第107話 ミクス王国迷宮


 ミクス王国王都。セブンキャピタル。

 その鍛冶屋の人口密度はいつもより高い。

 たける、伊崎、アレクセイ、カーチャ、赤谷、メギル、そして店の外には護衛が二人。内、一人は浅見だ。

 カーチャとメギルは伊崎に挨拶をした後、庭に出て再び刀の扱い方を指導している。

 赤谷は護衛に立ちます、と店の外に出て伊崎の護衛と何やら話している。

 そして健、七都、伊崎、アレクセイの四人がちゃぶ台を前に座り、これまでの経緯を話していた。


「そっかー、アレクセイくんは恋人さんかー。うちの子をよろしくねー」


「は、はい! こちらこそ。いやいや! 今そういう話ではなく、日本の事ですよね!?」


「健さん、こちらで何を?」


 伊崎が健に向かって聞く。コイバナは敢えてスルーする方向のようだ。


「見ての通り、鍛冶屋だ。防具専門だがな」


「先ほど話した通り、日本の国土自体がこちらに来ています。一度、戻られてはいかがでしょうか」


「その内な。いつでも戻れるとわかると、逆に腰が落ち着いた」


「そう、ですか」


「それよりお前、まだ総理やってんだな? すぐに解任されると思ってたぞ」


「実は俺も、ははは。任期満了で辞めようと思っていたのですが、次にやる者がいなくてですね。半分滝川に騙された形なのですが」


「はっはっ。昔から滝川の方が総理のようだったな」


「全くその通りです。俺の事はいいです。それより何故鍛冶師なのですか? 何故探索者じゃないのですか? 探索者として活躍しているものとばかり思っていました」


 うむ、と少し考える素振りを見せ、健がポツリと話し始める。


「日本迷宮五百階層に異世界神が居てな」


「はい。今はお子さんが倒しておりませんが」


「ほう? 倒した、か。アレを。もう俺達を超えているようだな」


「はい、それはもうすげー超えていると思います」


「なんだと! このヤロウ!」


 健と話す伊崎は少年のようだ。七都はニコニコしながら二人を見ているが、アレクセイは初めて見る伊崎の表情に驚いている。


「で、そこで異世界神が地球に来た目的を聞いた。怒りと憎悪でどうにかなりそうだったが、それでも七都が冷静でな。ゼディーテでは人口減少が止まらないと言う。そこで俺達がゼディーテに行って人口減少を少しでも食い止めてやる、と交渉した」


「そうでしたか」


「ようは迷宮での死を抑えれば減少を緩やかにできるはずだ。ゼディーテでは防具がお粗末らしくて、異世界神に鍛冶師としての能力を付与してもらったのだ。七都は人を見る眼を、な」


「そんな事が……」


「ああ、奴等にはできる。俺達では絶対に勝てない、とわかったからこそ交渉したのだが……そうか、倒したか」


 感慨深そうに姉弟を想う健。


「お姉ちゃんはともかく馬鹿息子はそこまで力をつけられると思えないんだけどねー」


 七都が、うん息子は無理! と後付けして話す。


「いや、会えばわかりますよ。強くなっています。強すぎる、くらいです。人としては」


 伊崎がアレクセイに向かって、少し外してくれと庭に追いやり、あらためて健と七都に向かい合う。


「健さん、七都さん。俺、お嬢が何者かわかってます。どんな存在なのか、わかってしまいました。それに俺、人間ではなくなっています。お嬢に娘ができたんですが、その子が……実は神様でして、その、イサナという名なのですが」


「きゃーっ! 私お婆ちゃん!? うわー! お婆ちゃん! イサナちゃん? 会いたいわー!」


「爺ちゃん、か」


 伊崎が話す途中で喜び出す七都とショックを受けている健。いや、そういう事じゃなくて! と慌てて伊崎は二人を落ち着かせ、話を続ける。


「イサナが神様、ここまでいいですね? ね?」


「うむ。父親は? 俺に挨拶もないのか?」


「いや、挨拶に来たら健さんでもビビりますよ。イザナギ様です」


「イ、イザ……あの?」


「はい。イザナギ様の左腕をお嬢が斬って落としたらしくて、それがイサナだと」


「イザナギ様の腕を斬っ……た? はぁ、もう俺じゃ敵わんな」


「全然話が進まねぇ! そのイサナが言うには、俺は魔王に成った、と」


「魔王? はぁ? お前もうそういう話をする歳じゃないだろ」


「いや本当なんですよ。とにかく俺は魔王。お嬢は半分創造主。弟くんは神様に修行してもらった、と」


「お前、さらっとすげーことを言ったんだが? 創造主とか」


 話が長くなりそうだなぁと思いながらも、久しぶりに会えた師との会話を楽しむ伊崎。

 健と七都は島育ちで神様の存在を知っている為、包み隠さず全ての話をしていく。


「現実味がないな。創造主とか魔王とか」


「それはそうだと思います。そういうわけでこのゼディーテをクソヤロウ共から解放する為に動いているのですが……」


「今更、迷宮とは切っても切れないからな。だがな伊崎、異世界神を抹殺した後、迷宮はこのまま残るのか? 謂わば、奴等の技術だろう?」


「残ります。いや俺が残します。日本の神様に依れば俺はと魔物の魔王、そして迷宮を従属させる魔王。迷宮を把握することも維持することもできます。そして誰かに託すことも。ただ、今の所はクソヤロウの管理権限が上のようで、ゼディーテの迷宮はどうにもできません」


「ほう、便利な奴になったな」


「便利って」


「ははは! よし、じゃあ行くか」


「はぁ、何処へ?」


「王宮だ。ミクス王に会いに来たのだろう? 王には懇意にしてもらっている。話を通してやる」


「さすが健さん。よろしくお願いします!」


「ま、その前に。オイ! アレクセイ!」


 アレクセイ一行を健が呼ぶ。七都が見てその者に合った防具だとそれぞれに渡していく。


「これが伝説の勇者の鎧ね! 美しく気品があり、安心と心地よさを感じるわ。これは素晴らしい物よ!」

「こ、こんなすごい物を、よろしいのですか?」

「支給品をやっと脱げます。部隊で羨ましがられそうです」

「剣も貰ったのに、鎧まで! すげぇぜ!」


「おう、使ってくれ。娘の彼氏が魔物に殺される訳にもいかんだろう。俺が殺すまで死ぬなよ」


 すごむ健にヒッと後ずさりするアレクセイを皆で笑い、一行は再び旅立っていった。

 しかしアレクセイだけは見ていた。


 健は笑っていなかった事を。



 一行を見送った後、先触れに浅見を先行させ伊崎と健は王宮へと向かう。

 日本代表という体裁があるので、箱形馬車風移動車両豪華バージョンを用意した。馬を四頭立てにし、国旗を掲げ迷宮化し内装も凝った作りにしてある。総理用ということもあって、銃器を隠してありいざとなれば要塞化できるが、使う機会は来ないだろう。多分。


 街の人々はその豪華な馬車に驚く。御者がいないことにも驚く。

 伊崎が、あー御者忘れてたと呟いたのを健は聞き逃していない。


 ミクス王国王都。王宮。

 荘厳な堅牢さと美麗さが上品に合わさった高くそびえる城。丸みはなく直線をメインとした城だが、その事が国の真っ直ぐで実直さを表す。

 城の前には出迎えの騎士団が両脇に並び、その中を馬車は進み城門をくぐっていった。


 ミクス王との謁見は王の間。高い位置に玉座があり、そこに王が座っている。

 伊崎と健が並んで入場してくるのを見るや配下の者の制止も聞かず、王は玉座から降り健とハグを交わす。


「よく来たタケル。なかなか遊び来んからワシが行こうと思っていたところだ。ガハハ!」


 王は白髭の目立つ六十代ほどの男性。背は高く伊崎とそう変わらない。腕のあちこちに傷があり、今でも鍛冶仕事をしていることが窺える。


「ロルフ、こっちは俺の国の長、伊崎だ」


 健の親しげな紹介の後、伊崎は腰を折り挨拶をする。


「日本内閣総理大臣、伊崎純之介です。お目にかかれて光栄です。ミクス王」


「ガハハ! そうかしこまるな、タケルの国の長だろう? 偉そうにしとけ。ロルフ・ミクスだ。ここじゃ五月蠅い奴が多いからな、移動するぞ」


 ミクス王がそう言って先導する。健はさも当然のようについていくが、伊崎は状況を未だ把握出来ていない。懇意にして貰っているとは聞いたが、ここまで親しげだとは。


 二人は王の鍛冶場へと案内され、そこにあったテーブルにつく。護衛達がついているが、遠巻きにさせているために声は届かないはずだ。


「で、お前が泣き虫ジュンちゃんか、ガハハ!」


「な! え? くっ、七都さんか!」


「おう、ナツからよく聞かされたわ! 二人の弟子だろう?」


「はい。鍛冶師としてではなく、探索者としてですが」


「わかっている。タケルの子供は来ているのか? 会いたいぞ」


「今はミリソリード国へと向かっています。今や健さんはお爺ちゃんですが」


 伊崎は少しやり返してやろうと健が爺になったことを話す。


「なに!? タケル! お前、孫ができたのか! めでたいな!」


「さっき聞いたばかりだ。まだ会ってもいない。子供達と一緒にいるそうだ」


「ミリソリードは遠いな、当分は会えんか。こっちに来たらすぐにワシに会わせろよ」


「わかったわかった。それより伊崎の話を聞いてくれ」


「その前に、健さんとミクス王がこんなに親しいとは思いませんでした。何処でお知り合いに?」


「ロルフでいい。そう呼べ。俺もジュンと呼ぶぞ、いいか?」


「はい、ありがとうございます、ロルフ」


「敬語もやめろ、いいな? タケルとの出会いか……健が城に襲撃してきてな」


「襲撃じゃねぇ」


「まぁいい。城に入ろうとするタケルを、当然騎士団は止めようとする。一般人だからな。それを薙ぎ倒しながらワシの所に来おったのよ。そしてひと言、こんなクソみたいな防具を出回らせてどういうつもりだ! と。ワシが作った防具をクソだとよ。ガハハ!」


 その時の情景を思い出しながら話すミクス王。その顔は嬉しそうに語る。


「クソだったからな」


「確かに、タケルが打った防具と比べるとクソだったわ! それから師事したのよ、ガハハ! 王都中の鍛冶師を集めて、クソ鍛冶師が作るクソ防具を俺がちっとはマシにしてやると言い放ちおったわ、ガハハ!」


「健さん……何やってんです」


「おかげでミクスの防具が飛躍的に向上したわ。国の鍛冶師連中はタケルに頭が上がらん。技術向上もさることながら、迷宮での死亡率が下がった。鍛冶師だけではないな。探索者達とその家族も感謝している。全て無償でやってくれた。極意とも言える鍛冶だぞ、それをいとも簡単に教えおったわ」


「俺の鍛冶技術は神からの贈り物だ。それをひとりで持っていてどうする」


「いつもそう言うのだ。報奨金も地位も受け取らん。ワシはどのように報いたらいいかわからん」


「健さんはそういう人だ。受け取った技術を次の世代へ受け継がせていく、それを一番喜ぶはずだ」


「そうか……そうだな。ありがとうジュンよ」


 ロルフの言葉に頷きで答える伊崎。健は腕を組みじっと聞いている。

 伏せ気味だった顔を上げ、ロルフが伊崎を向き話す。


「そう言えば、ジュンは何しにここへ来た」


「ははは、もう半分は達成したが、ミクス王国と仲良くなりに来たんだ。先日、海の中にあった日本を浮上させた。ゼディーテの一員として加わりたくてな」


「ほう? ニホンは海の中の国だったのか! 興味深いな」


 別の世界から転移してきたというよりも、フレイバーグ領に伝わる伝説を利用した方が説明が早い。今後もこのように話していくつもりの伊崎だ。


 それから伊崎とロルフは忌憚なく話し合い、条約の下地を作っていく。トップ同士の話し合いである為にスムーズに進む。後に外務大臣を訪問させ正式に交わす予定だ。

 夜遅くまで話し合い、その日は伊崎と健ともに王宮に泊まった。

 翌日は歓迎式典という名の宴会が行われ、久しぶりに伊崎は泥酔する。


 そして三日後、ロルフと健、七都に別れを告げ伊崎は日本への帰路についた。


 姉弟にはまだ健達の事は内緒にしておき、ミリソリード国での調査完了後にミクス王国へと向かわせる事を約束した。



 そのミリソリード国へ着いた姉弟達。



「うわあああ! やべぇ! 姉ちゃんが迷子!」

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