第99話 イングリス一級迷宮


 ロックウッド王国、王都フレイバーグ伯爵邸。

 日本の圧倒的な軍事力と迷宮使用方法による生産力を聞き、フレイバーグ伯爵はこのまま王国の言いなりでは領土を栄えさせることなどできないと判断する。

 伯爵は王に心からの忠誠を誓っているわけではない。有事とあれば駆けつけるが、まずは島民ありき、である。

 伊崎に自領との交易を持ちかけ、快諾を貰った伯爵は島へ戻りましょうと提案する。

 交易の提案を持ちかけられた伊崎は内心ニヤリとし、無音ヘリでの移動を提案。庭に二機のヘリを呼び伯爵と男爵に別れて乗せる。

 姉弟達が男爵領に行きたいと望んだので叶えてあげるためだ。


「お、お、ひぃっ! う、浮かんだ」


 初めての空飛ぶ経験に男爵が怯える。

 男爵領はマップ端末にて確認済みで、あとはパイロットに任せておけばいい。王都を飛び立ち、平原を眺め、迫り来る山脈を越え、二時間ほどで男爵領私邸の庭に降りた。そしてヘリは再度飛び立ち帰投していく。


「こ、こんなに早く到着するとは! すごい、すごいとしか言いようがないです!」


 大興奮の男爵を諫め、男爵邸応接室に入ると紅茶を飲みながら優雅に過ごすバロウズとナアマの姿があった。


「バロウズ!」

「と、おまけ!」


 姉弟が抜刀しようとするところをバロウズが手で制し、待ったをかける。


「戦うつもりはありません。私はここに紅茶を買い付けにきたのです」


「貴様! わたしをおまけ呼ばわりなど! バロウズ様、ここでこいつらを削除する許可をください」


「不許可です。今後いついかなる時もこの者らに手を出すことは許しません」


「はっ。カシコマリマシタ」


「おまけがしゃしゃり出んなよー」

『おまけー! おまけー!』


「くっ。バロウズ様、わたしが手を出さなくとも何故か死んでしまったという状況はアリでしょうか」


「ナシです」


「カシコマリマシタ」


「仲良くしようぜナーマ」

『イサナは仲良くしない!』


「ナ、ア、マだ! バロウズ様に頂いた名前を間違えるな!」


「わかったよナーマ」


「バロウズ様。この男だけでも削除、いいえ腕の一本で結構です。斬らせてください!」


「却下。何度言えばわかるのですか。罰としてこの者らには出来るだけ便宜を図ってあげなさい」


「罰……バロウズ様からこの私が罰……うぅ、ガジゴマリマジダ」


「泣くなよナーマ。とりあえず腕じゃ無くて俺の爪切って? 膝枕しながら」


「くっ。ワガリマジダ」


 バチンッと音がし、見ると姉が弟の後頭部に平手打ちを入れていた。


「いてーよ、姉ちゃん」


「ナアマさんごめんなさい。何故か右半身に殺したいほど憎いと言う感情が浮かんでいるのですが、私はナアマさんの味方です」


「娘……感謝スル」


『母様が味方するなら中立くらいには、なってあげる!』


「ちび娘も、感謝シテヤル」


『ちびだとー! お前は敵!』



 シャーッ! と威嚇する猫のようなイサナを弟が抑え、戸惑う男爵に向かって言う。


「で、こいつら知り合いなの?」


「い、いいえ。どちら様でしょうか」


「ええい、控え控えい! こちらの方こそ全宇宙を創造され」

「こっちのじゃないけどな」


「全ての根源をお造りになり」

「こっちのじゃないけどな」


「全てのことわりを制するお方!」

「姉ちゃんと日本とこっち以外な。あれ? 結構無理なの多いな」


「その名もバロウズ様である!」

「こっちじゃ誰も知らねぇって」


「貴様! 五月蠅いぞ!」


「ははーっ! 偉大なるバロウズ様がこの辺鄙な領地にどのようなご用件でしょうか」


「あれ? ヴィクターには通じたみたいだ」


「紅茶を買い付けに来ました。取りあえず今ある在庫を全て出しなさい」


「ありがとうございます! しかしながらフレイバーグ伯爵様とニホンとの交易により全てがそちらに行きますので、在庫は……ほんのちょっとしか……二杯分?」


「まさか伊崎が先に目を付けるとは。さすがですね、ククク。仕方ありません。買い付けは日本からしましょう。では、その二杯分を出しなさい」


「は、はぁ。それを今、バロウズ様が飲まれておりまして」


「そ、それではもう無いと!?」


「はい。申し訳ありません」


「次の収穫は! いつです!?」


「来週ちょうど春摘み、ですね」


「なんと! これは運命! ファーストフラッシュに立ち会えるとは! ナアマ!」


「はっ。作業着を用意致します」


「あ、摘むんだ?」


 そしてバロウズとナアマは来週また来ます、と男爵邸を出て行った。

 残された一行は唖然として見送る。弟が男爵に手伝わせて良いのか? と聞くと、人手も足りませんし助かりますと答えが返ってきた。


「さて、そんじゃー」

『行こー!』


「は? どちらへ」


「一級迷宮だよ。そろそろ迷宮入っとかないと、姉ちゃん抑えきれそうにないからなぁ」


「危険です! 王様ご一行を怪我でもさせたら私の首が飛びます!」


「大丈夫大丈夫。低階層で様子見」


 そんな訳がない。当然、踏破するつもりだ。

 聞いた話によると、ここの一級迷宮は最高到達階層が五十一階層。それも男爵が熟練探索者を王都で勧誘し頼み込んで入宮して貰った。ドロップ品は全て持ち帰られ王都で換金という、滞在費勧誘料含め大赤字だった。そして未だに何階層まであるのか判明していない。


「ま、ヴィクターって結構いい奴っぽいからこの領地のケーザイコーカ? 上げてやるよ」


『イサナはヴィクター好きー!』


「私達が入宮する事を宣伝してください」


 クリスタル証を持つ者が領地に滞在する。それも三人。それだけで経済効果がある。ましてや一級迷宮に入るとなるとドロップ品目当ての商人達が集まる。

 探索者達は一目見ようと、もしくはあわよくばパーティーメンバーに入れて貰おうとやって来る。宿屋は繁盛、飲食店も繁盛、迷宮グッズを取り扱う雑貨店も繁盛と良いことずくめだ。ただし、それだけ人が集まるという事はトラブルも起こる。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございますーっ!」


 姉弟は入宮するのが目的なのは当然ながら、他の目的もある。

 これまでほとんど入宮者のいなかった一級迷宮に急に人が入り始めたら、迷宮を管理している異世界神が注目し、何らかのアクションを起こしてくるかもしれないと希望を持つ。

 更に宣伝を広げることで両親に伝わるかもしれない。クリスタル証を持つ者はまれだ。両親はきっと姉弟が後を追ってくると思っているはず。

 今回のようなことを繰り返すことで、居場所の見当が全くつかない両親をこちらから探すのではなく、探し出して貰える、かもしれない。

 “かもしれない”ばかりだが、行動を起こせば可能性はゼロではない。




「ふうむ、これが日本伝統の茶摘み服、ですか」


「はっ。着物に赤い前掛け、そして手ぬぐいを頭に巻くようです」


「紅茶の茶葉収穫とは違いますが、ここは伊崎の為に一役かってあげましょう。日本伝統茶摘み宣伝です」


「はっ。歌もあるようです。これが譜面です」


「夏も近づく八十八夜……ふうむ、ナアマ! 特訓です」


「はっ!」




 そして探索組合を通じて王都にまで宣伝が行き渡った頃、三人はイングリス一級迷宮へと入って行く。


「うわ、すげー集まってんなー」


「伊崎総理のおかげでもありますね」


 迷宮前では様々な露店が設営され、そこを行き交う人々で賑わっていた。

 計画を話し伊崎にも協力願った。ロックウッド王国のみならず他国にも上空からビラを撒き、イングリス領はかつてないほどの経済効果をうみだしている。

 ビラには日本語で「タケル・ナツ連絡を待つ」という一文も入れて貰った。

 そしてちょうどいい事に、特産品の春摘みが終わり茶葉の加工が完了。紅茶を売り出す絶好の機会ともなった。販売テントにバロウズとナアマの姿があったのは無視しておく。


「んじゃー入るかー」


「はい」



「待たれよ! クリスタル探索者とお見受けする! いざ我と尋常に勝負!」


 そんな古語を話しているかわからないが、翻訳機からはそう聞こえる。

 槍を持った中年男性が三人の前に立ちはだかっていた。


「はい、お断りー」

『お前の実力じゃ無理! きえろー!』


「こういうのまだ居そうだなぁ」


 姉が弟に向かって頷く。え? 俺? と姉に聞き返すと再度頷いた。

 溜め息をひとつ。そして大声を張り上げていった。


「挑戦したいひとー! 横一列に並んでー!」


 その言葉に我も我もと腕に自信があると自負する探索者達が老若男女十数人。


「武器構えろー。同時に来いよー、本気で良いから。んじゃ、ハイッ!」


 弟の合図と共に一斉に向かってくる。わざと合図を入れた。そうする事で一斉に掛かってこさせるのである。

 全員の必死な形相に、こわっと言いつつも弟は構える様子を見せない。

 一斉に攻撃を仕掛けてきたとしても、全く同時に当たるという事はない。それぞれ構えと振り下ろし、なぎ払いに時間差がある。その時間差を見切り最初に届く者から拳をあて、足を払い、捌いていく。

 時間差を見切れない人間にとっては同時に倒されたと錯覚するほどの技だ。

 ツクヨミ様から伝授された防御陣『Tバック半月』、もう少しでハイカット半月くらいにはなりそうであるが、まだまだだなぁと呟きながら捌き終えた。

 バタバタと倒れていく探索者を見て、周りの者達は歓喜し応援する者と、怖れる者に別れる。これでしばらくはこのような者達が寄ってくる事はないだろう。


 次に寄ってきそうなのは、揉み手をしながら牽制し合っている商人達だ。もちろんドロップ品の買い取り目当て。

 一級迷宮は低階層からそこそこの値段がつく物がドロップされる。他領の一級迷宮六十二階層でドロップした品には三億円を超える値がついた。

 (翻訳機により日本円に自動換算しております。優秀)

 しょうがないと思いながら姉が商人達を正面に捉える。


「ドロップ品買い取りはイングリス男爵主催によるオークションのみ、です。開催日は未定、詳しくは男爵までお願いします!」


 ふぅっと一息吐いて三人で迷宮入り口へと向かう。

 男爵にオークションの事など話していない。打ち合わせもしていない。何の事だ!? とあわてるだろうヴィクターに、ごめんなさいと心の中で謝罪する姉だった。



 イングリス一級迷宮入り口。

 弟が異世界で喚べるのか? と言いながらスペルを詠み始める。

 するとシナツヒコ様が目の前に降りて来られた。


「シナツヒコ様! ここでも喚べるのかぁ」


『いいえ、御祖様から見守るようにと言われこちらに来ているからこそ、ですよ』


「あ、そうなの? アメ婆ちゃんありがとー!」


たけかづちくらも連れてきていますからいつも通り、力を貸しますよ』


「ありがとうございまーす!」


『そ、その……アレはちゃんとお前に力を貸せているでしょうか』


「アレ? あ、カグツチ? うん、すげー助かってるよ」


 “近頃はちっともとぎに喚ばれんがな。うむ、飽いたか?”


『伽!? お前、なんて事を』


「ち、ちがっ! なんてこと言うんだよ! そんなことした事ねぇだろ!」


 “クックックッ。ヒコよ、我を想うてくれてありがとう、な。うむ、タケとクラもな”


『は、はい。変わられましたな。これもやつのおかげか』


 “旦那様とは相思相愛であるからな。うむ、イザナギに言うておけ。近い内、旦那様が一合まみえに参るとな”


『ふふ、わかりました。伝えましょう』


「なんてこと言うんだよ! 無理に決まってんだろ!」


 “今は、な。お前様なら大丈夫だ”


『ではソレを頼みましたよ。お伝えしたイザナギ様のお顔が楽しみです、ふふ』


「待ってー! シナツヒコ様ー! ぎゃああ! どうしようどうしよう」


 “さぁ、お前様よ。共に参ろうぞ。うむ、いつまでも一緒だ”


「うるせーよ。くっそー、今はボコボコにされる未来しか思い浮かばねぇけど……やるしかねぇ! 姉ちゃん、俺に先行させてくれ!」



「嫌です」


「ここはやる気になった俺の気持ちを汲んでくれるとこだろ!」


「では、早い者勝ちで」


「絶対負ける……」


 三人はあいあい……という事はなく、姉の早い者勝ちという言葉に人を殺せる形相で進んで行く。

 イサナと姉がツートップで斬り進み、弟が後ろからスペル攻撃をする。低中階層ではもはや作業だ。付いていこうとした探索者達はすでに振り切っている。

 先に入宮していた探索者も、PKではないと声を掛けながら追い抜き、二日目には早くも迷宮最高到達階層五十一階層を突破。三日目には八十階層に到達していた。


 そして四日目、百階層ボス部屋。

 三人の前にはこれまでとは一線を画したモノが佇んでいた。

 人型で大きさは人間と変わらない。青髪を逆立て青い甲冑を身につけている。手にはたんそうと片手剣、兜はない。ニヤリと大きく口を歪めながらわらっている。




『グフ、お前らがこの地に家畜を集めた家畜かぁ! よくやった、よくぞ魂を集め貢いだぁ! グフ、久しぶりの食事で休眠から覚める事ができたぁ!』


「寝ながら食えるんだ」

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