第103話 お休みしましょう

 すっかり筋肉痛が治ったレナリアだが、既にアンナが欠席届けを出しに行ってしまっている。今から学園に行ったとして、急に具合が良くなったことに対して不審がられないだろうか。


 なにせ、筋肉痛である。


 アンナがどう説明したかは分からないは、普通は起き上がれないほどの痛みであればこんな短時間で回復するはずがない。


 かといって元気になったのだから、このまま授業に出なかったらさぼってしまうことになるのではないだろうか。


「どうしようかしら……」

「どうしたの、まだ痛い?」


 心配そうなフィルに、レナリアは安心させるように笑顔を見せた。


「フィルのおかげで痛みはもうすっかり治ったわ。ただ、お休みすることになってしまったから、どうしようかしらと思って」

「それならボクたちと遊ぼうよ」

「あそぼー!」


 いいことを思いついたというようにつま先立ちをするフィルの後ろから、チャムがちょことんと顔を出す。


「ボクね、一緒にお菓子作りをしたい」

「チャムはー、チャムは……えーっとね。チャムは味見する係りになるー」


 精霊たちの期待に満ちたまなざしを受けたレナリアだが、まだレナリアはクッキーくらいしか作れない。そしてクッキーは焼く時にとても良い匂いがしてしまう。


 この部屋は教室から離れているからクッキーの匂いはしないだろうけれど、それでもやっぱりレナリアは皆が勉強している時にのんびりクッキーを作るのは気が引けた。


「でもみんなは一生懸命勉強している時間だし……。そうだわ、私も魔石に魔法紋を刻む練習をしようかしら」


 霧の聖女を人工的に出現させるためには、まずは霧を発生させる魔道具を作らなくてはいけない。


 そのためには火と水を発生させる魔法紋を刻む必要があるのだが、今のところ一つの魔石に複数の属性の魔法紋を刻めるのはレナリアだけだ。


 だから魔道具の開発は、レナリアにかかっているといってもいい。


「ええー。クッキーは?」

「チャム味見したーい」

「一年生の授業は午前中だけだから、午後から一緒に作りましょうか」


 レナリアが不満そうに頬をふくらましているフィルとチャムの頬を指先で軽くつつくと、ぷすんと膨らんだ頬から空気が抜けた。


「魔力をたっぷりこめるから、フィルとチャムだけにあげるわ」


 魔力をこめるのを意識して作ったことはないが、魔法紋を削る時のように生地をこねる時に魔力を指先から流すようにすれば、魔力入りクッキーが作れそうだ。


 レナリアがそう思って提案すると、フィルもチャムも目を輝かせた。


「本当?」

「わーい、魔力たっぷりー!」


 フィルは羽をきらめかせて喜び、チャムは両手を上げながらたしたしと足踏みして謎の踊りを踊っている。


「もちろん本当よ」

「それならいいよ! ボク待ってる」

「チャムも待ってるー」


 喜んでいるフィルとチャムの頭を撫でていると、欠席届を出しに行って戻ってきたアンナが起き上がっているレナリアを見て驚いた。


「お嬢さま、大丈夫なのですか!?」

「ええ。フィルが回復魔法で治せるのを教えてくれたの」

「まあ。それはようございました」


 アンナは目元を和らげて、フィルとチャムがいるであろう場所を見る。


 アンナには精霊たちの姿は見えないが、レナリアが頭を撫でている動きでそこにいるのが分かっているのだ。


「急に回復したといっても不思議に思われてしまうだろうから、今日はお休みをして部屋で魔法紋の研究をしようと思うの」

「ゆっくりお休みになったほうが良いのではありませんか?」

「でも本当なら勉強している時間だし……。ほら、もうこんなに元気だもの」


 心配そうなアンナに、レナリアはむん、と力こぶを作ってみせる。ほとんど筋肉がないので大した力こぶはできていないが、とりあえず筋肉痛が治ったのはアンナにも分かった。


「分かりました。でも無理はなさらないでくださいね」


 具合が悪いといってもただの筋肉痛だ。それなのに心配しすぎではないだろうかとレナリアは思ったが、それだけ自分のことを大事にしてくれているということなのだから、素直に嬉しかった。


「もちろんよ、アンナ」


 レナリアはアンナに手伝ってもらって室内着に着替えると、勉強用の机に向かった。


 アンナが部屋の扉を開け放つと、その奥に控えているクラウスの姿が見えた。

 おや、と意外そうな顔をしたので、アンナが筋肉痛は回復魔法で治ったことを伝える。


「それは良かったですね。でも回復魔法で回復して、体力がつくんでしょうか?」

「回復してはいけないの?」


 レナリアが聞くと、クラウスは「うーん」と考えながら茶色い髪をかきあげた。


「俺たち騎士が訓練する時は、筋肉痛を繰り返して体を作るって教わってたんで、どうなんだろうと……」

「別にお嬢さまは騎士になるわけではないのですから、筋肉などつかなくて良いのです」

「それはまあ確かに……うん」


 納得したクラウスにレナリアは自分の腕を見てみた。


 確かにこの腕がクラウスのように太くなったら、似合わないかもしれない。


 でも女性の騎士というのも素敵なんじゃないかしら……。


 聖女にならないのであれば騎士もいいかしらと、のほほんと考えているレナリアには、残念ながら自分に全く運動神経がないという自覚がなかった。



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