第114話 帰国迷宮


 ミクス王国の三級迷宮を踏破してきたイサナとカーチャ、そして健。三人共何があったのか、顔のにやけが止まらない。イサナとカーチャは戻ってきてからもずっと手を繋いでいる。健はすっかりこうこう然としてそんな二人を微笑みながら見ていた。


「何アレ、親父気持ち悪いんだけど」


「イサナちゃん来てからすっかりお爺ちゃんねぇ。もう離さないんじゃないかしら」


「ミリソリード行く時、イサナは置いて行こう」


「お姉ちゃんとお父さんの争いになりそうね」



 一行はオークション開催まで二ヶ月と少しの日がある為、一旦日本へ帰国する事にした。健と七都、カーチャ達も同行するが、メギルと召喚獣達は入国できない為に滞在費を渡してミクス王国で待機だ。

 ミクス王国から日本までは船で二日。ゼディーテの帆船だと六日から八日といった所だ。

 早速帰国準備をしてエカテリーナ号で向かい、二日後には東京湾を目の前にしていた。


「久しぶりの帰国だな。あまり景色は変わらんな」

「そうねぇ、でもビルが並んでるのを見ると懐かしいわ」


 健と七都が感慨深そうに眺めている。二人が日本迷宮へ入って約十年ぶりの帰国。姉弟がゼディーテへの道をあけるまでは帰りたくとも帰れなかった。その慕情と諦めはどれほどのものか二人にしかわからない。


「親父と母ちゃんは帰ったら何したい? 付き合うぜ」


 船首で港を見つめる二人に弟が気を利かせて声を掛ける。


「そうだな、日本迷宮に入るか」


「はぁ? なんで?」


「探索者として力が衰えていないか確かめたいというのもあるが、苦労して踏破した所をもう一度挑みたいという気持ちが大きいな」


「強くてニューゲームかよ」


 健の言葉を聞いた姉が多分無理と言いながら続ける。


「日本迷宮は今、魔物が出ない仕様、です。伊崎総理がそうしたと」


「余計な事しやがって」


 健の願いは叶わないが、七都の方は叶う願いだ。


「じゃあ、島へ行きたいなぁ」


「ああ、そうだな。借金返済の終わった島を見るのもいいな」


「クソ親父! あれめっちゃ苦労したし! 親父は島に入れねぇ!」


「なにぃ! お前らの為だったんだぞ、ちょっと来い! 気合い入れ直してやる!」


「おう、返り討ちだぜ!」


 素手で親子喧嘩を始める健と弟。健のパンチをハイカット半月で弾きながら蹴りを入れるが、力量は弟の方が上だとは言え熟練探索者の駆け引きに翻弄されていた。



 港に入り船を下りる。健と弟は二人とも息も絶え絶えに足元がおぼつかないまま下りてくる。弟の顔はボコボコだ。


『お爺ちゃんつよーい!』


「そ、そうだろう? ぜぇ……ぜぇ、ハァハァ。爺ちゃ、ん、は強いんだぞ」

「ク、ソ、オ、ヤ、ジ、ハァハァ」


『お前様よ。人間相手にこれほど苦戦するとは……イザナギにはいつ挑めるのか。うむ、寿命はないからな。気長に待つか』


「も、もうちょっと……待ってて」


 カーチャとアレクセイはエレーナが用意した車で自宅へ向かう。姉弟達は伊崎が用意した車が迎えに来ていた。滝川が手を振り、にこにこしながら待っている。

 姉がその車を見て本当にコレ? と思いながら向かう。


「護送車……」

「伊崎兄、俺達を逃がさねぇ気だよ」


「お帰りなさい。健さん七都さん。帰国を心待ちにしておりました。お二人の偉業を是非称えたいと総理からの申し出でお迎えに上がりました」


 滝川が健の手を取り口早に話す。健はその手を振りほどき呆れたように言い返した。


「お前なぁ、迎えがコレってどういう事だよ。本当に称えたいのか?」


「もちろんですよ。コレはお子様達をお借りする為。健さん達はついで、です」


「ついでかよ。相変わらずだな、お前」


「はは、偉業を称えたいというのは本当です。お疲れ様でした。ありがとうございました」


 滝川が深く頭を下げる。健は滝川の肩をぽんぽんと軽く叩き、行くぞと言って車に乗った。


「なぁ、滝川さん。なんか面倒な事?」


「ははは、そんな事はありませんよ。ちょっとお願いがあるだけです」


「出たー! やっぱ面倒なことだー!」


「わ、私達は電車で帰りますので両親をよろしくお願いします」


 姉が振り返り戻ろうとするところを滝川が肩をガッと掴む。


「まぁまぁ、せっかく迎えに来たのですからお乗り下さい。それに国内では何処にいようとも総理が居所を掴めますよ? つまり、無駄な抵抗はおやめください」


 はぁーと深い溜め息を一つ吐き、車へ乗り込む姉。弟とイサナ、カグツチは逃げるのは無理と初めからわかっていたのかすでに乗車していた。



 サイレンを鳴らしながら先導するパトカーの後を一行が乗った護送車が走る。一般の車は左右に避けて道を空け、その中を信号無視しつつ急行する。


「ホントに護送されてる気分だよ」


 着いた先は総理官邸。人数が多い為に応接室ではなく、会議室に通され椅子に座って待つ。

 そこへ伊崎が入室してきて、遅くなりましたと言いながら健と七都の側へ行く。


「健さん七都さん、お帰りなさい。あらためてお疲れ様でした。お二人は自分の為だったでしょうが、日本はあなた達に救われます。ありがとうございます」


 伊崎が深く深く頭を下げる。

 実際に異世界への道を開いたのは姉弟達であるが、それは先達あっての事。健と七都が入宮していなければ、踏破していなければ姉弟は目標を失っていたかもしれない。日本迷宮へ挑もうともしなかったかもしれない。

 ミクス王国との国交樹立に貢献したのも大きい。その大陸で武器防具を供給するミクスは、他の国から一目おかれている。その事から他国との国交樹立、条約締結がすんなり進み大陸全土での交易ができるようになっていた。


「おう、それは前に聞いた。いいから座れ」


「はい」


 頭を上げ、対面の席に座る伊崎。滝川がその横に座った。日本茶を水着魔物のブルーが淹れ、全員に出し終える。


「伊崎、お前水着の女性をはべらしているのか」


 健が怪訝そうに伊崎を睨みながら言う。


「いえ、魔物ですよ。目の保養が必要なんです!」

「そ、そうか。お前の趣味をとやかく言わんが、孫の前ではなぁ」


『あの子は二号さんだよー!』


「おい伊崎! 何てことを教えてるんだ!」

「い、いやそれはイサナから言い出して」


「こんな小さい子が言うわけないだろ!」


 伊崎に向かってイサナがニヤリと嗤う。気付いた伊崎はキッと睨み付け言い放った。


「ほら! 健さん、イサナを見てください。悪い顔です! 全部知ってて俺を嵌めようとしてる!」


 健が隣のイサナを見ると、ニコッと笑って無邪気な笑顔を見せた。


「伊崎……日本を引っ張っていく代表が子供に罪をなすりつけちゃいかんだろ。お前はもう探索者始めた頃のクソガキじゃねぇんだ。しっかりしろ」


「しかし!」


「もういいから、落ち着け。何か話があるんだろ?」

「くっ……はい」


 ニヤリと嗤うイサナに弟からやりすぎと言われ頭をコツンと叩かれる。イサナはてへっとでも言うようにごまかし笑いを返した。


 あらためて湯飲みを手に取り、お茶を口にした健と七都は、ほぅっと一息吐き噛み締めるようにしてから味わって飲み込む。美味いと自然とこぼれだした言葉に皆が見守るように微笑んだ。

 そして滝川がその空気を変えるように話し始める。


「それでは始めましょう。まずは、おひとり増えていらっしゃいますがどなたでしょうか」


「あ、こいつカグツチ。神様だよ」


 弟の言葉に慌てて伊崎と滝川が立ち上がり、神様に対してこいつとは何て物言いだと睨んだあと頭を下げる。


「失礼致しました。カグツチ様。御尊顔を拝謁でき恐悦至極に存じます」

「失礼しました。お目に掛かれ光栄で御座います」


『よい、座れ。我は旦那様の伴侶、共に生き滅びが来る最後の日まで一心同体だ。うむ、えんげーじりんぐ(仮)も貰ったしな。それに話し言葉を畏まらずとも良い。カグツチと呼べ』


「はっ。カグツチ様のかんじんたいなお気遣い感謝致します」

「あんにんどうふ?」


 二人は席に座りあらためて滝川が話を始める。伊崎が小声で、お前には縁のない言葉だと弟に言っていた。


「では仕切り直しで。弟くんから思わぬがありましたが、後でお返しをしなくては失礼に当たりますね」

「ちょっ」


「まずはミリソリード迷宮踏破おめでとうございます。踏破祭が開催されるようです。日本もこっそり参加しますのでよろしくお願いします」


「ほう、俺達も行ってみるか。なぁ七都」

「はい」


「よろしければミリソリードまでお送りしますよ。私も行きますし」


「おう、頼むぞ。いや待て。イサナは爺ちゃんと行くか?」

『母様と行くー!』


「じゃ、俺もそっちだ。滝川は一人でいけ」


「ハハハ、ワカリマシタ。すっかりお爺ちゃんになってしまわれて……オークションの件ですが、各国にビラ撒きをしました。前回より多く撒きましたのでかなりの集客が見込まれます」


 滝川の言葉を聞いた姉がそっと手を挙げ、どうぞと発言を許される。


「オークションの収益はバロウズとナアマで三等分です。私の分は日本へ寄付します」


「ありがとうございます。現地通貨を都合してもらえるのは大変ありがたいです。前回分も運転資金として使わせていただいています」


「国交を始める国の交通網整備を請け負ったからな。現地人も雇っていかないと各国で金を回せん」


 日本が交通網の整備を行うことを条約に盛り込んだ。海側にある国では港の整備をする。さらに各国にはコンテナ規格を提案しそれに準じてもらう。海上輸送に貨物船を使用したい為の港整備とコンテナ規格だ。

 そして内陸部の国を結ぶ道には馬車鉄道を敷設する。各国の駅に簡易クレーンを置きコンテナの積み下ろしをする予定である。

 この数年かかる事業には莫大な資金と人員が必要となり、それを日本と分担することで金の流れを生み出そうとしている。


「では次に、ミリソリード迷宮最上階にいた異世界神の情報です。バロウズからもたらされ、十友情ポイントの価値があった情報なのですが“星”と言い残して消滅していったとのことです」


「友情ポイントって何? 俺らにも貰えるの?」


「いえ、これは総理とバロウズ間のみです。溜めて何になるのかもわかりませんし、そのポイント基準は総理次第という適当なものです」


「バロウズ騙されてる気がする」


「それはいいとして、国立天文台によりますと日本がこちらに来てから観測を続けた結果、この世界の星は固定されているようです」


「どういうこと?」


「ゼディーテは自転しているようですが、同じ時間と位置に全く同じ夜空の星が展開されています。公転していないのか、あるいはこの世界にゼディーテしか存在しておらず、憶測ですが星々は“描かれた絵”であるのか、まだわかりません」


 ピンと来ていない聞き手たちに伊崎がフォローするように発言する。


「そこで宇宙望遠鏡と探査機を打ち上げる」


「はい。これまでは内向きの衛星、つまりゼディーテを観測する衛星しか打ち上げていなかったのですが、外向きの物を打ち上げるという事ですね。これで何らかの情報が得られるでしょう」


「その結果次第ではお前達に宇宙へ行ってもらう。そのつもりでいてくれ」


「えーっ!? 無理無理!」

「お断りします」


「あ、お伝えするのを忘れていましたが、あなた方ご姉弟は民間企業から席を離れ、内閣府付き探索者となっておりますので断れません」


「聞いてねぇし!」

「横暴です!」


「戦時下では仕様がなかったのですよね。ロックウッド王国と戦争状態でしたので、異世界戦時措置法が緊急動議され可決しました。その中で特A級探索者を守る為に対象の方々を内閣府付きとしました。まだその効力を失っておりませんので継続中です」


 姉弟は何か反論しようとも言葉が出てこず、健と七都を見やる。その目は文句言って! と訴えているようだ。


「法律なら仕方ないな」

「そうねぇ。仕方ないわねぇ。私達もかしら?」


 健と七都の言葉にがっくりと肩を落とす姉弟。

 七都の発言に滝川が返答する。


「健さんと七都さんは、迷宮失踪宣告が出されておりまして書類上はお亡くなりになっております。まだ取り下げられておりませんので先の法には該当しません」


「まぁ、がんばれ。イサナは置いてけよ」

「宇宙のお土産って何かしら? 隕石?」



「ね、姉ちゃん……」

「うん」




 翌日、姉弟は探索者から逃亡者にジョブチェンジした。

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