第111話 ロックウッド戦線迷宮


 ロックウッド王国、王都。

 完全武装した陸上自衛隊が王宮を取り囲み、上空には戦闘ヘリが三機旋回している。入都門前の平原には戦車、機動戦闘車、自走砲、装甲車が威圧するように立ち並ぶ。

 航空自衛隊の戦闘機が飛び交う轟音が鳴り響き、海上には護衛艦が三隻待機し、さらに潜水艦一隻が浮上してミサイル発射口を開いていた。


 対する王国側は未知の脅威に怯えながらも、近衛騎士団と王国騎士団総勢二百名が王宮内で守りについている。


 現在、ロックウッド王国とは一方的な戦争状態である。一方的なとは日本は相手にしておらず、王国側が騒いでいるだけである。

 先日、王の短慮によって訪問してきた伊崎を拘束しようとし、騎士団に日本を攻め取るよう王命を出していた。そして実際に海上拠点に攻撃を仕掛けてきた。

 数隻の木造戦艦で挑んできたが、海自護衛艦が強引にえいこうし引き返させていた。しかし数名が海に飛び込み海上拠点に達していたのを見逃していた。

 そして迷宮化していない無線・電波基地が襲われ火災によって被害が出ていた。


 交渉決裂当時、伊崎は我が国へ攻撃してこない限り手は出さないと言い渡しており、海上拠点は領土ではないとしていた。しかし日本が領土ごと転移してきた今、海上拠点も日本領土であると判断し反撃に転じたのだった。

 ロックウッド王国を蹂躙する気は毛頭無く、ましてや属国化などは全く考えていない。あくまでも戦争をやめさせるための威嚇行為であった。



 王都フレイバーグ伯爵邸で伯爵と伊崎が男爵紅茶を飲みながら歓談している。互いに交易は順調で伯爵領である島には日本大使館が置かれ、国営商店を開設し文化交流も盛んになってきていた。


「今回無理を言って王都まで送っていただいてありがとうございました。王都攻めをすると聞き、貴国の軍事力をどうしても見ておきたかったのです」


「いえ、王国所属である伯爵にとっては複雑な思いでしょうが、我が国は攻め取るつもりはありません。もちろん国民にも手は出しませんし、王都に被害が出るような事は致しません」


「私の立場で言うのもおかしな話ですが、貴国が我が国を手中にしてもメリットはないでしょう。この世界を全て治める気がおありなら、足がかりとしての拠点を築けるくらいでしょうか」


「そんな気はありません。自国だけで精一杯ですので」


「しかし……以前伺った通り、本当に王都制圧が十分で終わりそうな雰囲気ですね。銃と言いましたか、あの武器は。あれと王都前に展開している大砲というもの、威力を聞きましたが恐ろしい物です。効率よく人を殺すためだけの武器、あれを見るとイサキニー様が“戦争など愚かな行為である。人を殺して褒める制度など馬鹿らしい”と言われたことがわかる気がします」


「はい。剣で人を殺すのは確かに技術と研鑽が必要でしょう。それを褒めるのは別の昇華した形で見せれば良い。我が国には剣道や空手と言ったルールに基づいたスポーツや、他にも各人の特技を活かせる場が多々あります。銃で人を殺すのは技術ではなく、もはや作業なのです。そこに心は無い。この王都に住む人々、建物をたった一回の攻撃で全滅させる兵器もあります。それを行った者は褒められるのでしょうか。大きな戦争を経験してきた我が国だからこそ、戦争を忌避し開戦しないよう努めているのです」


「な、なるほど……貴国が本当に怒りを表した時が恐ろしいですね」


「そう感じていただけたのならば、抑止力としての効果があるという事です」


「抑止力……名のある騎士を抱え他国がそれを怖れるような物でしょうか。しかし、こうして話を聞いていますと、我が国はまだ心が発展途上のようです。確かに貴国のように人を簡単に殺せる武器を持ち、大きな戦争を経験した方々ならばイサキニー様がおっしゃった事が心からわかるでしょう。我が国はまだその実体験がない。実際に王都を攻撃されるほどの大きな戦争を経験していないからこそ、戦争で名を上げるのは褒められる行為であると正当化しているのでしょうね」


「今、我が国の部隊が王宮を取り囲んでいますが、それに屈してくれたとしても本心からわかってはもらえないでしょう。これは時間がかかります。えんせん思想を説くのに我が国では二千年以上かかっていますから」


「二千年……気が遠い話です。ですが、いつか始めないとそれが来る日はない」


 伊崎が言うのは日本の歴史だ。神々の葦原中国(あしはらのなかつくに)平定から始まり世界大戦まで、戦争の歴史である。地球では悲惨な歴史と認識しながらも、未だ武力制圧という手段を捨てきれないでいる。抑止力という手段でしか他国を信用できていないのだ。

 それでも日本は戦争という手段を捨てた。国民に戦争を忌避するよう少しずつ誘導教育を行っていったのである。



「騎士団は何をしておる! 王宮が攻められておるのだぞ、早く打ち払って来い!」


「し、しかし空からも攻撃されると思われ、空を飛ぶ鉄の船に矢は届かず打ち払う手段がありません! 陛下、どうか再考を!」


「一戦も交えずに負けを認めろと言うのか! 腑抜けが!」


 王宮内ではロックウッド王の檄が響き、宰相が困り果てた顔で頭を垂れていた。王都在住の貴族と法服貴族らも集まっており、徹底抗戦だ突撃だと無責任な声を上げている。

 そんな怒号と罵声が飛び交う中、一人の青年が王の前に出て跪く。二十代の若者で白く美しい装飾がされた甲冑とマントを身につけ、兜を手に持ち赤い鞘に収まった剣を帯剣している。

 顔立ちは良く碧眼で金色の長い髪を後ろで一括りにしていた。

 ロックウッド王の長男、王太子ルーファス・ロックウッドであった。


「父上。私が国の為、王の為、騎士団を率いて打って出ましょう」


「ル、ルーファス。そなたはここにおれ。何かあっては困る。予の後を継ぐ者はそなたしかおらぬのだぞ」


「だからこそ力を見せる必要があるか、と。私の勇姿をごらんあれ」


 そう言って立ち上がり、マントを翻して謁見の間を出て行く。それを待っていたかのように近衛騎士団二十名が追随する。

 残された王は先ほどより勢いが無くなった様子であるが、王太子の戦う姿を見る為に二階バルコニーへと向かう。



「ルーファス様。馬はどうされますか」


 近衛騎士の言葉にルーファスが立ち止まり、追随してきた騎士達に向き直る。


「いらぬ。それよりも……すまぬ。貴様ら近衛騎士二十名、俺と共に死んでくれ。父上には相手の力量が見えておらぬ。このままでは国が滅びる。俺と貴様らの死をもって父上の目を覚ます。国は属国となるだろうが、二十一人の死で民の命が助かると思えば安い物だ」


「ニホンの王に近衛十名があっという間にやられましたからなぁ。今回の相手はニホン騎士団、王よりも強いのでしょう。しかも見た事もない装備、空を飛ぶ鉄の船、王都周辺にも大型の鉄の馬車が展開しておるらしい。我らの命で戦争が回避できれば、ルーファス様の言われたとおり安い物です」


「うむ、これでも父上の目が開かなければ……もう、どうしようもないな。はははっ!」


 ルーファスの笑い声につられ騎士団に笑いが起きる。これで目の前の自衛隊に隙ができれば儲けものだが、油断なくじっと待機したままであった。


 ルーファスが城門に立ち大声で自衛隊に向かって呼びかける。


「私はロックウッド王国王太子ルーファス・ロックウッド。そちらの代表者はおるか!」


 その声に無線で連絡を取り始める隊員。二十分ほど待つとスーツ姿の伊崎が現れた。


「日本内閣総理大臣、伊崎純之介です。代表者を呼んだとか」


「王、自ら前線に立たれていたか。交渉したい!」


「聞きましょう」


「これから私と近衛騎士団二十名が戦闘を仕掛ける。それを受けていただきたい。ただし民には手を出さないようお願いしたい」


「わかりました」


「感謝する!」


 そうして互いに背を向け自軍へと戻る。伊崎は陸自に二十一名を選抜し一戦交えてこいと指示を出す。ただし、剣ではなく小銃で迎え撃てと敢えて命令した。圧倒的武力の差を見せつける必要がある。しかし小銃に込められているのは実弾ではなく、ゴム弾。催涙弾とスタングレネード弾(爆音と閃光)等は使用しない。


 そして浅見を先頭に選抜された隊員達が城門前に立つ。

 王国近衛騎士団も反対側に立ち、剣をかざした。


「ロックウッド王国近衛騎士団! 前へー! 突撃!」


 ルーファスの合図で騎士団が自衛隊に向かって走り出す。自らを奮い立たせるように雄叫びを上げ、最前列を進むルーファスに勇気づけられながら。


 迎え撃つ自衛隊は浅見の指示を待つ。


「膝撃ち構え!」


 号令で腰を落とし、片膝を地につけ小銃を構える。


「撃てぇ!」


 タンタンタンタンと軽い音が響くと同時に、向かってきていた騎士団がバタバタと倒れていく。そして三発受けても尚、立っていたルーファスが最後に地に伏していった。


 これはまさしく作業。戦闘ではない。それが当然であるかのように歓声もあげず警戒を続けるニホンの騎士団。同席していたフレイバーグ伯爵が顔を青ざめる。これが民に向けられることがあってはならない。ニホンの戦闘を目にして伯爵はあらためて決意する。



「回収ぅ!」


 気絶して倒れた騎士団員を回収し、兜を脱がし剣を預かる。そして両手足を拘束し前線から遠ざけていった。

 後方に置かれた王国近衛騎士団に伊崎が近づく。ルーファスを起こさせ、話をする。


「ぐ、うぅ。……い、生きているのか?」


 気がついたルーファスは辺りを見回し、地に置かれた騎士団員と目の前に立つ伊崎に気付く。


「拘束を解け」


 伊崎が隊員に命じ、ルーファスの拘束を解かせる。立ち上がろうとする彼に椅子をすすめ、対面に座った。


「なぜ、俺は生きている……」


「貴殿の自慰行為に手を貸す気はない。死んでも何の名誉にもならず、喜ぶ者はいない。死んでしまったら大事な国は守れないのだ」


 伊崎が厳しい口調で言う。その言葉に怒りを覚えるルーファスが反論する。


「自慰だと! 貴様ぁ! 我々の死に様を無駄にするな!」


「貴殿は何の為に死のうと思ったのだ」


「国の為、民の為だ!」


「国と民を思うならば生きて、その為に尽くせ。死んで何になる」


「貴国との武力差はわかっていた! しかし王は引かない、引くことを赦されぬのだ! しかしそれでも引いていただく為に、王の目を覚ます為に、と!」


「貴殿は誰と戦っている! よく考えろ! お前が戦っているのは王だ! 俺達ではない!」


「お、俺が王と……?」


「お前は王と交渉しなければならなかった! 王を説得するという戦いをしなければならなかった! それをいとも簡単に投げ捨てたのだ。お前が命を賭ける場所はここではない! 王の前だろう! 話し合いも戦いのひとつだ。それもわからんのかアホが!」


「話し合いが戦い……」


「俺の国ではな、文官のペン先の方が戦闘部隊よりも強いのだ! その気になれば実戦せずとも世界をその手中に収める事もできる! 体ばかり鍛えるな、頭を鍛えろ!」


「く、くそっ」


「お前は捕虜としての価値もない。全員解放する。それからな、俺は国を取ろうとは思っていない。戦争をやめたいだけだ」


 国を奪うつもりのない伊崎は宣言通り、兜と剣を持たせルーファスら近衛騎士団を解放した。長い戦いになるかもしれないが、王が気づくまでもしくは諫める者が出るまで続ける。

 表向きだけでも良い、この国と戦争状態にあるという事をなくしたかった。



 解放されたルーファスは私室にいるという王を訪ねそこへと向かう。

 入室すると生きていたことを大喜びで迎え入れてくれた。


「よかった、生きていて本当に良かったぞ」


「父上、そのお気持ちをお忘れ無きよう。命令し突撃して死んでいく者達の家族はどう思いましょう。その家族が国の為と立ち上がるでしょうか。殺したのは敵国ではなく、父上だとは思わないでしょうか」


「もしもお前が殺されたら予は、予は復讐に立ち上がるぞ!」


「復讐せんと立ち向かい、そして死にますか? 近衛騎士団が一合もできずに倒された相手です。今でもどうやって倒されたのかわかりません。そんな相手をどうやって倒しますか」


「うるさいっ! お前、敵に取り込まれおったか! この国を敵に渡すつもりか!」


「ニホンはこの国を取ろうとはしておりません」


「なぜわかる! やはり寝返ったか!」


「父上っ! ここが時代の転換期です! アレを見てわかりました。もはや剣の時代ではありません!」


「な、何を言うか! ええい、下がれ! 下がって策のひとつでも考え進言せよ!」


 聞く耳を持たない王にルーファスは一旦下がる。が、説得は続けるつもりだ。さんだつという手もあるが、それをやると敵に生かされた意味が見いだせない。敵に対してさえ殺さないニホン。味方である王をさんだつしては恥の上塗りだ。ニホンの王は自分を試しているのだ、と考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る