第39話 魔法の杖

 チャムという名前をもらってからのサラマンダーは、「お手伝いするー」と張り切っている。

 とはいえ、基本的に部屋と学校を往復するだけのレナリアにサラマンダーの協力は必要ない。


 だが「レナリアがお手伝いさせてくれないー」と不満を漏らすチャムのために、兄のアーサーにサラマンダーと契約した者はどんな魔法を学ぶのか聞いてみた。


「やっぱり攻撃魔法が多いと思うよ。火魔法は、ほとんどが魔物退治に特化してるからね」

「そうですか……」


 火属性の攻撃魔法であれば、前世で何度か使ったことがある。

 おそらく同じように使えるだろうが、チャムがレナリアに協力していることは秘密なので、おおやけの場では使えない。


 とするとこっそり使うしかないのだが、部屋の中でこっそり使うのに、火魔法は一番適していない。

 むしろ部屋の中で使うのは基本的に禁止されている。

 当然のことだ。


 となると長期休みの時に思う存分暴れさせてあげるしかない。

 レナリアは適当に魔物退治でもして発散させてあげようと考えた。


 父や兄と一緒に行けば、サラマンダーとの連携の仕方も教えてもらえるだろう。


 そういえばレナリアの家族も、それぞれの精霊に名前をつけたらしい。

 兄のアーサーはサラマンダーにフラムという名前をつけて、父と母は、レナリアが長期休みに帰った時のお楽しみということで、まだ内緒にされている。


 まだ先のことだが、家に帰るのが楽しみだわと、レナリアは小さく微笑んだ。






 そろそろ学校生活にも慣れてきた頃、魔法学園では新入生のための重要な授業が行われる。

 魔法学園の裏の森で、自分に最適な魔法の杖を作るための木を選ぶのだ。


 森にはトネリコやニワトコ、杉など、杖の材料に適した木が自生している。

 高学年になると、杖の芯にユニコーンのたてがみなどの魔物の素材を組みこんで性能を上げる杖を使うことが多いが、新入生にはまだそこまでの杖を使いこなすことができない。


 だから森の入り口の浅い場所で材料になる木を採集するのだ。


 もちろん森には魔物も棲んでいるが、聖女の噴水がある辺りまでは簡単な結界が張られている。


 成人男性の背の丈ほどの石柱に魔物除けの魔法紋を刻んだ魔石が埋めこまれているので、もし魔物に遭遇したとしても、そこまで逃げれば襲われない。


 それに加えて、魔法学園には高位貴族も通っているため、学園所属の騎士も護衛として警護しているから森の中でも安心だ。


 学園騎士と呼ばれる彼らは、既婚者だけで構成されている。


 未婚の貴族子女が通う学園で、もし万が一、騎士と令嬢の間で問題が起こったら、それこそ学園の存亡危機となってしまうからだ。


 実際、過去に親の決めた婚約者を嫌い、騎士と駆け落ちした令嬢が何人かいたらしい。


 それゆえ、学園騎士になるためには厳しい身元調査及び人物調査が行われる。

 もちろん各国の密偵などが入りこまないためのものでもある。


 その厳しい審査を潜り抜けた騎士たちに見守られながら森へ行くのだ。

 生徒たちはピクニックにでも行くかのような気楽さだ。


「やっぱり杖の材料はトネリコかな」

「相性が良ければいいんだけどなぁ」


 杖にしようと思う木を見つけたら、その木に魔力を流してみる。

 魔力が綺麗に流れれば、自分と相性の良い木だから、杖として最適なのだ。


 その中でも弾力がありしなやかなトネリコが一番人気だが、なかなかうまく魔力を流せるものがおらず、生徒たちにとっては憧れの材料となっている。


 だがレナリアはトネリコではなく、桃かリンゴの木がいいと思っている。


 果物が生る木で作った魔法の杖は、素材としては格下になるが、杖にした時にほのかに果物の香りがするらしい。


 それを聞いたチャムが、果物の木の杖がいいとレナリアにお願いしたのだ。


 森の中に色々な種類の木が生えているといっても、果物の生る木は少なく見つけるのが難しい。

 だがそこは風の精霊であるフィルが、香りを辿って見つけてくれると約束していた。


「ふふっ。ドリュアスに頼んで素敵な木を見つけてもらおうっと」


 特別クラスのクラスメイトであるエイミー・マクセルが嬉しそうに目を細めると、イレーネ・パレオロゴスは羨ましそうにため息をついた。


「エイミーさんが羨ましいわ。私の守護精霊はノームだから……。え? 土を見れば良い木がどうか分かる? あら、そうなの……?」


 イレーネの守護精霊は土のノームだ。

 きっと栄養たっぷりの土ですくすくと育っている木を見つけることができるだろう。


 それを聞いた同じノームを守護精霊とするドミニク・ラーズとロイス・ファーゴットも、自分の精霊に良い木を見つけてくれるようにお願いをする。


 それを羨ましそうに見るのは火の精霊サラマンダーの守護を持つ コリーン・マードックとバーナード・トマソンだ。

 彼らの精霊は木との親和性が低いから、協力は望めない。自力で良い木を見つけるしかないだろう。


 セシル王子のウンディーネは、中を流れる水がさらさらと美しい音を響かせて流れる木を見つけてくれるらしい。


 それを聞いた他のウンディーネの加護を持つ者たちも、同じお願いをそれぞれの精霊たちにしていた。


「あたしはニワトコを見つければいいのね」

「ええ。聖女には聖なる魔力を増幅するニワトコが最適です」

「分かったわ」


 アンジェも、教会関係者でAクラスに所属するルシンダ・カーライルと一緒にニワトコを探すらしい。ただルシンダの守護精霊はサラマンダーだから、ちゃんと見つけられるのかどうかは怪しい。


 とりあえずアンジェの探す木とは別の木を探すのだから、同じ木を巡って争うこともないだろうと、レナリアは少し安心した。

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