第4話

陽が傾き始めた頃、ずっと眠り込んでいたウサギはようやく目を覚ましました。

鈍った頭でゆっくりと周囲を見渡し、どうして自分はこんな所で寝ているのだったか、と首を捻りました。

しかし、次の瞬間、全てを思い出し、すぐにカメの姿を探しました。

するとカメは既に自分を通り越して、あと少しで山の麓へ着く所まで迫っているではありませんか。

しかも、その周りには何故か、カメを馬鹿にしていた動物達が、カメを応援しているのです。

ウサギは慌てて跳ね起きて、全速力でカメを追い掛けようとしました。

しかし、咄嗟に起きた弾みで足がグラつき、大きくこけてしまいました。

それを見た動物達はクスリと笑いました。

泥だらけの顔になってウサギは立ち上がり、またカメを全力で追い駆けました。

カメは全身が痛み、足が動かず苦しい表情を見せながらも、一歩一歩ゴールに近づいてきました。

気が付くと周囲の動物達が応援してくれていた事も、カメにとって励みになりました。

ウサギがものすごい形相で追い掛けてくるのを見て、周りの動物達が急げ急げ、と声をかけました。

そして、後一歩でウサギが追いつくというところで、カメはゴールしました。

動物達はヤンヤヤンヤと囃し立て、カメを褒めたたえました。

良く頑張ったな、お前の勝ちだ、カメにそんな言葉をかけました。

中には、ああ、お前に賭けておけば良かった、などという動物もいました。

カメは疲れ切った顔で、涙を流しながら笑いました。

そこにウサギがやってきて、文句を言いました。

こんな勝負は無効だ!

俺はいつでもゴールできたのにゴールしなかっただけだ。

何といっても俺はこんなカメよりもはるかに速い足を持っているのだ。

俺はコイツよりもはるかに優れているんだ。

勝負に負けたのは実力の差じゃないんだ。

実力を計れない勝負など勝負の意味がない!

荒げた声で叫ぶウサギに対して、しらけ切った動物達の一匹が言いました。

ウサギがカメより足が速いなんて事は誰でも知っているよ。

でも、この勝負はカメの勝ちだよ。山の麓に先に着いた者が勝者なのだからね。

力の差がどうかなど問題じゃないよ。君はただ勝負に負けた。それだけのことさ。

ウサギは、昨日まで自分と一緒にカメを笑っていた動物達の冷淡な対応に愕然としました。

そして、このままでは自分の威厳が無くなると感じたウサギは、カメに詰め寄りました。

もう一度勝負だカメ、今度は油断などしない、きっと俺はお前に勝つだろう。

ウサギの剣幕にいつものカメならば、怯えてしまったことでしょう。

しかし力を出し切ったカメに、そんな恐れはありませんでした。

ただ疲れ切った顔のまま、カメはウサギに言いました。

そうとも、次にやれば君が勝つだろう。

君は僕よりずっと速くて、ずっと優秀だ。

正直に言うと、僕は昨日勝負を挑まれた時、一生懸命自分が勝てる勝負を考えていたんだけど、何一つ思いつかなかった。

君と勝負して何一つ勝てる気がしなかったんだ。

でも、おかしな話なんだけど、全力を尽くしていたら、勝敗なんてどうでも良くなってきたんだよ。

だって、僕はこれ以上速くは走れないし、最初から君に敵う道理なんてないんだもの。

ウサギはカメに何も言う事が出来ませんでした。

カメはウサギの言った事を全面的に肯定しているのだから、否定する理由がないのです。

しかし、それにも関わらず、ウサギは胸にわだかまる気持ちを抑えきれませんでした。

なおも勝負を挑もうとするウサギに、いつの間にか動物達の中にいた「先生」が割って入り、静かな瞳でウサギを見ました。

勝負は君の負けだ、ウサギ。

君の足の速さも頭の回転の速さも、誰もが認める所だ。

それでもカメは勝ち、君は負けた。

大人しく家に帰り、自らを省みることだ。

ウサギは、赤い目をもっと赤くして「先生」をジッと見ていましたが、すぐに踵を返して家に帰りました。

「先生」は振り返ってカメに向き合いました。

「先生」は疲れ切ったカメの顔を見ながら、やさしく微笑みました。

どうだったかな、ノロマなカメよ。

ウサギに勝てて嬉しかったかね。

ウサギの悔しがる姿を見れて胸がスッとしたかね。

カメは苦笑いをして答えました。

「先生」の仰った事がようやく分かりました。

僕は走るのが苦手ですし、ウサギには敵いません。

いつでもウサギが油断してくれるとは限らないし、彼と僕の速さの差は歴然です。

でもそれは悲観することなんかじゃないんだと思います。

彼と僕は違うものだし、もしかしたら、僕はウサギの言う通り、何一つウサギに勝てるものがないのかもしれない。

でもそれは僕がそう生まれついたというだけで、僕にどうにかできる問題ではありません。

僕はただ、今自分にできる事を全力でやるだけです。

そう言ってから、カメはとうとう力尽きたのか、パッタリと倒れました。

疲れ切って眠ってしまったのです。

「先生」は笑顔で頷きました。

カメよ。お前はウサギに足では敵わないし、頭の回転も遅い。

だが、そんなお前だからこそ見えるものもあるのだ。

それが役に立つのかどうかは別として、お前の考えを持つ者はお前しかいないのだ。

誰かからお前は無価値と言われたとしても、決して自分を傷つけてはいけないよ。

お前はただ、鈍くとも一歩一歩自分のペースで自分の信じた道を歩き続ければいいのだから。

「先生」はカメの額を撫でて、そう呟くように言ったのでした。

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