第104話 霧の聖女の魔道具

 とりあえず学園の授業をお休みすることにしたレナリアは、アンナにシェリダン侯爵領で採れた魔石を用意してもらった。


 魔石というだけであれば、強い魔物が落とすものでも良いのだが、どうしても魔物の属性に左右されてしまう。


 しかし魔素の多い場所で自然に形成された魔石は、何の癖もなく魔法紋を刻むのには最適だ。


 シェリダン侯爵領にはその自然に形成された魔石が採れる採掘場があり、そこで採れる魔石は小粒ではあるが品質の良いものが多い。


 稀に大きな魔石が発見されることもあるので、レナリアは家に頼んでそうした魔石をいくつか送ってもらっていた。


 その魔石に、霧の聖女を具現化させるための魔法紋を刻むつもりだ。


 レナリアはまずは手に取った魔石を、それぞれの属性ごとに分けていった。


「霧の聖女を出現させるには、水と火が必要よね。魔法紋を削る魔石は、水の属性と火の属性と、どちらがいいかしら……」


 二つの魔石を前に悩むレナリアに、フィルは「これがいいよ」と、少し小さめの風の魔石を渡した。

 水や火と違って、風の魔石はなかなか見つからない。


 送ってもらった魔石の中でも、風の魔石は小さいものが多かった。


「火と水は基本的に反発しちゃうからさ。どっちかに偏っちゃうとうまく発動しないと思う。その点、風の属性ならどっちもうまく発動するはずだよ」


 フィルが説明している間、チャムは火の魔石に体をくっつけていた。

 チャムはまだ子供なので、火属性の魔石のそばにいると安心するらしい。


 レナリアは、この霧の聖女の魔道具を作り終わったら、今度はチャム用に火の魔石を使ったネックレスをプレゼントしようかと思い立った。もちろんフィルの分も作る予定だ。


 せっかくだから、レナリアはできあがるまで精霊たちには内緒にしておくつもりだった。

 なのについ強く考えてしまったらしい。


 チャムが勢いよく顔を上げて、にぱーっと全開の笑顔になった。


「チャム、レナリア作ってくれるネックレス欲しいー」

「ボクも!」


 言葉に出さなくても考えていることが伝わるのはいいが、これでは何も秘密にできない。


 レナリアは仕方がないかと肩をすくめた。


「もちろん作るわ。でも先に霧の聖女を出現させるための魔法紋を刻まなくちゃ」

「早く作ろう!」

「チャムもお手伝いがんばるー!」


 俄然やる気になったフィルとチャムに、レナリアは「頼もしいわ」と笑顔を浮かべる。


「さて、じゃあ始めましょうか」


 レナリアはまずナイフに魔力を通して、慎重に風の魔石に水の魔法紋を刻んだ。


 刻み終わると、魔石を小皿の上に置いて、魔力を通す。

 じわりと魔石に水がにじみ、そして鉄砲水のように勢いよく噴き出た。


「きゃーっ、お嬢さまっ」


 控えていたアンナの悲鳴に、クラウスが何事かと部屋に飛びこんでくる。


 そして魔石を持ったまま硬直しているレナリアを見つけ、急いでその手から魔石を離した。


「一体全体、どうしたんですか?」


 クラウスの声には呆れたような響きがある。


 実はこういうことは初めてではない。


 レナリアがまだ入学前でシェリダン侯爵家の屋敷にいた頃、何度も魔法の加減を間違えて大騒ぎになっていたのだ。


 屋敷の裏手にある森の一部が更地になっていたり、古い倉庫の屋根が飛んだり。

 それを思えば、壁が水浸しになるくらい、かわいいものだ。


「ちょっとだけ水を出そうと思ったのだけれど……」

「どう見てもちょっとではないですね」

「いきなり失敗かしら……」


 しょぼんとうなだれるレナリアの頭を、クラウスはぽんと叩いた。


「成功するまでがんばればいいさ」

「そうなんだけど……」

「ちょっとクラウス、お嬢さまにあんまり馴れ馴れしくしないでちょうだい」


 壁を拭いて濡れた布巾をクラウスの目の前に突きつけたアンナが、じろりと睨む。


「いや、俺はお慰めしていただけだろ」

「嫁入り前なんですから、お嬢さまの身に危険が迫った時以外は近寄らないでくださいねー。はい、どいてどいて」


 従兄妹同士なので、アンナのクラウスに対する扱いはぞんざいだ。

 しっしと追い払われたクラウスは苦笑しながら扉の前に戻った。


 相変わらずだわ、と二人のやり取りになごんでいたレナリアの袖を、フィルがつんつんと引っ張った。


「どうしたの、フィル」

「これさ、失敗っていうか、レナリアの魔力が強すぎるのがダメなのかも。ほら、魔石が風の属性で、レナリアの守護精霊はエアリアルのボクでしょ。だから魔法紋にレナリアの魔力が通りやすくなっちゃってるのかもしれない」

「でもそれじゃ、霧の聖女の魔法紋をちゃんと刻めているかどうかが分からないわ」

「だよねぇ。……あ、それじゃあさ、お兄さんに手伝ってもらえば?」

「でもお兄さまは最高学年だから忙しいかもしれないわ」


 それに最後のエレメンティアードはレオナルドとの一騎打ちになる可能性が高い。


 勝つために時間の許す限り練習している兄のアーサーに、わざわざ実験に付き合ってもらうのは申し訳ないとレナリアは思った。


「ふうん。じゃあ後は事情を知ってて手伝ってもらえそうなのって、もう一人の王子さまだよね? あいつに頼めば?」

「えっ、セシルさまに!?」

「うん、そう。魔力もほどほどだし、ちょうどいいんじゃない?」

「それは……そうかもしれないけど……」


 実験につきあってもらうということは、接点が増えるということだ。


 前世の婚約者であったマリウスのことはもう気にしないと決心したが、やはり瓜二つのセシルとずっと一緒にいるのは……。


 そう思ったが、霧の聖女の魔道具が完成しなければ、レナリアが聖女だということが皆にもバレてしまうかもしれない。


 それは、嫌だ。


「分かったわ。セシルさまに頼んでみましょう」


 レナリアはそう言って魔石をぐっと強く握った。




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