第128話 ゼディーテ迷宮二
星の中心部、コア迷宮。
姉は異形の姿をとり今にもコア迷宮管理者を亡き者にしようとしていた。
ひたすら人間が落ちてくるのを待つだけの魔物。
日々の研鑽はなく、向上心もない怠惰な魔物。
そんなモノに負ける要素は無い。
ぶよぶよとした身体を削りながら中心へと進んで行く。
そこへ上から急接近するモノがあった。
姉の上空で止まり言葉をかける。
「こんなモノに何を手間取っているのです。さっさと削除しなさい」
「バロウズ……」
姉の動きが止まりバロウズを睨む。
「弟とイサナが中にいる」
なので一気に削除出来ない、と悔やむように呟いた。
「仕方ありません。私がその二人を守り、コイツを削除してあげます」
「お前にしてもらわなくても!」
「私を嫌っているのは知っています。時間がないのですよ。おそらくクソヤロウが」
バロウズの言葉の途中で声が響いてきた。
その声はゼディーテ中に響く。
全ての人間、魔物、迷宮管理者に場所を問わず聞こえて来た。
『僕はゼディーテの神。クソヤロウと定義してもらったからそう呼ぶと良い』
「バロウズ!」
姉がバロウズを再び睨む。お前、消滅しに行ったのではなかったのか、と。
『僕の創った世界に異物がたくさん入り込んでね。もういちいち消すのが面倒だからこの世界は消去。いらない。告知してあげただけでもありがたいと思ってね』
「ちっ。クソヤロウめ。小娘、協力しなさい。あいつは星ごと消そうとしています」
「でも弟とイサナが!」
「言ったでしょう? 私が守りながらコイツを削除します」
バロウズの手から闇が這い出る。
それはコア迷宮管理者の身体を飲み込んでいく。
管理者の身体全てを包み込むように広がり瞬く間に消し去った。
中心に残ったのは二つの闇の塊。
それが姉の方へと近づいて来る。
闇が弾けるように消え、中には弟とイサナの姿があった。
「あれ? 姉ちゃん?」
『母様!』
イサナが姉の腰に抱きつく。よしよしと頭をなで、よかったと姉が呟き異形の姿を元に戻す。
「これでいいでしょう? 行きますよ」
「あ? バロウズ? なんでここにいんの? ナーマは?」
バロウズの姿に気づいた弟が問いかけた。
「ナアマはクソヤロウに消滅させられました。私、ひとりでは敵いません」
「ひとりではって……あ? 姉ちゃんを連れてくって事?」
「いいえ、もはや私の身体も一部切り取られ充分に力を発揮できないでしょう。そこで」
「どこ?」
「ちっ。お前はいちいちツッコミという文化を披露しなければすまない性格なのですか」
「ごめんごめん、それで?」
「小娘。私を同化吸収しなさい。お前の半身は私。私のままでは通用しません。しかし、私の半身と共にクソヤロウのマナ半身を持つお前ならば」
「お断りします」
「一度は断る姿勢、わかります。ですがそうも言っていられないのです」
姉の右半身は三体の島の魔物。元はといえばバロウズから別れた魔物が姉の崩壊を防ぐ為にひとつとなった。
そして左半身はマナ心臓を持つ体。二十数年の時を隔ててそれはすでにマナと同一の物では無く、新たに姉の中で生み出された物質となっていた。
「つまり、姉ちゃんとバロウズが合体して創造神になるの?」
「だいたいそんな感じと思ってかまいません。地球にある私の本体より力を持つことになるかもしれません」
「創造神の姉ちゃん。どうか三食昼寝付きで働かなくて済むようにしてください」
パンッパンッと手を合わせ二拍手する弟。
「ただ……私と小娘が立ち向かったとしても勝てるかどうかはわかりません」
「そんなにつえーの!?」
「それでも行かなければこの星そのものが消えてしまう」
黙って聞いていた姉が決意したように口を開く。
「俺も行くよ!」
『イサナも!』
「いいえ、駄目です。二人は伊崎総理の所へ行ってください。
「事情知ってて待ってるだけなんてできねぇよ!」
「足手まといです!」
きっぱりと告げる姉に弟は驚きの顔を向ける。
イサナも俯きそんな事はないと呟く。
本当は足手まといだと知っている。わかっている。
それでも何かせずには、何かを言わずにはいられなかった。
「バロウズ。同化を」
「わかりました」
バロウズが姉の右手を取る。
跪き頭を垂れる。
それは騎士の誓いのように見えた。
バロウズの体が崩れていき姉の中へと吸収されていく。
表面に変化は無いが姉は
自分の身体の中に世界を創造できるほどの能力を感じる。
地球がある世界にいるバロウズの本体とも繋がる。
今なら
「姉、ちゃん」
「母様……」
「二人を伊崎総理の所へ送ります。大丈夫、後は任せて」
「うん」
「クソヤロウを消しても迷宮は残します。ふふふ、迷宮入り放題、です」
「いや、創造主みたいなもんなんだろ? 何でもどうとでもなるし迷宮入っても意味ねぇと思うけど」
「分身? 力を抑えた分体で行くのです!」
「まぁいいけど、俺は鍛えねぇと姉ちゃんについていけそうにねぇなぁ」
「では、全てが終わったら鍛えられるようにしてあげましょう」
『母様……』
「イサナ、待っててくださいね」
『うん!』
行ってきます。
姉は静かにそう言うと空に向かって速度を上げた。
弟とイサナは伊崎の下へ送られる。
「姉ちゃーん! カグツチの依り代返してー!」
姉の迷宮鞄に収納された土人形の依り代を返せと弟が叫ぶ。
残念だ弟。姉にはもう聞こえていない。クソヤロウのことしか頭にないのだ。
『また何か来た。あれ? さっきのが混ざってる?』
「お前がクソヤロウか」
一瞬でクソヤロウのもとに辿り着いた姉が対峙する。
『君も邪魔だなぁ。さっきのよりやっかいそうだ』
「お前は速攻で消す。ひとかけらも残さない。その為に私が持つ全ての力を使って消す」
『ふーん。言葉よりやってみせてよ』
クソヤロウの光が増し、輝く。
目に映る物は白い光のみ。
そしてゆっくりと光が収まると一面を覆い尽くす魔物の群れが現れた。
ただの魔物ではない。その全てが迷宮管理者級だ。
一体を相手に一撃では無理でも倒せないことは無い。
だが数が多すぎる。
姉はそれらを見ても焦ること無く、瞳を閉じ静かに手を合わせた。
姉の服が消え、
巫女装束の上に千早を纏い、頭には天冠(金色の頭飾り)、両手で神楽鈴を持つ。
瞑った瞳を開けると同時に神楽鈴を一振り。
シャラン。
「高天原、夜の食国、根之堅州國、常世の国、全ての国に
シャラン。
「ここに集いて
シャラン。
姉の身体が輝き始める。
クソヤロウの光に負けない輝きだ。
すうっと姉の横に一柱の神が降りて来られた。
『久しいな。妾の巫よ』
「
『先の口上なぞいらんのじゃ。皆、喚ばれるのを待っておる』
「はい。八百万の神々、御力を貸してください!」
周りに次々と神々が降臨されてくる。
皆が待ちに待っていたぞという顔だ。
『母上よ。喚ばれるのを待っておったのじゃ。めっせーじでもよかったのじゃがのう』
「アマテラス様」
『小娘。すでに我を超えたな。後ほど手合わせ願いたい。……ところでイサナは元気か?』
『小娘如きに喚ばれるのは癪だけど第二夫人の願いだものね。来てあげたわ』
「イザナギ様。イザナミ様」
『ママ。来たよ』
「スサノオ様」
『スサ』
「スサ。よく来てくれました」
『うん』
『娘だけですか。アンドレはいないのですか?』
「……」
『ツクヨミ様。無視! 無視されてますよ!』
『いいのですピエール。気高き騎士の心は何よりも広いのです』
日本における神と呼ばれる存在。
遙か昔からあられ消える事無く増え続ける神々。
人が死ぬと神に成る、という神道においてその数は膨大だ。
魔物対神々。
まさにそれはラグナロクかハルマゲドンか。
『数で押そうたって無駄だよ』
「数で押そうとしたお前が言うな」
『……ちっ。でもね、創造たる神の僕には届かないよ』
「創造と言ってもたかが十の星を創ったくらいで何を言う。私は幾兆もの星を、システムを創造している」
『……それなら君達を消した後、その世界をいただくよ!』
その言葉を皮切りに魔物達が向かって来る。
「鶴翼の陣!」
姉を中心に左右に展開していた神々が前に出る。Vの字の陣形だ。
大将の姉を滅せれば終わると魔物達は姉に向かって突進してくる。
姉の前に立つのは天之神、アマテラス様、イザナギ様、イザナミ様、ツクヨミ様だ。
最強の神々が守る。
スサノオ様はそうっと姉の手を取り手を繋いでいる。幼児化が進行している。
「方円の陣!」
左右の神々が魔物を囲い始める。
神々で囲まれた魔物は四方から攻撃を受け姉を狙うどころではない。
『ぬるいのう。素手で充分じゃ』
天之神が気怠げに打撃を繰り出す。
『アマテラスビーム! ……どうじゃ? 新開発じゃ。ハイカラであろう?』
アマテラス様が振り向き、姉に向かってニッコリ笑いながら言う。
『森羅を使うまでもないッ。
『なんだか坊やの方が強かったわねぇ』
イザナギ様、イザナミ様は退屈そうだ。
『
『嗚呼なんと! 花びらに触れた魔物が散り散りに!』
ツクヨミ様とピエールは遊んでいる。
ツクヨミ様が魔物に向け掲げたレイピアから薔薇の花びらが渦を巻いて噴き出し魔物へと向かう。
花びらに触れた魔物は抗う事さえできずに消え去って行った。
『ママ、行ってくる』
「スサ。気を付けて」
うんと頷きスサノオ様が姉にいい所を見せようと前に出る。
そして左手を前に出し叫ぶ。
『この俺の左手に宿りし混沌の獣よ。今こそ俺の血を糧にその力を解き放て! 出でよ! 邪龍
左手を食い破るようにヤマタノオロチが這い出てくる。
そんな所に住まわしていたのか。退治したのではなかったのかスサノオ様!
ちなみに右手には
絶対、後でアマテラス様から説教だ。
神々と魔物の攻防はあっけなく終わりを告げる。
強い、強すぎるぞ神々。さすが戦闘狂達だ。
『ふ、ふん。雑魚は雑魚。わかっていたさ。さて僕の出番だね。一対一で決闘だ!』
クソヤロウが叫ぶ。
「お断りします。
姉が右手を掲げクソヤロウに向かって振り下ろす。
それを合図に神々が全力で向かって行く。
姉も細井双剣『天剣・神斬(あまのつるぎ・かみきり)』『天剣・魔斬(あまのつるぎ・まきり)』を持ち先頭を行く。
『ちょっとー! よってたかってひどくないー!?』
双剣が光を裂く。
姉の斬撃から体内でバロウズ物質とマナが融合し新たな理を持つモノが放出される。
バロウズとナアマの攻撃は届かなかった。
だが、姉の攻撃は光を斬り裂いた。
それを切っ掛けに神々の攻撃も届くようになる。
追随して神々がクソヤロウを斬り、殴り、囓り、引き裂く。
散り散りになったクソヤロウを姉の右手が飲み込み静寂が戻った。
優勢な時に一対一の決闘など愚かでしかない。
正義を求める戦いでも、誇りを賭けた戦いでもない。
ただの殲滅戦だ。
敵は消す。
それだけの事である。
日本、総理大臣官邸。
この星の迷宮管理者とその上位の存在が消えた事を伊崎は感覚で知る。
ニヤリと嗤いつつ立ち上がり唱えた。
「迷宮管理者権限を委譲せよ。……よし、簒奪完了だ」
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