第112話 家族迷宮二

 ロックウッド王国、王都。

 自衛隊が王宮を取り囲んでからひと月。その間、王命での突撃が八回。その全てが気絶させられ戻されていった。

 伊崎は決して兵糧攻めを行っているわけではないので、王宮への出入りは自由にさせている。

 そして出て来た貴族らをフレイバーグ伯爵が、いかに無謀な争いであるか説いている姿が見受けられた。


 ひと月も経つと民も慣れて、自衛隊隊員相手に商売をする強者も出て来る。王都の外で待機する戦車などは人々の興味を引き、毎日多くの見物人で賑わいを見せている。

 人が集まるところに商売あり、それはどこの世界でも変わらないようで、自衛隊を囲むように屋台が並び始め、日本側も伊崎の指示で屋台をいくつか出店していた。


「ふはは! さつま揚げ出来たてだ! ほうら並べ並べい!」


「御屋形様、黒豚カツ丼が残り三杯ほどです」


「うむ、黒田!」


「押忍、絞めてくる!」


「ふはは! これより黒豚カツ丼は予約となる! 竹中の前に並ぶがよい!」


 屋台は盛況のようだ。



 王宮、王の私室。

 ロックウッド王は苛立ちから怒りに転じ憎しみを超越し、もう疲れていた。

 何をやっても無駄に終わった。自ら陣頭指揮を執り、立ち向かっても気絶させられ帰された。出入りが自由にできるとわかり、きょうげきを仕掛けても結果は同じだった。

 隣国のフランブ王国へ援軍を要請したが、懇意にしていた王はすでに亡くなっており、国が共和国制になっていた。そして使者が貴族夫人方に日本文化は至高だ、敵対するなどどういうつもりだと叱責を受け戻ってきていた。


「ルーファスよ……予は間違っていたのか?」


「父上、これまでの国の在り方としては間違っておりません。ですが、あのニホンという国が異常なのです。これからは国の治め方を変える時代なのです」


「予はそのような時代にはついていけそうにない。お前がそう言うのならば、これからはお前の時代だ。予の後を継ぎ国を治めよ」


「父上……」



 それから三日後にルーファスが戴冠し、日本と和平を結ぶ。

 再び伊崎と向かい合ったルーファスは、玉座ではなく同じ位置で固く握手を交わした。




 ミクス王国、セブンキャピタル。

 エカテリーナ号で送ってもらった姉弟とイサナは路地裏の防具店前にいた。

 カーチャ一行は宿を取り、ミクス王国観光をする。オークションの為に姉弟達を再びミリソリードまで送っていく予定で、待機任務でもある。


「こんにちはー」


 姉が誰もいない店内で声を掛ける。装飾品も展示商品もない店内だが、何処となく落ち着く感じがしていた。


「これで店がやっていけんのか? ボロっちぃ店」


「ボロで悪かったわね! 馬鹿息子!」


「げっ! 母、ちゃん?」


「お母さん……」


『えー!? お婆ちゃん?』


 奥からが出て来て悪態を吐いていた弟を叱り飛ばす。

 姉の瞳が潤んできて両手が震え始めた。


 長かった。


 ここまで色々な経験をした。

 国営迷宮で博士と出会った。競技迷宮がきっかけで日本迷宮へ挑むと決めた。初詣迷宮で母の残した振り袖を着て迷宮女称号を貰った。吉田脱サラ迷宮四階層で大きな怪我をした。ロシアにも行った。バチカンに誘拐され天之神を降ろした。宇宙に行った。天照大御神と対面できた。日本迷宮を踏破した。

 そして大切な人ができた。


 様々な想いが駆け巡り、涙と共に溢れ出てくる。

 俯いて動けない姉に七都が近づき、そっと抱きしめる。

 懐かしい香りが漂ってきた。髪を撫でられる感触を思い出す。


「う、うわああああああああああ!」


 もう人間では姉に敵う者はいないほど強くなっている。神にも匹敵する強さだ。

 しかしいつまで経っても、どんなに強くなろうとも母親には敵わない。

 大声で泣き叫ぶ姉に七都がそっと声をかける。


「がんばったね。ここまで来れたね」


 言葉少なめだが、それだけで伝わる。うん、うんと姉は強く頷く。

 いつの間にか、イサナも瞳を潤ませながら七都に抱きついていた。


「イサナちゃんね。可愛いわぁー。お母さんと馬鹿息子を助けてくれたのね、ありがとう」


『うん! お婆ちゃん好きー!』


「奥へ行こっか。お父さんもいるわよー」


 奥へと誘いながら七都が弟の頭を撫でる、ありがとね、と。

 弟は、うんと頷いて俯きながら奥へと向かった。


 奥の部屋へ行くと、今しがた鍛冶仕事を終えたたけるが上半身裸で汗を拭いている。

 三人に気付くと、おうと声を掛け黒いタンクトップを着た。

 姉弟が健の元へ歩み寄り、俯く。健は二人の頭をガシガシと強めに撫でて、よく来たと嬉しそうに言った。


「まぁ座れ。お、イサナか? こっち来い」


 健がイサナを呼び寄せ自分の目線と同じ高さに抱き上げる。


「爺ちゃんだ。よろしくな。さすが親子か、似ているな。七都にも似ている、か」


『お爺ちゃん好きー!』


「お、そうかそうか。座るか。爺ちゃんの膝の上に座れ」


「すっかり孫が可愛いじじぃモードだよ」


「お爺ちゃんとお婆ちゃんが孫を甘やかすのはね、子供と違って育てる責任がないからなのよ。だから子供にこれはしちゃダメ、とさせなかった事を全部できちゃうの」


「なんかずりぃー、というか姉ちゃんもイサナを甘やかしてばっかりだけど」


『イサナはいいの!』


「そうだよなぁー? イサナはいいんだよなぁー?」


 よしよし、とイサナの頭を撫でながら健が甘やかす。


「くそじじぃ」


「まぁしかし、本当によくやった。伊崎からおおよその事は聞いている。がんばったな。お前達の口からもこれまでの事を聞かせてくれ」


 健が姉弟に向き直り、じっと待つ。姉がゆっくりと話し始め、弟が茶々を入れながら思い出せる限りのことを語っていった。

 バロウズの事、姉の半身の事も語る。そして伊崎の目的も。

 健と七都は黙って聞き入り、最後にそうかとひと言だけ答えた。


『叔父ちゃん、もうひとり紹介忘れてるー!』


「あ? ああ、そっか。ちょっと待ってて」


 そう言って弟は迷宮鞄から人の大きさの土色人形を取り出す。驚いた七都が非難するような目で見て叱りつけるように言った。


「人形が恋人とか言うんじゃないでしょうねぇ! いくつになったと思ってるの! もうホント馬鹿!」


「ちげぇって! ちょっと待ってってば!」


 ガグツチ来い! と喚ぶと、人形が土色から肌色に変化しピクリと動く。裸だった人形に服がまとわれ、まぶたが開き藍色の瞳を見せた。髪は黒く、肩で切りそろえてある。美人お姉様系の顔立ちで、胸は大きめ。弟の趣味だ。

 服は白いプリンセスラインのワンピース。少しでも印象良くしようとカグツチが考えた服だ。

 可愛い。


「カグツチだよ。えっと、神様なんだけどいろいろあって一緒にいる」


 弟の紹介の後、ゆっくりとしゃがみ三つ指を突いて挨拶をするカグツチ。


『御尊父、御母堂。カグツチと申します』


「あらあらぁー! お嫁さんかしら? こちらこそよろしくお願いします。馬鹿だけどいい子なのよー、助けてあげてね」

「お、おう。カグツチ……様? よろしくお願い致します」


『我はカグツチ、とお呼びください。我は生きることも、死ぬことすら赦されぬ禁忌のモノ。しかしながら御子息に助けられ、身も心も全てさらけ出し、預けました。どうか御子息の傍で生きていくことをお許し下さい』


「もちろんよ! 誰よ禁忌とか言うのは! そんなの馬鹿息子にやっつけさせなさい!」

「ああ、こんな息子の傍でいいのなら、添い遂げてくれ。いや下さい。こちらこそ頼みます」


「ちょっ、母ちゃん! やっつけるって、やばいって。イザナギ様だってば!」


「相手が誰だろうが自分の女を守れないような男は生きる価値がないわ、死になさい!」


『御母堂、ご安心を。旦那様はイザナギとあいたいすると約束してくれましたゆえ


「あー、うん。そういう事。……でも、もうちょい鍛えてから、ね?」


 頭を上げたカグツチはニッコリと笑い、弟から膝ひとつ下がり傍に座る。そんな二人を健と七都は微笑ましく笑った。


『父様から赦されたら、カグツチお姉ちゃんになるんだね! 嬉しい!』


 イサナとカグツチはイザナギの娘で、イサナは姉の子、カグツチは弟の伴侶。姉は弟にとって実の姉でありながら、義母でもある。なんだかややこしいが、日本の神の系譜はだいたいややこしい。



「ところで親父と母ちゃんはここで何やってんの? 何の店?」

「防具屋だ」


「探索者やめちゃったの?」

「素材集めに入宮するが鍛冶がメインだな。そうだった、お前達はこれからどうするんだ? ここに住むか?」


「ミリソリードでオークションする予定だけど、その後は未定。でもなぁ、伊崎兄が何か言って来そうなんだよな。最近人使い荒いんだよ」

「そうか、少しはここに滞在できるのか?」


「できるよ、カーチャとか兄ちゃんが街で待ってるけど」

「明日、王宮に行くか。王に会わせる約束だ」


「うわ、めんどくさ。礼儀とか知らねぇんだけど」

「いらん、そういう奴じゃない」


「ならいいんだけど」



 その日は久しぶりの家族団らんをゆるりと過ごす。七都と姉は夕食材料を一緒に買い出しに、イサナは健と鍛冶場見学、カグツチは夕食の準備をと裸エプロンになっていた。


「おい、いつもこんな格好させているのか?」

「ち、ちげぇ! ちょっ、カグツチやめろ、やめて、お願い」


 ゴツッ!

 健から弟へゲンコツが飛ぶ、二人きりの時にやれとひと言添えて。


『御尊父、すまなかった。ようやく人型の依り代を用意してくれてな。……くれまして、旦那様の趣味嗜好から選んだのだ……です』


「カグツチ、普通に自分の話し方でいい。俺達に気を使うことはない。七都もその方がいいと思うはずだ」


あいかった。挨拶は旦那様と一緒に考え練習したのだが、通常会話となると素が出る。うむ、素の我を知ってもらう事も大事、か』


『イサナはこのままのイサナー!』

「そうかそうか、イサナは偉いなぁ。お菓子食うか?」

『食べるー!』


「孫ばかじじぃ」


 夕食を七都と慣れていない姉とカグツチで作り、皆で食す。

 ミクス王国のある大陸には稲作がなかったが、姉弟の迷宮鞄に米と味噌、醤油などがあったのでそれを使う。残念ながらお茶は手持ちに無かったが、久しぶりの日本食に健と七都は大喜びだった。すぐに弟が伊崎に連絡を入れ、定期的に食材輸送をお願いする。ミクス王国には日本大使館を置く予定であるので、その行き来の際に持って来てもらうこととなった。

 健と七都は初の日本迷宮踏破者、またミクス王国との国交締結に貢献したとしてその労に報いる形だ。もちろん労に対して見合った物ではないので、今後も何かと報賞を出す予定である。



 就寝時、客間。


「えー……? ナニコレ。布団ひとつしかねぇ」


『お前様。あらためて末永くよろしく頼む』


「……カグツチ。俺の方が早く死ぬだろうけど、その短い一生をお前に捧げる。互いが必要な者同士、仲良くやろうな」


『アー、お前様よ。我を取り込んだのでな。お前様に寿命はない。うむ、末永いのだ』




「俺のセリフだいなしーっ!」

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