第101話 さらば地球と迷宮


 鎖国をし領土全土を迷宮化した日本を、一国の艦隊が取り囲む。

 何も手が出せないので「無駄な抵抗」とはまさにこの事だ。

 すでにアメリカ・ロシアという国はなくイギリス連邦共和国へ併合された。それを切っ掛けに大国・小国問わずイギリス連邦への編入が止まらない。イギリス連邦も座して待つだけではなく言葉と暴力で国々を飲み込み、ついには地球上に二つの国、日本とイギリス連邦共和国のみとなっていた。


 奇しくも日本がトリガーとなり、バロウズがそれを引いて世界がひとつの意志でまとまろうとしている。地球誕生から初めての偉業であるが、喜ぶ者は少ない。

 日本が殻に閉じこもりあらためて気付く、日本中心だった世界経済・技術・人材。


 “迷宮化後、二度と世界と交わることはない”


 最後に世界に向け発信された伊崎総理大臣の言葉。

 世界の中に世界を創ってしまった弱小国日本。弱小国と思いたかった。弱小国であるべきだった。本当はわかっていてもあんな小さな島国が、と認めたくなかった。


 世界最強国、日本。


 これから経済を立て直し、生産物を見直し、技術は前時代へ回帰しなければならない。

 しかし……神は地球を、人間を見捨てたのか。

 地球上全ての氷という氷が溶け始めている。北極も南極も溶け始め、永久凍土は永久ではなかった。

 人間も動物も内陸部へ追いやられる。土地を巡ってあらたな争いが起きる。


 その原因となった者、バロウズは総理官邸執務室で伊崎に睨まれながら持ち帰った男爵紅茶を優雅に飲んでいた。


「おい、聞いているのか!」


 伊崎の怒号が執務室内に響く。バロウズはちらりと見てカップをテーブルに置いた。


「聞いていますよ。フェイズ・スリーでしょう? 以前話しましたが?」


「地球を滅茶苦茶にしたいのかお前!」


「良いことではないですか。地球誕生以来、種が生まれ淘汰されあらたな種が主導権を握る。その繰り返しですよ、歴史とは。あらたな種はもっと地球に寄り添う種かもしれませんね」


「そんな高説を聞いているのではない! 溶け始めている氷を止めろ、元に戻せ!」


「何故です? 地球を離れる日本には関係ないでしょう?」


「気持ち悪いんだよ! 日本の無くなった地球で大異変が起きる。人類の危機だ。のうのうと異世界でハッピーエンドを迎えたくはないんだよ!」


「ハッピーかどうかまだわかりませんけどね」


「お前、戻せないのか?」


「ははは、これは異な事を言いますね。私を誰だと思っているのでしょう」


「クソバカヤロウだ!」


「創造主に対してそんな事を言うのはお前くらいなモノです」


 バロウズの後ろに立ち控えていたナアマがそっと耳打ちする。


「バロウズ様、明け透けのない言葉で言い合う。それが親友の第一歩であるとネットで見ました」


「親……友。親しい友。友人からのステップアップ……」


「お前、何を言っている」


「わかりました! ここは親友の為にこの私が一肌脱ぎましょう!」


「偉そうに言うな、お前が原因だ! アホウ!」


 ナアマのおかげで地球の危機は一先ず回避された。

 数日後からすでに溶けた氷が元に戻り、温暖化が消え、あらゆる土地で食料生産が可能となり、水不足さえ解消されていく。

 これで世界は日本がなくなろうとも何とかやっていけるはずだ。

 何故こんな事が起きたのか、残された学者達の悩む姿を残して。



 執務室の扉がノックされ伊崎が入れと返事をすると滝川が入室してきた。

 姉弟達が戻ったと聞き、すぐに呼べと指示する。扉の外で控えていた三人は、中で男爵紅茶を飲んでいるバロウズに眉をしかめながらソファーに座る。


「コイツからも聞いたが、最上階にクソヤロウがいたらしいな?」


 伊崎が親指でバロウズをコイツと差しながら言う。


「はい。ルッソと名乗っていました」


「で、何か奴らの情報がわかったか?」


「とりあえず攻撃は全部躱されてたよ。姉ちゃんとイサナが同時に攻めても余裕っぽかった」


「そこまで、か」


「あと記憶をいじれるっぽい。イサナは記憶消されてたよ」


「お前らは?」


「まぁ、裏技で? 大丈夫」


「異世界神達の居るところは天界と呼ばれ、何処からか行ける場所があるようです」


「朗報だな、よくやった。真実かどうかわからんが探してみるしかないな。今は各地の迷宮を探るしかないか」


 バロウズが、ふふんとした表情を見せ伊崎に向かって言う。


「そのルッソは私が削除します」


「お前、向こうじゃこっちほど力が使えないんだろ? 大丈夫なのか?」


「ククク、本物と偽物の違いを見せてあげましょう」


「向こうを滅茶苦茶にすんじゃねぇぞ?」


「し、親友との約束ですからね。世界は残します」


「伊崎兄とバロウズって親友だったの?」


「違う!」

「そうです」


 バロウズを睨む伊崎と、笑いかけるバロウズ。ま、どっちでもいいやと弟は問いかけた問題を投げた。


「まぁそれはまだ第一歩ですからこれから進むとして。伊崎、私に何か渡すのを忘れていませんか?」


「なんだ? 国外退去命令か?」


「携帯ですよ! 私と連絡取りたくないのですか!」


「取りたくない」


「ナアマ見ましたか? これがツンデレのツンです」


「はっ。勉強になります」


 その後もしつこく要求するバロウズに折れ、連絡は三日に一度、それ以上してきたらマップ端末を使用不可にすると条件を付けた。

 舌打ちをし余計な物を与えてしまったと言いながら伊崎は皆を見回す。


「日本転移計画を発動する」


「おー、というか今更って感じだけど?」

「はい」

『ふーん』

「はぁ、それで?」


「なんだ? 反応薄いな。いよいよ計画の根幹だぞ?」


「鎖国? ってのやって外に出られないだろ? それがこっちだろうと向こうだろうと同じ感じなんだけど」


「その男の言う通りですね。今でも行き来は自由にできている訳ですし、ねぇ」


「お前ら……地球から日本がなくなるんだぞ! これからはゼディーテの中の日本となるんだぞ。もっとこう、あるだろ寂しさや希望とか!」


「別に地球に日本を残したままでもいいんじゃねぇの?」


「おまっ! 計画を根底からひっくり返すようなことを!」


「まぁ、ゼディーテを実効支配するなら向こうにあった方が都合はいいですが」


「さすがは親友だな。その通りだ」


「親……友。伊崎が認めた」


「まぁいい。とにかく国民にはこれから発表だ」



 そして全国民に向けて緊急記者会見が開かれる。民放・国営放送・ラジオ・新聞・ネット配信など全てのメディアを半強制的に集めてある。

 街角の広告用ディスプレイなどにもリアルタイムで伊崎の姿が映し出された。


「内閣総理大臣、伊崎です。先日お伝えしたように異世界を発見し、先遣隊を向かわせその後、私も行きました。現在、海上に拠点を築き交易を始める準備をしております」


 伊崎の前にはプロンプター(スピーチ原稿を映す機器)は置いていない。全て自分の言葉で話している。普段閣僚達はチラリチラリと原稿を見るその態度で何か信用を得られない感じがするのだが、真っ直ぐ前を向き溢れ出る自信と確信を見せる伊崎の態度に国民は引き込まれていく。

 言葉と洗脳の魔王、伊崎の本領発揮だ。


「その異世界はゼディーテという名の世界です。空気、気候はほぼこちらと同じで球状の星であり、充分に移住可能と判断致します。ですが、言語・国の制度・生活習慣、全て違います。言語はすでに解析済みで翻訳機により対応可能となりました。生活習慣などはマニュアル化しており、少し学べば現地に溶け込めると思います」


 いったん言葉を切る。これから重要な事を言うのだという雰囲気を纏わせ、これまで以上に目力を発揮させた。


「日本はこの地球で鎖国政策をとり、他国と接点のない状況となっております。それは何故か。世界へ貢献するために皆さんが稼いだ金、作った物、研究した技術を快く渡してきました。欲とは限りのない物で、もっと寄越せもっと公開しろとさらに迫り圧力を掛けてきました。恥知らずにもほどがある! 今や日本は輸入に頼らず国内のみで完結できている。さらには日本との貿易権や物資を巡って戦争まで起こす始末。この地球において、重要な立ち位置のはずである日本が今や、全ての争いの原因となっている!」


 伊崎の言葉が荒々しくなっていく。言葉を重ねる毎に心情を吐露していくようだ。


「地球に日本の居場所はない! 日本がいない方が争いが起きず、世界は緩やかに平和への道を辿るだろう! 地球よ、さらばだ! 日本は異世界ゼディーテへ領土ごと転移する!」


 以上! と言って会見を終える。

 日本中が静かになる。家々や会社、街中がそこに人がいないかのように静まりかえっている。ネットでも中継を見ながら討論やコメントをしていた文字が止まる。



 そして、伊崎の言葉を理解した時、沸き上がった。どこからともなく叫び声が上がった。止めどなく流れる文字は速すぎて読めない。日本中の体感温度が上がった気がした。

 批判も多くあったが、伊崎内閣の支持率急上昇を見ると概ね受け入れられているようだ。


 三ヶ月後に転移する、と会見後のテロップと政府ホームページで発表された。

 その間に秘密裏に用意していた計画を実行する。迷宮庁を迷宮省へ格上げしゼディーテでの生活様式や言語などを学ぶ出先機関を開設。

 同じくホームページと配布誌でも学べるようにし、探索者と迷宮の等級をゼディーテに合わせて変更する。探索者自治会も積極的に動き、講習会開催が頻繁に行われた。

 当面の間、許可された者が行ける地域はフレイバーグ伯爵領とイングリス男爵領のみとし、ロックウッド王国とは戦争状態である事を隠蔽した。

 三ヶ月の間に決着をつけるつもりである。


 また転移してしばらくは、ゼディーテ現地人は日本へ入国できないようにする。海上拠点をそのまま交易拠点として使用し、現地人が訪れることができるのはそこまでだ。全土迷宮化している為に密入国は不可能である。


 まだまだ問題は多く残されている。現地で罪を犯した時にどちらの法で罰するか、未知の病気にどう対応するか、現地人と婚姻した際の取り扱いなど解決すべき点は多い。

 何年も前から準備してきて素案はできているが、向こうの国々との折衝はこれからである。



 総理官邸執務室。

 伊崎が執務机に座り、机にはめ込まれているパッドで決裁処理をしている。その目の前には滝川が立つ。


「総理、国民の反応は良好です。迷宮世代が多くを占めますから受け入れやすいのでしょう」


「そうか」


「それと総理の任期満了が迫っていますが」


「おう、そろそろ辞め時だな。あとは他の者に任せても大丈夫だろう」


「まぁ、そうですね。システム流れは作り上げました。稼働してしまえば誰でも総理は務まるでしょう」


「やっと肩の荷を降ろせるな。そしてクソヤロウ共を俺自ら探しに行ける」


「いやぁ、それが無理なようで」


「何が?」


「皆さん腰が引けて次の総理になりたいという人がいません。未知の世界が怖いのか、それとも未知の世界を楽しみたくて総理なんてやってる暇がないのか」


「後者が多いだろうな」


「と言うわけで、伊崎総理。第百五十三代内閣総理大臣就任おめでとうございます」


「や、やらんぞ! 俺も冒険したいのだ! お前やれ!」


「私は国会議員ではありませんので、無理ですね」


「ちっ。副総理はどうだ! あいつならやれるだろ!」


「もうすでに伊崎内閣続行と根回ししておりますので、残念ながら引き続きお願い致します。ぷっ」


「お前、いま笑ったよな!? いや絶対笑った! くっそー、扱き使ってやる!」




 そして三ヶ月後、日本はゼディーテへ転移し異世界から「異」が取れ、自分らの「世界」となった。

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