第103話 マルアル条約迷宮


 マルアル共和国。

 日本列島が降りた海から船で一日もかからない大陸沿岸部にその国はある。ゼディーテの技術力による帆船だと三日から四日といった所。

 海自護衛艦二隻で伊崎はその国へ乗り込んだ。

 決して脅す意図があったわけではないが、沖に浮かぶ鉄の塊に住民達は怯え市場をたたんで家に引き籠もって様子を見ている。


「ほらな、こんな船で来たら驚くのは当たり前だろう?」


 伊崎が連れている外務大臣と浅見に向かって言う。


「はぁ、海自が五月蠅くてですなぁ。先遣したのは陸自だからも出動させろ、と」


 浅見が、海自は好奇心旺盛ですからなぁと終わりに言葉を付け答えた。


「そんなこと言ってたら、空自も黙ってないだろ」


「滝川首相補佐官と出かけましたが?」


「なに! くそ、あいつめ。自衛隊の出動は却下したと言いながら!」


 私的利用で拘束してやる! と文句を言いながら共和国執政官官邸に入っていく。

 この国は共和国制で貴族元老院が選出した執政官が国を治める。男女平等を謳っているが、実際に政をする者は男しかいない。

 初めての訪問をこの国に決めたのは単純に近いから。やはり近場の国とは友好関係でありたい。ちなみに日本からロックウッド王国までは船で五日かかる。


 執政官との謁見は大会議室で行われる。そこには執政官と貴族元老院が揃って伊崎を待ち受けていた。


 そして滝川も。


「ああ、総理。お着きになりましたか、全て用意はできております。あとはサインするだけ。はい、ここにサインお願いしますね。これで条約締結です」


「た、た、たきがわぁーっ!」


「顔合わせだけというのも勿体ない気がしまして、先行して交渉しておきました。いやぁいい方ばかりですんなり話も進みましたよ。あ、こちらラファエリ執政官です。執政官、こちらは我が国のおさ、内閣総理大臣伊崎です」


 滝川を睨むさつじんがんをやめ、とりあえず執政官へにこやかに顔を向ける伊崎。


「日本内閣総理大臣、伊崎です。貴国とはいい関係でありたいと思っております」


「マルアル共和国執政官、ラファエリと申します。タキガワ様は有能ですね、人柄も良い。元老院がこれほどすんなり受け入れたのは初めて、と言っていいでしょう」


「ハッハッハッ、ソウデスネ。滝川にはいつも助けられておりマス」


 額にピキリと青筋を立てながらなんとか顔を繕う。

 外務大臣が条約内容を確認し、伊崎にサムズアップでゴーサインを出した。

 伊崎も内容を読み、執政官と互いにサインを交わす。

 これで日本とマルアル共和国は同盟国となった。軍事介入はしないが、交易と技術提供さらには共和国首都に日本大使館を置き、国営商店の開設ができるようになった。

 日本側には出島をメガフロート(浮き島)で作り、そこで輸出入と日本人との交流ができるようにする。またその出島は共和国が、日本以外の国へ行く際の補給港としての利用も可能とする。


「おっと、そろそろかな。皆様、外をご覧下さい」


 滝川がそう言って皆の視線を外へと誘導する。

 すると飛行機の編隊が飛んできて空にゼディーテの言語を使い文字を描き始める。


【マルアル・ニホン】


 そしてその文字をハートで囲んだ。


「お前ぇ! 空自出動はこの為か!」


 伊崎が滝川に詰め寄る。


「建前上出動許可は出せません。ですが、彼らも息抜きは必要でしょう。もちろん総理の名前で許可しましたので、後ほど私を逮捕するなりしてくださいね」


「ははは、総理。やられましたな。ここまでの功績を出した者を逮捕などできませんなぁ」


 外務大臣がにこやかに言うが、伊崎の怒りはおさまらない。


「く、首」


「首にするなら外務省に戻ってもらいましょう。いやぁ、これで楽できる」


 伊崎の言葉を遮り外務大臣が言う。元々外務省事務次官の滝川だ。首相補佐官を首になっても行き先は何処にでもある。しかし総理には滝川が必要だ、そう感じている外務大臣がおどけるように言ったのでる。


「首にはしない! 一生扱き使ってやる!」



 空の文字が消え、呆然と眺めていた執政官と元老院の方々が我に返る。

 そして執政官が伊崎の手を取り大きく上下に動かした。


「素晴らしい! 空を飛ぶ物もすごいが、文字を描くとは! なんという技術力! 是非我が国にもご教授願いたい!」


「ハハハー。き、基本からにしましょう。ね? ね? いきなりアレは難しいと思われますので」


「ははは! 確かにそうですね。いや興奮して失礼な事を申しました。お許し願いたい」


 貴族元老院からも引っ切りなしに質問が来るので、伊崎は滝川に投げた。


「滝川がお話を伺います。私は政治のことしかわかりません!」


 初めて滝川の渋い顔を見た伊崎は、ヨシ! と心の中でガッツポーズをした。



 晩餐会を夜に控え、伊崎一行はマルアル共和国首都を練り歩く。護衛を申し出られたが断って帰りの迎えだけをお願いした。

 雑貨店らしき店を覗きながら伊崎が呟く。


「交易レート設定が難しいな。製品の差がありすぎる。これでは対等の交易にはならんぞ」


「レートは高くなるでしょうなぁ。国営商店を出しても高すぎて誰も買えない状態になるかもしれませんな」


 外務大臣がそれに答え考え込む。


「搾取するだけではダメだからな。何かこちらの物で値が付く物があればいいんだが」


「確かに。初めは物珍しさに売れるでしょう。ただ、後が続かないと思いますな」


「全て国で買い上げてプレミアつけて国民に売るか」


「プレミア、とは?」


「二泊三日マルアル共和国への旅、とか」


「出国制限をしている今ならオークションで億いきますな。抽選ならすごい倍率になりそうです」


「それくらいで釣り合い取っていかないと、この国の通貨がなくなる」


 後にこの話が実現され、マルアル共和国からの輸入品は全て国が一括買い上げとなる。

 その品々は民間委託のオークションにかけられ、億近い金額で落札されていく。

 品自体にあまり価値はないが、三泊四日マルアル共和国への旅(自衛隊護衛付き)というおまけ目当てで落とされている。おまけの方がでかい食玩のようだ。

 護衛に付く部隊は何故か毎回違い、陸自海自空自と順に回しているのであった。



 鍛冶屋や酒場などを廻り、夜の晩餐会。

 迎賓館と呼ぶに相応しい豪華な作りの建物で行われる。

 一行はタキシードを着用し浅見は第一種礼装だ。元老院とその家族、さらに主だった貴族が招待され生演奏の緩やかな音楽が流れる中、立食形式で行われた。


「このセンスは見習うべきだな。古き良き時代とも言うべきか」


「そうですなぁ、今では効率重視のパーティーですからな」


 伊崎と外務大臣が感心するように見渡す。広い会場の柱一本一本に彫刻がされ、大きなシャンデリアが見下ろす。大きな窓に細かく刺繍の入ったカーテン。空間の贅沢、とも言える会場であった。

 伊崎は魚のムニエルのような料理を取り、食べる。そしてワインを一口。


「不味い。街での酒とメシも不味かったがひどいな、コレは」


「それは我が国を誇るべきでしょうな。食の文化侵略がやりやすいと思えば、いい事でしょう」


 二人がそんな事を言っている傍で浅見も、戦闘糧食の方が美味いなと思いながらもパクついていた。

 滝川はひょいひょいと人を避けながら、貴族当主と思われる人々に名刺を配り愛嬌を振りまいている。


「イサキ殿。楽しんでおられますか?」


 そう言って近づいて来たのはラファエリ執政官。片手にワインを持ち、笑顔で声を掛けてきた。


「はい。このような豪華な宴を開いていただき感無量です。私の国ではここまでの物は開催できません」


「ははは、おそらく貴国の方が何もかも圧倒的に優れていることでしょう。お召し物を見てもわかる。細かな装飾品も一目で違うと感じる。空を飛ぶ物にしてもイサキ殿が乗ってこられた船も、なぜあれが動かせるのか不思議です。全ての技術を伝授願いたいと思っております。その為には我が国は、いや個人的見解と取っていただきたいが、属国に近い立場でも良いと思っています」


「ラファエリ執政官。それはダメです。あくまで対等、それが大事なのです。技術ならば学べば良い。職人を育てれば良い。そして我が国を追い越せばいいのです。我が国はそうやって歴史を作ってきました。貴国から学ぶべき点も多い。私とラファエリ執政官が服を交換したとしましょう。他の者から見たらどうです? どちらが日本の者だと思われるでしょうか。ただ、その違いだけなのです。中身は同じ人間。それに優劣をつけてはならない。国同士も同じです。技術という服を纏っているだけで、中身は同じなのです」


「イサキ殿……なんと素晴らしいお言葉を。あなた様は神であられるのか」


「いいえ、同じ人……間、ですよ」


 神という言葉にピクリと反応し、人間という言葉に言い淀む。自分が魔王である為に少し心が痛む。


「素晴らしい! 我が国はなんと素晴らしい国と交流を持つことができたのか! これまで心から良かったと思える条約締結はありませんでした。ああ、神よ。ありがとうございます。素晴らしい国とお引き合わせくださいました」


 神、死ね。


 言葉にせずとも顔に表れていたのか、ラファエリ執政官が、大丈夫ですか? と声を掛けた。


「大丈夫です。酔いましたかね、ハハハ」


「それはそれは。ところでイサキ殿は何人娶っておられますか?」


「は? 何人?」


「はい、余裕がおありならば是非、我が娘を紹介したいのです。そして国同士だけではなく家族としても良い関係を持てればと願います」


「は、いや。我が国は一夫一妻と決まっておりまして」


「なんと! それは勿体ない! 他家との繋がりはどうされるのです」


 そこへニヤニヤしながら寄ってくる滝川が伊崎の目に映る。嫌な予感しかしない。


「伊崎総理は、奥方を亡くされ子もおらず今は独身。つまり隣は空いていますよ」


「おお! それはお寂しいでしょう! マルティーヌ! マルティーヌ!」


 滝川の言葉に伊崎はギロリと睨み付け、ラファエリはキラリと瞳を輝かせる。そして女性の名を叫ぶと、ドレス姿のどう見ても十代前半の女の子が静々と近づいて来た。

 金髪碧眼、長いストレート髪。白く輝くような肌を持つ美少女だ。


「はい。お父様」


「マルティーヌ、お前の仕える男性が決まったぞ! ニホンの長、イサキ殿だ」


 滝川は、アー調査不足と呟いている。浅見の目は何故かその少女に釘付けだ。

 その少女、マルティーヌが伊崎の前に立ちカーテシーで自己紹介をする。


「マルティーヌで御座います。末永くよろしくお願い致します」


 春に鳴く、鳥のさえずりのような心地よい声だ。

 伊崎は頬をヒクつかせていたが、腰を落とし目線をマルティーヌに合わせ話す。


「伊崎です。失礼ですがおいくつですか?」


「十三になります」


 それを聞いた伊崎がコレだ! とラファエリに向かい、いつもより早口で言った。


「我が国では女性の婚姻は十六歳からとなっております。残念ですがこのお話は」


「おお! そうでしたか! では、式は三年後ですね。マルティーヌは三年間お傍で仕えなさい」


「はい、お父様」


「え、え? ちょ、ちょおおお!」


 これはまずいと思った滝川がラファエリに話しかける。


「申し訳ありません。ただ今、我が国は入国制限をかけておりどなたも入国することができません。総理命令を発動しておりますので、それを伊崎総理が自ら破る事はできません。残念ですがお嬢様の件は一旦保留とさせてください」


 ナイスだー! という声が聞こえそうな勢いで伊崎が滝川の顔を見る。伊崎には滝川に後光が差して見えているだろう。


「なるほど。そういう事情でしたら仕方ありませんね」


 ラファエリの言葉に伊崎がほっと肩を降ろす。が、続けて話し始めた。


「ならば我が国の法で行ってはどうですか? 我が国は一夫多妻、歳は関係ありません。私が住居を用意致しましょう。それならばイサキ殿がまめに来て下さるかもしれません。おお、いい考えです!」


 伊崎の顔がラファエリの方を向く。これが貴族のやり方かー! と叫びたいのを堪え、話す。


「このような事に対応するために今回結ばせていただいた条約があります。二国間会議をするのです。例えば我が国の者が貴国で罪を犯した時にはどちらの法を適用するか、婚姻制度をどのようにするか、など決めるべき点は多いのです。それがきちんと決まるまで、今回の件は待っていただきたい!」


 伊崎の勢いに気圧されるラファエリ。な、なるほどと言いつつ一歩下がる。

 意識せずとも言葉に力を乗せた伊崎。人を従わせる能力を知らぬうちに発揮していた。



 それでも少女マルティーヌには通じなかったようだ。瞳を潤ませ手を合わせて伊崎をじっと見つめている。

 そんなマルティーヌを、魂を抜かれたかのように呆然とみている浅見。



「可憐だ……」


 ロリコン疑惑が更に深まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る