第106話 兄妹迷宮二


「勇者に相応しい伝説の鎧が必要よ!」


「勇者カーチャよう、ミクス王国に伝説級の防具を作るって噂の鍛冶師がいるぜ?」


 カーチャの言葉にメギルが、そう言えばと答えた。即座に船の針路をミクス王国に向けさせるカーチャ。

 アレクセイは姉弟達と距離が離れていく船の後部で溜め息を吐く。本来ならアレクセイと護衛である赤谷の二人で、探索者の装備・グッズなどを調査しながら姉弟達に追い付くはずだった。

 出国当日にカーチャに見つかり連れて行く事になったのである。

 カーチャは最初に姉に会った頃からすると子供っぽさが抜け、誰もが振り返り声を掛けるのも畏れ多く感じるほどの美少女に育った。

 ロマノフ家伝統の帝王学を学ぶ傍ら、勇者と魔王について学ぶ。日本ではその手の教材が豊富だ。

 姉を魔王と信じて疑わないカーチャは、日本が異世界へ転移すると発表があった時、ニヤリと笑った。

 そして聖剣グラムを手に入れたカーチャ。魔王の魔剣も打っているという鍛冶師ではあるが、日本随一の腕と聞き聖剣を打ってもらう。

 それは手にした瞬間わかった。今までのはおもちゃだったと!

 これこそが本物。これこそが魔王を討つ聖剣なのだと神託のように頭に響いた。

 その魔剣聖剣鍛冶師(カーチャ命名)、細井さんは『神剣・あまきり』と銘うったが、カーチャは『聖剣グラム』と呼ぶ。その内、グラムで定着するだろう。


 そして同行する護衛の自衛隊員、赤谷。

 彼はレンジャー最終教育課程にて姉弟とカーチャと面識がある。その時に学生長を務め、隊を率いていた赤谷二等陸曹である。今では階級も上がり自衛隊内でも一目置かれる存在となっており、探索者としては難易度S迷宮を一人で踏破できるほどの腕の持ち主だ。

 姉弟、特に弟を崇拝しており、姉弟達に会えるかもしれないと聞き、護衛任務に手を挙げた。



 ミクス王国はマルアル共和国に隣接している国で、沿岸部は全て砂浜だ。美しい森と湖、そして豊富な鋼材が採れる鉱山がある。鍛冶の国と呼ばれるほど武具の生産が盛んで、鍛冶師の地位が高い所だ。この国の王、ミクス王も鍛冶師でありその腕は広く響き渡る。

 武具の輸出を積極的に行い、探索者達の命を繋いでいる。


 そんな鍛冶の国、ミクスに船は近づく。


 沖に船を泊め、港までボートで行く。輸出が盛んな国とは言え、日本の鉄の船を接岸できる港ではなかった。

 一行は港で入国手続きをする。メギル入国の際に盗賊メギルか!? と怪しまれたが、カーチャがシーフよ! と強引に入国させた。アレクセイが入国管理官にこっそりとお金を多めに渡したのはカーチャに内緒だ。


「伝説級の鍛冶師を探すわよ! 召喚獣! 散って情報を集めなさい!」


 メギルの部下達に指示を出すカーチャ。

 イエスマム! と声を合わせ部下達は街へ散って行く。すっかりカーチャに取り込まれたようだ。


「勇者カーチャ、俺達はどうするよ」


 メギルの言葉にカーチャは両手を腰に当て、ふふんと言う態度を表し告げた。


「当然、迷宮よ! もっと力を付ける必要があるわ。そしてパンツをドロップしたら魔王に履かせるわ!」


 パ、パンツ? なぜ? とメギルは疑問に思いながらも、この辺りの迷宮なら二級が近くにあるぜ、と進言する。


 溜め息を吐きながらも僧侶アレクセイと戦士赤谷がついていく。

 勇者、僧侶、戦士、シーフとバランスのいいパーティーが二級迷宮に入る。

 ここは全五十階層。踏破済みでラスボスはまれにトールハンマーをドロップする雷神という話だ。トールハンマーは武器としてではなく、鍛冶として使用すると一級品武具ができるという。オークションで五億円はくだらない品である。


 カーチャの戦闘能力は、子供の頃から鍛え続けた甲斐もありアレクセイよりも上だ。探索者資格を取得した後、迷宮に籠もり続けた。戦闘の度に的屋のおじさんから買い占めた聖剣が折れたが、やがてその聖剣(木刀)でも魔物を倒せるまでになる。

 逆に言えば弱い武器で何とかしようとした結果、立ち回りと弱点を効率よく突く攻撃ができるようになった。

 ロシアの自宅庭で撮った姉の剣舞を何度も繰り返し見て、その理想型を頭に叩き込んだ成果とも言える。カーチャにとって魔王は敵ではあるが、師でもある。

 脳裏では、魔王に育てられた勇者というシチュエーションがアドレナリンを放出させていることだろう。


「うーむ、カーチャ殿は強いですね。二級くらいでは護衛は要りませんね」


 先頭で戦闘を行っているカーチャを見て戦士赤谷が感心するように呟く。


「さすがは勇者カーチャだぜ! クリスタルじゃなかったが、成る日も近いぜ!」


「はぁ……。いくつになったらこの中二病とかいう物が治るのか。このままではろくな大人にならない」


 メギルが褒めちぎる中、スサノオ様がくしゃみをしそうな言葉を吐くアレクセイは溜め息が多くなった。


 最上階ではさすがにカーチャ一人での討伐は無理があり、メンバー協力の下にラスボスを倒した。トールハンマーはドロップしなかったが、風の靴という移動速度が上がる防具をドロップ。カーチャはシーフ向きねとメギルに渡した。


「こ、これを俺に? いいのか? 売れば五千万はするぜ」


「もちろんよ、パーティーメンバーの装備を充実させていかなきゃね!」


「あ、ありがてぇ。迷宮を踏破したのも初めてだが、こうして高額ドロップ品を奪うんじゃなく、貰えるとは。感激だぜ、勇者カーチャ! 俺にできる事なら何でも言ってくれ!」


「わたしのパーティーメンバーで居てくれる事が、あなたのできる事よ。これからも頼むわよ、メギル」


「勇者カーチャ……様」


 カーチャの言葉に感激したメギルは祈るように両手を合わせる。その瞳は女神でも映しているかのように煌めいていた。


 二級迷宮を踏破した一行は、探索者証が一気に赤探索者証へと変わる。

 ゼディーテでは、白青黄赤黒そしてクリスタルへと踏破した迷宮によって自動的に変わっていくシステムだ。

 青から赤へと変化した探索者証にメギルは張り裂けんばかりに声を上げていた。

 ここでカーチャとアレクセイも赤へと変化し、黒探索者証を持つ赤谷はそのままだ。



 街へと戻った一行は召喚獣達の情報をまとめ、ミクス王国王都へと向かう。そこに伝説級の防具を作るという鍛冶士がいる、らしい。

 姉弟達と同じ箱馬車風移動車両を船から輸送させ、二頭立て馬魔物を作製。

 馬車で一日あれば着くという王都に向かった。

 部下達三十名は徒歩。可哀想。


 馬車がほとんど揺れない事にメギルは感動し、カーチャを褒めちぎりつつ王都へと到着する。



「ここの何処かにある、セブンキャピタルとか言う鍛冶屋らしいぜ」


「セブンキャピタル……」


「では、召喚獣を喚んで探させなさい」


「いや、あいつらはまだ着いてねぇぜ」


「召喚獣のくせに召喚できないの!?」


「召喚獣ってのがよくわかんねぇけど、多分勇者カーチャが言ってる事はできねぇ」


「そう……一度召喚したらそのままのタイプなのね。わかったわ、手分け」


「ダメだ。分かれて探すのは許可できないよ。護衛も難しくなるしね」


「兄様……。では、散策しながら探しましょう」


 アレクセイの言葉には素直に応じるカーチャ。結局四人でうろつきながら探すことにした。

 カーチャは一喜一憂しながらあちらこちらの店へと顔を出す。商品を手に取り店主に質問しながらミクス王都探索を堪能している。

 そして楽しみながらも伝説の鍛冶師の店を聞き込みながら、その場所へと導かれていった。



 ミクス王国王都。セブンキャピタル。

 大通りから宿屋の角を曲がって、二本目の細い道が交差する場所。誰かに聞いて来ないとそこを目的として辿り着くことはできない。看板はなくのれんに小さく店名が書かれているだけの店構えだ。

 店内に展示品は飾られておらず、カウンターがあるだけ。そのカウンターには誰も座っていない。


「こんにちはー。どなたかいますかー?」


 カーチャが大きめの声で尋ねる。すぐに、はーいと女性の声が奥から聞こえその人が出て来た。


「はい、いらっしゃーい。あらー美男美女のお客さん。それに盗賊かなー。あなた相当強いわねぇ」


 一行を見るとほぼ同時にメギルの職を言い当て、赤谷を見て強いと言う女性。盗賊と平然とした態度で言いながら警戒する様子は無い。


「い、いや確かに盗賊だったが、押し入る気はないぞ」


「大丈夫よー。もしその気でもあなた達くらいなら平気かなー」


 その言葉に一行は驚きと疑心で思わず剣の柄に手を掛けてしまう。

 その手の行く先を見つめる女性。おや? という顔をしながらも話しかけて来た。


「あらー驚かせちゃったかな? 気にしないでねー。それにしても珍しい剣を持つわね、美男美女さん?」


 そして奥に向かって、あなたーと誰かを呼ぶと汗だくの顔を拭きながら中年の男性が出て来た。


「なんだ? 注文か?」


「ほら見て、美男美女さんの剣。ちょっとここではお目にかかれない物かなーって」


 女性の言葉に二人の剣を見やる。途端に顔つきが変わる。


「ほう? 何処で……いや、それはいい。細井が打った物だな? 日本迷宮を越えてきたか。しかし、越える力があるようには見えんがな」


 思わぬ所で知った人物の名が上がる。二人は互いに顔を見合わせ、あらためて店の男性と女性を見る。

 誰かに似ている。何処かで見た記憶がありそう。何処で……。

 何かに気付き、弾かれたようにアレクセイが一歩踏み出す。


たけるさんとさん……?」


「はーい。正解。あなた達は?」


「失礼しました。私はアレクセイ・ロマノフ。健さんと七都さんの御子息・御息女のサポート会社代表をしております。こちらが妹のエカテリーナ。そして護衛の自衛隊隊員赤谷さん、それと現地人のメギルさんです」


 それぞれ頭を下げ挨拶を交わす。赤谷はすぐにマップ端末で日本に連絡を入れているが、カーチャは訝しげに睨むように見ている。魔王の親とでも思っているに違いない。


「あらー、やっぱり日本……人、じゃないわね。向こうから来たのね。奥へ行きましょうかー。ゆっくりと話を聞きたいわ」


 七都の申し出により店の奥へと導かれる。奥には生活空間、それと鍛冶場があった。

 床板の上に絨毯を敷き低いテーブル、ちゃぶ台のような物があり、座布団を渡されそれぞれ座る。メギルは戸惑っていたが、カーチャの真似をして正座をした。

 部屋はふたを繋げた跡があり、広い空間で三十畳くらいはありそうだ。ゼディーテ様式に見られる木枠窓ではなく、改築したのであろう大きい引き戸になっており、それが開かれて庭が見えていた。


「足、崩して良いわよー。かしこまらないでね。お茶淹れるわね」


 七都さんの言葉に赤谷が足を崩すが他の三人はそのままだ。特にメギルは慣れない座り方で、肩に変な力が入り緊張しているように見える。


「刀を見せろ。ああ、すまん。他人に預けるのは抵抗があるだろうが、興味本位だ。細井がどれだけ打てるようになったか見たい」


 健さんがアレクセイとカーチャに向かって言う。二人は、どうぞとすんなりと渡し、赤谷も自分のも見られますか、と渡す。その流れにメギルもそっと剣を差し出す。


 アレクセイの刀を鞘から抜きしばらく眺めたかと思うと納め、次にカーチャの刀を見る。赤谷、メギルと同じように見て、四人に返した。

 返された後、何か感想があるかと待てども黙っている健にアレクセイが声を掛けた。


「どう、でしたでしょうか」


「んん? ああ、俺にこういうのを打ってくれていればな、と思った。次元が違う感じだな。いい刀だ。赤谷のは自衛隊支給品だろうからそんな物だろう、まぁまぁだ。メギルは……まぁ、がんばれ。……あとで一振り渡してやる」


 ニコリとするアレクセイとカーチャ。そうですよねぇと愛想笑いで答える赤谷。がっくりと肩を落とした後、後ほど貰えるとわかり、うおおお! と暑苦しく叫ぶメギル。三者三様だ。

 七都がお茶……日本茶を真似しようと頑張った感のある茶を出してくれ、座る。


「それでー? うちの子達はどうしているのかなー?」


「こちらに来ています。今はミリソリード国に向かっているはずです」


「ミリソリードかぁ。遠いなぁー」


 日本での姉弟の活躍などを話していると、赤谷のマップ端末に通信が入った。


「こちら赤谷、どうぞ。…………りょう、おわり」


 通信を終えた赤谷が健に顔を向け話し始める。


「ただ今、陸自海上拠点本部より通信が入りまして、伊崎内閣総理大臣がこちらにお見えになるそうです。現在ミクス王国を訪問中らしく、もうすぐ王都に入られるそうです」


「伊崎も来ているのか。よく越えられたな。それとも日本迷宮は難易度落ちたのか?」


「その辺りのお話は総理からお聞きになった方がいいと思われます」


 健の不思議そうな感想に赤谷が答える。そうか、とひと言だけ呟いて健は黙った。

 七都が積極的に姉弟の事を聞き出し、健は黙って聞いている。時折ニヤリとする顔が見られ内心は喜んでいるようだ。

 メギルに昔細井が打った物だ、と一振りの刀を渡す。大喜びのメギルは庭に出て、これまでとは違う片刃の剣に慣れようとカーチャに教わりながら振っていた。


 しばらく雑談をしていると赤谷の送ったマップ情報から辿り着いた伊崎が訪問してきた。



「健さん! よくぞ生きていてくれました。本当に良かった。会えて、嬉しいです」


 叫ぶような声で少年の顔に戻った伊崎が健に向かって頭を下げる姿があった。

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