第117話 逃亡迷宮二
国営迷宮、百三十一階層。
伊崎の策略により研究施設前に無数の魔物が立ち塞がる。
姉は喜び勇んで飛び出していった。
「イサナ、カグツチ、俺らも行くぞー」
『はーい!』
『姉殿に負けておられんな。うむ、競争だ』
斬る斬る斬る斬る斬る。いくら斬り捨てても尽きることのないラスボス級魔物。そこは姉にとって理想郷。
魔物の中心に向かって飛び、降りながら斬る。その場で踊るように回転し、斬り裂く。
魔物の数が少なくなってくると補充されていく。
止めどなく溢れる魔物。いつまでも続く戦闘。ここに永遠はあった。
ああ、なんてユートピア。
「……とか、考えてんだろー! 姉ちゃん! きりがねぇ! もう姉ちゃん置いて中に入ろう」
『イサナは母様といるー!』
弟はカグツチと共に研究施設内に入る。すぐに博士が近づいて来て、興味深いねぇと言いつつ応接に通してくれた。
「博士ひさしぶりー。あ、こいつ俺のツレ」
『カグツチと言う。旦那様と運命の出会いをし、我の父親と戦闘の末に心と体を奪われてしまった。うむ、父上との戦いは見事であった』
「ほー、熱いねぇ。今時、娘が欲しければ戦って勝ち取れ、みたいなのは珍しいね」
「ちげぇ! 違わねぇけど、盛るなー!」
「ところで、凶悪犯扱いだけどどうしたの?」
「宇宙行けって言うから逃げてきた」
「ああ、あれかぁ。私も一枚噛んでるけど、ちょっと不安な部分が多いねぇ。今回は逃げるが正解かな」
「博士、何とかなんない? 何処行っても見つかるんだけど? ここも危ないし」
「うーん、ない事もないかなぁ。でもなぁ、私が手を貸したとなるとひどく怒られるからねぇ」
「そっか、博士に迷惑はかけたくねぇし、何とかするわ!」
うーん、と言いながら博士は白衣のポケットから、スマホのような物をテーブルに置く。
「あー、アレどこやっちゃったかなぁ。うーん、困った。アレは周囲のマナを薄くする機械で、迷宮内で使用してしまうと管理者がその探索者を把握出来なくなってしまうんだよねぇ。オン・オフをタップするだけだし誰でも扱えてしまうなぁ。セキュリティかけておくの忘れてたなぁ」
「アー……ソユコト? サンキュ博士」
『お前様の周りには、いい
「カグツチ、姉ちゃん引っ張ってきて」
『む? あの状態の姉殿を連れてくるのは骨が折れるぞ。うむ、ひゃくぱー無理だ』
「博士が良い物くれたって言えばいいから」
カグツチは、わ、わかったと戸惑いながら外へ向かっていった。
数分後、文字通り姉を引っ張ってくるカグツチ。その姿は何故かボロボロだ。
『姉殿の手を掴んだらやられたのだ。うむ、もう次は行かんぞ』
「んじゃ、スイッチオン!」
弟が、周囲のマナを薄くする機械(後日、薄いくんと姉命名)をタップする。
目には見えないが、これで伊崎の魔の手から逃れるチャンスが増えたのであろう。
博士が機械で何かを測定し、薄くなってるよ大丈夫と太鼓判を押した。
さてこれからどうするか、と相談しているときに突然、施設内全てのモニターが暗転し画面が切り替わった。
「ほー久しぶりだねぇ。強制送信放送か。総理の国土転移宣言以来だね」
そしてその画面に健と七都が映る。
≪我が子達よ、イサナだけでいいから帰せ!≫
≪何言ってるの、お父さん! なんか純ちゃんからお願いされちゃってねー。行方不明捜索者への呼びかけだって! 笑っちゃうわよねぇ。自分達が逃げられたくせに≫
“ちょ、ちょっと健さん七都さん、打ち合わせと違いますよ”
≪イサナー! 元気かー? まだ三日も経ってねぇのにこんな事して大袈裟じゃねぇか? なぁ、伊崎よ≫
≪ほんとよねぇ、昔はあんなに泣き虫だったのに。これ全国放送? みんなに言っちゃおう! 伊崎総理はね、昔、泣き虫じゅ≫
そこで放送が切れた。強制的に切られたのであろう。
姉弟含め、その場にいた者は皆ぽかんとした顔で真っ黒になったままのモニターを見つめている。
「なんだこれー! なんで親父と母ちゃんが!」
『お爺ちゃんお婆ちゃん、おもしろーい!』
「あっはははは! 総理はなりふり構わず、思いつく手を全て使ってくるねぇ。逆効果だったようだけど」
『あの御尊父と御母堂が思惑通りに動いてくれるとは思えんがな。うむ、面白い御両親だ』
「ここにいるのはばれているだろうし、早く移動した方がいいね。あてはあるのかな?」
うーん、と考え込む四人。移動は薄いくんを使えば大丈夫としても、姉弟は有名すぎて目撃情報が報告される可能性がある。
迷宮に入ろうにも探索者証を出した時点でばれてしまう。島は博士の話によると包囲網が厳しく入れそうにない。
「ない!」
「ないです」
『たかあま』
「待てイサナ。そこはまだ行きたくねぇ」
「それじゃ、妻の研究施設に行ってみるかい?」
「妻!?」
「奥様がいらしたんですか?」
「うん、いるよ。面白い人だよ。いつまでも見てて飽きない人だねぇ」
「博士が言う面白い人って……変人じゃ」
「まぁ、少し変わっているけどね。今は研究が落ち着いて人が少なくなったし、ちょうどいいかもね」
「では、ご迷惑でなければお願いします」
「うん、迷惑じゃないよ。きっと妻も喜ぶよ、連絡を入れておくね」
そして四人は、イサナとカグツチの御力で飛ぶ。
着いた先は佐渡島、多田漁港。そこで迎えを待つ。
しばらく待つと漁船が港内に入ってきて着岸した。四十代くらいと思われる白衣を着た女性が降り、話しかけて来た。
「君達が牧田の言っていた子ね。私は牧田の妻、
「おおおお? 博士の奥さん? わけぇ!」
「よろしくお願いします」
「あっはっははは! お世辞はいいの! さぁ、乗りなさい」
「俺達、何処に行くか何があんのか、何も聞いてねぇんだけど」
「あら、そうだったの。それじゃあ、びっくりさせてあげるわね」
倫に促され、四人とも漁船に乗り込み、港を出て海を進んで行く。波をかき分ける音であまり話はできそうにない。聞きたい事がたくさんあったが何処かに着くまでは我慢するしかない。
二十分ほど進み、海の真ん中に浮き島が見えてきた。そこが目的地のようだ。
着岸させて浮き島へと降り立つ。波に揺られることなく固定されている、何もない平面の浮き島。広さもそれほどでもなく、十メートル四方ほどしかない。
「何なのここ?」
「待ってね」
倫が白衣のポケットから携帯端末を出し操作する。すると透明の円柱がせり上がってきた。三メートルほどせり上がって止まると、一部が開いた。
「はい、探索者証出して。ここから迷宮なの。登録したら乗って。ここは迷宮省さえ把握していない極秘施設、だから入宮情報が知られる事はないわ」
姉弟とイサナは言われるがままに進み、円柱へと入る。
『我は持たぬ。が、おそらく大丈夫だろう。うむ、そう言う予感。旦那様と初めて会った恋の予感と同じだ』
「うるせーよ! あん時すぐに襲ってきただろ!」
「あら、そうなの? 体質かしら? 迷宮に例外があるとは思えないけど、あとでじっくり調べさせてもらうわね、すみずみまで。フフフ」
『お前様、我を守れ。此奴は危険な匂いがする。うむ、貞操の危機だ』
「あ、どうぞ。調べて下さい、ゆっくりと」
『破局……!?』
カグツチも問題なく入り、倫が再び端末を操作し円柱が閉じられると下降し始める。
海の中だ。浮き島から海底に向かって透明のパイプが真っ直ぐ伸び、その中を円柱が降りていく。
「うおおおおお! なにこれなにこれ!」
「エレベータ?」
『すごーい! きれー!』
『おお! 人間はすごいな。このような物を作り上げるとは。うむ、我らの移動は一瞬で面白味がないからな』
弟と同じくイサナとカグツチも興奮している。群れを作る魚、それを追う大きな魚。周りは様々な魚が泳ぎ、時折歓迎するかのように透明のパイプをつついている。
やがて少しずつ周りが暗くなり始めると、今度は下の方が明るくなっていた。
だんだんと全容が見えてくる。それは巨大なドームに覆われた海中都市。
迷宮研究の一環で海中都市研究が進められていたのだった。
「ここは海中都市迷宮。地上の都市迷宮との差やここでしかできない実験などをやっているのよ」
「すげえええ! 竜宮城だ!」
「綺麗……」
『すごいねー!』
『ニライカナイはここに在ったか。うむ、素晴らしいな』
「日本領土ごと転移したでしょう? その陸地を支えているのが、ここで研究された迷宮アンカーよ。地震を中和して、海流の影響も受けないわ」
「よくわかんねぇけど、すげーことはわかった」
円柱エレベーターは海中都市内部へと入って行く。内部でも全て透明の壁で仕切られているので、海の様子や中で動く人間を見て取れる。
「なぁなぁ、リン
「リン姉? あっははは、君は人と友好関係を結ぶのが得意なようね。で、なに?」
「全部壁が透明なんだけど? トイレも風呂も……これやばくね?」
「フフフ、君達は昔の映画を知っているかな? ホラー映画だと、トイレやお風呂に入っている時に襲われる確率が七十パーセントを超えているのよ。そこで壁を透明にすれば大丈夫! でしょ?」
「いやいや、それはない。俺はいいとしても姉ちゃんとカグツチはダメでしょ」
『イサナはー!?』
「イサナのちっこい体なんか誰も興味ねぇ」
『なんだとー!』
「まぁ、それは冗談として。中に入れば感知して壁に色がつくわ。安心しなさい」
「ほー、謎技術」
この海中都市迷宮は巨大で、研究区画、居住区画、運動区画、倉庫などにわかれ、中央にはマナコンピュータがある。海底とは迷宮アンカーで接続され自由に都市を上下に移動させることができる。
地球ではほぼ役目を終えた研究施設だが、ゼディーテに転移してからは少しずつ忙しくなりつつある。海洋生物が地球とは異なり、その研究と海底調査のためだ。
地球は中心に金属の内核があり流体の外核、マントルなどで構成されている。そこでゼディーテはどうなのだ? という研究者達の意欲が湧き上がる。
地上は人間の住む地球によく似た惑星形態であるが、その内部は全く異なるかもしれない。知らずにはいられない研究者達の海中都市迷宮使用許可申請が相次いで行われている状態だ。
一行は居住区画の中心部にあるロビーに案内され、そこにあるテーブルにつく。椅子もテーブルも透明だったが、席に着くと端から流れるように色がついた。
すぐに女性型魔物が近づいてきて飲み物の要望を聞き、それぞれ注文した。
「ここは居住区画よ。しばらく滞在できるよう一人ずつ個室を貸し出すわね。二人部屋もあるけど、どちらがいいかしら?」
「私はイサナと」
『うん!』
「俺は個室」
『むぅ? お前様よ、ふぃあんせと一緒に過ごしたくはないのか? うむ、婚前旅行だぞ?』
「あら? 婚約者なのね。じゃ、二人部屋を二つね」
「え、ちょっ!」
「君、知ってるかな? ホラー映画だと一人の時に襲われる確率が九十パーセントを超えるのよ? 気を付けなさい」
「……リン姉。ホラー映画マニア? というか、ここって危険なの?」
「フフフ。極秘研究施設、密閉空間、異世界、訳ありの集う者達……これだけの条件が揃うと、わかるわね?」
「わかんねぇっ!」
「更に脱出用潜水艇は二艇。それぞれ三人乗り。つまり六人しか脱出できない。そしてここにいるのは君達を含め十名。四人は死ぬのよっ!」
「博士ー! この人おかしい! なんでこんな人と結婚したの!?」
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