第6話 現れた絶望は少女に蹂躙される

30分前―――

 

 啖呵を切り広間から飛び出す。参謀長はなんで私を出撃させることを渋ったのだろう。私が出れば間違い無いのに。苛立ちを足音に表しながら廊下を歩く。広間から出て8番目の会議室と書かれた部屋に入る。


「さて、詳しい害虫の位置と容姿を教えてくれるかな」


 一緒に入ってきた伝令の隊士に問いかける。隊士は敬礼をして話し始める。


「害虫は現在、第4バスターミナル跡地にて破壊活動を継続中。体高はおよそ80m、6本の脚を有し、内後ろ足2本は特徴的に肥大化、その姿は昆虫図鑑に載っていた『バッタ』というものによく似ております。しかし、違うところが2つ。1つ目は声帯をもつこと。2つ目は二足歩行が可能ということです」


「二足歩行?」


 一瞬驚き、聞き返してしまう。伝令は頷く。なるほど、二足歩行か、一時的に身長がめちゃくちゃ高くなる。それはそれで面倒くさそうだな。じゃあ、一応アレを持って行こうかな


「ありがと。じゃあ10分後に出発するから君は後から処理班と研究班、それと救護班を連れてきてくれる?」


 伝令は再度頷き敬礼をして部屋を出た。


「ステージ4の害虫。見た目はバッタか。またハズレだなぁ。いつになったら会えるのかな。あの害虫に……」


 そう言い残して部屋を出る。途中研究室ラボに寄り必要なものを調達する。うん、こんなもんかな。少し広い場所に出て脚に力を込める。思い切り地面を蹴ると体が宙に浮きそのまま北西方面に直進をする。いつもながらこの移動方法はとても便利だ。途中、何回かビルを加速地点として経由した。5分もしないうちにバスターミナルが小さく見えてきた。その少し離れた場所に周りの建物と一線を画すほどの大きさの何かがいた。アレが害虫か。すぐに理解しすぐ近くの建物の屋根に降り立つ。


「こちら神代。司令部聞こえているか?」


 通信機に向かって話しかける。


「目標を視認。これより戦闘に入る。支援は無用。極力邪魔をしないように努めるように」


 一方的に話し通信をきる。再び宙を飛び害虫に近づいていく。


 すると急に害虫が咆哮を放った。あまりの振動に地面に叩き落される。とっさに衝撃を受け流すようにベクトルを操作し着地する。これ伝令の人が言っていた声帯の注意点か。確かにあの声量と振動は厄介だ。なるべく早く片付けるか。三度害虫に向かって飛び出す。害虫との距離が残り数百mというところで今度は害虫が足の1本を持ち上げた。足元を見てみるとそこには隊員が一人座っていた。


 生き残り⁉︎ 一気に緊張が走る。今から間に合うか? このまま激突する?それだと私が無事じゃ済まない。どうする。考えている暇はない。ここはやるしかない。


 さらに加速して一気に突っ込む。間に合え!

 地面に脚をつけるとともに、地面に伝わるはずだった衝撃を全て害虫に向ける。腕が害虫の脚に触れる。ずうぅぅぅん、という鈍い音とともに害虫の脚が止まる。


「間に合った!」


 思わず声が漏れる。間一髪だった、本当に危なかった。後ろを振り返り隊員と目を合わせる。「もう大丈夫だよ。あなたを死なせたりしないから」


 そう言って気づく。この顔見覚えがあるぞ。確か……。


「朱音?」

「由依奈!」


 そこにいたのは同期で訓練時代一緒に班を組んだこともあった朱音だった。そうか朱音は防衛部隊所属だ。だからここにいるのか。そうなると真尋もいるんじゃないか?


「由依奈! 前見て! 害虫がまた踏み潰そうとしてる!」


 朱音に言われ前を見ると確かに害虫が脚をもう一本持ち上げていた。


「うん。そうだね。こいつは強い。多分、私が想像していたよりはずっと。だから、私も本気で戦うね」


 胸ポケットからタブレットケースを取り出し、中に入っている薬を口に放り込み噛み砕く。瞬間全身に電気が流れたような感覚に襲われた。そして全身が熱くなり、視界が赤くなる。


「あぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 叫ぶ。それと同時に害虫の脚を掴み勢いよく放り投げる。害虫の体は宙を舞い、バスターミナル付近まで飛ばされる。


「ゆ、由依奈? な、何をしたの……って由依奈! 血、血が出てる!」


 朱音に言われ顔を拭うと、鼻と目から血が流れ出していた。やっぱりかぁ。


「あー、大丈夫だよ。ただの薬の副作用だから」

「薬ってなんの?」

「んー、能力激化剤っていったところかな」


 なんでもないよと答えるも朱音は本気で心配してきた。


「まあまあ。朱音、いまは私もことよりもここから早くどいてほしいかな。酷い言い方になるけど、邪魔なの。思う存分戦えない。基地の方に歩いていけば救護班たちが保護してくれると思うから。早く行って」


 朱音を強引に退かし深呼吸をする。


「さて、私の同期をいじめてくれたお礼もしなくちゃねっ!」


 飛び出す。薬の影響でその速度は何倍にも強化され数秒で害虫の元に到着した。


「さあ、蹂躙だ」


 その言葉を合図に、害虫の体から血しぶきが上がった。辺り一面に撒き散らされる害虫の体液。止まることの無いそれは、ものの数秒で血の海を作り出していた。


 腹部、胸部、臀部、脚、それぞれを抉り、もぎ取り害虫をバラバラにしていく。再生する隙なんて与えない。時には炎、氷、空気圧、重力。この世の全てを使い害虫を追い詰めていく。害虫は必死に抵抗するがそれも虚しくどんどんその動きを鈍くしていく。10分も経つ頃には害虫は完全に動かなくなっていた。


「結構時間かかっちゃったわね」


 グチャグチャになった害虫の周りを歩き頭部を探す。早く脳を破壊しないと再生しちゃう。いや、面倒臭いから燃やすか。


 ポケットから爆薬を取り出し害虫に向かって放り投げる。爆発の瞬間その威力を増幅させ爆発を大きくする。燃え盛る炎を背にして携帯端末に向かって話しかける。


「こちら神代。害虫の駆除完了の報告をする」


 携帯端末の通信を切り、また別の回線につなげる。


「こちら神代です。ステージ4の駆除完了いたしました」

『確認した。神代大佐。ご苦労だった』


 回線を切りその場に座り込む。薬の副作用で視界が眩む。口の中が血の味で満ちている。手を口に突っ込み確認す

ると指は血に塗れていた。


 大丈夫、私はまだやれる。日本で確認されているステージ4は五十三体、ステージ5は一体。全部倒せば日本は平和だ。握り拳を作り胸に当て自分言い聞かせる。


 眼前に広がる光景は地獄のように見えた。


 それにしても、今回のステージ4は大きかったなぁ。前回倒したやつの倍近くあったんじゃないかな。ここまでくると、ステージ5はどれだけ大きいんだろう。山くらいかな。


 さっきまで戦っていた害虫の死骸を見下ろしながら考える。


「そうだ、研究室にも連絡しなきゃ。回収してもらわないと、この区画が修繕できない」


 ポケットから携帯端末を取り出し、連絡を入れる。連絡先は研究所だな。端末に登録された連絡先のアイコンをタップしメッセージを打ち込む。打ち終わると、いつの間にか近づいていたのか朱音がそばに来ていた。


「ゆ、由依奈。相変わらず凄いね。あんな化け物を数分で倒しちゃうなんて。私にはできない。それどころか戦うことすらもできなかった。由依奈が来てくれなければこの区画は壊滅していたと思う」


 振り返り、朱音を見つめる。朱音の目には申し訳なさと、自分への憤りが宿っているようだった。抱きしめようと手を伸ばす…が、薬が効いているこの状態ではその行為は危険すぎる。伸ばす手を片方にし、そっと頬に触れる。力を入れず細心の注意を払って。


「朱音。人には適材適所があるのは知ってるよね。朱音は防衛部隊、私は能力部隊。朱音の仕事は害虫の侵攻からこの都市を守ること。私の仕事は害虫を殺すこと。朱音は私が来るまで害虫から都市を守った。充分じゃない。何も責めることはないよ。朱音はよくやったよ」


 自分が考えられる最高の言葉で励ました。しかし、朱音は元気になるどころかさらに気を落とした。


「うん。でも私に力があったら由依奈じゃなくて私でも倒せたかもしれない。それに友を、真尋を恣意で危険に晒した。全部、私が弱いから」


 自棄になっている。無理もない。彼女は能力開発手術適合者ではなかったから。この世界で、能力者では無い者は戦力ではなく時間稼ぎ程度の駒でしかない。能力部隊が到着するまでの捨て駒。それは変えようの無い事実。力なき者は力あるものの糧になるしかない。それが分かっているから朱音は自分を責めている。


「朱音。昔、こんな事を言った人がいた。戦場において、力なきものなど存在しない。それぞれが、比類なき力を持っている。戦いなど、戦う力を持つ者がやればいい。戦えぬ者は、その知恵を絞ればいい。戦闘力だけが全てでは無い。知恵だけでは勝つこともできない。合わせるのだ。知恵と力を持って、この世界に平和をもたらさん。」


 朱音が顔を上げる。私は笑顔を作り言う。


「誰もが敬愛した、前総督の言葉だよ。朱音が悪いんじゃ無い。この世界が悪いんだ。朱音は私たち同期の中でもよく周りが見えていたよね。座学でもいつも成績は上位だった。朱音には他の人には無い知恵がある。冷静になれば戦況だってよく見えるはずだよ。それに、ほら。後ろを見てみて。」


 薬の効果が切れ、朱音の頬を撫でながら後ろを振りむかせる。朱音の後ろ、私の目の前には溢れんばかりの涙を浮かべた真尋が立っていた。


「朱音ちゃん!」


 駆け寄り抱きしめる。


「よかった。生きてる。生きててくれてる! 朱音ちゃん、なんであんなこと……」


 その後に呂律が回らないほど泣き出してしまい、言葉になっていなかった。


「ほらね。あなたの友達は、怒ってなんていないでしょ」


 二人とも大泣きをして、聞こえていたかは分からなかった。


 沈みかけた太陽が、その場にいた者たちを包み込むように優しく、しかし力強く照らしていた。




 司令室―――

『これにて本作戦を終了します。各員事後処理についてください』


 作戦終了が告げられ職員たちが退室した後の司令室には二人の男の姿があった。


「この世のあらゆる元素と力に働きかけ、全ての事象を我がものとする能力『万物支配ワールドコントロール』か。その名の通り馬鹿げた力だ。こんなものが希望とはな」


 細身の男はため息をつき頭を押さえる。


「今は仕方がない。彼女らに頼るほか我々には方法がない」


 ふくよかな男は顔の前で手を組み言う。


「俺にはお前が悪魔のように見えるよ」

「願いの為ならば人は神にも悪魔にもなれるさ」


 一人は嘆息し、一人は遠くを見ていた。


「我々の悲願のために全てを利用しようじゃないか」


 そう言った男の顔には微笑が浮かべられていた。

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