第97話 イングリス迷宮


 ロックウッド王国、王都。探索組合。

 現地通貨を得るため王都周辺の低難易度迷宮を踏破した姉弟がカウンターに並ぶ。

 こちらでの等級はわからないが、C難易度ほどの二十階層迷宮だった。

 姉弟とイサナで踏破したが、ここはひとりでもできると三人(面倒なのでイサナも人と数える)別々に数往復していた。


「はい、次の人どうぞー。探索証もねー」


 買い取りカウンターには二十代前半の赤毛ロングの女性が座っていた。毎日多くの人数を捌いているからであろう、その態度に愛想はなく事務的である。

 姉が探索者証を出す。それを手に取ろうと伸ばす手が途中でとまり固まる。


「え、ちょ、ちょっとこちらへー!」


 カウンターをジャンプして飛び越え姉の手を取り、奥の部屋へと連れて行こうとする。すごい身体能力、さすがは探索組合職員だ。

 弟とイサナは、なんだー!? と驚きながらも姉についていく。

 連れられた部屋には五十代ほどの白髪交じりではあるが、筋肉質のイカツイ男性が睨みを利かすように座っていた。


「支部長! こ、これ!」


 カウンターの女性が引っ張ってきた姉の手を差し出す。その手には探索者証がある。


「おう、クリスタル証か。久し振りに見たな。まぁ、座れ」


 クリスタル証とは、日本迷宮を踏破した時に黒証から変化した探索者証の事だと思われる。クリスタルガラスのように淡いブルーの透き通った探索者証になっていた。

 三人が座り、男性が茶でも持ってこいと言うと女性が飛び出すように出て行く。


「俺もそれなんだけど?」

『イサナもー!』


 弟とイサナが探索者証を見せる。男性は驚いた顔で固まっていたが、すぐに再起動する。


「一度に三人もかよ。何処から来た? 何処を踏破した?」


「あんた誰?」

『知らない人に情報教えちゃダメって伊崎が言ってた!』


「お、すまんすまん! 俺は探索組合ロックウッド支部長、ガークだ」


「よろしくー」

『よろしくー!』


「それで? 先の質問に答えてくれんか?」


「くれねー」

『くれねー!』


「むぅ。お前らの為でもあるのだがなぁ。この国でそれを持つ者は全員把握している。つまりお前らは超級迷宮を踏破した者か、他国の者となる。超級を踏破した話は聞いていない。他国の者が、特にそれを持つ者がうろつくと五月蠅い奴等がなぁ、多いのだ」


「タケルとナツという人を知りませんか?」


 姉が尋ねる。日本迷宮を踏破した両親もおそらくこのクリスタル証を持つはずだ。この国にいるならガークが知っているかもしれない。


「いや、知らんが? 知り合いか?」


「そう、ですか」


「ならいいや。買い取り早くしてくれない?」


「むぅ。このまま帰すと五月蠅いのが寄ってくるぞ? さっきの様子だとそれ見せながらここへ来ただろう? 見た奴が多いからな」


「寄ってきたらやっつけていい?」

『やっちゃうよー!』


「探索者なら別に構わんが、貴族が来るとな、そうもいかん。お抱えになりたいのなら何も言わんがな」


「なりたくねぇー」

『誰もイサナを縛れなーい!』


「ならさっさと出て行け。そうじゃないと……ちっ。遅かったぞ」


 ガークが言い終わるか終わらないかのタイミングでドアが勢いよく開けられる。


「クリスタル証を持つ探索者は……貴様らか! 専属にしてやる。ついてこい!」


 そう叫びながら入ってきたのは三十代ほどの男性。身なりの良い格好で金髪、顔は普通。偉そうな態度であるがそれが板についていない。背は低い。


「だれ?」


「イングリス男爵だ」


 弟の問いにガークが答える。声のトーンからあまり良い感情を持っていないようだ。


「ついていかねぇー」

『知らない人に付いてっちゃダメって伊崎が言ってた!』


「貴様ぁ。イングリス家の専属探索者にしてやろうと言うのだ。栄誉に歓喜し喜びに震えよ!」


「おことわりー」

『お前こそイサナを汚い目に映せた栄誉に歓喜して喜びに初穂料を供えろ!』


「イサナそれ恐喝じゃね?」


「平民が貴族の命令に断るなどありえん!」


「断れないの?」


 弟がガークに向かって聞く。うむ、と頷いて答えてくれるガーク。


「貴族の言葉には逆らえん。それだけの権力がある。逆らうと、良くて無礼討ち。悪くて無礼討ちだな」


「どっちも一緒じゃん!」


 黙って聞いていた姉が立ち上がる。そしてその体をイングリス男爵に向ける。


「うむ。ようやくわかったか。よし、ではついてこ」


「私は薩摩鹿児島国まおう。お前は(ま)おうに対してその態度を何とする」


「お、王……? お、お前が?」


「無礼討ちにせよ!」


 姉の言葉に乗っかった弟とイサナが刀を抜く。姉はその身からマナを人の目に見えるほど濃く出現させ、オーラを纏うように見せている。

 だが、そのマナは黒い、黒いぞ姉。


「ひ、ひぃっ。た、大変失礼致しました! 王とは知らず! ご容赦を!」


 男爵は膝を折り、手を合わせて祈るように謝罪し懇願する。


「ここでは、良くて無礼討ち、悪くて無礼討ち、だな?」


 姉が確認するようにガークに問いかけた。


「あ、ああ」


「申し訳ありませんーっ! お許しを、お許しをー!」


「では、貴様の命の対価を見せて貰おう」


「はーっ! 何なりと!」


「まずは滞在先を用意せよ」


「はいぃっ! 王のご滞在を是非我が邸にて! 光栄で御座いますーっ! こ、こちらへ!」


 イングリス男爵を先頭に姉弟とイサナが出て行く。ガークはぽかーんと見ている事しかできなかった。


 男爵が乗ってきた馬車に乗り、イングリスも同乗しようとした時に姉が、貴様「おう」と同乗などどういうつもりだ? と言うと、走ります! 何処までも走ります! と馬車に併走し始める。


『母様、かっこいい!』


「イサナは姉ちゃんなら何でもいいんだろ」


『うん!』


「しかし面倒な事になりそー。なんでまおうとか言うかなぁ。ここ伊崎兄が国交しに来るとこだろ? ばれたら絶対怒りそう」



 三十分ほど馬車は走り一般の家よりは大きいかな、という程度の邸宅に到着する。貴族という割りにはあまり裕福ではなさそうだ。

 馬車から降り五分ほど待つと息を切らしながら一生懸命走ってくるイングリスが見えた。


「ぜぇ、はぁはぁ。はぁはぁ。こ、ここが我が邸で、はぁはぁ、御座います」


 うむと姉が頷き返す。


「はぁはぁ、おい、すぐにお部屋を用意させろ! すぐにだー!」


 出て来た使用人に告げ、こちらですと三人を応接室へと案内した。

 応接室は普通。がんばってる感は、ある。ちょっと何かが足りない、もうちょい惜しい! という感じだ。

 中央のソファーに座って待つとメイドが紅茶と菓子を持ってくる。

 その場で淹れてくれ一口飲んだ。男爵は立っている。


「あ、おいしい」


 素の姉の口調だ。その声に男爵の顔が、喜びにほころぶ。

 産地を聞くと自領地だと言う。王都へ売り込みに来ているが、僻地の男爵領産など誰も相手にしない、らしい。

 探索組合の目の前にある軽食店に売り込みをしていた所、クリスタル証を持つ探索者が現れたと耳に入り飛び込んできたという。

 それというのも、自領地の迷宮は僻地な上に難易度の高い一級迷宮。なぜこんな僻地に一級などと毎日神を恨み、少ない探索者を持て成しながらなんとか領地を保っている状態との事だ。

 そこで一発逆転のクリスタル探索者。その探索者を抱えているというだけでも領地に人が来る。更に一級迷宮に入って貰えればドロップ品も期待できるのである。


「がんばってんだなぁ、ヴィクター」

『ヴィクター頑張ってる!』


 男爵は、ヴィクター・イングリスと名乗った。家名ではなく是非、名をお呼び下さいとの事でヴィクターである。


「だからといって俺らがそこに入宮するかと言えば」

『あまーい!』


 何なの、このコンビ? と思いながら姉も頷く。


「お、王に入宮など、畏れ多くて申し上げられません! どうぞここでごゆっくりお過ごし下さい」


 必要な物は何なりとメイドに申しつけてくださいと言って、ヴィクターは部屋から下がっていった。

 近く、他国の王が来訪されるとの事で貴族に召集がかかったという。まさか貴方様の事では!? と問いかけられたが、違うと答えるとほっとしていた。

 王に無礼を働いた事もさることながら、国賓となると家を取り潰されかねないからだ。


「他国の王、だってよ」


『伊崎の事だよねー!』


「やっぱめんどい事になりそー」



 そして日本内閣総理大臣伊崎純之介がロックウッド王国王都へと来た。

 外務大臣がまずは私が行きますよ、と提案したが伊崎は頑として首を縦に振らなかった。


 伊崎は、異世界を堪能したかったのである。


 海上拠点を造り、姉弟を含む浅見部隊が偵察に出ると聞き、何度自分も行くと言いたかったか。思い直して総理権限をフルに使ってでも行こうとした伊崎を滝川が何とか止めた。

 しかし今回の来訪は止めることができなかったようだ。


 無音ヘリコプターで王都前まで乗り付ける。初めて見る空飛ぶ鉄の塊に、待機していた護衛の兵士達は腰が引けながらも防衛陣を組んでいたが、伊崎らが降りてくると神の御業かと全員平伏す始末だった。

 そして用意されていた馬車に乗る。街では歓迎ムードの、さながらお祭り状態だ。

 王宮までその状態が続き、謁見の間へと入る。そこにはロックウッド王国のほぼ全ての貴族が並び、待ち構えていた。

 左右に貴族が立ち並ぶ中、赤い絨毯の上を歩いて行く伊崎。

 ふと横を見ると姉弟とイサナの姿があった。何度見返してもあの三人だ。

 なんでここに!? という顔をする伊崎に、弟とイサナがにこやかに手を振りながら写真を撮っている。伊崎は“あとで覚えていろ!”と口パクで告げる。


 そしてロックウッド王との謁見、歓迎式典が始まる。




「ねえちゃん、つまみ一皿追加なー」


「貴様、何度言えばわかる馴れ馴れしいぞ」


「ナアマちゃん、ダメですよー!」


「ちっ。店主。こいつにつまみ追加だ、そしてつまみ出す」



「ふむ、ふ……む? これは! 芳醇な香り、程よい渋み、ファーストフラッシュダージリンに勝るとも劣らぬ! このような所で出会うとは。ナアマ」


「はっ」




「次の行き先が決まりました。この紅茶の出所を調べなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る