第122話 逃亡迷宮四
日本。
能登半島に接続されたメガフロート(出島)を他国との交易用拠点とし、マルアル共和国とミクス王国のある西大陸(仮称)との交易が盛んに行われている。
ロックウッド王国とは日本から東に千キロ離れている海上拠点(元日本迷宮三百一階層)が交易拠点となっており、東大陸(仮称)にある他の国との折衝が始まろうとしていた。
元日本迷宮三百一階層、初めてゼディーテに来た時に敷設した海上拠点。
そこに姉弟とイサナ、カグツチの姿があった。
一行は海中都市迷宮を破壊し、倫と伊崎の魔の手から逃げる為、またアマテラス様の依頼を達成する為に他国へ渡ろうとしているところであった。
「シージャックします!」
「姉ちゃん、声でかい」
「船を奪います!」
「同じ意味だよね? 何で二度言った? そしてもっと声小さくして」
『海賊にジョブチェンジー!』
『さて、どの船を奪うのだ? 我は船首で旦那様に後ろから抱きしめられ、飛んでるぞと言いたい。うむ、その後旦那様だけ沈む船に残されるのだ』
「沈没確定かよ! というか助けろよ!」
「声、抑えて」
「姉ちゃんに言われたくねぇよ!」
「沈む船を奪います!」
「姉ちゃんもかよ! 沈みたくねぇよ!」
『いや、お前様よ。姉殿が言われるのはアレの事ではないか?』
カグツチがソレを指さす。ソレは黒く細長い船体……潜水艦だ。
ロックウッド王国への威嚇に出動していた潜水艦が海上拠点で補給を受けている所である。一般人が入らないよう警備員が立つ中、乗員が忙しなく物資補給作業を行っている。
この艦は海上自衛隊に昨年配備された最新型マナ推進式『まなりゅう』だ。乗員数は六十名。迷宮化してあり、その能力をフルに発揮すれば永遠に海の中で
そこを狙おうと言っているのであった。
「潜水艦!? いや乗ってみてぇけど、俺らじゃ動かせないよ?」
「忍者さん忍者さん」
姉が忍者さん(所轄警察署姉弟諜報部隊)を呼ぶ。困った時の忍者さんだ。
一瞬の間もおかず姉の横に、すっと姿を現し跪く忍者装束の女性。
「お、今日は女の人かぁ。クノイチ?」
「はっ。当番制でありまして今回は自分が御用向きを伺います」
「潜水艦に乗りたいのですけれど……」
「お任せを。ここに極秘指令書を用意しました」
「それ偽造だよね!? 警察官がやっちゃダメだよね!?」
「いえ、偽造ではありません。本物と
「よくわかんねぇけど、すげぇ?」
「この特権のおかげで先の国営迷宮城攻めも罪に問われませんでした」
「はぁー、よかった。ちょっと気になってたんだよな」
「ありがとうございます。それではこの指令書をお持ちください。伊崎総理には知らされませんのでご安心を」
「忍者さん、いつもありがとうございます」
「いいえ、自分らはいつでも見守っておりますので、何なりとお申し付けください」
忍者さんが言葉だけを残して姿を消し四人がたたずむ。
早速、極秘指令書を手に潜水艦へと向かい、艦長を呼び出してもらう。
指令書を読み終えた艦長が敬礼し、すぐに出航準備をしますと艦内へ戻る。四人の案内を副長が引き継ぎ中へと向かった。一般人が指令書を見せるだけで従う事はあり得ないが、その極秘指令書には確認不要の暗号的な何かがあるのだろう。
半舷上陸中であった為、上陸していた隊員に緊急招集をかけ四時間後には出航できる準備が整った。
「出航します。これより目的地まで浮上せず、通信は全て遮断。いかなる緊急通信にも応答しません。尚、立ち塞がるモノあれば排除します。それが同胞だとしても、です」
艦長が指令書に書かれてある事をわかりやすく姉弟に説明してくれる。内容を詳しく読んでいなかったので、同胞であろうとも排除するという言葉に驚く。その様子を見た艦長がニコリとしながら告げる。
「大丈夫ですよ。同胞同士戦う事など早々ありません」
「それフラグ……」
「ははは、後は我々にお任せ下さい」
「はい。よろしくおねがいします」
「艦長、中を見て回ってもいい? それと写真撮ってもいい?」
「見学はご自由にどうぞ。案内に副長がつきます。撮影はご遠慮ください」
そして海自潜水艦『まなりゅう』は出航し海中へと姿を消した。
指示なく出航した潜水艦に海自司令部が怒りの声を上げる。『まなりゅう』へ通信を入れるが応答がない。誰にも目的を告げていない。司令部にとっては勝手な行動を起こした『まなりゅう』に対し、捜索と捕縛の任を全部隊に告げる。
最低限の国土防衛戦力を残し、ゼディーテの海に出たかった隊員達は我先にと捜索という名目で方々へ散って行った。
その事件は防衛大臣に伝わり、当然ながら伊崎の元へも情報が届く。
伊崎と共にフランブ共和国に訪問していた滝川が情報を伝える。
「総理。海自潜水艦まなりゅうが消息を絶ちました。艦隊行動ではありません。これはもしかすると……」
「あいつらかーっ!」
「おそらく。ははは、やりますねぇ」
「国営と海中都市をぶっ壊し、鹿児島に行ったと見せかけて潜水艦か! くそっ、次の行動が読めん!」
「ははは、楽しいですねぇ。次は何をしてくれるのでしょう」
「笑ってる場合か!」
「取りあえず、行きそうな所へ部隊を派遣しましょう」
「あてはあるのか?」
「そうですねぇ。ミクス王国、ミリソリード、ロックウッド王国のフレイバーグ伯爵領とイングリス男爵領、でしょうか」
「ミクスには特殊部隊を送れ。ミリソリードは踏破祭に参加予定だったな。健さんと七都さんと共に部隊を出せ。ロックウッドに警察と自衛隊を派遣すると通達しろ。いいか、軍事行動ではないと言っておけよ?」
「はい。もうここまで来ると総理の意地ですね、ははは」
「うるせぇ! あいつらに破壊された施設にいくらかけたと思ってるんだ! 絶対捕まえて監禁してやる!」
「そう言えばバロウズにも捜索を依頼しましたが」
「おう、どうだった」
「半年くらいは動けない、との返事です」
「はぁ? 何故だ」
「何でもミリソリードでのオークション落札金を受け取った後、一大事業を興すとか」
「オークションまで時間あるだろ! 動かせ! 友情ポイント百だ!」
「おお、一気に百ポイントですか。それは動いてくれそうですね。でもそのポイントの使い道を用意しておいた方がいいですよ。何もなければ怒りそうです」
「ちっ、面倒な奴ばかりだ。考えておく」
「では次の予定ですが、この国から北にカントミ王国という国があります。城が今にも崩壊しそうなほど廃れている国ですが、事前交渉はしてありますのでそこへ向かいます」
「任せる。移動はヘリか?」
「いいえ、箱馬車風移動車両です。まぁ、しばらくのんびりと旅を楽しみましょう」
日本はフランブ共和国との条約締結に成功していた。締結に向けすんなりと事が進んだ裏には、フランブ議会に対して貴族ご婦人方の圧力があったことを日本側は知らない。
一方、潜水艦『まなりゅう』に乗り込んだ姉弟一行は、航行六時間で飽きてきていた。
「窓もねぇし、何処進んでるのかわかんねぇし、海自の人はすげぇなぁ」
『イサナ飽きたー! つまんなーい、外でたーい!』
我が儘を言い出したイサナを姉が抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。見かねた副長が食事でもどうですか、と言いかけたところに艦内に通達が響く。
≪艦内に密航者発見。乗員は見つけ次第確保せよ。繰り返す……≫
「密航者!? そんな馬鹿な……」
副長が驚きの声を上げ、四人を連れて司令所へと向かう。艦長と合流した時に後ろからその者が現れた。
「まったく……この忙しい時に創造主使いの荒い親友です」
「バロウズ!」
弟が声を上げ、武器を取り出しそうになるところをナアマに抑えられる。
「伊崎からお前達の確保を頼まれましてね。これで百ポイントゲットです」
「どうやってここに!?」
ナアマに抑えられている弟が抵抗しつつ声を上げる。
「私の半身を持つ者を探すことなど造作もない事ですよ。大人しく確保されなさい」
副長がバロウズを捕まえようと動いたところを見て、姉がそれを止める。
「ダメです! バロウズは人の手には負えません。抵抗しない方がいいです」
「しかし!」
「娘の言う通りですよ。お前達如きに私を捕まえられると思わないで下さい。さて、艦長。浮上してください。伊崎に連絡を入れなければなりません」
「断る!」
「ごめん艦長。言う通りにして。こいつマジやばいから」
艦長は弟の言葉にバロウズを睨みながら浮上指示を出す。イサナとカグツチは姉から動かないでと言われ、その経緯を見守っている。
海面が盛り上がり、ザーッという音と共に黒い鉄の巨体が姿を現した。
上部ハッチが開き、バロウズが姿を見せマップ端末で連絡を入れ始める。四人はナアマに促され甲板に立った。
「ああ、伊崎。確保しましたよ」
≪よくやった。さすがだな、仕事が速い≫
「はい。これで百ポイントです」
≪……あ、ああ。そうだな。では連れてきてくれ≫
「それは百ポイントの内に入っていませんよ。私は確保してくれと言われただけです。連れて来いとはお前のお願いにありませんでした」
≪子供かよ! いいから連れて来い≫
バロウズが伊崎と話している時、弟の横にスッと姿を現し跪くピエール。
「探しました。ツクヨミ様がお待ちです。行きましょう。ちなみに強制です」
「え? ピエール? ちょっ、ちょっと待っ」
ピエールは弟の手を掴むと一緒に姿を消す。バロウズは話の最中で気付いていない。ナアマはバロウズをうっとりと眺め、同じく気付いていなかった。
『むぅ、アカルヒメか。彼奴め、我の旦那様を何処に……よし、わかった。姉殿、旦那様の事は任せろ。この方向に千キロだ。うむ、ツクヨミもおるからややこしい事になりそうだ。後から来るがよい』
すぐに弟の行く先を察知したカグツチが、連れ去られた方角を指さして姉に告げ姿を消す。イサナが、行く? と聞いてきたがバロウズに話がある姉は、後からねと答えた。
そして連れ去られた弟とすぐに飛んできたカグツチ。
二人の前には、ローズ・ツクヨミ劇場と書かれた巨大な建物があった。
そこへ弟達に近づく一柱の神と一人の人間。
「ツクヨミ様。お連れ致しました」
『余計な者まで来ていますが、まぁいいでしょう。さぁ見てください! どうです素晴らしい劇場でしょう?』
「あれ? 君もここに?」
ツクヨミ様がどうだと言わんばかりに手を広げ、自慢げに劇場の紹介をする。その後ろにはアレクセイの姿があった。
「兄ちゃんまで……嫌な予感がする」
「いつの間にか連れて来られて……ここは何処だろう」
『ツクヨミよ。我の旦那様をどうするつもりだ』
『初めましてカグツチ姉上。しばらく月光の君をお借りしたい』
『月光の君? 旦那様の事か? 我の許可なしに攫い、どうやら姉殿の想い人も攫ってきた様子。我は……怒って、おるぞ?』
『あ、姉上。説明をさせてください。これは』
『問答無用! お前様、殺るぞ!』
カグツチの体が土色になりその場に倒れる、と同時に弟の手に炎の剣が顕現する。
その剣から溢れ出す炎はいつもより朱く、カグツチの怒りはマックスだ。
「はぁ……カグツチ短気すぎ。ツクヨミ様は危害を加えるような人? 神じゃないって。お前を見つけさせてくれたのもツクヨミ様だぜ?」
“ぬう? お前様が攫われたのは我の勘違いだと言うか?”
「いや、攫われたのは確かだけどちょっと話を聞こうよ」
“お前様がそう言うのなら……引こう”
弟の手から炎の剣が消え、カグツチが依り代に戻る。そして弟の前に庇うように立ちツクヨミ様を睨みながら問いかけた。
『で? 聞こうかツクヨミよ。返答次第ではお前を消し、夜の食国を潰す。全ての神を敵に回しても旦那様を守る』
『お、落ち着いてください。ピエール! ピエール、アレを!』
「はっ。カグツチ様。こちらをご覧下さい」
ピエールがそう言ってカグツチに渡した物は一冊の本。
舞台劇アナザー・カントミの台本だ。
ふん、と言いながらそれを受け取り、ぱらりと捲りながらカグツチは読み始める。
『んん? んふー? んふふふふー?』
むふ! むふふー! と鼻息の荒くなっていくカグツチ。それを見たツクヨミ様はしてやったりとニヤリ嗤う。
「あ、嫌な予感再び……」
『むふー! お前様、お前様! この舞台、我は見たいぞーっ!』
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