第116話 逃亡迷宮


 深く帽子をかぶりサングラスをした女性、そしてパーカーのフードで頭を覆い隠し猫背気味の男性。その後ろからはにこにこ顔の中学生くらいの女の子、さらには二十歳はたち過ぎに見える美人女性。

 そんな怪しい四人組が周りを伺いながら、吉田脱サラ迷宮に入ってきた。


「いらっしゃー……い?」


 店主の吉田さんが四人の風貌から普通ではないと感じ、カウンター内にある通報スイッチに指をかける。

 そしてフードをかぶった男性から小声で話しかけられた。


「吉田さん、吉田さん。俺、俺だよ」

「そういうの間に合ってるよ」


「ちげぇって」


 そう言ってフードを外す。そこには弟の顔、同じく帽子とサングラスを取った姉。


「ああ、いらっしゃい。手配書来てるよ、面白いことになってるね。ははは」


 吉田さんが言いつつマイパッドを見せる。そこには『姉弟手配書。懸賞金一億円』と書かれ顔写真と身体的特徴が掲載されていた。


「犯人かよっ!」


 弟の叫ぶような突っ込みに気付いた吉田さんの奥さんが出て来て「いらっしゃい。お茶淹れるわね」と用意し始める。

 全員でテーブルに座りお茶を待つ。


「ここにいてもいずれ見つかると思うよ。僕や商店街の人達は通報しないけど、懸賞金目当ての人達がうろついてるからね」


「なんかさぁ、何処にいても伊崎兄に見つかっちゃうらしいんだよ。どうにかなんない?」


「ああ、アレか。スーパーユーザー権限が関連してるのかな。うちの奥さんがハッキング始めてるけどまだ難しいみたいだね。それにうちの迷宮だけハッキングして権限奪っても、今は日本がひとつの迷宮になってるから、その大本をハッキングしないとダメだろうね」


「マナコンピュータ使えれば一瞬なんでしょうけどねぇ」


 奥さんがお茶を持って来て、配りながら言う。


「それは何処にあるんですか?」


「何台かは国営にあるらしいけれど、詳しくはわからないわねぇ」


「国営かぁ……あ! 博士!」

「うん、博士なら知っているかもしれません」


「ああ、牧田さんか。うん、彼なら知っているかもだけど教えてくれるかな? 国の重要機密だからね」


 その時、吉田脱サラ迷宮に電話が鳴り響く。奥さんが、はいはーいと言いながら電話を取り話し始める。


「はい、吉田ですが。ええ、はい……あー」


 チラリと姉弟を見る奥さん。皆が奥さんを見つめ普通ではない話し方に何事かとじっと待つ。


「いいえ、来ていませんが。え? ああ、そうなんですかぁ。わかりました、そのように。はい、失礼致します」


 電話を切り皆の方を見て、奥さんが話し始めた。


「えっと、滝川さんから。“そこにいるのはわかっています。内調が行くまで姉弟を引き留めておいてください”ですって」


「うわーバレバレ。滝川さんの話、俺達にばらしていいの?」


「いいのよ。捕まえさせる気ないしねぇ。ところで何やったの?」


「伊崎兄と滝川さんがさぁ、俺達を扱き使いすぎなんだよ。今度は宇宙に行けとか言うしさぁ。めんどいから逃げてきた」


「あらあら、ひどい話ねぇ」

「ああ、戦時措置法で特Aが政府管轄になったから今の内に扱き使えって事かな」


「ああ、それそれ! 何とかなんないの?」


「確か時限立法ではなかったから、廃止法律が通らないと今のままかな。いずれにしても時間がかかるし、まだ折衝していない国と戦争になる可能性もあるから、戦時措置法は活かしておきたいと思うよ」


「はぁーひどい話だ」


「さぁ、そろそろここを出ないと追っ手が来ちゃうよ。君達が入ってから約十分で電話が来た。どこにいても十分程度で把握されてしまうと考えた方がいいね」


「はーい、またねー」

「すみません。ご迷惑をおかけします」


「いいよいいよ。さぁ、行った行った」


 四人は立ち上がり、再び姉は帽子とサングラス、弟はフードを深くかぶる。


「ああ、ところで。その美人さんは誰だい?」


 吉田さんの問いかけに走って出ながら弟が答える。


「俺の奥さんになる予定ー!」


「ええーっ!?」

「あらぁ!」



 四人は常人には出せないスピードで走る。それはまるで迷宮下層階を駆け抜ける本気走りのようだ。


「姉ちゃんどうする?」

「博士に会いましょう」


「でも国営入れないよ。入宮許可いるしさ」

『イサナが連れて行けるよー!』


「その方法だと入るのはいいですけれど、連絡が入ったら強制退宮させられます」

「それじゃどうすんの?」


「管理室を占拠し、破壊します!」


『逃亡者からテロリストにジョブチェンジー!』

『姉殿は豪気だな。うむ、旦那様に付いてきてよかった。面白いぞ』




 総理官邸、姉弟捜索特別本部。

 姉弟を捕まえる為に緊急設置された捜索本部が官邸にある。そこには日本地図とその隣にゼディーテの地図がディスプレイに映し出されており、伊崎が把握した位置にマーカーが指し示されていた。

 一時、見失ってしまったが半日ほど経って伊崎レーダーにかかった。攪乱するように自宅から二手に分かれ、姉が横浜方面へ、弟が千葉方面へ向かっている。そして目的地を定める事ができないまま、所沢市で合流し吉田脱サラ迷宮にマーカーが打たれた。


「滝川首相補佐官! 内調より入電。マルタイは確保できず! 東へ走り去ったと目撃情報あり!」


「やはり吉田さんは姉弟の味方ですか。あと寄りつきそうな所は、国営と島と鹿児島ですか。この三箇所の状況はどうなっていますか」


「はっ。国営迷宮は機動隊がバリケードを設置し対テロ体制で待機。島は海上保安庁が厳戒態勢。鹿児島は県庁で張り込みをしております」


「それくらいでは抑えられないでしょうね。総理、自衛隊投入を進言します」


「おう、全自衛隊投入を許可する。対テロ、いや難易度S迷宮ラスボスより強いと思え!」


「それでも難しそうですが。やっかいですね。二人がその気になれば日本を乗っ取れるのではないでしょうか」


「そこまではせんだろうが……健さん七都さんの確保はどうなっている」


「はい、すでに確保済みです。もうすぐ全国一斉に放送されますよ」


「さらに手を打つか。最終兵器を投入しよう」


「えぇー? アレですかぁ? やっかいごとが増えそうですが」


「対抗できるのは奴しかおらん」


「はぁ……」


「国営迷宮機動隊より入電! マルタイ発見! 人数は四、全員揃っているようです!」


「ちっ、自衛隊は間に合わないか。入宮を全力で阻止せよ!」




 国営迷宮。

 迷宮入り口に機動隊車両で道を塞ぎ、その前にライオットシールドを構えた隊員が立ち並んでいる。全員片手に電磁警棒を持ち緊張の面持ちで待機していた。


 四人はその様子を影から伺いどうやって突破するか策を練る。


「うわーこりゃやべぇ。百人位いるんじゃね?」


「実力はA級、中には特A級もいるかもしれません。強行突破できなくはないですが、時間がかかると更に追っ手が追加されそうです」


「うーん、どうすっかなぁ」


 その時、姉の横にスッと現れる人影。跪いて、姫様と声を発した。


「忍者さん?」


「はっ。ここは私共にお任せを」


 所轄警察署姉弟専用諜報部隊(政府非認可)だ。池田湖迷宮で情報収集を、そして裏迷宮の存在を教えてくれた部隊、姉が命名する『忍者さん』だった。


「お任せって、大丈夫なの? 忍者さん達の仲間だろ、あれ」


「我らはご姉弟の為だけにある部隊、そして所轄の皆も応援に来ております」


 振り向くとそこには武装した警察官達が並んでいた。血気盛んな様子で今にも飛び出していかんとする雰囲気だ。


「ありがとうございます。しかし後々ご迷惑になりそうですので、ここはお帰りいただいた方がいいと思います」


「いいえ、姫様。我らは例え懲戒処分になろうともお守り致します。もう、二度と! バチカンに誘拐された時のような失態をおかす事はしません!」


 決意が固そうな忍者さんの目を見て、それではと姉はお願いする。


「では、姫様。を」


 忍者さんが軍配団扇を差し出すとそれを受け取り、振り向いて所轄警察官達を見る。頭を下げ、お願いしますと言って軍配団扇を掲げ大声で叫んだ。


「出陣!」


「城攻めかよ。島津のおっちゃんがいなくてよかった」


 姉の号令に警察音楽隊が法螺貝を吹く。同時に次々とのぼり旗が立ち上っていき、歓声があがる。


「うおおおおお!」

「合戦じゃああああ!」


 のぼり旗を掲げた交通機動隊の白バイを先頭に、パトカーがサイレンを鳴らしながら通り過ぎていく。その後を足軽……もとい警察官達が走り抜けていった。


「ここの人達ノリがいいよなぁ」

『お前様お前様!』


「なんだよ」

『何故か知らぬが我もうずうずしてきたぞ。うむ、合戦じゃああ!』

『おー!』


 警察官に続いてカグツチとイサナが加わり、迷宮入り口に向かって走って行った。


「神様ってホント戦闘狂多いよな……って、姉ちゃんは行っちゃダメーッ!」


 姉も走りださんとしていた所を弟に抑えられ、何故止める! という顔をして睨む。


「ここはみんなに任せて姉ちゃんと俺は管理室! ほら、行くぜ!」


 姉の手を持ち引き摺るように管理室を目指す。姉は管理室につくまで名残惜しげな目で合戦を見つめていた。


 迷宮管理室前も機動隊で固められていたが、ここぞとばかりに姉が投げ飛ばし道を開ける。

 管理室内にいた職員に姉弟の入宮手続きをさせ、その部屋から出て行かせた。


「さてとー、後でめっちゃ怒られるだろうなぁ」

「一生逃げましょう」


「俺と姉ちゃん、寿命ないんだけど? 多分、伊崎兄も」


 姉は双剣を取り出し、室内に設置してある機材を破壊し始める。管理者パッドも破壊し、強制退宮できないようにする。迷宮省から予備の管理者パッドを持ってくるまで半日から一日程度。充分時間はある。


「イサナー! カグツチィー!」


 弟が二人を呼ぶと、合戦中だったのに! とイサナが来て文句を言う。カグツチも不満ありげな顔だ。


「手段と目的を取り違えてはいけません」

『はーい……』

『すまんかった姉殿』


「んじゃー、百三十一階層までよろしくー」



 姉弟はイサナとカグツチに博士の研究施設がある百三十一階層まで送ってもらう。

 施設内ではなくその外に着いた四人は、施設を取り巻く無数の魔物を呆れるように眺める。


「これ絶対、伊崎兄のしわざだよなぁ」

「時間稼ぎ、でしょう」


「黒竜とかラスボスっぽいのばかりなんだけど……」


 魔王伊崎は姉弟がここに来ると見て、施設をラスボスで固めた。伊崎は強制退宮させる事もできるのだが、いま退宮させても逃げられるだけであると判断し、捕獲部隊が到着するまで時間稼ぎをするつもりだ。



「ふふふ、フフフフ」

「ね、姉ちゃん?」



「少ない……これでは少なすぎます伊崎総理。フフフ、ドロップ品は拾ってくださいね!」


 姉がそう言って飛び出す。口元を狂気に歪ませそこから赤いマナが漏れ始めている。思わぬラスボス大集合を喜んでいる姉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る