第12話 聖女候補は聞き分けがない

 アンナたちと別れて教室に入ったレナリアは、思わずその場で立ち止まった。


 このクラスは高位貴族のためのクラスで、講堂と同じように身分の順に座る決まりになっている。


 だから一番前の席に第二王子であるセシルが座っているのは当然だ。


 なのに、どうしてその隣の席へ、当然のようにアンジェが座っているのだろう。

 そもそも、アンジェのクラスは平民の多い別のクラスなのではないだろうか。


 そしてその横には、先ほどアンジェを迎えにきていた生徒もいる。


 別にレナリアは王子と仲良くしたいとは思っていない。というか、むしろ避けたいと思っているからアンジェが座っている席に座らなくてもいいのだが、残念ながら他に空いている席がない。


 どうしようかと立ちすくんでいると、教師が教室へ入ってきた。


「そんな所でどうした? 着席したまえ」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいるのは昨日アンジェに注意していた、藍色の髪に銀縁の眼鏡をかけた教師だった。


 落ち着いた声だからベテランの教師かと思っていたが、こうして近くで見ると、思ったよりも若い。


「あの、席がなくて……」

「そんなはずは――」


 ない、と言いかけて、教室の席が全て埋まっているのに気がつく。


「名前は?」

「レナリア・シェリダンです」

「それならばこの席だが……。君の名前は?」


 アンジェの前に立った教師が名前を尋ねると、元気よく立ち上がったアンジェは声を張り上げた。


「あたしはアンジェ・パーカーです!」

「そう声を張り上げなくとも聞こえている。アンジェ・パーカー、ここは君の席ではない。そもそも君のクラスはあちらだ」


 教師は左隣の教室の方を指すが、アンジェはどうして、という顔をしている。

 するとアンジェの隣の席に座っていた男子生徒が立ち上がった。


 反対側に座るセシル王子は、微笑みを浮かべたまま静観している。


「先生。彼女は聖女候補ですから、こちらの特別クラスがふさわしいと思います」

「ロイド・クラフト、君はここで何をしている? 二年生の教室はここではないぞ」

「聖女候補のアンジェが慣れない学園生活を快適に過ごすためにサポートするよう、しばらくついていてくれと猊下から頼まれております」


 わざとらしく胸のロザリオを握るロイドに、教師はフンと鼻を鳴らした。


「今のうちに教会で飼いならそうという訳か。それは別に構わんが、クラスの件は認められないぞ」

「マーカス先生、彼女は聖女になるんですよ。例外として認めてください」

「まだ候補だろうに、断言していいのか?」


 呆れたように言う教師に、ロイドは熱に浮かされたようなギラギラとした目で熱弁をふるう。


「先生にも彼女の守護精霊が見えるでしょう? これほどの輝きを持つ守護精霊など初めて見ました。きっとアンジェは稀代の聖女となるに違いない!」


 立ったままそれを聞いていたレナリアはそっと目を逸らした。

 多分アンジェの魔力では、聖女になれるかどうかは分からない。それなのに光の守護精霊が契約したのは、レナリアがフィルを選んだ腹いせだ。


 でもそんな事は言えない。

 言っても信じてもらえないだろうし、レナリアが風の精霊と光の精霊が契約しようと争うほどの魔力を持っている事を知られたくない。


 それにしてもいつ事態の収拾がつくのだろうかと、ずっと立ったままのレナリアは困ってしまった。


 思わず視線をさまよわせていると、じっとこちらを見ているタンザナイトの瞳と出会う。


 え、やだ。

 どうしてこっちを見てるの。


 さっきまでのセシル王子は、この騒動をどうでもいいと思っているのか、口元に微笑みを浮かべたまま事態を静観していたはずだ。


 だが今はなぜかしっかりこちらを見ている。


 レナリアはそっと視線をはずす。


 だが、まだ視線は感じている。


「ねえレナリア」


 ごめんなさい、今は話しかけられないの。

 フィルの呼びかけに、レナリアは心の中で返事をする。


「ねえってば」


 フィル、後で聞くわ。

 今は返事ができないの。だって一人で話しているように見えるでしょう?

 私は目立ちたくないのよ。


「う~ん。でもさぁ」


 なあに?

 何か気にかかるの?


「あの人さ、僕の事、見えてるみたいなんだけど」


 レナリアが驚いてフィルを見ると、パタパタと羽を動かすフィルの指の先には、セシル王子がいる。


「えっ、見えてる?」


 思わず小さく叫ぶと、セシル王子はまるで獲物を捕らえる肉食動物のような目をした。


「レナリア・シェリダン。我が従妹殿。それは、何だ?」

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