第102話 動けません

 リッグルの騎乗練習をした翌日、目が覚めたレナリアは、起き上がろうとして全身を襲う痛みに襲われた。


 前世の命を削って魔法を使っていた時ですら感じたことのない痛みに、恐怖を覚える。


 だからちょうどレナリアを起こしにきた侍女のアンナが部屋に入ってきた時に、助けを求めるように目を向けた。


「アンナ、どうしましょう。私、何か大変な病気にかかってしまったみたいなの」


 いつになく弱々しいレナリアにアンナは顔色を変えて走り寄る。


「お嬢さま、大丈夫ですか。どうなさいました?」

「あのね、体中が痛くて動けないの。……もしかしたら、このまま死んでしまうのかも……」

「レナリア、大丈夫? しっかりして!」

「レナリア、死んじゃダメー!」


 フィルとチャムも、一向にベッドから起き上がらないレナリアに、慌てふためいている。


 しかもレナリアは、死んでしまうかもしれないくらいに具合が悪いらしい。


 枕元に飛んできたフィルの羽は輝きをうしなってへんなりとしているし、チャムの炎は真っ青だ。


 だがアンナはそっとレナリアの背中を支えて体を起こすと、体に軽く触れる。

 あちこちを触って確かめたアンナは、レナリアを安心させるように微笑んだ。


「大丈夫ですよ、お嬢さま。病気ではありません」

「でもこんなの初めてよ……」


 弱々しく答えるレナリアは少し動くだけでも辛そうだ。


「そうですね。今まで運動不足でしたから」

「運動……不足……?」

「ええ。お嬢さまが動けないのは単なる筋肉痛です」


 筋肉痛、とレナリアは小さく復唱する。


 前世で聞いたことがあるような気がする。

 確か急に運動をするとなるのではなかっただろうか。


「申し訳ありません。昨夜のマッサージでは足りなかったみたいですね」


 アンナに頭を下げられて、レナリアは慌てて手を振る。


「そんな、アンナのせいじゃないわ。私に体力がないから……」

「急に運動をなさったから、体が驚いてしまったのですね。本日は学園をお休みしましょう。知らせて参ります」

「そうね。この状態ではちゃんと授業を受けられそうにないもの……」


 しょんぼりとするレナリアの髪をゆるく三つ編みにしたアンナは、「少々お待ちください」と言って退出していった。


 それを見送ったレナリアは大きくため息をつく。


 じっとしていれば辛くないが、少し動くと全身のどこもかしこも痛い。


「筋肉痛が、こんなにひどいものだなんて……」


 起き上がったもののそれ以上動けないレナリアに、フィルが首を傾げる。


「よく考えたらレナリアは回復魔力が使えるんだから、それで治るんじゃないかな」


 レナリアはその言葉に、タンザナイトの目を見開く。


 前世では回復魔力は自分の命を使って発動していたから、自分自身に回復魔力をかけるというのを全く思いつかなかったのだ。


「フィルの言う通りね。どうして思いつかなかったのかしら。ねえフィル、光の魔素を集めてくれる?」

「もちろんだよ!」


 しおれていた羽根をピンと張ったフィルが、元気よく答える。


 フィルは風の精霊だから、シャインほど上手にはできなくても、空気の中に含まれている光の魔素を集めることができるのだ。


「女神の癒しを」


 レナリアが祈るように手を組んで目を閉じると、きらきらとした光がレナリアの全身を覆った。

 するとあれだけ痛かった全身の痛みが、すうっとなくなっていく。


「フィル、凄いわ! ありがとう」

「ふふん。ボクにかかればこれくらい簡単だよ」


 胸を張るフィルの横で、チャムも拍手をしている。


「凄いー。さすがフィルー」

「そうだろう? ボクは凄い精霊だからね」


 えっへんとさらに胸を張るフィルは本当に可愛い。

 その横でうんうんと頷きながら目を輝かせているチャムも可愛い。


 精霊たちのあまりに可愛らしさに、レナリアは思わずフィルとチャムを抱きしめてしまった。


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