第125話 北極点迷宮


 ミリソリード。

 そこでは今、山脈迷宮踏破記念祭が開催されていた。

 各国商人が集まりそれぞれ臨時店舗を開いている。

 日本政府もこっそりのっかり、日本文化普及の為に現地語に翻訳した本、漫画、小説や玩具、そしてこの世界の物より少しだけ性能をよくした武器防具を出店している。

 また、自衛隊隊員が服務規則から解放され、はっに捻り鉢巻きをして屋台を出し、祭りの盛り上げに貢献していた。


 祭りのメインは迷宮最上階のボス(異世界神)ドロップ品のオークション。

 それが三日目に行われ、収益はバロウズとナアマそして姉との三等分とし、バロウズは数十億円ものお金を手に入れていた。尚、姉の取り分は日本政府へ寄付という約束を以前している。


「資金は貯まりました。後は計画を進めるのみ」

「はっ。各地の土地の手配と建築業者を抑えております」

「発注後、現地人に任せるだけですね」


 バロウズは各国の王都、首都の土地を買い付ける算段をとっていた。現地の職人達に設計図面を渡し、綿密な打ち合わせも済ませている。

 バロウズの力で一気に作り上げても良いのだが、今後そこで人を呼び込む為には現地にお金を落とす必要があり、最近覚えた『信用』を勝ち取る事も必須だ。

 あとは待つだけ。地球とは違い完成まではそれ相応な期間がいるだろう。

 しかしバロウズは完成後の事を早くも思い浮かべニヤリとしていた。


「スペシャルエンターテイメント浴場、楽しみです」

「はっ。お背中流させていただきます」


「それは良いとして、ナアマ」

「はっ」

「報復の時が来ました。異世界神クソヤロウどもを消滅しに行きますよ」

「はっ」


「いい加減、雑魚は飽きましたし、大本、その根源を消しに行きましょう」


 ゼディーテ各地の迷宮を廻り、管理者である異世界神を消滅して回っていたバロウズ。

 それは義務ではない。仕事ではない。伊崎との約束の為でもない。

 初めて抱いた感情、憤慨と怨嗟。

 忘れるという事を知らない超越した存在である為、それが未だくすぶり続けている。

 今にもゼディーテを破壊しそうになるが、それは残すという最低限の約束だ。

 この約束だけは反故にしてはいけないと何かが訴えている。

 しかし、クソヤロウ共だけは別。見かけたら消滅、探して消滅、一体見たら三十体はいると思え。ゴキブリのように湧いて出る異世界神。

 それを生み出している根源の元へ向かおうとしていた。


 そして同じ場にいた伊崎。

 管理者不在のミリソリード山脈迷宮をその手にし、日本からの連絡に目を通していた。


「よし、軌道エレベータ迷宮開設は完了したな。滝川、先遣隊の準備は?」

「はい、すでに高軌道ステーションで待機中です。間もなく調査が開始されます」

「報告を密にせよ。一旦、日本へ戻るぞ」

「はい」


 軌道エレベータ迷宮。それは地球で宇宙船建造と宇宙探索の為、そして各国監視用に開設された迷宮である。

 設計者は探サポに所属するダン調。姉弟が同行し開設に携わった。

 ゼディーテへ領土転移の際に一度データ化し、この星の大きさに合わせて軌道ステーション位置を調整し、再度展開したのであった。

 そして自衛隊の精鋭達が宇宙探索に挑む。当初、姉弟にその任務を与える予定だったが、あろうことか逃げ出して、いまだにその消息を掴めていない。

 伊崎は自分が計画していた事がすでに異世界神によって実行されていたかもしれないと思い立ち、姉弟の確保を待たずに計画を進める事にした。


 偶然、いやこれは必然だ。伊崎はバロウズと同じ道を辿っている。



 そしてお尻を火傷した弟を含む一行。

 山脈を登り降りし、目の前には氷でできた地。北の極、北極点にいた。

 箱馬車風移動車両を取りだし警戒しながらゆっくりと進む。


『お前様の可愛いお尻が丸見えだ。ククク』

「うるせーよ! ちくしょー、ケツ痛ぇ」


 あまりの尻の痛みにズボンとパンツがはけずタオルを腰に巻き、うつ伏せに寝そべっている弟。

 見かねた姉が迷宮鞄に手を入れ、取りだした物を弟に差し出す。


「これならお尻痛くならない。タオルよりまし」

「ミニスカートじゃねぇか! はかねぇし!」


『我はそれを着たお前様を見たいぞ。うむ、おとこというやつか』

『写真撮ってツクヨミお兄ちゃんに送ろうー!』

「やめて、ホントやめて。あの神、マジでろくでもねぇ」



 しばらくして姉が馬車を止めた後、その場に降り立ち前方に目をこらす。

 イサナとカグツチも降りてきて、あれか、と呟く。

 前方にはイグルーのような物が数十戸建っている。雪ブロックでできた半円形の家だ。

 弟に降りるように言って車両を収納する。降りてきた弟はジャージを穿いていた。


 ゆっくり徒歩で近づいていくと、アザラシのような動物を解体していた男が一行に気付く。


「ありゃ、珍しいなぁ。お客さんだ」


 ニッコリと笑う顔には血が飛んでいたが、どことなく日本人顔だ。

 黒目黒髪、六十代くらい。獣皮でできた暖かそうな上着を着ている。


「こんちゃーっす。おじさん、氷の民族ってやつ?」


 いつも人に対して物怖じしない弟が中腰になって目線を合わせ話しかける。


「ああ、そうだなぁ。そう呼ばれているらしいけど、俺達ぁ、ニョム人だぁ」

「ふーん。なぁなぁ、コレ食うの? うまい?」

「あぁ? アザラシか、うめぇぞぉ。ほれ、食ってみれ」


 おじさんがそう言って四人に肉を切り分けてくれた。生食だ。

 肉も魚も生で食べる文化を持つ日本人だ。目の前で解体された姿に抵抗はあったが、忌避感はなく、そっと口に入れた。


「お! うめぇ!」

「美味しい、少しあまい?」

『何もつけてないけど美味しいね!』

『我にはちょっと苦手な味だな』


 そうかそうか、とおじさんはニコニコしながらどんどん切り分けて渡してくれる。

 それぞれ感想を言いつつ食べる声に人が集まり始めた。気付くと数十人に囲まれている。

 女性と子供も集まり、客が珍しいのかそれぞれ食べ物と飲み物を持ち寄り宴会の様相になってきた。


「ところでお前達はこんな所へ何しに来た?」


 ニョム人の代表だと紹介された四十代くらいの男性から声を掛けられる。


「探索と、ぜひ味わっていただきたい物があります。紅茶です」


 姉が答え迷宮鞄から茶葉と器具を取り出す。それを見て淹れ方を習っていたカグツチが準備を始めた。

 水も持ってきていたが、ここは趣を変え人が入らないような所から雪を取ってきてお湯を沸かす。

 茶器を沸いた湯で温め、茶葉を蒸らしてカップに注いだ。


「どうぞ」


 姉が自分に用意されたカップに口を付け大丈夫という態度を表すと、恐る恐る代表は口にした。


「これが茶か。先祖の言い伝えにあった。美味いな」


 代表がニッコリ笑って答えると、周りで見ていたニョム人が群がり我も我も急かし始めた。


「これでヴィクターも満足だな! 戻ったらこの動画を見せてやろうぜ」


 それから集落を案内されたが、見る物は少ない。集落の中心から円状にイグルーが建ち並んでいるだけだ。

 地球でのイグルーは一時拠点であり定住するには不向きだ。しかし言い伝えによりここに定住する事を習わしとし、その為に地球とは違う構造をしていた。


 姉は集落中心部を睨むように見る。一際大きなイグルーが建てられ獣の骨や皮などで装飾されている。


「あそこは……迷宮ですか?」

「迷宮? いや、そこは……」


 姉の問いに代表が言い淀む。姉の感覚ではそこは迷宮だ。


「……ニョム人にとって大切な儀式の場だ」

「覗いてもいいですか?」

「ダメだ! 代表である俺と選ばれた者しか入る事はできない」


 それまで笑顔で案内してくれていたが、真剣な顔になり強い口調で断られる。こわばったような顔には畏怖と自責の念が表れていた。


 一行は誰も使っていないというイグルーに案内され、ここで寝泊まりするといいと言われる。あらためて考えてみると集まった人数のわりにイグルーが多すぎる。

 空きイグルーがたくさんあるのだろう。


「姉ちゃん。さっきのアレ、迷宮だよな?」

「うん。迷宮という言葉は知らなかったみたい。儀式場と言っていましたが、何かおかしい」

「迷宮なら入ってみたいけどな。こっそり入る?」

「あの人が迷宮を見る顔は悔しそうで、悲しげでした。なにかわけがありそうです」

「そっかぁ。んじゃ、俺が聞いて回ってくるわ!」


 弟は即、行動を起こしイグルーから出て行く。こういう時は頼りになる。

 他人とすぐに仲良くなれる弟に任せておけば何らかの情報が得られるはずだ。


 その日、弟は戻ってこなかった。今の時期は白夜のようで一日中外が明るい。

 ゼディーテは地球と同じく地軸の傾きがあるのだろうか。


「ただいま……」


 三人が起き出し身支度を調えていると力なく肩を落とした弟が戻ってきた。


『お前様どうした。まだ尻が痛いのか?』

「いや、ケツの痛みはだいぶ引いた。それより――」


 弟がポツポツと話し始める。

 イグリーを廻り、酒を振るまわれ食べ物の話から始めた。狩猟の仕方、そして生活習慣。

 そこから儀式の話を切り出したが、途端に皆が口をつぐむ。

 大人達は俯き何も話さなくなる。子供達は目を閉じ手で耳を塞いだ。

 何処へ行っても同じ有様だった。


 話してくれないのならしょうがねぇ、覗いてみるか! と中央のイグリーに入ろうとするところで代表に肩を掴まれた。

 それから代表の住むイグリーに連れて行かれ、俯きながらもゆっくりと儀式の話を始める。儀式場を荒らされては困る、話を聞いたら帰って心の奥底にしまってくれと念を押された。


 その儀式は先祖がこの地に来たときから始まった。

 神が降臨されこの地での生活方法を伝授してくださった。

 そしていくらろうとも絶えない獣と酒を与えてくれた。

 しかし年に一度、二人のニョム人を儀式場に寄越すようにと言われた。

 儀式場に入った者は二度と帰って来なかった。

 当時は二百人を超すニョム人だったが、今では五十人ほどに減っていた。

 自然死と事故や病気で命を落とす者もいたが、毎年確実に訪れる死。

 出産自体が困難な環境で、それはニョム人の絶滅を待つばかりであった。

 心を病んだ数代前の代表が儀式場に人を送るのをやめた。

 するとその年は一切の食糧が入手できなくなった。貯めていた食糧で何とか食いつないだが、餓死する者が相次いだ。

 この場を離れようと考えたが、海は荒れ、陸地はとても越せそうにない山脈が立ちはだかっていた。


 弟の話を聞いた姉が勢いよく立ち上がる。


「行きましょう!」

『ぶっとばーす!』

「だよな……このままじゃこの人達全滅しちゃうよな。ぜってぇ殺す!」

『お前様の言うとおりだ。人間には寿命がある。その意味を無くすような非道は許すまじ』


「よっしゃーあ! その前にみんなちょっとあっち向いてて」


 出鼻をくじかれたように不服そうな三人だが言われるがままその方向を向く。

 弟はいそいそと迷宮鞄から装備を取り出し、ジャージを脱いで身につけていた。



 四人は儀式場に向かう。

 そこでは槍を手にした代表が待ち構えていた。


「やはり来たか……しかし、中に入ることは許されん」

「おっちゃん! これ以上犠牲だしていいのかよ!」

「生贄の上に成り立つ生き方のほうが許されません!」


「お前達はいずれここから去る者だ。ここでの生活の事などわかるまい」

「みんなで別のとこに行けばいいだろ! もう山脈も越えられるし!」

「それは余所者の言葉だ。ここが俺達の地、俺達の在るべき場所だ!」


「土地と命、どちらが大切なのですか! あなたが儀式場を見る目は悲しげでした。悔しさがありました。もうわかっているのでしょう? ここに未来はありません!」

「くっ……。わかっているさ! くそっ! どうしようもないだろ! 妻も子供も見送った! せめて次は俺の番で、俺は自分の罪を償いたかった」


「罪ではありません! それを強要したのは神を騙るただの魔物。それを私達が倒します!」


「魔物……? 神ではない……?」

「神は己の食欲を満たす為に人の命を奪ったりしません!」


 神と名乗った魔物。姉はゼディーテに来て何度も相対し気付く。

 それは強大な力を持った――ただの魔物。

 敬うべきではない、敬うべき所を見いだせない。そんなモノ、神ではない!



「クソヤロウは全て消滅する!」



 姉の叫びがこだまする。怒りを乗せた姉の声。

 ニョム人全員にその声が届き、同じ怒りに奮い立つ。


 まだショックの抜けない代表の横を通り過ぎ四人は儀式場の中へ入った。


 そこは、穴。

 深淵を覗き見るような暗闇。

 儀式場の中にはその穴だけが存在した。


「階段も何もねぇ。もしかして飛び込めって?」

『そのようだ。お前様、先鋒は任すぞ。ほれ』


「は? うああああああ! ぎゃあああああ!」


 カグツチが弟の背を押し穴へと落とす。

 すぐにその姿は闇へと消えていった。

 残った三人も顔を見合わせ頷くと、姉、イサナ、カグツチの順に飛び込んで行った。




「うあああ! またこんな感じぃーっ!?」

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