第108話 ミリソリード迷宮


 ミリソリード。

 この国には街や村はない。首都のみの都市国家である。

 国家とは言え明確に法が決まっているわけではなく、王もいなければ政をする政府もない。犯罪を取り締まる機関もなく、全て住民の自治の下に成り立っている。


 その不可思議な国は山脈が連なり、山腹から上は万年雪が積もる。麓は密集した森で覆われて常に薄暗く、首都へ通じるのは大河沿いの一本の道しかない。

 首都は山肌をくりぬいた山の中にある。まるで迷路のように通路が張り巡らされ、さながらアリの巣のようだ。

 入国管理ゲートなどはなく、兵士さえ立っていない。誰でも自由に入出国できるため、逃亡した犯罪者や盗賊、家を追われた者達が多く暮らしている。

 また、この国は世界中で一番探索者が集まる国だ。


 それは、この山脈自体が迷宮と化しているからである。



 超級迷宮。入国したときに探索者証に現れる難易度でそれがわかる。

 これまで誰かが踏破したという噂はない。上へ登っていくタイプの迷宮であるが何階層あるのか誰もわからない。超級という難易度から三百階層以上ではないかと言われている。

 何の意図があるのか、五階層までは魔物が一切出ない。罠もない。

 その事から少しずつ人が集まって住み着き、村ができ街になり国と呼べるほどの規模になった。

 壁や地面に破壊不可属性が付与されていないため、元々あったルートから外れて掘り進み、アリの巣のようになったのである。


 ここは日本の迷宮都市計画のそれとは全く違い、純粋な探索者頼りの都市だ。

 探索者が六階層から上に入って魔物を狩り、持ち帰ったドロップ品を売って生活を成り立たせる。食材がドロップする事もあるが、それだけでは需要を満たせないので行き来する商人や他国との商取引で食いつないでいる。

 日本の場合は迷宮内に田畑や牧場、さらには生産工場を建設し全て中で完結できるよう迷宮開発されている。

 これが自由に迷宮を開設できる者とそうではない者との大きな違いだ。


 その探索者の国、ミリソリード国に姉弟達が到着する。



 国の入り口は元々あった人ひとり入れる程度の穴を大きく削りとり、山肌に彫刻がなされ立派な門のような形になっている。そこへ馬車ごと入って行く。

 太陽や月は見えないが、中は明るく道は広い。左右に店が建ち並び、客の値切る声や呼び込みの声で賑やかだ。


「うちの商店街より賑やかじゃね?」


「うん。ここが迷宮とは思えません」


『楽しそー!』


「馬車とめて、歩くかぁ」


『歩こうー! 散歩散歩!』


 馬車を停められる場所を弟が住人に聞き、そこへ移動する。管理料として二千円徴収される。馬の世話を任せればもっと必要だが、食べない出さない汚れない馬魔物であるので丁重に断り、移動車両を動かないよう固定した。


 三人で大通りを練り歩き店を見て回る。道を外れると何処へ繋がっているのかわからないので注意が必要だ。現在でも拡張し続け複雑に道が絡み合っているのだ。


「おお!? マイハウスセットだってよー。ここで自分の家が持てるみたいだぜ」


「え? ツルハシ?」


『掘って家を作れって事だね!』


「すげーな、ここ」


「いらっしゃい、ミリソリードは初めてかい?」


 店主が店先を覗いている姉弟達に話しかけて来た。マイハウスセットを見て驚いているという事は初めて来た探索者だと判断したようだ。


「うん、そう。ねぇ、これ勝手に掘っていいの?」


「ああ、空いているとこならいいよ。誰の土地でもないしね。広く掘り進んでも天井が崩れてくることもない、迷宮だからね。たまに隣の家と繋がっちまうことがあるから、そこだけ注意だね」


「はぁー、おもしれぇ」


「ツルハシと家のドア、セットで五万円! これで家が持てると思えば安いもんだ。どうだい?」


「いらねぇ、そんな持ってねぇし」


「スコップも付けよう! それも二つ! 三人だしね」


「いらねぇって、金ねぇよ」


「値切るのうまいねぇ。じゃ、一人穴掘り職人を付ける! これで四万円! これ以上まけられないよ!」


「ホントにいらねぇって。じゃーねー」


 その後も追いすがるように売り込む店主を振り切り先へ進む。ライバル店が多いらしくなかなか離してくれなかった。


『イサナならツルハシなくても掘れるよ!』


「そりゃ、姉ちゃんとイサナなら拳を撃ち込んでいけばいいだろうけど、家持ってどうすんの?」


「自宅は日本にあります。ね、イサナ」


『別荘とか!』


「穴ぐらが別荘とかイヤだぜ」


 一、二階層は店舗が多く、三、四階層は宿屋と家のドアが目立っていた。五階層には探索組合があり、探索者で賑わっていた。

 そういう組織に良い印象がないため、三人はそこへ寄らずに上へと進む。

 立ち寄っておけば三人が離ればなれになる事もなかったのだが。



 ミリソリード迷宮、二十五階層。

 その魔物はここまでに倒してきたモノと何ら変わりなかった。

 虎型動物系が三体。弱く、白探索者でも一撃で倒せる。一人一体とハンドサインを出して向かう。

 イサナが事もなげに双剣を使う事もなく拳で消滅させる。弟が中段横薙ぎの剣戟で倒す。

 そして姉が双剣を十字に斬り、存在を消した。


 虎型魔物と共に姉の存在を消した。


 見逃していた。姉が対峙した魔物にだけ首輪があった事を。


『罠!? 転移罠かも!』


「虎だけにトラップー!?」


『母様ー!』


「迷宮内だからマップ端末が通じねぇ!」


 探索組合で注意を促していた。階層関係なく首輪を付けた魔物を見たら逃げるように、と。

 魔物自体は弱いが倒すと転移罠が発動され、何処へ飛ばされるかわからない。

 一階層店舗前に飛ばされた者もいれば、二十階層だった者もいる。これまで何十人も転移罠にかかっており戻ってきた者は、四名。いずれも低階層だった。

 救助に向かうにしても山脈型迷宮の特性上、その難易度が跳ね上がる。

 、のだ。最上階層が山の数だけあり、途中その最上階に向かって分かれ道がある。どの階層のどこの山にいるかわからない為に、高階層に転移させられた者は絶望的だった。


 二人が慌て騒いでいると後から来た探索者に転移罠の事を聞かされる。

 災難だったな、とひと言だけ残してその探索者は先へ進んでいった。


「うわあああ! やべぇ! 姉ちゃんが迷子!」


『か、母様なら大丈夫。きっと大丈夫』


 イサナが祈るように目を瞑る。日本の迷宮であれば姉のところに瞬間移動できるのだが、ゼディーテではそれは叶わない。今は為す術がない二人は、肩を落とし歩みは遅く階層を降りていった。



 一方、転移罠にかかってしまった姉。

 目に映る景色が一瞬で変わり、次々と向かってくる魔物の強さから転移させられたと判断する。

 魔物の数が多い、多すぎる。その割にここは狭い。休む事なく斬り捨てていき、最後の一体まで倒しきる。ふぅ、と軽く息を吐き弟達と合流しなければと、階段を探し階層を降りる。

 数階層降りたところで再び魔物の群れに遭遇し斬り捨てていく。

 その途中でまた景色が変わった。しかし今回はその法則がわかった。斬り捨てる瞬間、首輪を見た。他の魔物にはなかった。


 転移した先は薄暗かった。人間には見えづらい状況であるが、姉は瞳孔を開きその階層把握に努める。

 数メートル先に人間型の物体が二体。姉を見ているようだ。

 双剣を構え襲撃に備える。

 そしてその物体が近づいてきて、話しかけて来た。


「おや、何故あなたがここに?」


「小娘!」


 その二体はバロウズとナアマ。ここがまちなかであるかのように話しかけてくるバロウズと、敵意むき出しのナアマである。


「バロウズ!」


 姉が構えた双剣を振り上げる。しかしそれはいとも簡単にバロウズによって抑えられた。


「落ち着いて下さい。あなたと戦う意思はありません」

「こむすめぇっ!」


 バロウズは戦闘の意思はないと言うが、ナアマが向かって来る。


「ナアマっ! ここで娘と戦うつもりならあなたを捨てますよ!」


 バロウズの言葉にピタリと、時が止まったかのようにその場で静止するナアマ。体は止まっているが、言葉がショックだったのか瞳が潤んできている。


「そういう事で、戦うつもりはありませんので安心して下さい。ナアマ、ハウス」


 静止していたナアマがすごすごとバロウズの方へ退散し、後ろへ隠れるように体を小さくする。


「ところであなたはここで何を?」


 隠れたナアマをチラリと見て、バロウズが聞いてきた。


「転移罠にかかってしまったようです」


「ふーむ。それはお気の毒に」


「バロウズはここで何を?」


「決してこっそりバロウズ様の裾を掴んでいて、バロウズ様が魔物を斬った後に二人同時に転移させられたわけではないぞ!」


「そうでしたか」


「ナアマ……」


「ち、ちがっ。違うぞ! いいか? 忘れろ、いま言った事は違うのだ。四回も転移してないからなっ!」


「四回も……ずっと裾を掴んでいたのですか」


「違うと言っているだろう!」


 必死に否定するナアマだが、その手は今でも服の裾を掴んでいる。


「首輪が付いている魔物が転移罠を発動させるようです」


「なるほどそういう仕組みでしたか。一気に殲滅しているのでわかりませんでした」


「く、首輪。バロウズ様! 私にも首輪を!」


「お前は何を言っているのです」


 蔑むような眼でナアマを見るバロウズだが、ナアマは細かく身を震わせ息を荒くしている。溜め息一つ吐いた姉は、バロウズに向かって言った。


「それでは、私は下へ向かいますので。さようなら」


「ふむ。娘、少し付き合いなさい」


「なっ! バロウズ様と小娘がお付き合いを。そんな……わたしは愛人……いやこの際やはり首輪を頂いてペットに」


「娘。ナアマは無視しなさい。上へ行きますよ」


「上……? 私は弟と合流を」


「上へ向かいながらお互いの誤解を解いていきましょう。最上階に奴等がいるはずです。削除してから戻っても遅くはないでしょう」


 バロウズを睨むように見る。これまでは明らかに敵だった。姉を殺そうとしてきたバロウズ。そして三体の島の魔物をボロボロにし、その存在を消しかけたナアマ。

 伊崎はバロウズを利用しているようだが、姉にとって利用価値はない。

 右半身は信じてもいいよ、と反応を示すが素直に受け入れることはできない。


「おことわ」


「そう性急に結論を出す事もないでしょう。あなたの右半身は私の一部、それは以前よりも繋がりの強い一部です。私はあの三体を愛していたのですよ。いいえ、今も愛しているのです。私は私を一番愛しています。その私が一部を持つあなたをどうかしようとは思えないでしょう?」


「は!? つまり、わたしもバロウズ様の一部……バロウズ様はわたしを愛していらっしゃる!?」


「そう……ですか。少し様子を見ることにします」


「はい、見てください。では、上へ向かいましょう。殲滅は任せてください、パパに」


 ニッコリと姉に笑いかけるバロウズだが、姉はその申し出を断る。また一気殲滅して転移させられたらたまらない。一体一体、確認して倒す事と念を押して二人は先に進み始めた。




「パパ。バロウズ様が小娘のパパ? するとわたしはママに?」


 ナアマ、早く行かないと追いつけなくなるぞ。

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