第110話 きょうだい迷宮


 ミリソリード国、山脈型迷宮。

 最上階でドロップした赤く輝く甲冑と剣と短槍。買い取りをしてもらおうと、姉は探索組合を訪れた。

 受付の女性にそっとクリスタル証を見せて支部長の下へと案内してもらう。


「支部長のダグラスだ。ここを踏破したと聞いたぞ、よくやったな。いや、やってくれました。数々の迷宮の中でもここは特別だ。全ての山の最上階を攻略しなければならないと憶測が出ていた。それは本当だったようだ。その偉業に心から称えたい」


 ゼディーテの各国にはそれぞれ同じ数、同じ迷宮が存在する。国が滅びれば迷宮が閉じられ、国が興れば迷宮が開かれる。それは神の所業。

 だが、このミリソリード国だけは例外だ。厳密に言えばここは国ではない。迷宮内に人が集まり国のような物として機能しているだけである。

 人が在っての国と、迷宮が先に在っての国との大きな違いがある。

 この山脈型迷宮はゼディーテで唯一の物。ここを踏破するという事は世界中どの迷宮を踏破する事よりも困難であり、探索者としてどの国からも望まれ一生を保証し召し抱える声が掛かるというもの。

 更に言えば、姉達が初の踏破者。その名は世界中を駆け巡り名誉とトラブルを呼び込むことだろう。


「ドロップ品を買い取りしていただきたいのですが」


 そう言って迷宮鞄から取り出し支部長に見せる。しかし、支部長は渋い顔だ。


「うちの支部で買い取りたいとは思う。だが現金が無い。以前、ロックウッド国で一級迷宮が踏破され、そのドロップ品をオークションにかけた所、五十億円を超える値がついたらしい。これはそれ以上の値をつけねばならん。オークションにかけた方がいいと思う」


「では、オークションを」


「それがなぁ、ここに来る商人もおそらく出せん金額だ。ロックウッドでのオークションは神が宣伝してくれたらしくてな、開催告知のビラが天から降ってきたのだ。あそこがどうやって神と交渉したのかわからん。うーむ」


「では、その交渉はお任せ下さい。品を預けておきますので開催は三ヶ月後くらいにお願いします」


「神と交渉する術を知っているのか!?」


「秘密、です」


「そうか……よし、わかった! 三ヶ月後にオークションを開催するよう手配する。舞台も今から掘れば間に合うだろう。品は持っていてくれ。こんな貴重な物を保管する場所が無い」


「わかりました。お願いします」


 掘るんだ……と思いながら姉は頭を下げその場から離れる。

 残った支部長はオークションをメインとしたミリソリード迷宮踏破祭を開くことを思いつく。すぐに主だった者達を集め開催に向け動き始めた。



 姉弟とイサナは伊崎に報告をするために一旦ミリソリードから出る。全体が迷宮の為に無線が届かないからだ。


≪おう、待っていたぞ。報告しろ≫


「迷宮の中で姉ちゃんとはぐれちゃってさぁ。んで、俺とイサナはしょうがねぇから宿を経営してた」


≪はぁ……本当にお前らは斜め上の事をする。それで?≫


「姉ちゃんはバローズと一緒に踏破したって。異世界神がいて……倒して、ドロップ品をオークションにかけたいからまたビラ撒いてよ」


≪わかった、それは任せろ。異世界神やつらから何か情報は得られたのか?≫


「あー、うん。俺の口から言う事は禁止されてる、つーか言うなってバローズが」


≪はぁ? 何故だ。いいから聞かせろ≫


「いや無理。男の約束。それはバローズから聞いて。自分から報告したいみたい、何かポイントを貰う為とかなんとか」


≪ちっ。わかった。お前らはミクス王国へ向かえ。マップ端末にデータを送る≫


「無理。オークションまでのんびりするから」


≪無理じゃねぇ! 行け!≫


「伊崎兄、人使い荒すぎねぇ?」


≪……頼む。行ってくれ≫


「おお? 頼むって言った? 鬼畜悪魔で魔王の伊崎兄が?」


≪うるせぇっ! そこに迎えを寄越す。合流しろ≫


 以上! とそれ以上の会話を拒否するように伊崎からの連絡が途絶える。

 すぐに滝川から連絡が入り合流地点と、おおよその時間と日にちの打ち合わせをした。


 二日後、弟とイサナは日本旅館を従業員に任せ、姉と共に合流地点に向かった。そこは山脈麓に流れる大河。川幅は広く対岸は目をこらしてようやく見えるほど。水は澄んでいて流れはゆるやかだ。

 マップ端末と照らし合わせながら岸を馬車で走り、合流地点に到着した。


 姉は剣舞、弟とイサナは釣りをしながら待っていると、白く大きな船が近づいてくる。船首で手を振る男の姿が確認でき、船体に船名が書かれてある。


【エカテリーナ号】


 船首にいる男はアレクセイだ。

 船から二隻のボートが降ろされアレクセイと共に岸へとやってきた。


「お、お久しぶりですね」

「はい」


「お元気でしたか?」

「はい」


「い、いい天気で良かったです」

「はい」


 もじもじと二人で俯きながら話す姿に弟が近づき揶揄からかう。


「兄ちゃん久しぶりー。会えなくて寂しかったくらい言えば?」


「あ、会えなくてさ、寂しかった、です」

「はい」


「がああ! なんかかゆいー! イサナ、二人置いてさっさと行こうぜ」


『母様、様おさきー!』


「と、と、と、義父様!?」

「はい」



 三十分ほど取り留めの無い会話をした二人はボートに乗り、船に向かう。馬車はデータ化し迷宮管理者証に収納しておく。

 そして船ではカーチャが腕を組んでふふんとした態度で待ち構えていた。


「やっときたわね、魔王! 私の勇者パーティーの実力を見せてあげるわ!」


「カーチャ……大きくなりましたね。それに、強くなったようですね」


「当然よ! 見なさい、私のパーティーメンバーを! 世界を巡って集めた誰にも負けないメンバーよ!」


 カーチャは言うが、メンバーは兄と護衛の赤谷、それにメギルである。どこも巡っていない。


「こ、こいつが魔王。こいつが世界を牛耳ろうとしているの、か? 普通の人間に見えるが」


 姉を初めて目にするメギルが口にするが、カーチャから見た目に騙されちゃダメよ! と叱責を受けている。

 赤谷は弟に、お久しぶりです若! と跪いて頭を垂れている。


『フハハ! 勇者カーチャよ! イサナを忘れてはいないか? 魔王を倒す前に四天王を倒さねばならないのだ!』


 イサナの言葉に、弟が四天王? 誰? もしかして俺とイサナとバローズとナーマ? と呟き、自分を除き姉ちゃんより強い四天王かもなぁと思う。


「くっ。四天王がひとり、イサナか! もうわたしは負けないぞ!」


『それはどうかなぁー!』


「聖剣グラムよ! わたしに悪を滅する力をー!」


 イサナをキッと睨んだカーチャが聖剣グラムを抜き構える。

 剣先がキラリと光ったそれは剣ではなく明らかに日本刀。


『おお!? なんだー!? すごい刀だぞー、それ神刀だー!』


「お、細井のおっちゃんが打ってくれたのか。よかったな、カーチャ」


 ちょっと見せてと弟がひょいっとカーチャから刀を取り上げる。イサナと二人で眺め、ほーすげーと感心しているが、カーチャは聖剣グラムを取られたことに目が潤んできている。


「うぅ……こうなったら! でよ召喚獣!」


 カーチャが叫ぶと、バタバタとそこらの船員と思われた者達が集まり整列した。


「召喚獣? 魔物なの?」


『魔物なら消滅させていいのだー!』


「イサナ、この人達は人間です。魔物ではありません」


 姉が注意し、気絶程度にと伝える。

 カーチャの合図で向かって来る召喚獣達を、イサナは素手で小突いていき三十人を一分かからずに昏倒させた。


「わたしの召喚獣をよくも……」


 カーチャのではない。メギルの部下だ。


「カーチャ。鍛錬の成果を見せてください」


 姉がイサナの前に出て、カーチャの前に立つ。双剣は構えておらず素手だ。

 弟が聖剣グラムを返し、カーチャはそれを姉に向けて構える。真剣な顔つきだ。

 ある程度強くなったからわかる事がある。姉にも経験がある。

 カーチャも二級迷宮を踏破できるくらいには強くなっている。だからこそ、対峙している姉の強さがひしひしと、これは危険な強さだと伝わってきていた。

 額にじわりと汗をかき、それを拭うことも忘れ構え続ける。

 そして……。


「フッ!」


 息を吐くと同時に、中段横薙ぎの斬撃をいれた。

 姉は一歩も動かず、刀の腹を目掛けて裏拳を入れる。カーチャの手から聖剣グラムが落ち、甲板にカランと音を残した。


「強く、なりました。頑張りましたね」


「……うん、うん!」


 感極まったカーチャが姉に向かってダッシュし抱きつく。そしてよしよしと頭を撫でる姉の目がキラリと光る。


 カーチャの腰を持ち、勢いよく空に向け放った!


「うぎゃあああうあばああああ!」


 二度、三度と祝いの高い高いをしてあげ、逆さまに落ちてきたカーチャの足首を掴む。

 小さい頃やってあげて喜んでくれた、と姉が思っている遊びだ。

 しかし今は成長し立派な淑女だ。背も伸び以前とは違う。そこを計算に入れていなかったようだ。

 甲板に思い切り、ゴツン! と頭をぶつけるカーチャ。そのまま昏倒しだらりと手が下がって、口元からは涎が垂れてくる。涙と混ざって額が濡れていく。

 その見るも無惨な顔をスカートが覆い隠していった。


「カーチャ、まだそのパンツ履いてんのかぁ。お気に入りか」


 スカートが捲れ露わになった姉弟パンツを見て弟が言う。

 赤谷はレンジャー教育課程で部隊旗にもなったパンツを感慨深く見つめる。メギルは何がどうしてこうなった、と固まってどうする事もできない。

 イサナは大笑いで喜び、アレクセイは溜め息を吐きつつもカーチャを横抱きし、船室へ向かった。


「姉ちゃんやりすぎ。そろそろ大人扱いしてやろうぜ」


 その言葉に力強く頷く姉を、たぶん碌な事考えてねぇと思う弟だった。




 フランブ国、薔薇騎士団演習場。


「ツクヨミ様、革命は成りましたね!」


『圧政によって民を苦しめていた王族は絶えました。これからは民が自分達のための国作りをしていくことでしょう。確かに革命は成ったと言えます。ですが!』


「マリーもアンドレも、ハンスもいませんでしたね」


『そこです! 何の為に革命を起こしたと言うのか!』


「でも貴族の固定客は掴みました。共和国制とは言え、貴族がなくなるわけではありませんから、次に何か起こすときは使えると思います」


『同じ物を崇拝する同士、それはいいでしょう。やはり彼しかいない……ピエール、行きますよ!』


「えっと、どちらへ?」


『月光の君に加え、朧月の君がこちらに来ているというヒコ兄様からの情報です』


「それは……是非会いに行きましょう!」




『決めました! 次はこの世界で月光塚を披露しましょう!』

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