第115話 根之堅州國迷宮三
深夜、姉弟自宅。
“旅に出ます。オークション用の品を置いていきますので伊崎総理か滝川さんに渡してください”
“伊崎兄のバカヤロー! 滝川さんは今度一発殴る!”
そう書いた紙と、ミリソリード迷宮でのドロップ品をテーブルにそっと置く。
窓から外を見ると黒塗りの車が一台とまっている。護衛兼監視だ。裏手にも監視がついていると想定して動かなければならない。
姉弟、イサナ、カグツチの四人は音を立てないようにそうっと忍び足で動き、神棚のある座敷へと入る。ここは両親が寝ている部屋から離れており、多少声を上げても外には漏れない。
それでも気持ち的に皆が小声になっている。
「何処行く?」
「国内はダメです。伊崎総理が全て把握出来ます」
日本領土全てを迷宮化した為に、迷宮を従属下に置く魔王伊崎は手に取るように状況を把握することができる。
「じゃ、他の国?」
「いずれ追っ手がかかりそうです」
「ヴィクターのとこは? 匿ってくれるんじゃない?」
「そう、ですね。でも顔が知れ渡っているので……」
「だめかぁ」
『ふうむ。国内はダメ、他国も厳しい。じゃが、人間が来られない場所があるな。うむ、そこしかないとも言える』
『たかあまはらー!』
「イサナ、しーっ! アホかぁ、声を抑えろよ」
『高天原は、我はまだ
「ご、ごめん。もうちょっと待って、ね?」
『さて残りは三つ。まずは
「無理無理、あそこには行かねぇ」
『では残ったのはひとつしかないな。
「はぁー、でもなぁそこの国主が問題ありだよなぁ。ずっとここにいて、ママとか言うんだぜきっと」
『ずっとここにいて、ママ』
「ほらね」
この国を守るのは
『お兄ちゃん、しばらく匿ってね!』
『おにい……』
イサナの言葉を噛み締め上を向き呟いている。
『弟よ、しばし宜敷頼むぞ。うむ、我も姉であるしな、甘えさせよ』
『お前はまだ赦されておらん。俺を弟と呼ぶな!』
「須佐、カグツチは姉ですよ。大事にしてあげて」
『うん、ママが言うなら。しかし、お前は親父にばれないよう留意しろ』
『すでに識っておると思うがな。イザナギはああ見えて心配性だ。うむ、我がここで彷徨っている間も時折見ておったぞ』
「ここに来たのはいいけどさ、何すんの?」
『ママは何もしなくていいよ。傍にいてくれればいい』
「うわ、うざっ。スサノオ様さぁ、やりすぎると姉ちゃんも引くよ?」
『お、おう。では貴様、俺と鍛錬するか? 誰も相手にならんから退屈で夜の食国を攻めにでも行こうかと思っていた所だ』
「それはお願いしたいけど、姉ちゃんがうずうずしてる。先にやってあげて」
『なっ! ママ、と……?』
「お願いします」
場所を移して城の外。広い平原に立つ二人。弟とイサナとカグツチは遠巻きに見ている。どこから聞いたのか、気配を感じ取ったのかこの国の住人達も集まり始めた。
もちろん住人達は皆、神様だ。荒くれスサノオ様が何かやらかすと被害が自分達に及ぶ為、常にその所在を把握していた。
「それでは」
姉が短く挨拶をして構える。
細井双剣『天剣・神斬(あまのつるぎ・かみきり)』『天剣・魔斬(あまのつるぎ・まきり)』それはただただ刃こぼれしないよう、頑丈にと打った神剣。
同じ素材から作られているにも拘わらず、神斬の刀身は白く、魔斬は黒い。
その刀身が鈍く光り始める。姉の身体も赤く染まっていく。
思えばスサノオ様との対峙は裏迷宮以来だ。その時は普段構えを取らないスサノオ様が構えを取ろうとした所で、イサナのお兄ちゃん発言により中断された。
まだ、スサノオ様の
姉が全力で迎えようとする雰囲気にスサノオ様が応える。
右腕を掲げ何かを掴み取るように手を握り込んだ。
『……俺の右腕に宿りしモノよ、俺の魂を糧にその姿を現せ!
「うわーパクったままだったんだ……」
左手を右手首に添え、引き抜くような動きを見せる。するとゆっくりとその剣が顕現していく。
天叢雲剣。八岐大蛇の体内から出て来た神剣。三種の神器として奉納されるほどの業物。
ただしこれは影打ち。
姉の体から赤いマナが噴き出してくる。その勢いに周りで見ている者達は気圧され、思わず半歩退く。
止めどなく流れ出したマナが姉を包み異形を象る。出し惜しみはなしだ。
神々でさえ退くほどの威圧。しかし、スサノオ様はそれを見て尚、一歩踏み出しニヤリと嗤う。
ゆっくりとその
『死を覚悟せよ。
「
中段の構えからそのまま無拍子で剣をただ前に出す。
それは正に神速。神々の目にも止まらぬ真速。突きを極めた剣技。
剣先を見切り後ろへ引こうにも勢いに乗った波動が追いかける。しかも突きの最中に握りを返し、次の攻撃へと繋げる御業。
姉から噴き出すマナは広範囲に拡散されている。それは姉の攻防域。そこに在るモノは全てが姉の管理下におかれ一切の抵抗を赦さない。
神、でさえも。
姉は腰をかがめ右足に力を入れ、踏み出す。中段突きを掻い潜るように跳ね、獲物の攻撃を、止める。
両腕を地について軸にし、頭を下げ背中を反らしてまるでサソリの尾のように獲物の腕を狙って下から蹴り上げる。
そのままの勢いで一回転し、獲物の両肩に双剣をなぞるように斬る。まずは一撃。
低い姿勢のまま両膝を横切りに一閃。二撃。
広げた両腕で己を包み込むように腹部に斬撃。三撃。
閉じた腕を解放するように天へと向かわせ、腹部から胸部へ斬り裂く。死撃。
そして腹を蹴り上げて距離を取った。
全て切断するよう斬撃を放ったが、さすがはスサノオ様と言うべきか。どの部分も肉体を保持し傷だけで済んでいる。が、その傷は深い。全ての剣筋から血が噴き出す。
「うん、やっぱ見えんかった。カグツチィ、解説」
『わ、我にも見えん……お、恐ろしい。お前様の姉は、何なのだ……』
『母様……こわい』
そしてスサノオ様は動くことを赦される。
『な、な、なん、だ、これは。何だこれは! 何だ! どうやった!』
自己修復する事も忘れ、叫ぶ。その叫びは驚きではなく畏怖。初めて味わう、恐怖だ。
まだ動ける獲物に姉は油断しない。足を踏み出し前へと向かおうとした所を何者かに阻まれる。
『それまで、だな。よくぞここまで研鑽を積んだものだ』
姉とスサノオ様の間に立つ者はイザナギ様。心からの賛辞を送り、片腕で姉の双剣を止めている。左腕は未だそのまま、隻腕だ。
「イザナギ、様?」
『イザナギか、お前様の出番であるな? うむ、散って来い』
「ここでラスボスー!? まだ無理ぃっ」
『父様!』
『な、何しに来た! 親父よぉっ!』
『小娘が神界へ来た様子を見て取れたのでな。それと、アレも戻ったようだしの』
チラリとカグツチを見て、姉に視線を戻し話を続ける。
『すでにスサノオは超えておる。我に匹敵するか……それ以上のモノか』
『まだ俺は負けておらん! これから反げ』
『アホウがっ! まだわからぬか! お前は何故、動けなかった。確かに小娘の攻めは刹那の時よ。しかしお前はピクリともできなかったであろう!』
『くっ、くそぅ! くそっ、くそっ、くそーっ!』
「ボキャブラリー少ないね」
『お前様も人のこと言えまい。うむ、我に語る愛は数多であるがな』
「うるせぇよ!」
『小娘、刀を納めよ。もう
「はい」
イザナギ様が姉をじっと見つめる。優しい瞳でありながら、全てを見通しさらけ出させる眼だ。
『そうか、半身はアレか。得心した。先の技はアレと我の森羅を昇華させたモノだな?』
「はい」
『森羅に先があったか。我もまだまだであるな。技に名を授けてくれよう。創造神技・森羅万象とするがよい』
「ありがとうございます」
「単純すぎー。だいたいわかってた。森羅とくれば万象だよなぁ」
『イザナギに文句付けるのはお前様くらいだ。うむ、頼りになる』
さて、とイザナギ様が言いながら弟とカグツチ様を見る。びくりと反応し弟が一歩下がる。
『小僧、ソレをどうするつもりだ』
ギロリと睨む目(威圧付き)に怯みながらも、もうちょっと待って欲しかったなぁと言いながら歩み寄り、イザナギの前に立つ。
そして頭を深く下げ、叫んだ。
「娘さんを! 俺に! ください!」
『ぐっ……娘ではない、ソレは禁忌。呼ぶ事も触れる事も赦さぬ』
「もう呼んだし、触れたよ」
『ソレが何をしたか知っておるのか!』
「知ってる。ナミ姉ちゃんを焼いたんだろ? でもそれは故意じゃねぇよ。カグツチのただの特性、長所だよ。親が長所を伸ばしてやらなくてどうすんだよっ!」
『小僧ぉ……』
「おっしゃあっ! しょうがねぇ、ここで会ったが百年目ぇっ! やってやるぞ! 来いやぁっ!」
『お前様がんばれー』
『ぐぬ、小僧が本気でソレを想うてくれるなら赦してやろうと思っていたが……そうか立ち向かうか。男よの』
「え? ナニソレまじで!? やんなくていいならその方向で!」
『もう遅いっ! ふんっ!』
己の剣さえ出しておらず自然体だったイザナギ様が、腕を振る。同時に剣が出現し弟に襲いかかった。
即座に朱刃厘衛・月晄(しゅばりえ・げっこう)を抜きハイカット半月で弾き返す。
キンッ!
『ツクヨミが
キンッ! キキンッ!
何とか全力で弾き返してはいるが攻め入る隙が見えない。次々と斬撃が向かって来る。
「やっぱ無理だったぁっ! 奥義を出すしかねぇ!」
『む? ツクヨミが奥義を修得した、と? ほう、面白い小僧だ』
「カグツチィ、戻れぇぇええ!」
その叫びに依り代に降りていたカグツチが弟の体に入っていく。
そして……心の底から叫んだ!
「ナミ姉ちゃーんっ!」
『はぁ、しょうがない坊やねぇ。今回だけよ』
弟はイザナミ様を降ろした。神界であり、更にカグツチの御力を借りてこその降臨。自分一人では決して降ろす事などできない高位の神様だ。
『ぬぅ? イザナミ? 何をしておる』
『喚ばれたからねぇ』
「喚んだからねぇ」
『我が何の為に小僧と対峙しておるのかわかっての所業か?』
『もちろんよ。私が産んだ大事な子に坊やが添い遂げてくれるのでしょう?』
『お前を焼き殺したモノだぞ。赦すのか?』
『赦すも何も、怒ってるのはイザナギだけよ。全く可愛い我が子を禁忌扱いにするなんて』
『な、なんとしたことか』
「はい、ナギ兄の独りよがりー。もう赦したら?」
『ぬう。し、しかし……むぅ、赦……す』
「よっしゃあー!」
カグツチが依り代に戻り、イザナギ様の下へゆっくりと歩み寄る。そして顔をあげじっと見つめる。
イザナギ様は、むぅと言いながらもカグツチを見て、そっとその頭に手を載せた。
その時、カグツチに変化が起きた。頭から足元まで光が通って行く。全身が輝き目を開けていられないほどの光で溢れる。
やがて光が収まったその場には笑顔で立つカグツチの姿があった。
それは禁忌から解放された火を司る、
存在を赦され名を呼ぶ事を許された神殺しの神。
その神が内包する抑えられていた御力は天之神にも匹敵する。
『お前様よ、あらためて末永く宜敷頼む。うむ、公認のかっぷるだ』
「お、おう。俺に着いて来い?」
『しかしイザナミよ、こんな小僧に喚ばれるとはな。小僧はなぜイザナミを喚んだ、怒りがない事を知っておったのか?』
「ナミ姉ちゃんは、メッセージアプリのアマテラストークルームに入ってるし。聞いてみたら怒ってないって言ってた」
『め、めせーじ? とうくるむ?』
「ナギ兄ちゃんはもっと俗世間を勉強しなくちゃなぁ。それじゃ神様失格だぜ」
『イザナギに神失格と申すとは、さすがお前様よ。うむ、人間から失格と言われイザナギが落ち込んでおるわ』
『坊や、礼を言うわ。やっと我が子の名を呼べる。おいでカグツチ』
イザナミ様の言葉を聞き、カグツチが戸惑うように近づいていく。母親に初めて優しく抱きしめられる感触を、目を閉じて噛み締めていた。
「はぁーこれでハッピーエンド! 万事順調!」
『ハッピーエンドにはさせぬ! 鍛練を積みママに再度挑む! 親父ぃっ! 俺を鍛えろ!』
自己修復をし我を取り戻したスサノオ様が、落ち込んでいるイザナギ様の前に立って叫んだ。
「うわ、なんか面倒な事になりそう」
『お前様、ここは逃げるが勝ちだ。うむ、姉殿もお前様も大勝を得たしな』
「ね、姉ちゃん……」
「うん」
『逃亡者ふたたびー!』
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