第104話 フランブ王国迷宮
ロックウッド王国。
伊崎からミリソリード国に天界への手がかりがあるようだと連絡を受けた姉弟達。
そこはロックウッド王国を過ぎ、フランブ王国の北にあるヒマラヤ山脈級の山々が連なる国。
一気に向かおうと画策したが、ヘリコプターの航続距離外であり、輸送機からの空挺降下は気象条件が厳しく許可が下りなかった。
そこで現地箱馬車に似せた移動車両を投入。
ゼディーテの空気にはマナが微量に含まれているために魔物作製が可能で、二頭立ての馬と御者は魔物。
車体はマナエンジンを組み込み、その気になれば時速二百キロは出せるが、道路状況が悪いのとあまり目立つ行為はするなとの達しでのんびりと平原を進む。
車体に小さな国旗を立て、移動する日本領土として迷宮化してある。車内泊も安心だ。
現地人は自由に迷宮と魔物を作製する事ができない。故に馬車を引く二頭の馬はまさか魔物だとは気付かず、車体が迷宮だとは思いも寄らないだろう。
余談だがゼディーテには異世界物語によくあるような、迷宮外で襲ってくる魔物はいない。地球環境と似たような動物がいるくらいだ。その事から
馬車はロックウッド王国国境検問所に差し掛かる。
商人や旅人、探索者達がならび出国手続きの順番を待つ。
姉弟達の番になり、検問所の兵士から声が掛かった。
「全員、降りろ。一人ずつ出国許可証もしくは探索証を見せろ」
三人とも言われた通り馬車を降り、探索者証を翳す。兵士が確認している間、探索者証ってパスポート代わりになるんだな、と弟が姉に話しかけていた。
「なっ。失礼致しました! 出国許可証の提示をお願い致します!」
三人のクリスタル探索者証を見て兵士の態度が変わる。
「ねぇよ?」
「は? ご存じでありましょうが、クリスタル探索証をお持ちの方が出国される場合、王の許可が必要であります。王へ許可は……?」
「ねぇよ?」
探索者の中でも最高位のクリスタル探索者。その者の囲い込みのためにそう簡単には出国できない。やむを得ず出国する場合、国からの依頼などがある時は王の許可証が必要となる。当然、そんな事を知らない姉弟達は、通してもらえなかったら強行突破かな、と考えていた。
困った一人の兵士が他の兵士より立派な鎧を着た者を連れてきた。
「もう一度クリスタル探索証の提示をお願いします」
言われるがまま翳すと、じっとそれを見る立派鎧兵士。
「偽造探索証だな。名も読めん」
日本語で書かれてあるから当然である。以前見せた際はきちんと確認されたわけではなかったので気にも留めていなかった。
「偽造じゃねぇよ」
「お前らどこの偽造屋に依頼した? 料金が安かっただろう? こんな読めん文字、いや文字とは言えんな。落書きで騙せると思うか?」
「偽造じゃねぇって」
「まだ言い張るか! 子供でも分かる偽造だ! おい、馬車の中を調べろ」
立派鎧兵士が普通兵士に指示し、馬車の扉を開けようとするが開かない。槍で叩こうとも蹴りを入れようともびくともしない。
「兵士長! 馬車が開きません!」
「鍵か何かついているのだろう。おい、馬車を開けろ」
姉が扉を開け、兵士が入ろうとするがどうやっても中へ入る事ができない。
透明な壁のような物があり、それが阻んでいるようだ。
「兵士長! 中へ入れません!」
「そんな事があるか!」
立派鎧兵士が同じく入ろうとするが、馬車は侵入者を許さない。
「おい、これはどうなっている!」
「どうって、普通の馬車だけど?」
『阿呆には入れない馬車!』
「なんだと! お前らは入れるのか!?」
入れるよ、と言いながら三人が中へ入る。その様子になぜ? と首をかしげる兵士達。
『ね? 阿呆じゃないから入れた!』
「なんだとー! こいつらを捕縛せよ!」
立派鎧兵士の命令に兵士達が捕縛しようとするが、その手段がない。中へ入れないからだ。
「つきあってらんねぇ」
「行きましょう」
『じゃあねー!』
馬車を出して検問破りをする姉弟達。当然追いかけてくるが、速度を上げ兵士を振り切る。
フランブ王国へ入国する際も同じ事があり、姉弟達は強引に入国した。
「これ、このままじゃまずくね?」
「伊崎総理に連絡を入れておきましょう」
「あ、伊崎兄? あのさぁ、探索者証って文字が読めないから偽造とか言われたんだけど」
≪ああ、先日判明した。出国する者はゼディーテ文字の追記作業を行っている≫
探索者証発行機の修正が終わり、日本語名の下にゼディーテ文字で追記できるようになっている。今の所、日本を出国する者は限られているので大きな問題になっていなかったが、姉弟達が大きな問題を起こした。
「早く言ってよ! 検問突破しちゃったよ!」
≪……はぁ≫
「溜め息つかないでよ! 俺達どうすんの!? このままだと検問突破しまくると思うけど」
≪探索組合に行って、新規登録しろ≫
「は? D級からやり直し?」
≪ゼディーテで言えば白探索者だな。がんばれよ≫
「無責任すぎー!」
二人の会話が聞こえていた姉は、探索者証に入金しているお金は!? と心配している。
「ゼロ。俺達、持ち金ゼロ……」
ゼディーテでは電子マネーのような使用方法はできず、入出金する機械もない為に買い物や取り引きは全て現金である。
姉弟達はこれまでフレイバーグ領において、滞在費は全て伯爵持ちであった為に現金を持たずとも過ごせた。街で買い物をする際は案内と護衛を兼ねた騎士が伯爵のツケでと店に伝えていたのだ。
また、イングリス領でのドロップ品売却金は持ちきれないために全てヴィクターに預けてある。電子マネーオンリーの日本では現金を持つ習慣がなく、すぐにヘリで移動でき、いつでも受け取れると油断していたのである。
フランブ王国。国境に近い街。
探索組合へ直行し、夢と希望を携えた新規探索者として登録した姉弟達。白探索証をじっと見て溜め息を吐く姉弟。
「また貧乏生活だよ」
「借金が終わって少し裕福になったと思ったら……ゼロ」
『マイナスじゃないから良かったね!』
「はい。とりあえず迷宮に行きましょう。このままではご飯も食べられません」
「だなー。まずは十級に入れと言われたけど……」
「三階層ですからすぐに終わるでしょう」
数時間後。
「五百円……」
「買い取りしょぼすぎ! ぼったくってんじゃねぇの!?」
『五百倍になったね!』
「イサナは偉いなー。よしよし」
呆然としている姉弟に一人の男が近づく。着ている物はボロボロで裸足だ。口元はニヤニヤとしながら眼をぎらつかせている。
「白かい? へへへ、金、貯まらねぇだろ? いい仕事あるぜ、へへ」
「はい、お断りー。怪しすぎ」
「これが怪しくねぇんだな、へへ。俺みたいな風体の者が話しかけてきちゃあ、そりゃー怪しいわな? けどよ、この話は真っ当なんだよなぁ、へへ」
「それが手だろ? 無理無理、お断りー」
「ま、まぁいいさ。正義の心がお前にあるなら、へへ。それか金が欲しくなったら、どこの街でもいい。酒場で薔薇の酒を頼みな、へへへ。おっと、その時にフーガンの紹介だと言うんだぜ? そうしねぇと俺に金が入ってこねぇ」
じゃあな、と言ってその男は去って行く。
わけわかんねぇ、と弟が呟いていると、一人の男が近づいて来た。身なりの良い商人風だ。
「お、良いところで会ったねぇ。白探索者だね。買い取り安かったろう? 生きていくのも大変だ。どうだい? いい仕事があるんだが」
「お断りー」
「いや、無理には誘わねぇよ? ただな、人数制限があるんだよ。ちょうどあと三人なんだよなぁ! 勿体ねぇよなぁ。おや? あんたら三人組か、こりゃちょうどいいんじゃねぇか?」
「怪しすぎー。ホントは制限なんてねぇだろ」
「ハハハ、ま、そりゃそうだ。怪しいわな? ただよ、これは真っ当な仕事なんだよ。もしよかったら、どこの街でもいい、酒場で薔薇の酒を頼むといい。あ、ちゃんとベルンの紹介だって言うのを忘れるなよ? じゃあな!」
そう言って男が去って行く。
「なんだありゃー。マルチやってんのか?」
マルチ。マルチ商法、所謂ネズミ講と言われる日本では違法な商法だ。
迷宮に入りながら先を進みましょうと姉の提案に、安いパンをいくつか買ってその街を出る。
昼間ゆっくりと馬車を走らせ、夜は道の端に寄って車内泊。外は満天の星。街の灯りがなく、さえぎる物がないこの地で見る星は絵に描いたような美しさだ。これが星空だ、と見せつけているようでもある。
迷宮を踏破しながら二つの街を越えたところで馬車を止める。止められる。
「止まれー! 荷をあらためる!」
何もない道に兵士が五人。立派鎧兵士も一人いる。姉弟達は不審に思いながらも馬車を降りた。
「検問、ですか?」
「いや
「王の指示って証拠はー?」
「貴様、王国兵士を疑うか!」
「王国兵士って証拠はー?」
「この先の王都で訴えようとも構わんぞ。我らは正規兵団、王の指示というのはこの書状がある」
立派鎧兵士が一枚の書状を見せる。渡してはくれなかったが、ちゃんと読めと時間をくれた。王の指示による荷検め、及び通行税の徴収、要約するとそう書かれてある。
どうやら言っている事は本当のようだ。
「偽造書類って噂があるけど?」
そんな噂はない。弟がでまかせで言う。
「ちっ。あいつらか、そのような者を信じるな。王国のクズ共だ」
本当に噂があるようだ。弟は驚く。
とにかく検める、と言う指示に従い扉を開け中を見せる。また面倒な事にならぬよう一時的に箱馬車迷宮を出入り自由にし、兵士が入れるようにして中まで見せた。
探索証を見せると「白が分不相応な馬車に乗っているな」と嫌味を言われたが、それ以上の事はなかった。
「よし、荷は問題ない。通行税を徴収する。一人一万円。馬車二万円。計五万円だ」
「ないよ?」
「それでは、強制労働行きだぞ?」
「そんなこと言われてもなぁ。手持ち五千円くらいだし」
「白だしな。そんなものだろうな、強制労働行くか?」
『おじさん、この馬車を代わりに置いて行っちゃダメ?』
イサナが両手を合わせ上目遣いでお願いとでも言いそうなポーズで、立派鎧兵士に向かって言った。あざとい。
それを聞いた兵士は、うーむと少し考えて立派な馬車だから現物でもいいか、と了承する。
イサナがお馬さんにお別れさせてね! と馬に近づき囁く。
『一時間後、全速力で追い付け』
馬魔物は了承したかのように首を縦に振り、一時の別れを告げた。
勝手に馬車置いて行くなよという弟に、いいからイサナに任せてと答え、三人は徒歩で次の街、王都を目指す。
フランブ王国、騎士団演習場。
そこには白く輝く鎧を身に纏い、整然と並び立つ騎士達の姿があった。
その騎士達の鎧、左上には赤い薔薇の花が描かれている。
「傾聴! 新団長よりお言葉がある!」
『私の薔薇騎士団の美青年達よ。時は来た! 今こそ立ち上がるときです。その胸の薔薇に誓った言葉を今こそ現実の物としなさい!』
その言葉に全員が剣を掲げる。真っ直ぐ真剣な眼差しで新団長を見るその目はキラキラと輝いていた。
「ツクヨミ様。新騎士団創設おめでとうございます」
『ふふ、お前の裏工作のおかげでもあるのですよ、ピエール』
「ありがとうございます」
『民の結集状況はどうですか?』
「順調です。実弾(現金)ばら撒きが効いていますね。元々そういう不満があったとも取れますが」
『ふふふ、はははは! 起きぬなら、起こして見せよう、フランブ革命!』
「ツクヨミ詠む」
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