第38話 サラマンダーの名前

 魔法学園に入学したての生徒たちの授業は午前中だけだ。


 二階に厨房つきの個室が与えられている王族はともかく、基本的に貴族も平民も同じ食堂で食事を摂る決まりになっている。


 だが高位貴族に限り、自室で食事を摂ることが許されている。


 レナリアも初日に王族に拉致された時以外は、自室で食事を用意してもらっていた。

 寮の貴賓室には王家とそれに準ずる高位貴族しか入れないため、毒殺等を防ぐために小さな厨房がついているのだ。


 侯爵家から派遣された料理人が腕を奮って作る昼食を待つ間、レナリアは侍女のアンナと護衛のクラウスにサラマンダーがフィルの子分になったことを伝えた。


 これからフィルだけではなく、サラマンダーとも会話するのだ。

 ちゃんと話しておかなければ、何かあった時に対処できないだろう。


「子分……ですか?」


 目を丸くするアンナに、レナリアは重々しく頷いた。


「ええ。それで私のお手伝いをしてくれるそうよ」


 レナリアの周りでは、小さなサラマンダーが「お手伝いー」と喜びながら飛び回っている。


 フィルはレナリアの肩に腰かけながら「ちゃんとボクの言うことをきくんだぞ」と釘を刺していた。


「分かってるもーん。えへへー。レナリアのお手伝いするのー」


 その嬉しそうな様子に、レナリアの顔に思わず笑みがこぼれる。


「エアリアルの加護に加えて、サラマンダーの加護ですか? さすがレナリアお嬢様です!」


 アンナは両手を合わせて感激した。

 シェリダン侯爵家の至宝と呼ばれ、美しく賢いアンナの自慢のお嬢様は、今まで誰も実現したことがない、二つの精霊から加護を得ているというのだ。

 これに興奮するなというほうが無理だ。


「ちっこいのはレナリアに加護は与えてないぞ。あくまでもボクの子分なんだからな」


 アンナに猛抗議したフィルだが、残念ながらその言葉はアンナには聞こえていない。

 そこで苦笑しながらレナリアが代わりに伝えた。


「アンナ。サラマンダーは私に加護をくださったわけではないみたいよ。ただ、お手伝いをしてくれているだけなの」

「それだって凄いことです! 旦那様と奥様にもお伝えしなくては!」

「こっそりとお願いね」

「もちろんです」


 ただでさえ聖女の力を隠しているというのに、さらにエアリアルとサラマンダーがレナリアに協力していることがバレたら大変なことになる。


 学園から家に出す手紙は、高位貴族の場合は基本的に検閲などはされないが、それでも万が一ということがある。


 アンナもクラウスもその辺りは承知しているから、両親にしか分からない手紙で報告することだろう。


「それで、どんな名前になさったのですか?」

「名前?」

「ええ。その小さなサラマンダーにも名前をつけていらっしゃるのでしょう?」


 アンナに当然のように聞かれたが、そう言われてみれば……まだ名前をつけていない。

 

 他のサラマンダーと区別するためにも、名前は必要だろうか。


 加護をもらったわけではないからつけなくてもよさそうだが、サラマンダーは「名前つけてー。可愛いのがいいのー」とレナリアの顔の前でぴょんぴょんと跳ねてアピールをしている。


「まだつけていないわ。でも、必要よね」


 レナリアは一応フィルにも名前をつけていいか聞いてみた。


「名前なんか必要ないよ。サラマンダーって呼べばいいじゃないか」

「でもそれだと、他のサラマンダーと区別がつかなくなるわ」

「じゃあ、ちっこいのって呼べばいい」

「いつか大きくなるのにそれじゃ、可哀想よ」


 レナリアの言葉に、フィルは可愛い顔をしかめる。背中の羽根がブブブと不協和音を出しているから、不機嫌になっているのだろう。


 だったら、とレナリアは考えた。


「ねえ、フィル。古代語で炎とか、火とか……そういう意味の言葉はない?」

「サラマンダーでいいよ」

「フィルだって、他の精霊と同じようにエアリアルって呼ばれたら嫌でしょう?」

「だってボクはレナリアの守護精霊だよ。他のやつと一緒なんて、嫌に決まってるじゃないか」

「そうね。でもサラマンダーはフィルの子分でしょう? だから二人で名前を考えてあげるのはどうかしら?」

「二人……? レナリアとボクで?」

「ええ。フィルと私で」

「それなら……いいかな」


 少し考えた後、フィルは羽を震わせるのをやめて飛び回っているサラマンダーを見る。


「古代語で炎だと、シャーマだね」

「う~ん。もう少し短い名前の方が呼びやすいんじゃないかしら」

「じゃあ、チャム。小さな炎っていう意味だよ」

「まあ、なんて可愛らしい名前なの。さすがフィルだわ。ピッタリの名前を考えてくれたのね。ねえ小さなサラマンダーさん。あなたの名前はチャムでいいかしら?」


 レナリアがそう聞くと、サラマンダーは大喜びで部屋中を飛び回った。


「チャム! 凄く可愛い名前なのー! わたしチャムになったのー! レナリア、フィル、ありがとー!」


 小さなサラマンダーは、その炎の色を真っ赤に染めて、喜びを表していた。

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