第105話 兄妹迷宮


 フランブ王国、王都。

 通行税代わりに置いてきた馬車はすぐに追い付き、姉弟達は再びのんびりと王都へと向かった。

 フランブ王国王都は石造りの外壁で街全体が囲まれている。その高さは五メートルほどあり、一定距離ごとに弓兵が見張りに立っている。周辺諸国で戦争は起きておらず、王国も起こしていない。何を見張る必要があるのか。


 入都ゲートにて一人二万円、馬車五万円、計十一万円の入都税を徴収されそうになった。

 先週までは一人千円、馬車二千円とアミューズメントパークと比較すると安い方か、と思える程度であったが、突如王命により引き上げられたという。

 さらに王都を出る際には持ち出す品に応じて高額の税がかかるようになった。それでも王都を離れる貴族が多くその流れが止まらない、と薔薇模様の酒瓶を持ったおじさんの話だ。


 姉弟達は入都税を払うことができないし、特に立ち寄る必要もない為、王都をスルーしミリソリード国への道を急ぐことにした。



 マルアル共和国、港町。

 条約締結により即座に出島を展開した日本。メガフロート(浮き島)と輸出入施設建設は滝川の事前準備のおかげもあり三日と経たずに終える。

 早速、第一陣の輸出船がマルアル共和国港町から出航しようとしていた。




 俺の名前はメギル。三十人の部下を抱えた大盗賊様だ。

 共和国は平和な国よ。そして兵士共は平和ボケしたアホウ共が多い。街から街への盗賊稼業で一度も捕まったことはないぜ。盗賊ってのは迷宮に入るより安全で儲かるんだぜ?

 迷宮で死んでいくアホ共には笑っちまう。苦労してドロップ品持ち帰っても、税やら組合への手数料やらで手元に残るのは半額かそれ以下だ。やってられっかよ。


 今はまだこの国、一番の盗賊だがよ、世界一ってのも悪くねぇ。ここで有名になりすぎてやりにくくなっちまったしな、そろそろ他の国へ行くかと港町に着いた時……見ちまった。

 あの馬鹿でかい鉄の船二隻がこの国に来たのをよ。ニホンとか言う海の中にある国の船だとよ。海の中だぜ? おとぎ話程度にゃ聞いたことがあるが本当にあるとは、な。

 金の匂いがプンプンしやがる。その国は沈んだ船のお宝をそっくり頂いているに違いねぇ。珍しい物が山のようにあるはずだぜ。

 うひゃひゃひゃ、これはチャンスだぜ。俺に盗賊の神がくれた人生最大のチャンスに違いねぇ。

 俺の勘に間違いはねぇ。今までこの勘で金目の物にありついて、やばい時も生き抜いてきたんだ。行ってやるぜ、ニホンへな!


 早速、ニホンへ出航する船の船員達をふん縛って、俺の部下と入れ替えたぜ。

 よし、出航だ! 帰りはぶんどったお宝満載で凱旋だぜ。


 航海中は大人しく船の仕事をやりながら四日目、ニホンが見えてきた……ぜ?

 おいおいおい、なんだありゃ、なんだありゃ、なんだありゃーっ!

 でけぇっ、港がでけぇっ! これでも急造らしいが、きっちりと真っ直ぐな岸壁、何十隻も停泊できそうな港。それに、でかい腕のような物の先に紐とフックが付いてて、でけぇ長方形の箱を動かしてるぜ。停泊してる船もでけぇっ。あの日見た鉄の船の倍はあるぜ。

 やべぇ、この国はやべぇ匂いと金の匂いがすげぇぜ。人生最大のピンチとチャンスが一辺にやってきた感じだぜ。

 燃える、燃えるぜぇ、チャンスに賭けるしかねぇ。ビビって帰りたがる部下共のケツを蹴り上げてでも行くしかねぇ!


 よぉし、荷下ろしの最中にニホンへ密入国だ。高く積まれたでかい鉄の箱がいい隠れ蓑になるぜ。盗賊への警戒も何もありゃしねぇ、ニホンはアホ共の集まりだぜ、うひゃひゃひゃ。


 おっとやべぇ、誰か来る。静かにしろ共!

 ちっ、見つかっちまったじゃねぇか!


「誰!? ここで何をしているの?」


 ああ? なんだ小娘か。歳は十五かそこらってとこか。よく見りゃ上物だ。こいつを攫って金に換えりゃいい儲けになるぜ。


「うひゃひゃ、こんにちはお嬢ちゃん。俺達とちょっと旅でもしねぇかい?」


「旅? 魔王討伐の旅ね! これはきっと勇者パーティー結成というやつね」


「魔王? なんだそりゃ、ま、どうでもいいからちょっとこっち来いよ」


「わたしはエカテリーナ。特別に勇者カーチャと呼ぶ事を許してあげるわ。あなたお名前と職業は?」


「俺はメギルってんだ。世界一の大盗賊様だぜ!」


「盗賊? シーフね。いいわ、わたしのパーティーに入れてあげる。後ろの人達はあなたの召喚獣かしら?」


「はぁ? こりゃ俺の部下だぜ。俺のかけがえのない手足だ」


「そう、やっぱり召喚獣なのね。すごいわ! ふふふ、わたしに足りなかったのはこれね。魔王を倒すにはパーティーが必要よね」


 こいつ何処か変だぞ。大盗賊と聞いてもビビりゃしねぇ、魔王とか召喚獣とか訳の分からない事を言いやがる。まぁいい。見た目が良けりゃ問題ねぇさ。


「それじゃ、勇者カーチャ様よぉ。俺のニホン獲物第一号になって貰おうか。オイ! ふん縛れ!」


 うひゃひゃ、これから俺の名をニホンにも轟かせてやるぜ。こんなちょろそうな小娘に真っ先に会えるとはな。幸先いいぜ。


「ちょっと! 何するのよ、召喚獣のくせに! ……そう、わかったわ。これは戦って力を見せなければわたしのパーティーに加わらないという事ね。しょうがないわね、わたしの聖剣グラムの力を見せてあげるわっ!」


 なに! 聖剣だと! 超級迷宮ドロップ品じゃねぇか! こいつそんなに強いのか!? やべぇ、見た目に騙されてたぜ。超級ともなるとこいつはクリスタル探索者。いくら部下が三十人いたとしても敵うわけがねぇ。くそー! もしかしてニホンにはこんな奴がゴロゴロいるのか? まずい、まずいぜこりゃ。

 逃げるにしてもクリスタル探索者から逃げられるとは思えねぇ。


 終わった……俺の夢はここでついえるのかよ。


 いや! ここで! 終わるわけには! 行かねぇっ! 例えクリスタル探索者だろうとやってやるぜ! ここで倒せたら俺にもクリスタルの実力はあるって事だ。

 オイ、お前ら! 気合い入れろ! 盗賊魂を見せやがれっ!


「せっかくの召喚獣が死んだら可哀想だから峰打ちにしてあげるわ!」


 うおおお!? なんだ? 部下達がバタバタと倒れていくぜ、さすがはクリスタル探索者って事かよ。いつの間にか俺一人じゃねぇか。聖剣にただの鉄の剣じゃ敵うわけねぇよな。だが、死んだ部下達の為にも足掻いて見せる。待ってろよお前ら、俺もすぐに行くからよ。絶対に俺はお前らを見捨てねぇぜ、死んだ後もあの世で盗賊やろうぜ!


「大盗賊メギル! 勇者カーチャに決闘を申し込むぜ!」


「召喚獣をけしかけておいて今更決闘もないと思うけれど、いいわ。受けてあげるわ! そして負けたらわたしのパーティーに入りなさい!」


「なんでもやってやるぜ。部下達の無念を晴らせるならなっ!」


 キンッ!


 うおおお! 俺の鉄の剣で聖剣を受け止める事ができたぜ、俺も満更でもねぇぞ! 行ける! 一合でもクリスタル探索者の檄を受けられたんだ。部下達に自慢できるぜ!


 キンッ! キンッ!


「あなた、なかなかやるわね。さすがはシーフ、と言うべきかしら。素早い動きね」


 褒められた! クリスタル探索者に褒められたぜ! 筋がいいって事か! 俺すげええええ!

 もしこの決闘で生き残れたら、勇者カーチャに残りの人生を預けてもいいぜ。いや、弟子にしてもらいてぇ。そしたらこの腐った世界が綺麗に見えるかもしれねぇ。


 すまねぇ、死んだ部下達には悪いが……俺は、生きる! お前らの分まで生きてクソつまんなかった人生を勇者カーチャと一緒にやり直しだ!


「うおおおお! 俺の生き様を見せてやるぜぇええええ!」


 うおおお! 俺の人生最速の剣戟だ! これならクリスタルと言えど……も。ぐはああ!


「うぐっ! ぐああああ!」


「なかなか良かったわよ。まだ伸び代があるわ。いいわ、わたしのパーティー第一号よ。ついてきなさい」


「はっ、はいっ! 死んだ部下の為にも身をにして尽くすぜ、いや尽くします!」


「召喚獣? 死んでないわよ」


「え? は?」


 おおおお!? 部下達が起き上がってくる! ほ、本当だ。死んでない! 気絶させられただけか。さすがクリスタル探索者様。さすが勇者カーチャ様!


「カーチャ? ここにいたのか。何を……この人達は?」


 なんだ? 王子かと思うほど美形の男が来て、俺達を怪しそうに見ているぜ。そりゃ、怪しいわな。盗賊だしな。でもよ、これからは違うんだぜ?


「兄様! この者達はわたしのパーティーメンバーよ! 足りなかったものがわかったの! それは勇者パーティーよ! 世界を巡ってパーティーメンバーを募って行くわ!」


「……はぁ。まだそんな事を。もうそんな歳ではないだろう? あなた達、うちの妹が申し訳ありませんでした。こんな事に付き合う必要はありません。どうぞお引き取りを」


 何を言ってんだ、この男は? 勇者カーチャが必要と言えば必要なんだぜ? それは世界が求めている事なんだ。もう俺は勇者カーチャに付いていくと決めたんだぜ。


「おい、お前。俺らはな、勇者カーチャのイチのメンバーだ。魔王? を倒す為に付いていくと決めたんだ。邪魔をするな!」


「カーチャ病にかかった者が出ましたか……。カーチャ、せっかく総理から出国許可を取り付けたのに、こんな怪しい人達と一緒に行くわけにはいかないだろう? しかも現地の人じゃないか」


「いいのよ! わたしが許すわ。どうしてもダメって言うのならわたしが許可を貰うわ!」


 おお? 勇者カーチャが……何だありゃ、小さな箱に向かって話しかけてるぜ。箱の中に人間がいるのか? やべぇ、勇者やべぇ。


「母様? 現地の人間を連れて行く許可を総理にお願いしたいの。うん、一人。召喚獣が……三十体くらい。そう召喚獣よ。わたしのパーティーメンバーになったの。これで魔王を討伐できるわ! そう、よろしくね!」


「権力を使う事を覚えたか……」


 勇者カーチャの兄様とやらが呆れ顔だぜ。うひゃひゃ、いい男のあんな顔見るとざまぁみろって思っちまう。さすがだぜ勇者カーチャ!


「はい、カーチャです。うん、うん。ありがと母様! 大好き! 行ってくるわね!」


「ああ、この流れは……」


「兄様! 総理から許可が出たわ! 現地人接触検証何たらとかいう名目ですって。そんな事どうでもいいわね。メギル! こちらがわたしの兄様のアレクセイ、僧侶よ!」


「はぁ、クリスチャンと言うだけで僧侶か。回復とか使えないよ」


「もう一人、後から来るわ。アカタニという自衛隊の護衛。そうね、彼は戦士ね!」


「俺はメギルだ。よろしくな僧侶アレクセイ」


「さぁ! この世界を我が物としようとしている魔王の後を追うわよ!」


 何だと! 世界を牛耳ろうとしている奴がいるのか! 俺と同じ考えじゃねぇか、許せねぇ! そいつを倒しとかねぇと俺の、いや勇者カーチャの物にならねぇじゃねぇか! オイ、ヤロウ共! 勇者カーチャの為に魔王を倒すぜ!


「なんだろうこの茶番……ただ会いに行きたかっただけなのに、カーチャまでついてきて、更に現地の人まで巻き込んで」



 勇者カーチャ専用の船があるとかすげぇぜ。鉄の船だぜ。うおおお、何て速さだよ、快適だぜ、夢のようだぜ!



 きっと勇者カーチャはニホンの宝に違いねぇ。

 何処までもついていくぜ、勇者カーチャ様!

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