第123話 カントミ王国迷宮二


 カントミ王国。

 国立ローズ・ツクヨミ劇場前広場にて落成式が行われようとしていた。

 招待客はルーファス・ロックウッド王陛下、日本内閣総理大臣伊崎純之介、フランブ共和国議員一同と貴族ご婦人方、ロックウッド王国貴族の方々とご婦人方、など総勢百名近い人数だ。小国カントミにしてはよく集めることができた、といえる。

 これはほとんどがピエールの暗躍によるもので、ご婦人方は全て固定客である。


 広場は白い石畳になっており、そこにソファーのように柔らかくゆったりと座れる三人掛けの長椅子をいくつも並べて招待客がリラックスできるようにしてある。

 広場周囲は住民達が取り囲み、式が始まるのを今か今かと待ち焦がれていた。


 招待客の一人、伊崎が隣の滝川にこそこそと話しかける。


「おい滝川。話が違うじゃねぇか。何が今にも崩壊しそうな城だ。遠目から見ても立派な城だぞ? それにこの王都の街並みも美しい。表通りだけかと思ったら裏路地も同じだったぞ」


「おかしいですねぇ。以前訪れてから改修したのでしょうか。これだけの大規模改修となると相当な金額が必要ですが、この国でまかなえるとは思えません。どこかの大商人資本が入ったか、他国のテコ入れがあったのかもしれませんね。要注意です」


「傀儡政権になっている可能性があるという事か……」


「はい。ただ気になる事が……」


「なんだ?」


「この劇場の名前です。気付きましたか?」


「ローズ・ツクヨミ劇場か……ツクヨミ!?」


「はい。もしかすると、あの」


「またあいつらが絡んでるのかーっ!」


 思わず大声を上げて立ち上がってしまった伊崎。招待客の注目を集め、ペコペコとお辞儀をし、愛想笑いを振りまいて汗を拭きながら座りなおす。


「そうとは限りませんが、これも要注意という事で」


「そ、そうだな。くそっ、あの姉弟は本当にろくでもねぇ」


「さらに諜報員によりますと、フランブで王制から共和国制への革命が起きた際に、ご姉弟がフランブ国内にいた事が判明しています」


「ぐぅぬぬぬ。くそっくそっ。あいつらめぇ……」


 カントミの件、フランブの革命、両方とも姉弟のせいではないのだが、常に二人のことが頭にある伊崎にはその出来事を自然と結びつけてしまう。滝川がまるで姉弟のせいであるかのように伝えている事も要因だ。滝川としては姉弟が黒幕だったら面白いな、くらいにしか思ってはいないのだが。


 一人ドス黒いオーラを出す伊崎を余所に落成式が始まる。

 王族が入場し、赤いサテン生地のような布地に巻かれた壇上に三人があがる。

 パスカル王陛下が一歩前へ、その後ろにティナ王妃殿下とエリック王太子殿下が並びスピーチを始めた。


「おい滝川。お前、王はしょぼくれた爺ぃと言ってなかったか? 王妃も婆ぁと言ってたな?」


「ちょっ、総理。声、抑えてくださいよ。確かに私が謁見した時は今にも死にそうな感じでしたが……」


 壇上のパスカル王は精力に溢れ、王としての威厳をかもし出し滑舌良い口調で話している。王妃は五十代に見えた容姿が今では髪と肌につやがあり、若々しく二十代でも通用しそうな佇まいだ。近く、もう一人お子様が増えるかもしれない。


 王のスピーチが終わり、各国代表の祝辞、そしてテープカットが行われた。この式次第を伊崎は日本っぽいなと思い、また姉弟の関与が頭によぎる。


 招待客が中へと案内され、それぞれに割り当てられた席へと向かう。


「滝川……これ絶対こちらの技術で造られた物じゃねぇぞ」


 中に入りステージと客席を見回しながら伊崎が言う。


「歌劇場……オペラハウスですか。馬蹄型、オーケストラピット、二階のボックス席。ヨーロッパに多い型ですね。確かにここまで酷似していると地球の何者かの仕業と思えます」


「絶対あいつらだ。そうに決まってる。となると来ているはずだ。捕まえてやる!」


 鼻息荒く伊崎と滝川は二階のボックス席に入る。地球規模と比べると小さめの五百名が入れる劇場だが、招待客は百名ほどであるので席に余裕があり、ボックス席は伊崎と滝川、そしてSP二人の四人だけであった。


「おい、パスカル王と同じボックス席にいる者は誰だ」


「うーん、お目にかかったことはありませんねぇ。王と同じボックス席という事はよほどの重要人物かと」


「あいつが関わっているかもしれんな。よし、挨拶がてら確かめに行くぞ」


 伊崎が席を立ち滝川とSPが続く。パスカル王のボックス席前に立つ兵士に話を通し、中へ入れて貰った。


「初めまして、パスカル王陛下。日本内閣総理大臣伊崎純之介と申します。入場前にご挨拶をしたかったのですが、道中想定していたより時間がかかり到着が遅れました。お詫び申し上げます」


「おうおう、よく遠い所まで来られた。パスカル・カントミじゃ。条約締結の件じゃな? 後で詳しく話そうかの」


「初めましてイサキ様。ティナ・カントミと申します」

「エリック・カントミです。どうぞよろしく」


「しかし素晴らしい劇場です。美しく気品があり、威厳を感じます。悠久の歴史を感じるような作り。どなたが設計されたのでしょうか?」


「こちらのツクヨミ殿じゃ。街も城も全てツクヨミ殿のおかげで見違えるようになった。まだ自分でも信じられんの」


 王が紹介したツクヨミ様が立ち、伊崎を見る。伊崎は本能的に悟ってしまう。


「ツクヨミ・ヤオヨロズです。お前は葦原中国を統治する者ですね」


「くっ、やはり……ツクヨミ様であらせられましたか。御無礼を」


 そう言って滝川共々跪き、頭を垂れる。


「おう? イサキ殿はツクヨミ殿をご存じでしたかの」


「はい、夜の食国を統治されるお方。そして日本の、か」


 顔を上げ神と言おうとしたところでツクヨミ様がそっと人差し指を伊崎の口に当てる。


「か、か、カリスマ的存在であらせられます」


「おうおう、それはそれは。ニホンでも有名なお方なのじゃなぁ」


「はい、それはもう……有名すぎて直接お目にかかれるのが畏れ多いほど、です」


「さぁ伊崎よ。席に戻りなさい。そろそろ開演時間です」


「はっ。御尊顔を拝謁でき光栄の極みでありました」


 ツクヨミ様に促され席に戻る伊崎と滝川。



「滝川……本物だったぞ」


「はい。お姿を見ただけでわかりました。あれが神の威光なのですね。イサナちゃんにはありませんでしたが」


「イサナはなぁ……(威光を)やればできる子なんだろうけど、やらないからなぁ」


「イサナちゃんですからねぇ」


「はぁ」

「はぁ」



 ボックス席に戻りしばらくすると公演が始まった。

 主役と思われる二人、弟とアレクセイは開き直るように声を張り上げ動作も大きい。台詞を完全には覚えていない為、後ろには黒子のピエールが控える。

 二人が登場したときご婦人方から黄色い歓声が上がる。二人の顔がピエールが発行する本の登場人物にそっくりだったからだ。


 弟とアレクセイを見た伊崎が怒り顔で立ち上がって叫ぶが歓声にかき消されている。。


「あいつ! やはりここに!」


「いるとは思いましたが、出演者……しかも主役とは」


「確保だ!」


「総理。今はまずいですよ。主役を途中退場させてしまうと、パスカル王の顔に泥を塗る結果になります」


「くそっ、公演終了後に確保だ! 楽屋前にSPを待機させろ」


「いやぁ、それもまずいです。この後、レセプションがありますのでその時に主役がいないと……」


「どうしろというんだっ!」


「レセプション終了後に確保ですね。念の為、発信器をつけましょう」


「く……バロウズが確保したんじゃなかったのかよ!」


「お前は何か勘違いをしていませんか?」


 伊崎の言葉に応える声、すぐ隣にいつの間にかバロウズが座っていた。SPが反応し排除しようとするが滝川が止める。


「バロウズッ!」


「確保は一度しましたよ。しかし私を何だと思っているのです? お前とはあくまでもクソヤロウ共を消滅させる為だけの仲。お前の存在は私にとってのひとつでしかないのですよ」


「そのクソヤロウを見つけ出すのに必要なんだよっ!」


「娘から聞きましたが、宇宙へ行かせるのでしょう? 何の確証もないのに。お前は本当に何もわかっていない。あの娘でさえおぼろげながら気付いているというのに」


「……なんだと?」


「お前にとってクソヤロウ共を何とかするのが最優先のはずです。で、お前はいったい何をやっているのです。外交など後回しでもいいでしょう。クソヤロウ共を消滅させてからでもいいのではないのですか?」


「……ちっ」


「お前の言葉と行動には矛盾が多いのですよ。いったいここで何をやろうとしているのです」


「お前は……お前の方こそ消滅させるのが最優先ではなかったのか?」


「私はお前の知らぬ間に何体も消滅させ、この世界を創った者を特定していますよ」


「な、なんだと! なぜ教えない!? それさえわかれば」


「黙れ。お前は勘違いをしていると言っている。お前との契約はこの世界を破壊しない事、ただそれだけだ。人間共全てを消し去ったとしても反故にしたわけではない。いいか? お前達が存在していられるのは私の慈悲だと思え」


「く……」


 当初はゼディーテを消滅させると言っていたバロウズに対し、異世界神の消滅だけで手を打たせた伊崎。バロウズはこれまであくまでも好意で動いてくれていた。先の言葉に何も返せない伊崎はただただバロウズを睨むだけだった。


「もう一度、言っておく。私との契約はこの世界を破壊しない事だ。他の世界をどうしようがお前の与り知らぬ事と思え」


「それはどういう意味だ?」


「いずれわかる。私のクソヤロウ共への怒りもな」


 その言葉を最後にバロウズの姿が消えた。


 残された伊崎は考え始める。

 確かにバロウズを良いように使ってきた。創造主であるという事はわかっていたはずなのに、自分に甘えがあった。友情ポイント? そんな戯れ事に付き合ってくれていた。

 脆く小さな支柱に支えられた信頼という遊びが今、崩壊した。

 日本人、ゼディーテの人々……全ての命がバロウズの心ひとつで消え去るかもしれない。

 対等であった。対等だと言い聞かせていた。何が対等か。


 バロウズは神さえ凌ぐ存在なのだ。


 そして……それに一番近い存在が、お嬢。


 計画の練り直しだ。各国との条約締結は順調だ。裏取引にも全ての国が応じてくれた。

 当然だ。自国民の魂が吸われているという事実を突きつけたのだから。

 すでに報告のあった踏破済み迷宮は魔王じぶんの手中に置き、ほぼ人死にのない迷宮へと変えた。管理者(異世界神)のいなくなった迷宮を魔王の力を以て乗っ取るのは簡単だった。


 しかし、足元を固めることだけに固執していた。

 まずは死亡率を下げようと画策していたが、バロウズの言う事にも一理ある。

 先に死亡率を下げる事はおそらく正解だろう。また、元凶を潰すというのも正解なのだ。

 だが死亡率を下げるのは時間がかかる。その事をバロウズはもどかしげに言っていたのだ。


 下ばかり見ていないで、上を見なければ。


 上……?




 伊崎はニヤリと嗤い、席を立った。

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