっ、当然の権利だっ」
俺にしてみれば、当然の権利と主張したい。大体、全ての元凶は奈々だ。それくらい主張しても罰は当たらない。奈々も流石に、無茶振りが過ぎたと反省したのか、それでも渋々了承する。
「まあいいわ。今回は特別よ。じゃあ私は店の中で待ってるから。後で声をかけてね」
「はいはい、ごゆっくり」
そうして俺は、その返事に満足感を覚え、再びバイトに勤しむのであった。
そしてバイトの終わった後、近くのファミレスに足を運び、大分遅いディナータイム。案内されたBOX席で向かい合い、ハンバーグ定食を摘みながら、話し始める。
「で、今はどういう状況?」
「うーん、一言で言うと最悪?」
「すまん、全く意味が分からん。分かるように言ってくれ」
先ほどのラインでは無いが、話を端折り過ぎである。まあ単語の意味から良い予感が全くしないというのだけが伝わったくらいだ。
「うーん、まず佐藤先輩が思ったよりウザい。それと真子にバレたのも面倒臭い。あと話が広まって、なんか言い寄られる機会が増えたのが、キモい」
「前の2つはまあ想像がつく。健が言ってた事と被るからな。でも最後のはなんだ?」
佐藤先輩が諦めてなく、真子に俺が彼氏として認識されたのまでは、まあ良い。良くないけど話は理解した。ただ最後のは、話が広まった?言い寄られる?これはさっぱり分からない。
「どうやら佐藤先輩、方々で私達の事聞いてるみたいなの。お陰で私のライン、色んな所からどうなのって問い合わせが入るし、佐藤先輩と別れたって聞いて、口説いてくる奴入るし、もう散々よ」
ああ、あの人奪い返すとか言ってたもんなあ。粘着質満載だな。イケメンだけに振られた事とかも無いんだろうな。ん?アレそれって?
「なあ奈々、お前それにどうやって対処してるんだ?」
「普通に圭介と付き合ってるよって対応してるけど。当たり前でしょ?」
「ちょおっとまて、コラーッ、はあ?何言ってんの?俺は奈々と付き合った記憶ないんだけど?えっ、俺の今後の出会いを潰す気なの?」
嫌な予感が的中だ。俺は思わず声を大きくし、奈々に詰め寄る。奈々は拗ねたようにスッと目を逸らし口を尖らせる。
「だって流れ的にそう言うしかないじゃん。そりゃあ、ちょっとは圭介に悪いとは思うけど」
うっ、なにやら珍しく殊勝な奈々の口振りに、こっちが悪い気になってしまう。いや、騙されるな、明かに俺にとって不利益な状況だ。少なくても学校というコミュニティの中では致命的な痛手だ。
「とは言っても、お前も俺と付き合ってるとかは嫌だろう?ほら、お前モテるし、そっちに乗り換えても」
「はあ?そんな奴ら嫌。それだったら、圭介の方が、よっぽどマシ」
俺の乗り換え提案に対し、マジ切れする奈々。いやそこで俺が良いとか言ってくれれば、俺も気持ち的に同情も出来るけど、マシと言われると、喧嘩売ってるのかと思いたくなる。
「はあぁ、という事はもしかして、彼氏役はまだ継続って事か?」
「良いの?最悪、脅してでもと思ったけど」
奈々はそう言って、申し訳無さそうな顔をしつつ、俺を覗き込む。いやその態度で、脅すって何だと突っ込みたい所を抑えつつ、まあ、しょうがないと諦める。
「まあそうしないと、奈々が困るんだろ?そもそも最初に受けちゃった手前、ここで放り出すのも後味悪いしな」
まあ本音で言えば、面倒臭いし、もう一度振り直せばいいのではと思わない訳でもないが、振るのもきっと大変なのだろうと思う。辛いし、心が軋むものなのだろう。
俺が彼女と別れた時の彼女の顔がそうだった。辛そうで、心が軋んだ顔。俺はその顔を長く見たくなくてその場から逃げてしまった。だからこの気のおけない友人が、そういう苦労をもう一度しなくちゃいけないかもしれないのが、正直嫌だった。
ただ俺のそんな感慨は奈々の反応で打ち砕かれる。
「やったっ、本当にいいのね!圭介優しい、愛してる!なら今日圭介のうちに泊まるから」
嬉々として喜ぶ奈々は、満面の笑みを浮かべている。まあ確かに拒否される事も考えていて、ホッとしたのもあったのだろう。喜ぶのはいい。ただ疑問に思うフレーズを俺は慎重に尋ねる。
「えっ?なんかうちに泊まるとか聞こえたが、聞き間違いだよな?」
「言ったけど。今日圭介のうちに泊まるって」
「はあ?意味わかんないんだけど?何?どういう事?」
全く会話が成立してないキャッチボールに、俺の頭は混乱する。すると奈々はニヤニヤし始め、とんでもない事を言ってくる。
「ほら既成事実作りよ。噂をパッと広めちゃうのに、朝一緒に学校行く方がいいでしょ?おいおい宮城の奴、圭介の家から出勤かよ的な」
「はあ?何積極的に俺の周囲の環境破壊に勤しんじゃってるんだよっ。俺の未来のキャンパスライフどうしてくれるの?」
駄目だ。これアカン奴だ。大体積極的に嘘を広める必要が何処にある。只それにも悪びれる事なく奈々は言い放つ。
「だってそうしないと周りが面倒臭いもの。あっ、圭介、あくまで泊まるだけだからね。エッチィのは無しだから。変な事したら殺すわよ」
「ま、マジか・・・・・・」
俺は自分の犯した迂闊な選択に、がっくりと項垂れるのであった。
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