第100話 イングリス一級迷宮二


 イングリス一級迷宮、百階層ボス部屋。

 青髪を逆立て甲冑を着けた人型のモノがニヤリと嗤っている。


『グフ、お前らに褒美をやるぞぉ!』


「ねぇ、ここ最上階? で、あんた誰」


『何がいいかぁ! ふうむ! グフ、もう決まってるがなぁ! お前らをオイの一部にしてやるぞぉ! 喜べよぉ!』


「ねぇ、ここ最上階? で、あんた誰」


『まずはオスからだぁ! メスはやっかいそうだぁ!』


「ねぇ、ここ最上階? で、あんた誰」


『シュッ!』


 青髪甲冑が短槍を瞬速で突く。同時に片手剣でなぎ払う。幾度も攻撃を繰り返すが弟のTバック半月に弾き返されていく。


「姉ちゃん! 見てんなよ、手伝ってよ!」


「先行させてって言った」

『言ったー!』


「それ道中だから! ここじゃねぇから!」


「頑張って。やればできる子」

『叔父ちゃんファイトー』


「褒め方、テキトーすぎー!」


 姉とイサナは警戒しながら見守る。今の弟ならばこの敵には勝てる、そう信じて待っている、訳ではない。何か潜むモノがいるからだ。居る、という事はわかるが特定できない。ソレがどう動くか見極めるまでは動けない。



「カグツチィーッ!」


 “ふう、我を喚ぶのは何百年振りか。お前様は焦らすのがうまい”


「そんなに経ってねぇし、生きてねぇー!」


 カグツチ様が成った炎の剣を横薙ぎに振る。直接当たりはしなかったが、切っ先から伸びた炎が青髪甲冑に届く。そして甲冑に傷が入り、その内部にまで達する。


『うぅ!? なんだぁ! なんだこれはぁ!』


 日本迷宮五百階層にいた異世界神はすぐに修復が始まったが、青髪甲冑への傷は治る様子がない。ここぞとばかりに二合三合と斬撃を入れていく。

 足に、腕に傷を入れ、燃やし尽くされたその体は微動だにしなくなった。



『やっぱコイツじゃダメかぁー。その剣、反則チートに近いねぇー』


 姉とイサナの後ろから声がする。ふり向くと人間の少年体をした何かが両手を後頭部に当てながら立っていた。


 居る事はわかっていた、がしかし、真後ろとは。

 姉とイサナはすぐに双剣を構えそのモノを見る。


『ソイツが言った通り、よく家畜共を集めてくれたねぇー』


「ねぇ、ここ最上階? で、あんた誰」


『うん、最上階。ボクは神、ルッソって呼んでよ。こんなへんな迷宮押しつけられちゃってさぁー、しかも一級でしょぉー? 家畜が来るわけないよねぇー』


 神という言葉に姉が飛びだし双剣を振る。よっと、と言いながら軽く避ける神。


『お前らは家畜の中でもできる家畜だねぇー。まだここで喰らうのは惜しいかなぁー。もっと集めて欲しいしねぇー』


 話しながらも姉の攻撃を避け続ける。それにイサナも加わると避けるのは無理なのか、素手で弾き始めた。


『さっきオスが倒したオモチャの戦利ドロップ品あげるねぇー。持って帰っていいよぉー』


「俺らを帰していいのかよ」


『うん、家畜の記憶あたまいじるのなんて簡単だしねぇー。出たらボクの事は忘れてるよぉー』


「あなた達は、何処に住んでいる、のですか」


 姉が未だかすりもしない攻撃を続けながら質問する。


『天界って呼んでるけどー。行ってみたい?』


「はい」


『ダメー。まぁからじゃ行けないしねぇー』


「行ける、所がある、と?」


『さぁねぇー。でもお前達には無理。この程度じゃ、ねぇー』


 もう飽きた、とルッソが言うと姉とイサナの頭に手を置き何かを呟く。手を離したとき、二人はその場に崩れ落ちた。


 “お前様! 我をなかに戻せ! すぐに!”


 カグツチの言葉に弟はすばやく炎の剣を納刀する。

 ルッソが弟に近づき、同じように頭に手を置いてその場に倒れた。



 イングリス領の中心都市は現在お祭り騒ぎで大盛り上がりだ。

 どこもかしこもクリスタルセールと銘打ち、普段より少しだけ安い価格で売り出す商店と臨時テントが立ち並ぶ。

 すり抜ける隙のないほど人でごった返し、大声で話さなければ隣の人とも会話できないほどだ。


 三人が一級迷宮最上階百階層を踏破し、戻ってきたのが七日前。

 三人から踏破したと聞いたヴィクターはその場で人目もはばからず泣き崩れた。

 無事に戻ってきてくれた事もさることながら、一級迷宮を踏破した領地領主はしょうしゃくの可能性が大いにある。それだけの経済効果が期待でき、国へ納める税の大幅アップが望めるからだ。現在男爵のヴィクターは子爵、もしかしたらそれさえ飛び越えて伯爵を賜るかもしれない。

 伯爵ともなると国へ未開発地域への人員を要請する事ができる。迷宮へ入る探索者が増える。人が集まるところには商人が来る。騎士団を持つ事が許される。

 ヴィクターには開けた未来が待っていた。


 そしてドロップ品のオークション。人々が集まる中で開催され、入札合戦がヒートアップし我を忘れる商人が続出。他の迷宮でドロップするような品でも数倍の価格で落とされていった。終わった後に肩を落とす商人を見るに見かねて、落札品にサインを入れ写真と一緒に差しあげる姉弟とイサナであった。

 尚、カメラはドロップ品という事にしてある。

 ドロップ品、万能説。


 オークションの目玉は最上階百階層ボスのドロップ品。

 青く輝く甲冑と短槍、片手剣だ。

 王都から来たという鍛冶師に鑑定してもらうと「素材は何かわからん。そこらの剣ではかすり傷さえつかないだろう。これまで見た中で最高の品だ。後学のためにワシが欲しい! 頼むー!」と泣いて懇願するほどであった。

 その鍛冶師の鑑定書と泣いてすがる写真を添えてオークションが始まり、終盤二人の商人に絞られる。一人は自国王都商人、もう一人は隣国商人だ。あやうく隣国商人に落札されそうだったが、ロックウッド王国魂を見せた自国商人達が結束し落札した。

 落札価格は五十七億円。その金額の半額が姉弟達に、もう半額は王国とヴィクターで分配する決まりだ。

 つまり姉弟達は二十八億五千万円を手に入れた。

 全額を日本へ送金し伊崎に渡す。現地通貨の乏しい日本にはありがたい申し出だ。贈賄とならぬよう異世界研究費という名目で寄付する。

 他にも百階層までのドロップ品が高値で落札されている為、姉弟達はそれだけでかなりのお金持ちとなっている。

(翻訳機により日本円に自動換算しております。再掲)



 イングリス男爵邸、応接室。

 姉弟とイサナの三人が春摘み紅茶を堪能している。淹れてくれたメイドさんは三人だけでゆっくりしたいからと部屋を出てもらった。


『異世界神がいたのー!?』


「うん、そう。ルッソって奴。姉ちゃんとイサナの攻撃を余裕で捌いてた」


『イサナの記憶も消せるなんてー!』


「カグツチのおかげだなぁ。ありがとよ」


 弟が出現させている炎の剣に向かって礼を言う。出現させておかないと姉にはカグツチ様の声が聞こえないからだ。


 “ふむ? これが内助の功か。我は良い新妻である。うむ、お前様が常に望んでいる裸エプロンとやらも今度用意しておくか”


「ちょっ! の、望んでねぇし!」


 姉とイサナがジト目で弟を見る。焦る弟は、マジちがーう! と叫ぶがその疑いが晴れることはない。


 異世界神ルッソが弟の記憶を消そうとした時にカグツチ様がなかへ戻り、対抗すべく備えた。弟自身の記憶は消されてしまったが、カグツチ様まではその力が及ばなかった。

 互いに全てを共有している弟とカグツチ様は、退宮した後に消された記憶を補ったのであった。

 ただ、迷宮と創造主に近い存在の姉にもその力は及んでいなかった。


 “しかしアレは一筋縄ではいかん。お前様と姉殿の二人舞神楽『もつくに・葬送』は異世界ここでは舞えん。うむ、ここには黄泉國が無いからな”


「あ、そうなの? じゃこの世界って死んだ人は……ああ、喰われるのか」


「この世界ができた時から黄泉國のような次元がないのでしょうか」


 “ここと向こうの成り立ちが違うのだろうな。うむ、そう考えられる”


「成り立ち……」


 “妄想の範囲を超えないが、ここは異世界神達が自分らの為に造り上げた、まさに牧場。うむ、自分らが好き勝手できる箱庭だ”


「私達の世界はバロウズが見ているだけの、放置していた世界……」



「放置とは失礼な。温かく見守っていた、と言って欲しいですね」


 そう言いながら扉を開けバロウズとナアマが入室してきた。そして勝手に紅茶を淹れたかと思うとソファーに居座る。


「それで? クソヤロウはいたのですね?」


「はい。最上階に」


「それだけ聞けば充分です。私が削除してあげましょう」


「できんの?」


「貴様! バロウズ様に出来ない事などない!」


 “お前様よ。気を付けられよ。こういう奴がお前様の言葉で言う、後にデレるのだ。うむ、浮気はいかんぞ”


「ナーマがデレるとは思えねぇけどな」


「なんだと! わたしもデレくらい! ……デレるとは何だ?」


「ナアマ。少し控えていなさい、話が進まない」


「はっ……わたしがバロウズ様に注意されてしまった……わだじがバロウズざまにぃ」


「泣くなよナーマ」


『泣き虫ナーマ!』


 やーいやーいとナアマを部屋の隅に追い詰める弟とイサナは放っておき、バロウズが話を進める。


「お前達は私の為に余所の地の踏破されていない迷宮に入りなさい。ここのように廃れた地が良いでしょう」


「いえ、伊崎総理が一度戻れと」


「は? 連絡が取れるのですか?」


「はい。これで……」


 姉がマップ端末を見せる。バロウズは初めて見る物のようだ。驚いて目を見開く。


「伊崎め! 私には渡さなかったのに!」


 海上拠点設営後に配布した物である。その時、バロウズらは勝手に進んでいたので伊崎のせいではない。ただ配布する場にいたとしても、渡さなかっただろうという事は簡単に予想が付く。


「ナアマ! 日本へ行きますよ!」


「は、はっ!」


 バロウズが何か怨嗟の言葉を呟きながら出て行く。

 この後、姉弟らは一度日本へ戻る予定だ。男爵邸の庭にはヘリが待機している。


 日本では伊崎が国土転移に向けて最終調整に入っていた。




「傾聴! あらたに我らが騎士団に入団する者を紹介する!」


『ツクヨミ・ヤオヨロズです。この者は従者ピエール、どうぞよろしく』


「同盟隣国で三千年以上の歴史をもつ名家だそうだ。だが決して特別扱いはしない! 貴様らも心しておけ!」



「ツクヨミ様、やりましたね」


『私の手に掛かればこのような事など児戯に等しいのですよ』


「貴族の奥様方の取り込みも簡単でしたしね!」


『さて、ピエール。この国で美しく散ってみせましょうか!』


「散るのはイヤです」




「まぁ、侯爵夫人。ご機嫌麗しゅう御座います。ところで……手に入れられました?」


「ほほほ、もちろんですわ。このような世界があったとは、わたくしの世界観が広がりましたわ!」


「何でも新刊が明日発行されるようですわ」


「それはそれは、是非入手しなければなりませんわ」


「侯爵夫人の新刊もヤオヨロズに手配済みですわ」


「まぁ! さすがは妃殿下! 大変嬉しく存じます。ありがとうございます」



「ほほほほほ!」

「おほほほほ!」

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