第113話 ミクス王国迷宮二
ミクス王国、王宮。
朝の鍛錬を終え、五人徒歩で王宮へ向かう。七都は留守番で、姉弟、健、イサナ、カグツチの五人だ。
健がイサナを抱っこして(健が離そうとしない)、姉がその横を歩き、弟とカグツチはお互いに恥ずかしそうに顔を合わせたり、そむけたりしている。昨夜何かあったか。
城門を顔パスで通って直接、王の鍛冶場へと向かった。
「よう。連れてきたぞ、子供達と孫だ」
「よく来た。タケルの子と孫よ。この国の王、ロルフ・ミクスだ。ロルフと呼べ」
互いに挨拶を交わし、鍛冶場一角のテーブルへと席に着く。ロルフが使用人に言付けるとすぐに酒とつまみが用意された。
「朝から酒? あ、焼酎だ、コレ」
「会えたことに乾杯だ。こういう時こそ飲まんとな!」
「お前はいつも飲んでるだろう」
杯を掲げるロルフに健が突っ込みを入れ、ガハハと笑い返している。皆で杯を掲げ乾杯をするとロルフが話し始める。タケルの襲撃、出会い、技術供与など、いつも話しているのだろうその口調は滑らかだ。尚、イサナは生まれて数年であるが、神様なので
「タケルの子らよ、お前達をミクス王国は全力で支援する。何かあったら言え。何もなくとも遊びに来い。いつでも入れるよう手配しておく」
「ありがとうございます」
「ありがとロルフ爺」
『ロルフお爺ちゃん!』
「おう、爺と呼んでくれるか。むずがゆいな。タケルよ、これが孫ができたじじいの気持ちか」
「お前もそろそろ引退してうちの孫を可愛がる仕事をしろ」
「ガハハ! 今、確かにそんな気持ちだ。息子に譲るか……しかしそうすると孫を作る暇がなくなるだろうな」
「お前の子は真面目だからな、政務に忙しくしそうだ」
「ガハハ! そうかもしれんな。まだまだ辞められんか」
ロルフがイサナを手招きして呼ぶ。トコトコと歩み寄るイサナを膝の上にのせ、コレくれ、やらん、と健と言い合いをする中、ロルフがそう言えばと話し始めた。
「神からの知らせが降って来てな。ミリソリードでオークションがあるらしい。タケルよ、行ってその品が良い物ならば落としてきてくれ」
「あ、それ姉ちゃんのドロップ品」
「おお! そうだったか! そうするとクリスタル証を持つ者か! 国賓扱いだな、警護は……いらんか」
「俺とイサナも持ってるぜ」
「なんと、タケルの孫もか! すごい孫を持ったな!」
「俺より強い孫というのもどうかと思うが、可愛いから許す」
「でもそのドロップ品は親父が作った物の方がいいと思うぜ。剣と短槍は知らねぇけど」
「ほう。ならば剣と短槍を頼むぞ、タケル」
「うーむ、それは待った方がいいな。日本と国交が始まるだろう? 細井が打った物の方がいい」
「ニホンとの交易品に武器は含まれておらんぞ?」
「そうなのか。それじゃ細井を呼ぶか」
「おー、細井のおっちゃん! そしたらさ、商店街のみんな呼んで日本街? 作ろうぜ!」
弟の提案に、アホかと
「ならばミリソリードに行く必要はないな。ただ、オークションをメインに迷宮踏破祭をやるらしいぞ」
「そんな
「姉ちゃんがドロップ品持ってるし、そんな訳にはいかねぇだろ」
「なに!? 持って来ているのか? 見せてはくれんか?」
「どうぞ」
ロルフの言葉に姉が迷宮鞄からドロップ品を取り出す。健と一緒に眺め、うーむと唸っている。
「どしたの?」
「いや、特級の最上階ドロップ品にしては、こんなものかと思ってな」
「すでにミクス産防具は特級を超えているな」
「へー、親父が作ったのくれよ」
「おう、いいぞ。後で渡そうと思っていたしな。イサナのは特別に一点物にしよう」
「しかし……これでは特級踏破はドロップ品のためではなく、単に経済効果としての踏破になるな。そう考えるとミリソリードの踏破祭はうまく考えたな」
「ミクス産防具はまだ向こうの大陸に出回っていないはずだから、たまたまだろう」
「うむ。だがこちらの特級を踏破した時、がっかりするだろう。今つけている防具の方がいい物だからな、ガハハ!」
「ドロップが装備品とは限らんし、名誉勲章なりをお前が与えればいい」
「そうだな、そうするか。取りあえず一級を三箇所踏破したタケルに勲章三個か」
「いらん」
「だろうな、ガハハ」
「タケルの子らはミクス王国に所属せんか?」
「こいつらは日本国籍だ。伊崎が手放さん」
「そうか、そうだろうな。気が向いたらで良い、こちらの迷宮に入ってくれ」
「はい」
「気が向いたらな」
それからしばらく歓談し、健の自宅へと戻る。城への出入りは探索者証を見せればいつでも入城していいということになった。
『お前様よ。わ、我とでいとをせぬか。うむ、所望する』
「は? おまっ、みんないるとこで何言ってんの!?」
帰り
気付いた健と抱っこされているイサナがニヤニヤとして、行ってこいと言って足早にその場を離れていく。
『お前様と二人でぶらりと歩くのを楽しみにしておった。うむ、それは楽しかろう』
「親父達もう見えねぇし。ま、いっか。じゃ、ぶらぶらするか」
『我の手を取り歩いてくれ。うむ、はぐれるといかん』
「お前、はぐれても俺の場所わかるだろ……いいけどよ」
そっとカグツチと手を繋ぎ歩き始める。歩調をカグツチに合わせる弟、優しい。
城へと続く道は大通りとなっており、片側一車線の馬車専用道路と歩道に別れている。両脇には店が建ち並び多くの人で賑わう。
その喧噪の中、店を覗き見ながらゆっくりと流れる時間を共に歩む。
ふと、カグツチの足がアクセサリー店の前で止まる。
『お前様。我にこういう物を買い与える甲斐性はあるか? うむ、男を見せよ』
「おねだりする口調じゃねぇぞ。もっとこう、言い出せなくて……でも買って欲しい、自分から言うのは……とかいうのがあるだろ」
『お、お前様……』
ちらりちらりと店と弟に視線を行ったり来たりさせるカグツチ。少し頬を染め俯き加減だ。
「それだよ。でも、金は姉ちゃんが持ってるから俺の手持ちゼロ!」
『なんという甲斐性なしだ。この先も姉殿に家計を握られるのか。うむ、金も独立心もゼロだな』
「日本では電子マネーあったしなぁ。こっちでも使えれば俺も結構持ってるぜ?」
『お前様の預金額は三万五千四百円だ。結構と言うにはゼロが二つほど足らぬではないのか。うむ、甲斐性もゼロも足らぬ』
「全て共有してる俺達こえええええ!」
通りで叫ぶ弟に注目が集まる。それが良かったのか悪かったのか、二人の男女が近づいて声を掛けてきた。
「奇遇ですね。買い物ですか?」
「魔王四天王! ここで何をしている!」
ニコニコと笑いかけるアレクセイと、腕を組んで仁王立ちしながら叫ぶカーチャだ。
「お、いい所で会った。金貸して」
『お前様。まさかと思うが借金で我に買い与えようと言うのか? うむ、お前様はそういう事、平気だった……な』
「はい、おいくら必要ですか?」
「三万くらい。姉ちゃんから取り立てて」
「えっと、それは……その」
『この者が姉殿から借金の取り立てをできるわけなかろう。うむ、意図的か? さすがお前様よ』
「この人、誰? 四天王?」
『ふはは、カーチャよ。四天王はもう古いぞ。今や五将軍だ。うむ、我は五将軍がひとり、カグツチと言う』
「魔王め、また仲間を増やしたのね!」
イサナとカーチャのやり取りを識っているカグツチはそのノリに合わせる。ぐぬぬと唸るカーチャは放っておき、弟がアレクセイに紹介した。
「こいつ、カグツチ。お、俺のツレ」
『ツレ……いい響きだ。うむ、カグツチだ。旦那様に身も心も捧げておる。宜敷頼むぞ、
こちらに来る時の船上ではまだ依り代を出しておらず、ここが初顔合わせとなる。自分らとは違い、堂々とカップル宣言をする弟達に羨ましく思いながら自己紹介をするアレクセイだった。
「アレクセイ・ロマノフです。こちらは妹のエカテリーナ……ですが、もうご存じのようですね」
「エカテリーナ・ロマノフ、勇者よ!」
「で、二人は何してんの? 散歩?」
「ええ、そうです」
「パーティーのメンバー集めよ!」
「姉ちゃん誘えば? 家にいるぜ」
「い、いえ……そ、その、せっかくご両親に再会できたのですから」
「兄様、魔王を倒しに行くわよ」
「そんなの気にしなくていいと思うぜ。もういつでも会えるしな」
「は、はい。ですが……」
チラリとカーチャに目をやるアレクセイ。もし三人で、となるとカーチャの勇者ぶりにゆっくりと話もできないだろう。気付いたカーチャは食ってかかる。
「なに? わたしが邪魔なの!?」
「カーチャは迷宮行って来いよ。イサナ連れてって、そろそろ暴れたいだろうから」
「魔王四天……五将軍を!? ふ、ふん。まぁいいわ。実力を計ってあげるわ」
最近は魔王姉よりもイサナと仲良しになりたいカーチャの意志が透けて見える。無謀な事をしてくる姉よりも、なんだかんだと相手をしてくれるイサナがお気に入りだ。
「イサナちゃんならお任せして安心ですね。でしたら、早速……」
「うん、頑張って。あと、三万置いてって」
アレクセイは三万円を弟に渡し、カーチャと共にいそいそと健の自宅へと足を向ける。健の人を殺せる視線に耐えられるかが問題だ。がんばれアレクセイ。
「三万ゲットー」
『たかりと同じだな。うむ、それでも我はそんなお前様を愛おしく想う』
「で、何が欲しいの?」
アクセサリー店を親指でさしながらカグツチに聞く。
『え、えんげーじりんぐ……』
「お、おう」
店に入りシンプルな指輪を買う。そして右手薬指に嵌めてあげた。
『指が違うのではないか? うむ、愛想が尽きたか?』
「いや、これ借金で買った物だから。ちゃんと自分の金でいいやつを買うよ、待ってろ」
『……はい』
一方、しばらく経って。
『フハハ! カーチャよ。イサナと迷宮行きたいとはいい度胸だー!』
「お前が暇そうにしてるからよ! 仕方ないから一緒に行ってあげるわ!」
「待て。俺も行く」
イサナを抱っこしたままの健が言う。孫が心配なただのお爺ちゃんだった。
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