第126話 コア迷宮
その魔物は
各地に開いたコア迷宮への入り口。そこに家畜が自ら糧を送り込むのを待つ。
北極点に開いた入り口もそのひとつ。毎年二匹の家畜が送られてくる。
各地の入り口から送られてくる家畜の数は魔物の腹を満たすのに充分な数だ。
待っているだけで良い。
他の同胞が開く迷宮よりなんと効率のいい事か。
マナで作られた人形(迷宮魔物)やドロップ品を用意する必要が無い。
馬鹿な同胞達。
ふひひ。ふひ? 今日は北極点入り口の日ではないが、四匹貢いできたようだ。
ボーナスか、ふひひ。よしよし、それなら獣と酒をいつもの倍、あたえてやろうか。
「いってーっ! またケツにダメージ!」
真っ先に落とされた弟が尻から落ちてきた。地面がぼよよんと波打ち衝撃を吸収しながら弟を受け止める。
落下時間は何時間か、何日かかったか。途中で時間感覚が曖昧になっていた。
続いて他の三人も到着する。
姉は足から着地しトランポリンで跳ねるように何度かジャンプする。
イサナは姉がジャンプ中に受け止めた。
カグツチも『お前様ぁー、我を受け止めよー!』と叫びながらフライングボディアタック気味に四肢を広げ落ちてきたが、「無理ぃっ!」と逃げる弟の背に命中し、その場で二人して重なり倒れていた。
イサナを降ろし姉は辺りを見渡す。足元には柔らかいゴムのような青い地面が広がる。
地面が淡く発光している為、真っ暗ではない。
広い。どこまで続いているのかわからない。
地面に草木や土などはなく一面が青い。
細井双剣『天剣・神斬(あまのつるぎ・かみきり)』『天剣・魔斬(あまのつるぎ・まきり)』を抜き、スゥッと地面をなぞる。
豆腐に切れ目が入るように簡単に刃が通り一筋の刀傷ができる。
傷から何か溢れ出るわけでもなく、すぐにふさがり何事もなかったかのように元の状態になった。
「異世界神……」
「これ全部!?」
『イサナパーンチ!』
イサナが空気が燃え上がるような速さで地面に向けパンチを繰り出す。
肘まで埋まるほどの威力だが、ぼよんと跳ね返しイサナは十メートル以上も反動で飛び上がった。
姉がイサナを横抱きに受け止めその場に降ろす。
『母様ありがとー! じゃあ次はキックだぞー!』
「あほかイサナ! 同じだろ!」
『やってみないとわかんないしー!』
ふんすと気合いを入れたイサナは腰を落としその場でジャンプ。
五メートルほど飛び上がった後に空を蹴り地面に向け急下降し始めた。
『イサナドロップキーック!』
そのキックは音速を超えソニックブームが見える。これが地面と接触したら人間である弟は衝撃で吹っ飛ぶかもしれない。
死を予感させるキックと弟を見るイサナのしたり顔が怖い。
「ちょ! あほかー!」
その叫びなど聞こえないとイサナの両足が地面に近づく。
パクンッ。
接触する寸前、地が開きイサナを飲み込んだ。そしてすぐにそれは閉じられる。
「はぁ!?」
「イサナ!」
姉が駆け寄りすぐにイサナを飲み込んだ地を切り開くがそこに彼女はいない。
切り開かれるとすぐに閉じられ、再度切る、閉じるの繰り返しが続けられる。
『ふひひ、ボーナスゲット。次はどれにしようか、ふひ』
その声は地面全体から聞こえて来た。
人を小馬鹿にしたような声。見下したような……実際、己以外は全て下に見ているのだろう。その声に姉が切り開く速度が上がるが、閉じる速さも上がり同じ事の繰り返しだ。
「おい! お前、神を騙る魔物だろ! イサナを返せ!」
『ふひ、家畜がオラに意見するのかぁ? 生意気、身の程知らず、図々しい。お前はゆっくり溶かしてやるぞぉ』
「やっぱこいつらには話通じねぇ! カグツチィーッ!」
『応っ!』
弟の喚び声に応えカグツチが依り代から抜け、左手に収まる。
刀身が炎で造られた火の神の剣。
神さえ斬り裂きその命を絶つ。
真っ赤に燃え上がる炎は弟の想いを燃料に、決して消える事は無い。
炎の剣出現と同時に体に炎が纏い鎧を象る。
何者も焼き尽くす剣と如何なる攻撃も通さぬ鎧。
それはまるで恋敵を消し去り、誰にも触れさせぬカグツチの心を表したかのよう。
思いを丈に上段から地に向け炎の剣を振り下ろす。
刀身より噴き出した炎が地を焼き斬り裂いていく。その刀傷は深く深く刻まれ底が見えぬほどとなった。
神さえ癒やす事のできない傷。
スサノオ様でさえそれに抗う事はできなかった。
が、しかし。
みるみるうちに開かれた地は閉じていく。
「またかよ! カグツチが最近役にたたねぇ!」
“……お前様の想いが足らぬのではないか? 我はお前様の想いを具現化しているだけだぞ。うむ、これが倦怠期か。離婚はイザナギが許さぬぞ”
「ちげぇーし! 俺達に倦怠期なんてこねぇー!」
もう一度叫びながら炎の剣を振り下ろすが先ほどと同じように地は閉じられる。
「あ? うわあああー!」
そして弟の足元が開きそこへカグツチと共に落ちて行ってしまった。
『ふひひ、二匹目ゲット』
残されたのは姉とカグツチの依り代。
姉は依り代を迷宮鞄(腰ポーチ型)にしまい地を睨む。
『ああ? 四匹いたはずだけどなあ? まぁ、いいかぁ』
「お前はここで動かず人が生贄を捧げるのを待つだけ?」
『家畜のくせにオラに質問かぁ? まぁ、いいかぁ。そうだぞぉ、オラは頭いい。地上の迷宮を任されてすぐに思いついたぁ。他の奴等は馬鹿ばかりだぁ。ふひひ、みぃーんなオラの上で踊ってるようだぁ』
「入り口は北極だけ?」
『ふひひ、そんな非効率な事するかぁ。地上にいくつもあるぞぉ。南の極にもなぁ。全部逃げ出さないように囲っているけどなぁ、ふひ』
「そうするとここは……」
『オラがこの星の中心だぁ。一番偉くてでかくて頭いいんだぁ』
「そう……。星をくり貫き中心に迷宮をそえ、お前はラスボス……ね?」
姉の目がつり上がり鈍く光る。
肌が赤く染まっていき口の両端が裂けた。
そして赤く濃いマナをふしゅーっと吐き出しながら双剣を構える。
双剣に赤いマナが浸蝕して行き刀身が輝き始めた。
双剣が地を這う。
十字に斬り裂かれ開いた地を更に追撃の剣が襲う。
姉の身体は進化し続け留まることを知らぬ人間を象った
創造主の一部を取り込んで最適化された身体にやっと慣れてきた。
放つ斬撃はすでに神を超えている。
何千年と磨かれてきた神の御業は、数百億年もの記憶と超高効率な運動能力を持つ身体から放たれる一撃には叶わない。
その効率的な動きに適応しようと姉の身体が変化していく。
足が付け根から別れ四つ足となり、指先が固まって
腕も四つ腕になり、二本で双剣を、もう二本は大きく広げ地を逃がさぬよう掴む。
背が割れ、動きをサポートできるように大きな漆黒の翼が二対、ばさりと現出する。
そして髪は赤く燃え盛るように立ち上り、何者も逃さぬよう瞳が大きく見開かれた。
人間、ではない。
もはや非効率的な人の姿は見る影もない。
その姿を弟が見れば、悪魔……いや、ついに魔王になったかと呆れるだろう。
イサナはかっこいい! と歓喜するだろうか。
カグツチは……姿を真似るかもしれない。
姉、魔王バージョンの斬撃は続く。
地が削られ穴を大きくし、ずんずんと進んで行く。
『はぁああ? お前、何者だぁ?』
再生が追い付かない事に驚き
それを気にも留めず姉は進む。
『待て待て! オラを消したら地上が沈むぞぉ? オラが支えてるんだぞぉ!』
「フゥウウウー……それはない。お前はただの魔物。迷宮が消えない限り大丈夫」
赤いマナを吐きながら野太く低い声で姉が応える。
『そしたら迷宮ごと消えてやるぞぉ!』
「お前にその権限はない。それを持つのはこの世界を創ったモノ。そのモノは今、バロウズが消滅に向かっている」
『オ、オラと取り引きだ! このまま帰ればお前達を見逃すぅ! これは良い条件だぁ』「いつまで上から物を言っている。お前の死は確定している」
これまでゼディーテで数々の迷宮を踏破し
だがいずれも迷宮は消滅しなかった。
最上階にいた魔物は迷宮管理者ではあったが、迷宮を改変する権限は持っていなかった。
伊崎が管理者不在の迷宮を手にし、魔物出現やドロップ品変更をする事はできた。
だが、迷宮を消したり中を変更したりする事はできなかった。
それにより更に上位の権限を持つ者がいる事は明白。
その者は何処にいるのか。
ゼディーテでは空気中にマナが含まれている。
その
迷宮庁と経産省(博士)の研究の結果――。
この星、そのものが迷宮である、と推察された。
ラスボスは最上階。
これはどんな迷宮でもその法則は覆らない。
もし迷宮の途中にそれがいるとしたならば、それは中ボスだ。
最後にいるからラスボス。ラスト・ボスキャラクターなのだから。
「お前達をこの世界から! 一掃するッ!」
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