第98話 ロックウッド迷宮
ロックウッド王国、謁見の間。
ロックウッド王が三段ある階段最上段の玉座で来訪者を待つ。
伊崎は滝川と浅見隊長の前を歩き玉座に向かうが、その五メートルほど手前で立ち止まり、じろりとロックウッド王を見る。
左右に並んでいる貴族らが、不敬だ田舎者だと騒ぎ始めた。
その様子を見かねた玉座の一段下にいた老齢の男性が伊崎に声を掛けた。
「その者、玉座の前に」
ロックウッド王の顔を見つめたまま伊崎は動かない。
「玉座の前に進み、伏して待つように」
再度声が掛かる。それでも伊崎は微動だにしない。
この世界では不遜なその態度に騎士団が騒ぎ始める。剣の柄に手を掛ける者まで出始めた。
そしてロックウッド王がしびれを切らしたように声を発した。
「直答を許す。その者
「日本内閣総理大臣、伊崎純之介です。我が国では人に対して跪く事はありません。最敬礼を以てご挨拶とさせていただきます」
「無礼であるぞ!」
「田舎者が!」
横に並ぶ貴族達が口々に罵り始める。
「初めて会う国同士、仲良くやれるか敵対するかまだどちらとも言えない状況。私は対等な立場での謁見を望みます」
「予に降りて来いと申すか」
「我が国との何らかの約定をお望みならばお願いします。それが仮に我が国を属国にしたいという申し出であろうとも、です。初めて会う国の長を高い段から見下ろし、伏して待てとは愚者のやることに他ならない」
その言葉に騎士達が抜刀し始めた。貴族達は騎士達に恐れながら壁際まで下がっていく。
「そして愚者の国では、言葉だけに踊らされた部下が勝手に戦闘を始めようとする。相手がどの程度の武力かわかっていないというのに、です」
「予を愚者と申したか、予を」
「その国の
「貴様は何をしに来た。予の国と敵対したいのか」
「何をしに来たのかは相手を見て決めようと思っておりました。同盟、貿易、技術交換、そして敵対」
「宣戦布告という事だな? 国の長がわざわざ予の国まで来て愚かな事だ。このまま貴様を捕まえれば貴様の国は予の物となろう」
「なんと短気な……そして単純すぎる。たとえ私を殺そうとも何ら変わりなく
伊崎が我が国という言葉を強調して言う。ここで公人である伊崎や滝川、浅見が殺害されようとも攻撃はしない、という事だ。民間人と国土に対しての攻撃のみ反撃する。それが専守防衛。
この世界に海上拠点を築いたがそれは事実上、国土ではない。実際の国土はその下の日本迷宮からとなるが、それに攻撃できるオプションがあるとは思えない。
つまり伊崎の意図は伝わっていないだろうが、戦争には応じないと言っているのである。
「その者らを捕らえよ。騎士団はニホンへ向かい予の物とせよ」
ロックウッド王がそれだけいうと奥へと下がっていく。貴族達は我先にと逃げ始めるが、姉弟達を連れてきたイングリス男爵は弟が肩を掴んで逃げ出すことができないでいる。
「まぁまぁ、面白い物が見れるかもしれないぜ、ちょっと見とけって」
『伊崎も強いしね!』
「しかし、我が国の近衛騎士団ですぞ! たった三人では相手にならないかと」
「一人だけ服の違う人いるだろ? 俺らの国の軍服なんだけど、あの人を見とけよ」
「おや、ニホンの至宝であられるご姉弟ではありませんか」
そう声を掛けてきたのはフレイバーグ伯爵。これから戦闘が始まろうとしているのにも関わらずにこやかな顔だ。
「フレイバーグ伯爵!」
イングリス男爵が腰を折って礼をする。格上に対する最敬礼だ。
「こんにちはイングリス男爵。あなたも見学ですか」
「け、見学など。は、離してもらえず……」
男爵の目が肩に置かれている弟の手を見る。
「なるほど、一緒に見学しましょうか。実はそちらの方は我が領土にいらしてくださった
「そうそう、伊崎兄は人殺しはしないぜ。怒ったらこえぇけどな」
『イサナは伊崎なんか怖くないよ!』
「実に興味深いお国柄です。どのように国土を広げているのでしょうか」
「知らねぇけど、何百年も広げてないんじゃねぇの? 戦争も同じくらいしてねぇと思うし」
「海人様の国の他にも、海の中には国がありますので?」
「うーん、詳しい数はわかんねぇけど二百くらい?」
「二百もあって戦争を何百年もしていないとは! よほど海の中は平和なのか、手出ししようとも思わないほど圧倒的な武力なのか……」
フレイバーグ伯爵が思考の海に沈む中、伊崎らを近衛騎士団二十名が取り囲む。近衛と名の付くくらいだからこの国で精鋭にあたるのであろう。その鎧と剣は白く輝き、剣の構えも堂に入って美しい。
「円陣攻撃!」
一人の騎士が叫ぶと全員が剣を振り上げる。
弟は、攻撃する型を叫んであほじゃねぇのと呟いている。伯爵はそれを聞き、なるほどと頷く。
滝川を中心に残し、背を預け合った伊崎と浅見が身をかがめる。と、同時に足払いをかけていき近衛騎士団を転ばせていった。
「これは正当防衛だ。我が国からの攻撃ではないと承知しておけ」
そして三人は城をゆっくり歩いて出ていく。伊崎が姉弟を睨んで「ついて来い」と言ったが二人は無視する。イサナはあかんべーをしていた。
ついてくる気のない三人を見て舌打ちし、報告しろと言って出ていった。
イングリス男爵は呆然と見送る。フレイバーグ伯爵は、ふうむと何かを納得したように、男爵を含む四人を我が邸に行きましょうか、と誘い皆で城から出る。
男爵の馬車よりも豪勢で大きな馬車に全員で乗り、王都伯爵邸へと向かう。
城のすぐ傍にある伯爵邸は広く優雅な庭園を目の前にした二階建ての石造り。
応接室に通されそこでメイドが淹れてくれた紅茶をいただく。
「ヴィクターさんの方が美味しい」
「確かに、ヴィクターの紅茶美味かったな」
不敬な事を言う姉弟だが伯爵は気にせず、イングリス男爵に話しかける。
「ほう? イングリス男爵の紅茶はそれほど、ですか。これも美味しいと評判の物なのですが」
「いえ、これも美味しいです! 私共の物など足元にも及ばず」
『ヴィクターの方が美味しいよ! 神への供物にしてもいいくらい!』
イサナの言葉を聞き、伯爵は更に興味を持ったようだ。
「イングリス男爵。是非私に試させていただけませんか?」
「は、はいぃっ! ありがとうございます。では、早速!」
手元の迷宮鞄から茶葉を取り出し、自ら淹れ始める。茶葉の量、蒸らす時間を説明し、あらたなカップに注ぎ全員に配った。
「ほう? これは素晴らしい。先ほどの物がただの
「な、なんと伯爵様との航路を! ありがたき、ありがたき幸せ!」
イングリス男爵は床に膝を折ってお礼を述べる。
「では、そのように手配して行きましょう。お互いの利益になるような交易にしましょう。一方が損する形では長続きしませんしね」
「はいぃっ! ありがとうございます! 王様! ありがとうございます!」
伯爵にあらためて礼を言い、姉弟に向かって頭を下げる。
「王? 王であられましたか。大変御無礼をいたしました」
伯爵がそう言ってソファーから降り跪く。
「よ、よきにはからえ」
「まぁ、座ったら? 話しできねぇし」
弟の言葉に伯爵と男爵が礼を言ってソファーに座り直す。
「しかし、ニホンの方だと伺っていましたが何処の王であられるのでしょうか?」
「薩摩鹿児島国、です」
「日本の一部? なんだよ。伊崎兄は全部まとめる総理」
「なるほど、イサキニー様は総ての
「そ、そんな偉い方に、我が王はせ、戦争を」
「戦争にはならないと思うぜ。日本は海の中だしな。あ、海の中で戦争する事ってできる?」
「我が国には海中戦闘を想定した騎士団はありませんな。軍艦はありますが、海中への攻撃は無理でしょう」
≪こちら浅見であります。応答願います≫
弟が持つマップ端末に連絡が入る。うげーといいながら端末に向かって答える。
「はい、であります」
≪応答ありがとうございます。少々お待ちください≫
≪お前らぁー! なんであそこにいた! 今どこだ!≫
浅見の言葉の後に伊崎の怒号が聞こえた。
「なんでって、ヴィクターに世話になってて連れてきて貰った。今……誰だっけ? あ、フライハンバーグ定食さんとこ」
≪フレイバーグ伯爵だろ! 間違えんな、無礼だぞ!≫
「あ、あの。それは……?」
伯爵が姉弟に向かって聞く。先ほど城で聞いた声が小さな物体から聞こえるのを不思議そうに見ている。
「あ、これ? 携帯。伊崎兄と話す? ここ押しながら、話終わったら離すの」
「は、はい。フレイバーグで御座います」
≪は!? 失礼! 日本内閣総理大臣、伊崎純之介です。初めましてフレイバーグ伯爵閣下≫
「初めましてイサキニー様。面と向かってお話をしたいと思いますが、いかがでしょうか? ここには騎士団さえそうそう入って来られませんので」
≪はい。こちらも希望いたします≫
伯爵は伊崎の居場所を聞き、馬車を向かわせた。
しばらく待つと、伊崎と滝川と浅見が入室してくる。
互いに挨拶を交わし、男爵紅茶を飲むと落ち着いたようだ。
「イサキニー様。敵国爵位を持つ私が聞くのはどうかとは思いますが、これからどう動かれるおつもりですか?」
「敵国認定した覚えはありません。我が国はこれまで通り計画を推し進めます」
「我が国など相手にならない、と。計画とは何でしょう?」
「正確には相手にしている暇がない、という事です。計画は国家機密ですので話せません」
「そちらから見て我が国の騎士団、いえ軍事力はどうでしょうか? 率直な意見を伺いたいのですが」
「はい。申し上げにくいのですが、騎士団殲滅に三分、王都占領に十分と言う所でしょうか」
「そこまでの差が……あの空から来た鉄の塊も戦闘に使用できるのでしょうか」
「その鉄の塊が主力となるでしょう。制空権、空を制する者が勝利を左右すると言っても過言ではありません。王都占領作戦はすでに立案してあります」
「つまり、いつでもこの国を落とせると」
「はい。しかしその作戦行動はあくまで最悪の場合を想定しての事で、戦争を起こす気は全くありません。戦争している暇などないのです」
「我が国では戦争とは騎士とそれらを抱える貴族の名を上げる絶好の機会として、どちらかと言えば高尚な物。そちらでは物言いから忌避されている事なのですね」
「はい。戦争など愚かな行為です。同じ世界に住む人間同士が殺し合いをしてどうするのです。領土を広げる為ですか? 与えられた領土の中で努力すれば豊かになれる。先ほど言われた名を上げる為? それこそ阿呆がやる行為です。人を殺して名を上げてどうするのです。人殺しを褒める制度など許容できる物ではありません。もっと別の物で名を上げる事を目指せと言いたい」
フレイバーグ伯爵は自領が島という制約もあって、伊崎の話を確かにそうですね、と納得する。イングリス男爵は逆に自領の生産物を何故王都のアホウ共はわかってくれないのだと嘆き、一級迷宮を開いた神でさえ憎む。伊崎の言葉を聞き恥ずかしい思いだ。
「与えられた領土の中で努力する、確かにそうです。国もそうですが私の領地もまだまだ未開発の所が残されております。しかし人口が減る一方でその開発もままならないというのが現状です。イサキニー様の国はどれほどの人口があるのでしょう。人口減少は起こっていますか?」
「人口は約二億人、です。緩やかな人口減少が起こっておりますが、未だ民間に降ろしていない医療技術と迷宮対策をすればそれは止まると考えています」
「に、二億」
「二億!? そ、それは生産力でも圧倒的な差が」
「以前は他国からの輸入に頼りきりでしたが、現在では迷宮内での生産と研究開発を行っており、それと居住さえも迷宮内でできます」
「迷宮をそんな事に利用可能なのですか!?」
伊崎はこの世界での迷宮のありかたを知った上で敢えて情報を漏らす。
この世界での迷宮とは魔物を倒しドロップ品を得る為だけの神しか管理出来ない物。しかしそこに別の使い道があるのだ、という事を教える。
日本のような迷宮使用方法は異世界神達を倒した後になるだろうが、少しずつ希望という光を見せて行く事で、異世界神達がこの世界を縛っているのだという事実を明かしていきたいのであった。
「バロウズ様。ここの領主は王都に出向いており不在との事です」
「いいでしょう。ナアマ、部屋を用意なさい」
「はっ。お前、バロウズ様が滞在される部屋を用意しろ」
「こ、困ります。男爵様がご不在の間に素性のわからない者を滞在させるなど」
「貴様、バロウズ様を素性がわからない者などと。見ただけでわかるだろう! このお方こそ世界を統べる創ぞ」
「ナアマ、待ちなさい。そこのお前、私は紅茶を買い付けに来たのです。早速淹れなさい」
「は、はぁ。商人でしたか。どうぞこちらへ」
「これで私のスペシャルエンターテイメント浴場にまた一歩近づきました」
「はっ。しかし、なぜこれが浴場と関係が」
「紅茶風呂ですよ、ナアマ」
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