第127話 ゼディーテ迷宮


 姉弟達が星の中心にある迷宮、コア迷宮を攻略している頃、バロウズとナアマは空へと向かっていた。

 地を蹴り重力を感じさせない動きで飛び立つ。

 実のところこの星には重力はない。

 星そのものが迷宮であり、管理者が擬似的に重力があると思わせている。

 バロウズが関知していない異世界ならばその世界で定められた人間の枠を超えることはできないだろう。

 しかし、それがであるなら――。


「先行します」

「任せますよ」


 二人の行く手を阻もうと魔物が空から降ってくる。

 唐突に空中でポップする魔物を見るに二人の行動は想定されていなかったと見える。

 次々とポップしてくる魔物。鳥類、ガーゴイル、黒竜……。

 それらは視界を埋め、陽の光を遮るほど空を覆い尽くし始めた。


 ナアマが右手を払うように振る。

 衝撃波のような物が魔物を襲い埋め尽くされた空に一文字の隙間が開く。

 しかしすぐに埋まっていく。


「倒す必要はありません。突破するだけでいいのですからこのまま行きますよ」

「はっ」


 二人は攻略しに来たわけでも、ドロップ品狙いでもない。

 ただ、異世界神クソヤロウを消滅させに来たのだ。

 いま見えている魔物を突破し、更に上へ向かう。

 その後、魔物が地上を襲おうと知ったことではない。

 伊崎が何とかするはずだ。多分。


 最も簡単に済ませるならば星そのものを破壊するのが手っ取り早い。

 その力もある。

 しかし星の破壊はしない、と伊崎との約束だ。

 二度も念を押された。

 ただの人間との約束ならば気にする必要も無くさっさと破壊して終わらせただろう。

 伊崎は魔王。呼称ではなく種族として魔王である。

 マナと魔物の王。

 それはバロウズが創造した世界に存在しないモノ。いまだ解析できない謎。

 存在を赦せないモノであるが、手出しできない。

 いつの日か解析し存在を消してやると、心のトゥドゥリストに載せながら魔物の壁を抜けた。



 足元にはゼディーテがある。

 そして手を伸ばすと壁。壁には星が煌めくようにいる。

 この壁がゼディーテを覆いひとつの迷宮として人間の魂を吸い上げている。

 この世界の人間の魂などどうでもいい。

 問題は自分の世界に侵攻してきたクソヤロウだ。


 壁に向け憎悪と共に殴りつける。

 星の迷宮を管理しているクソヤロウは、プロパティで非破壊属性をつけていないようだ。

 壁に罅が入り始め少しずつ広がっていく。

 パラパラと破片が落下し通り抜けられるほどの穴が開いた。

 そこを抜けると九つの星が円を描くように浮かんでいる。

 ゼディーテと合わせると十の星。

 十の星以外は何もない闇。

 バロウズが創造した世界は数兆もの星々が生を全うしている。それが無機物であれ、有機物であれども。

 しかしここはたった十の星しかない。ただの箱庭世界。

 ふん、と嘲るように鼻で笑うバロウズ。優越感が沸き上がってくる。


「バロウズ様、これは……」

「十の星、いえ迷宮ですね。奴等に言わせれば牧場という事でしょう」

「これほどの人間の魂でも足りない、と」

「そうでしょうね。それで私の世界へ侵攻してきたと……忌々しい!」


『そういう事だ。ここまで来たのは想定外だが、赦そう』


 二人の目の前にすうっと現れた人型のモノ。トーガのような布を纏い白髪白髭で六十代くらいを模している。


『我はカエフ。唯一神カエフである。お前達の……ちょっと待てぃっ!』


 カエフと名乗る魔物が話している途中でバロウズとナアマが襲いかかる。

 口上を聞いている暇などない。聞く必要はないし知る価値もない。

 これから消す存在の事を記憶に残すなどリソースの無駄だ。


 ナアマは体術でその身体を砕かんとする。一撃一撃が岩山を消滅させる重い攻撃だ。

 バロウズはカエフに右手の平を向ける。

 そこから闇が染み出しカエフを包み込もうと蠢く。


『なんなのだ。なんなのだお前達は!』


 バロウズの闇がカエフの足を飲み込み切り取る。そしてそれは浸蝕の勢いを止めず全てを飲み込もうとする。


『あーあ、君は間抜けぇ。非破壊属性つけるでしょ普通』


 その時、カエフとは別の何かが姿を現した。

 それは全ての闇を消し去るよう光り輝き人間の眼では認識できない。

 その輝きはバロウズをも超える力を内包しているかのようだ。


『間抜けはいらないなぁ。作り直そうっと』


 ソレが言い終わるとカエフそのものが消え去る。

 猶予も与えず、一瞬の戸惑いもなく、ただそう口にしただけで消滅した。


「お前が元凶ですね?」


 バロウズが睨み怨嗟の声を上げる。


『そうかもしれないね。でも君達には関係ないよね』

「ありますね。私の世界に汚らわしいモノを寄越したのですから」

『あぁ、君はあっちの子かぁ。あっちの世界が面白そうだったから壊してみたくてね。おやつにちょうどよかったし』

「なるほど。気持ちはわかります。が、そっと見て楽しむが大人というものらしいですよ」

『うん。だから番犬を送って見て楽しんでた』

「番犬……迷宮を管理していた魔物が番犬。人間が家畜。では、あなたは?」

『言葉にするなら神だよ。誰も僕を認識できないから定義する名などないけれどね』

「では私が定義してあげましょう。クソヤロウ、と」

『何でも良いよ。名に拘る事もないしね』

「サヨウナラ、クソヤロウ」


 バロウズの両手から闇が染み出す。いや、染み……出さない。

 クソヤロウは光だ。相反するモノ。光は闇を打ち消す。

 焦りを感じるバロウズの横からナアマが飛び出し拳撃を振るう。

 力の出し惜しみは無しだ。

 全ての打撃が神速を超え星を砕く一撃。

 就撃は空間をも裂くような渾身の蹴り。

 しかし相手は実体のない光。

 力の行き場がなく攻撃は空振りに終わってしまう。


「バロウズ様!」


 空を切る攻撃をどうすればいいのか回答を得られないナアマが悲痛に叫ぶ。


『ここで打撃練習かい? ここは君達に分かりやすく言えば僕そのもの。身体の中みたいなものだからね。無駄だよ。でもちょっと、邪魔だね』

「貴様ァッ!」

『女性型の方は短気だしうるさいね』


 光がナアマに向かって伸びていく。

 足を掴まれるように絡みつき徐々に光の中へと消えていく。


「バロウズ様ぁ!」


 下半身が光に取り込まれてナアマがバロウズに手を伸ばし叫ぶ。


「お前に私のナアマはあげませんよ!」


 バロウズがナアマの手を取り浸蝕して行く。

 ナアマの手が黒く染まっていきバロウズに取り込まれていく。


「バロウズ様。ありがとうございました」


 これで消滅してしまうのだと悟ったナアマが笑い顔を見せ礼を告げる。

 手を取るバロウズはやがてナアマの頭を優しく抱きかかえるように自らに吸収していった。

 ナアマの瞳から一筋の涙を残して消え去って行く。

 下半身はクソヤロウに。

 上半身はバロウズに。


『さて、と。では君に選択肢。カエフを消しちゃったからゼディーテの管理者がいないんだよね。君やってみない? やらないならここで消すね』

「断る!」

『ええー? 即断? なら消しちゃうよ?』

「抗います。しかし今の私ではそれさえもできないでしょう。出直してきます」


 自分の攻撃が通じず、ナアマさえ半身を取り込まれてしまった。

 現状で抵抗しても何もできずに消滅させられてしまう。

 苦渋の決断に心で怨嗟を呟きながら光に背を向ける。


『逃がすと思う?』

「全力で逃げます」


 言うと同時にゼディーテの地上に向けて瞬速の移動を開始。

 移動しながら小さな星ほどもある岩の塊をいくつも創造し、それを隠れ蓑に塊を渡りながら降りていく。

 クソヤロウは光を伸ばし一撃で岩の塊を粉砕していく。

 最後の塊を粉砕しバロウズの右足に光が絡みついた。


 チッと悪態を吐きつつ自らの手で腰の付け根から足を切り離し速度を上げる。

 もう一度岩の塊を一つ創造し、その裏側に闇の壁を作る。

 これで一瞬だけでも時間を稼げるはずだ。


 降りていきながらも姉の気配を探る。

 “見つけた!”

 この星の中心部。そこに気配がある。

 躊躇無く地面に向かい、地を削りながらそこへと向かって行った。



(あなたに託しますよ)

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