第5話 絶望に苛まれた少女は愚かにもその身を捧ぐ②

 防衛ラインが3つも突破をされた。防衛ラインは全部で5つある。そのうちの3つに穴があいた。それは絶望以外のなにものでもない。


 知らせを聞いた広間の隊員たちはすぐに喚き始める。無理もないだろう。ここから第3防衛ラインまでは20キロほどしか無い。短時間で一気に3つの防衛ラインを超えたのならば基地まですぐ来るかもしれない。


 隊員たちの恐怖はどんどん高まっていく。これ以上行くとみんな使い物にならなくなるな。そう考えていると、さらなる恐怖が襲いかかってきた。


「おおおおおおおおぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎‼︎」


 近くで爆発でも起きたかのような爆音が鳴り響いた。鼓膜を破らんとするほどの音と、地面を揺さぶる振動。しかし、決して爆発などではない。害虫の声だ。約20キロも離れているこの場所まで聞こえる声。それだけで、その害虫がとてつもない大きさであることが分かる。


 まずいな。今のでほとんどの隊員はパニック状態だ。泣き叫ぶもの喚くもの、恐怖に怯え放心するもの、どっちにしろもう使い物にはならないだろうな。覚悟の足りないものたちに嘆息し天井近くに小爆発を起こす。辺りが静まり返る。これで声が通るようになったかな。


「参謀長」


 手を挙げ意思表示をする。静寂の中、私の声だけが響く。


「なんだね、神代大佐」


 参謀長の顔がしかめるのが見えた。


「参謀長。私に出撃させて頂けませんか?おそらくですが、今回突破してきた害虫はステージ4だと思われます」


 広間がまたざわつき始める。今度はそれを参謀長が制止させた。


「どうしてステージ4だと判断したのかね」


「それは、今回侵入された場所が第3防衛ラインまでだということです。第3防衛ラインはステージ3までの害虫にしか効果を発揮しません。そして先ほどの咆哮、それから察するに超大型であると推測、よってステージ4であると判断しました。そして、私の判断が正しければこの問答すら時間の無駄であると進言いたします」


 参謀長の顔がさらにしかめるのが見えた。


「神代大佐、君は自分の立場を考えたまえ。少々発言が過ぎるぞ」


 参謀長の声音が低くなる。しかし、私は事実を言ったに過ぎない。


「では、参謀長。ここにいる私以外の隊員を100人送るか、私一人で向かうのではどちらがより確実でしょうか。参謀長ならおわかりでしょう?」


「言わせておけば勝手なことを」


 参謀長が前のめりになる。その時、隣に座っていた岩谷総督が市ヶ谷参謀長の肩を抑える。その顔は呆れていた。


「大佐にやらせてやってくれないか? ステージ4と戦えるのは大佐しかいないの」


 参謀長がため息をつく。


「いいだろう。神代大佐、出撃を許可しよう」


 ひどく嫌そうな顔をしながら参謀長が許可を下ろした。


「ご決断、感謝いたします」


 振り返り歩き出す。それを止めるかのように、今度は総督が口を開いた。


「神代大佐。分かっているな?」


 もう一度振り返り、深々と頭を下げる。


「分かっています。どうぞお任せください」


 三度みたび振り返り歩き出す。


「伝令さん。詳しい場所とそこにいる勢力を教えてくれるかな」


 大きな声で話しながら小走りをする。その間広間は静寂に満ちていた。


 第3防衛ライン付近―――。


 廃れたバスターミナルの近くで蠢く、大きく何色も混ざったような色をした害虫が辺り一面を更地に変えていた。


「うわ……ステージ4なんて初めて見た。デカすぎじゃない? なんか気持ち悪い見た目してるし」


 少し離れた場所にある建物から害虫の様子を見つめる複数の影があった。


「朱音ちゃん〜。本当にやるの〜?」


「何言ってるの。援軍が来るまで持ち堪えなきゃいけないならやるしかないでしょ? それに、ここで私達がコイツを倒せれば昇格確定よ」


 そう言って大型の武器を害虫に向かって構えているのは、防衛部隊所属の「堀内朱音ほりうちあかね」である。そして後ろでは、同じく防衛部隊所属の「鈴木真尋すずきまひろ」が自分の体に電源ケーブルを巻きつけていた。


「本体との接続、完了しました。電力の供給をお願いします」


 隊員からの指示を受け、真尋は自らの体の周りに電気を発生させ始める。この武器の名称は荷電粒子砲。砲弾と目標を対消滅させることの出来るこの武器は、重力の影響を受け直進せず扱いが難しいが。そこは技術班の力の見せ所だろう。


「いつもごめんね。私の無茶に付き合わせて。でもここでコイツを倒せば、楽をさせてあげられると思うから。もう少しだけお願いね」


 そう言うと朱音は、大きさに似合わない程の小ささの引き金に手をかける。


「防衛部隊と技術班の力、見せてあげるわ」


 スコープを覗き込み、照準を合わせる。狙うは頭。どれだけ大きくても弱点は変わらない。深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。頭部の中心、大脳部分と思われる場所にサークルを定める。まだだ、タイミングが重要になってくる。もう少し、あと少し右に向くか、こっちを向いてくれれば撃てる。


 その時だった。突然、後ろにあったビルが轟音をたてて崩壊した。それに反応した害虫がこちらを振り向く。チャンスだ! 偶然よ、感謝する!


「いっけえぇぇぇぇぇぇ‼︎」


 すかさず引き金を引き、砲弾を射出する。亜光速まで加速した砲弾が害虫の頭部を貫いた。はずだった。スコープの先には何もいなかった。そして背後から再び大きな音がして同時に地震のような振動が伝わってきた。


恐怖が背筋を伝う。まさか、振り返るとそこには先位ほどまでバスターミナルの近くにいたはずの害虫がこちらを見下ろしていた。言葉が出ない。人は恐怖が限界を超えると何もできなくなると言うが、これがそうなのか。足も動かず呼吸もままならない。苦しい。


「朱音ちゃん!」


 自分の名前を呼ぶ声と横からの衝撃により我に帰る。腹部には真尋がしがみ付いていた。なるほど。真尋が私を突き飛ばしたのか。


立ち上がり先ほどまで自分がいた場所を見ると、大きな穴が空いていた。と言うかビルが半分倒壊していた。私はこれに気がつかなかったのか?そこまで恐怖に襲われていたのか。全身が震え出す。やばい。死ぬ。


「朱音ちゃん! しっかりして! 班長でしょ!」


 再び千尋が叫ぶ。分かっている。分かっているんだ。だけど、分からない。何をすれば良いんだっけ。身体が動かない。頭が働かない。脳内が死の恐怖で覆い尽くされる。


 その時、ビルが不安定な形状に耐えられなくなったのか、崩れ始めた。隣で真尋が何やら叫んでいるが、もう何も聞こえない。


「知らなかった。害虫って怖いんだ」


 それと同時に落下が始まった。もう何も考えられない。最早死んだほうがマシなくらいに思ってしまう。崩れた

 ビルの残骸とともに地面へと近づいていく。もうすぐで地面と激突する、というところで真尋が能力を発動した。


「ま、間に合った」


 真尋が鉄骨に向かって強力な電撃を放ったのだった。電磁石となった鉄骨は私たちの持っている銃を引き寄せる。間一髪で落下を免れたが状況は変わらず、絶体絶命である。


 だけど、害虫との距離が少しだけできて気持ちがほんの少し落ち着いた。


「真尋。ごめん。こんな場所に連れてきちゃって。さっきので嫌でもわかった。こんなやつに勝てるはずない。ごめんね」


 涙が溢れだす。友を思っての行動が、逆に危険な目に合わせてしまった自分を殺してしまいたくなる。泣いている場合じゃないのに涙が止まらない。情けなさすぎる。あれだけ張りきって、仲間たちに任せろと言っておいて、このザマだ。何もできず班員を悪戯に死なせ、友すらも死なせてしまうかもしれない。友人としても。班長としても失格だな。周りを見渡す。すると少し離れたところに荷電粒子砲の残骸が転がっているのが見えた。まだだ。せめてこの子だけでも守りたい。


「真尋、このままじゃ私たちは絶対に死ぬ。でも片方だけなら生き残れるかもしれない」

「何言ってるの? 逃げようよ。今なら害虫も私たちを見失ってる。逃げた方が絶対にいいよ!」


 真尋が手を握り訴えてくる。確かに逃げられるかもしれない。でも、もし見つかりでもしたら、その瞬間に二人とも死ぬ。だったら、どっちかが囮になるしかないじゃない。


「聞いて真尋。今から私が害虫の注意を引く。その間に逃げて。あなたの能力ならいけるはず」


 真尋の能力「雷撃エレキボルト」を応用すれば逃げられるはず。


 立ち上がり荷電粒子砲の元へ歩き出す。よかった。動力はまだいきているみたい。これさえあればなんとかなるはず。荷電粒子砲の残骸から動力源ともう一つの部品を取り出す。これも壊れてはいない。よし、いける。


「ねぇ、真尋。私の最期のわがまま聞いてくれる?」


「最期って何? 逃げるんだよ! 一緒に!」

「二人一緒じゃ逃げられない。だから、生きて!」


 走り出す。荷電粒子砲の動力源と真尋が残した少量の電力。これさえあれば、範囲は狭くなるけど、対消滅現象を起こすことが出来る。もしものために技術班に頼んでおいてよかった。動力源からさらに小型の部品を取り出し、真尋の電子が込められた電池をはめ込む。


 あとはこれを害虫めがけて暴発させればこっちに注意が向くだろう。それまで私がいきていればの話だけど。害虫はすでに建物から離れ、基地のある方向へ歩き出していた。逃げ帰っても害虫が基地に向かっているのならどこで戦っても一緒だな。幸い害虫は飛ばなければ足は遅く、すぐに追いつくことができた。


 まずはどうやって注意を引こうかな。撃つしかないか。銃を取り出し乱射する。害虫の皮膚は思いの外柔らかく、銃弾が入り込むと勢いよく血が噴き出した。初めて見る害虫の血とその強烈な臭いに思はず吐き気がこみ上げる。


 すると突然、害虫が大きな叫び声をあげた。鼓膜を引き裂かんばかりの轟音と地面が割れるかもしれないほどの振動。立ち上がることも息をすることもままならない。害虫の圧倒的な存在感の前でなすすべを失ってしまう。ここまで、ここまで違うのか。人間が勝てるはずがない。


 絶望に負け俯いてしまう。人類は害虫に勝てるはずはなかったんだ。咆哮が止み害虫を見上げる。すると、害虫はその大きな脚を持ち上げて私のことを踏み潰そうとしていた。

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