第109話 ミリソリード迷宮二


 ミリソリード国、山脈型迷宮。

 姉とバロウズとナアマの三人は迫り来る魔物達を物ともせずに斬り進む。姉は双剣を振るい、バロウズとナアマは素手だ。転移罠がある為、一気に殲滅できないバロウズはれ気味であるが、姉が楽しげに戦う姿に微笑む。


 魔物を消滅させながら思いにふける。

 思えば共闘するのは初めてだ。自らの半身を持つ娘、造り上げたナアマ、謂わばこの三体は自分の分身だ。本体は地球が存在している世界にあるが、三体はそれぞれ違った自我を持つ。環境が人を作るという言葉を何処かで聞いた。これはまさにソレだ。

 元はと言えば全ての人間が同じ物、自分が作りだした物から構成されている。視野をもっと広げれば、野山や木々、動物らも全てが同じモノと言ってもいい。


 なるほど、これが本体の視点。


 本体の自分には等しく同じ物に見えているのであろう。それは全てに平等で全てに無慈悲な視点。如何なるモノにも手を差し伸べることはなく、話しかけることもない。

 己と対等なモノがない存在。

 すでに本体から切り離されたバロウズというモノの視野が広がっていく。力量はともかく、対等もしくはそれに近いと思える存在がいる。いや、バロウズを対等に扱ってくれる存在か。

 創造主と知っても尚、変わらずに接する存在。その有無が本体とバロウズとの違い。

 本体の視点ではわからないはずだ。ただの岩の塊である星も様々な移り変わりを見せる地球も平等に、興味がない。

 降り立ち、目線を合わせなければわからなかった。今、何故かここで、静かに目覚めが起きた。

 それを覚醒というべきか。


「ふふふ、はははははは!」


「バロウズ様?」


「ソレを知るのに何百億年かかっているのでしょうか、私は」


「バロウズ様、何かありましたか?」


「ああ、ナアマ。愛していますよ。娘も、君の弟も、伊崎も、全ての人間を、全ての物が愛おしい」


「バ、バロウズ様……式は人間に倣って行いますか!? やはり日本式ですか!? いや神前式はバロウズ様にあまりにも不敬! ここは創造主前式、でしょうか!」


「娘の中に居る三体は知っていたのですね。愛おしいと思える喜びを、守る事ができる幸福を」


 にっこりと笑いかけるバロウズに、姉は引き気味で答える。


「何かクライマックス的な感じですか? 死ぬのですか? 死んでください」


「こうなると異世界神クソヤロウ達も愛おしく思えてきます。ふふふ、優しく消滅してあげましょう」


 ぶつぶつと招待客が初夜がと内に籠もっているナアマと、訝しげに見る姉を余所にし、心から楽しげにバロウズは進んで行く。



 そして三人は複数ある山の最上階、そのひとつに達する。


「ここが最上階のようですが、手かがりはないようですね」


 階層を見回しながら少し呆れ気味にバロウズが言う。

 姉はバロウズが倒した赤髪甲冑のドロップ品、赤い甲冑と剣、短槍を拾い自分の迷宮鞄にそっとしまい込んでいる。


「小娘、そのドロップはバロウズ様の物だろう! 出せ!」


「ナアマ、いいのです。娘も牽制してくれましたしね」


「しかし! 先のオークションでは五十億円を超える値がついております。バロウズ様の野望に近づけるかと! そして新婚旅こ」


「降りてから三等分するつもりですが?」


「こういう事です。探索者は等分、もしくはリーダーが配分を決めるようですよ」


「リーダーはバロウズ様では!」


「明確に決めていませんでしたからね。等分でいいでしょう」


「はっ。失礼しました。……小娘、悪かった」


「しかしここではないとすると別の最上階ですか。やっかいな迷宮ですね」


 他の山を目指すとなると中階層まで戻り、別のルートで再び登らなければならない。そしてそれが正解とは限らない。


「時間がかかりすぎますね」


 ひと言もらしたバロウズはゆっくりと両腕を左右に伸ばす。すると手の平から黒い闇のような物体が滲み出て壁を浸蝕していった。

 その闇はじわじわと溶かすように壁を喰らい削っていく。壁に穴が開いていき、やがて外の景色が見え吹雪のように雪が舞い込んで来る。そしてその闇は迷宮をぶち抜いた。

 そのまま隣の山へ向かい、同じように山肌を喰らっていく。三人のいる山よりさらに高い山は中間部分をなくし、ダルマ落としのように山頂が下へと落ちていき、全ての最上階が露わになった。


「さすがですバロウズ様!」


 強引だなぁと思う姉だが、もしイサナがここにいたら同じ事をするかもしれないと思い直す。遠くから見たら山脈上部が平らにならされた姿を確認できることだろう。


 姉がふと探索者証を見ると白だった物がクリスタルに変化していた。超級迷宮踏破の証だ。

 日本へ戻り元のクリスタル証にゼディーテ語で名前を追記した後は、この探索者証を使う事はない。コレには日本で踏破した数々の迷宮記録が記憶されておらず、何より入出金ができないからだ。

 ゼディーテで発行された探索者証に迷宮踏破記録が記憶されているかどうかはわからない。読み取る機械も、それを作る技術も無いためである。日本へ戻ったときに確かめてみる必要があるようだ。


 真っ平らになった山脈迷宮最上階に佇む三人。ナアマはバロウズに寒いですと縋り付いているが、彼らは寒暖を感じる事はない。そんなナアマを無視しバロウズが顔を上へと向ける。姉もならうように見ると、空から何かが光を発しながら降りてくるのが見えた。

 異世界神か! と見当を付けた姉は双剣を構え備える。


『お前達は何だ? こんな事ができる家畜はいないはずだが』


「では、家畜ではないのでしょうね」


『家畜の域を超えたか。邪魔でしかないな。家畜は家畜らしく、何も知らず何も考えず何も求めず、ただ喰われるのを待てばいいのだ』


「きさまぁっ!」

「ナアマ」


 飛び出そうとするナアマをバロウズが抑え、地に降り立った異世界神を愛おしそうに見る。


『お前の目は気にくわんな。それは神に向ける目ではない』


「憐れみ、ですよ。お前達は何て愚かで可哀想な存在なのだ、と。ひととき私も同じように考え蔑んでいましたからわかります」


『お前は我と対等であるとでも言いたいか』


「いいえ。私はお前達よりも上位の存在。どの世界においても私より上位のモノはいません。しかも私には、親……友たちがいますからね」


『それが何になる。喰われる者と喰らう者、世界にはふたつしかない。ここでお前達は我に喰われるのだ。抗う事も許さぬ。家畜としての義務を全うせよ』


「私を喰らうには五百億年早い。聞きたい事があります。まずはひれしてもらいましょうか」


 異世界神に歩み寄っていき、その手足を自らの体から出した黒い闇が切り落とす。即座に切り落とした手足を飲み込み、再生しないよう闇から顔だけ出し体を包み込んだ。

 圧倒的な力量の差に異世界神は何が起きたか理解できず戸惑う。姉は自分の出番がなかったことに舌打ちをし、ナアマの目にはハートが浮かび上がっていた。


「喰われる気分はどうです? ゆっくりと……そうですね、百億年ほどかけて喰らってあげましょうか」


『お、お前は何だ!? こんな事をできるモノがいるはずがない!』


「お前達より上位の存在であると教えてあげたでしょう? お前が無知なだけです。後ろの二体は同じ事ができると思いなさい。少なくともお前より上位の存在が三体はいる、という事ですよ」


『馬鹿なっ! 何なのだ、何なのだお前達は! ゼディーテに存在するモノではない! 何処から……そうか! 異世界からか!』


「お前はそれを知って、どうする事もできないでしょう?」


『く、くそっ! 今すぐ解放しろ! そうすればお前達の存在を赦してやる!』


「お前は、馬鹿ですか? それは優位に立つ者の言葉です。こんなくだらないやり取りをする時間をお前に使うのは勿体ない。聞きたい事があります。天界への行き方を教えなさい」


『し、知らん!』


「そうですか。では、お前は必要ありません。さようなら」


『ま、待て! ここはもう一、二回ほど尋問するとこではないのか!? 諦めるの早すぎじゃないか!?』


「お前には無い時間が私にはたっぷりあります。他に素直に答えてくれるモノがいるかもしれません」


『我しか知らぬぞ! 他の奴に聞いても無駄だ!』


「先ほどは知らないと答えたはずですが? 私に虚言を? この私に?」


 バロウズの態度が一変し、闇の中にある体を喰らっていく。できるだけ痛みを与え後悔させ、ちっぽけな存在であると知らしめるように。


『があああああああ! や、や、やめてくれぇええええ!』


「虚言を吐くような奴に用はありません。消滅しろ」


 体を喰らい尽くし、残った頭を喰らい始める。


『ぐああ! わ、悪かったぁ! 星、は……』


「もう少し早く答えれば頭くらい残してあげたのですが」


「バロウズ様、流石です! 感服しました見蕩れました惚れ直しました愛しています!」


 ナアマの愛の告白をスルーしてバロウズは姉に近づく。

 姉は構えていた双剣を向け、バロウズが一歩近づく度に一歩下がる。


「逃げないでください。何もしませんよ。ただ、少しお前の中の三体に声をかけたいだけです」


 優しげに笑うバロウズを睨みながらもその言葉を信じ納刀する。そしてバロウズが姉の右肩に手を置いて目を瞑り、しばらくしてからニコリと笑いかけ手を離した。

 三体に何を言ったのか姉にはわからない。しかしそれは悪い事では無いのだろう。右半身が喜んでいるように感じた。


 ここでの目的を果たした三人は下層階へと降りていく。

 姉はバロウズの陰湿めいた雰囲気が少し変わったかな、と思いつつ前を歩く姿をチラリと時折見ながら歩く。

 これまでの人を人と思わぬ所業から一変し、何処か人間臭さを感じる。彼と対峙した時には常にどう戦うかシミュレーションしてきたが、今では戦いたくないという思いまで溢れてきていた。その感情は右半身に引っ張られているのだろう。

 少しだけ、ほんの少しだけ、信じて頼ってもいい、と思った。



 山脈型迷宮、四階層。

 弟達とはぐれて二ヶ月。ようやく降りてくることができた。

 宿屋が建ち並ぶその階層に、ゼディーテでは目にする事がなかった門構えの宿があった。

 わらき屋根の大きな門、楓の紅葉と桜の満開が共存し奥には瓦屋根の日本旅館が見える。

 宿名は『日本旅館』ヒネリがない。が、あきらかに日本人が作った物だ。

 姉がそっと門から覗き見ると、紺色の作務衣を着た弟が建物前を掃除していた。


「なにを、しているの?」


「あ! 姉ちゃん! やっぱ無事だったかぁ。お帰りー。イサナー! イサナー!」


 姉の無事を喜び、大声でイサナを呼ぶ。バロウズは興味津々に門作りや建物を検分している。


『母様!』


 少し背が伸び(伸ばした)、着物姿のイサナが姉の姿を見るや飛び込んで来る。(比喩では無い)

 それを受け止め一回転し、よしよしと頭を撫でる姉と、胸元に頭をぐりぐりと押しつけ甘えるイサナ。再会した喜びを全身であらわしていた。


「ここは、なに?」


「姉ちゃんはどうせ無事だろうしさぁ、じっと待ってるのも面白くねぇしイサナと何かやろっかって事になって、取りあえず宿屋やってる。これ、イサナが作ったんだぜ。すげーだろ?」


 胸元ぐりぐりから頭を上げ、姉の目をじっと見るイサナの顔は、撫でて? 撫でて? と褒めてもらうのを待つ子犬のようだ。


「イサナ、素敵な宿です」


『うん! えへへ! 母様、案内するね! 中も見て! 温泉(風)もあるよ! 泊まってね。ずっと泊まってもいいよ!』


「ほほう? 温泉、ですか。興味深い」


 温泉と聞きバロウズが反応する。スペシャルエンターテイメント浴場計画の為だろう。


「イサナ、バロウズ達も泊めてあげてください」


『えー!? ……でも、母様が言うなら』


「案内終わったらはぐれてからの事、教えてよ。ナーマもゆっくりしてけな?」


「ナ、ア、マだ! おい小僧、部屋はバロウズ様と同じにしろ。そ、その混浴はあるのか?」


 弟に恥ずかしそうに小声で聞くナアマ。弟はニヤリと笑って答える。


「オッケー。部屋風呂もあるぜ? そこなら誰にも邪魔されずに二人でゆっくり入れるぜ?」


「よ、よし。そ、そこにしろ。……ハァ、ハァハァ。二人きりで部屋風呂、うへへ。ああ、バロウズ様、そんな所は自分で洗います。ひゃっ! い、いけませんバロウズ様。ああ、アー落ちていく……」


 一人、門の前で妄想にふけっているナアマを置いて、一行はイサナの案内で中へと入り見学していく。引退した探索者を何名か雇っており、イサナが通ると女将おかみと声を掛けていた。

 廊下は暗めの落ち着いた床板で、部屋は畳風の和室。最初は布団に抵抗がある現地人が多かったらしい。高い金を払って(他の宿より高額)、地に直接寝せるとはどういう事だ、とクレームが相次いだ。寝心地悪かったら返金するから、との言葉に一晩過ごすと皆が笑顔で、ふかふかの敷物と暖かさでゆっくりでき疲れも取れたと好評。

 何より喜ばれているのは大浴場、そしてカップルや家族には部屋風呂が喜ばれ、平民が湯につかる習慣のないゼディーテでは大好評だという。


「やはり風呂は人の心を虜にしますか」


「はっ。先見の明があるバロウズ様はさすがです」


 バロウズ達に一部屋とってあげ、弟とイサナも仕事から離れ今日は姉と一緒に過ごす。

 転移罠にかかった後からの話を互いにし、バロウズの雰囲気が変化した事も付け加えておく。


「バローズは、まぁどうでもいいや。無事だとわかってたけどまた合流できてよかったよ」


「うん。二人とも頑張りましたね。ここ、本当にすごい」


『叔父ちゃんと穴掘りしてー、一緒に考えながら作ったの!』


「穴掘りきつかったぁ。でもさその甲斐あって結構儲かってんだぜ。人数制限してプレミア感? 出してさぁ。親父と母ちゃんに会えて、なんもかんも全部終わったら商売やるのもいいかもなぁ」


 “お前様よ。我も役だった事を報告せんとな。うむ、姉殿の印象を良くしておかねば”


 家族水入らずという事で喚んでいた炎の剣、カグツチが弟の手の中で言う。


「あ、うん。カグツチも頑張った。つーか、カグツチが一番役に立ってくれた」


『ドドドー! って壁を溶かして行ってたもんね!』


 “うむ。褒美に我と混浴を所望する”


「できねーし! 剣の状態で入ったら湯が沸騰するし!」


 “これは早く良い依り代を見繕わねば、な。うむ、姉殿のようにないすぼでぃを頼むぞ”


「は? お前、依り代あればそれに取り憑けるの?」


 “取り憑けるとは失礼な物言いだ。降りると申せ。うむ、禁忌ではあるが神だからな。剣も依り代であるし、な”


「あ、そうなの? 早く言えよ。何か身体あったほうが便利だろ?」


 “便利扱いするな。ま、お前様が我の身体を造ってくれ。うむ、その辺のつちくれでよい。お前様の理想的なぼでぃを造るがよい”


「え、なんかそれイヤだ。俺の趣味丸出しみたいな感じにならね?」


 “お前様の趣味丸出しだからこそ、我は嬉しいのだがのう”


「イヤならダン調さんに幼女魔物を造ってもら」


「それぜってぇやめて! マジやめてね? アレは無理! アレ造るくらいなら俺が造るから!」


 それから一行はせっかくだからと皆で部屋風呂に入り、一晩ゆっくり過ごした。

 一方、バロウズらは……。



「バ、バロウズ様。そ、そこは……アァ! ハァハァ、いやいやぁ、いやじゃないですけれど、いやぁ!」


「お前は何をやっているのです」



 一人、部屋風呂に入り妄想に拍車を掛けるナアマの姿があった。

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