第96話 フレイバーグ迷宮二
都市フレイバーグ。伯爵の城。
「ここまで話をしておいて今更でありますが、私共は
突然の浅見の言葉にライオールは驚愕しているが、フレイバーグ伯爵の様子は何ら変わりがない。
「ニホンという国でしたね。それは何処にあるのですか?」
「この島からあちらの方向に船で三日、いえ六日ほどでしょうか」
浅見はこれまで見て来た情勢から、船の進み具合を考慮して答える。機械類は見当たらない。中世代の頃だと予想するに帆船だと思われる。
「その方角は幾度も船を出させていますが、何も見つかっておりません」
「あらたに海上に拠点を設営いたしました。本国は、んん? 海の中と言えばそうなるのか」
終わりの方は呟くように言い、考え込む。日本迷宮三百階層の先は海だった。海中に迷宮があると言っても過言ではない。
「なるほど! 私共は海人のように恵みをもたらす存在ではありませんが、交流を持つことはできます」
「アサミ様がおっしゃりたい事は一方的な享受ではなく、人と人、街と街、国と国との対等の関係を望んでいらっしゃる、と」
「はい。私にその権限はありませんが総理、国を治める者もそのように考えると思います」
「もうこれ、伊崎兄連れてきた方が話し早いんじゃねぇの?」
これまでずっと黙って聞いていた弟(難しい話だったので口を挟めなかった)が、しびれを切らしたように言う。
「イサキニーという方は?」
「国を治める者です。確かにその方が話しは早いが、安全を確認できていない」
浅見が弟を諭すように言うが、弟は見たところ安全だよなぁ? と伯爵に向かって言う。
「まぁ、王は早々動かれるものではありませんし、王を迎えるとなると……」
伯爵が、道の改修、街の修繕、パレード、などと呟いている。確かに日本でも他国の代表者を迎えるときは盛大に歓迎するが、浅見らは伊崎総理にパレード? 似合わないと少し微笑む。
「私は国を守る者であります。その立場の者が国交や政治に口を出すのは危険です。やはり私共では判断できません。しかしながら伯爵様は我が国と交流の意思があると考えてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。まず話をしないと敵か味方かわかりませんしね」
「はっ。ではこの件は早速持ち帰り報告します」
「ええ、しかしそう急がずとも私の街を見ていってください。私が言うのも何ですが、良い街ですよ。その事も報告してくださると嬉しいですね」
「はっ。ありがとうございます」
「滞在はこの城をお使い下さい。使用人を一人つけますのでなんなりと申しつけて下さい」
姉は両親の事を聞きたかったが、浅見はまだ両親が日本迷宮を踏破しこの世界にいる事を知らないはずだ。このまま浅見が自分達に付いてくるならば、その事を話す許可を伊崎に求めるか、駄目だったならば浅見を振り切るしかないと考える。
それから少しだけ談話し、伯爵は部屋から出て行かれた。ライオールは警護の為に残ると言う。
「ねぇ、メイドさん。名前なに?」
『叔父ちゃんがナンパしてるー!』
「ちげぇし! お世話になるんだから名前知っといた方がいいだろ?」
『何のお世話ー?』
「ゼナと申します」
「あ、あのゼナさん。その服は支給品です、か?」
談話中もメイド服をじっと見ていた姉がここぞとばかりに聞いた。
「はい。伯爵様より賜りました。私はゼナとお呼び下さい」
私もここのメイドに……と呟く姉を立たせ、皆で街に出ようという話になる。
ゼナも連れて行こうと彼女を引っ張る姉だが、本当に困りますという彼女の懇願に弟が解放してあげた。姉は後ろ髪を引かれる想いで渋々城を出る。
そして護衛と案内にと甲冑から普段着に着替えたライオールが付いてきてくれた。
人々は欧米顔で黒髪は少ない。体格は変わりないが筋肉質の者が多く、半数が武器を装備している。聞けば、この島にも迷宮がいくつかあると言う。
「行きましょう」
姉が浅見に向かって言い、イサナが行こー! 行こー! と煽る。
「却下。私達は調査が目的です。今回は諦めて下さい」
「迷宮を調査、します!」
「屁理屈こねないで下さい。どのような危険度の迷宮か、ここの探索者がどのくらいの強さかもわからないのです。日本の至宝に何かあったら困ります」
「至宝って」
「至宝って柄じゃねぇよな」
迷宮に行くことは叶わなかったが、一行は街歩きを楽しむ。しかし文字が読めない。イサナは読めるようなので浅見と調査班がひとつひとつ記録しながら、言語解析と同じようにデータを送り続ける。
「イサナ殿、あの看板は?」
『えっとねー、探索組合!』
「ふむ、自治会のようなものでしょうか」
「げーっ、こことは関わり合いになりたくねぇな」
良いイメージのない自治会と同じような組織かと思われる組合に弟が苦い顔をする。
まぁ、そう言わずにと嫌がる弟を引き込み、その建物に入っていく。
中には十数卓のテーブルがあり、ほとんどの席が埋まっている。壁際には何かを書き込まれた紙がびっしりと張り巡らされており、それを眺める人々は全員武装している。
奥には木製のカウンターに並ぶ人々、それが三列。皆、手には迷宮鞄を持っていた。
「ライオール殿。ここはどういったシステムでしょうか」
一通りチェックした浅見がライオールに問いかける。
「壁に貼ってある紙はパーティー募集、テーブルで待機しているのがその募集しているパーティーだ。カウンターに並んでいるのがドロップ品の買い取り待ちだ」
「各迷宮入り口での買い取りは無いのですか?」
「何を言っている、そんな事をしたら管理が大変だろう。人員も一日中必要になるしな」
「では迷宮自体の管理はどなたがされているのでしょうか」
「神に決まっているだろう? あれは人が扱えるシロモノではない」
日本での扱われ方と随分違うようだ。日本では各個人・企業・自治体管理の下、買い取りと納税、利益回収を各個で行う。それは自由に開設できるからというのもある。
ここでは探索者が取得したドロップ品買い取りは一括で行い、迷宮は神が管理する。
ならば、迷宮を踏破すればそこに管理者である神への手がかりがあるはずだ。
姉弟は互いに顔を見て頷き合う。両親を探すのはもちろんだが、人の魂を喰らう神など放置してはおけない。その考えは伊崎と同じだった。
姉が意を決したようにライオールを見つめ、聞く。
「迷宮へは自由に入れるのですか? 踏破されていない迷宮はありますか?」
「入れる。この島のほとんどの迷宮がまだ踏破されておらん」
「私が入宮しても問題ありませんか?」
「う、む。ないと言えばないのだが、危険だぞ。海人様に何かあったら困る」
「迷宮によって難易度が変わりますか?」
「変わる。十一段階の難易度がある。初心者は十級迷宮から入る事を組合が推奨している」
「駄目ですよ。先ほども言ったとおり、今回は調査です。一度本国へ戻りましょう」
今にも飛び出さんとする様子の姉を浅見が止める。
姉は舌打ちをしながら、ではメイド服で手を打ちますと言ったが無視された。
「ねえちゃん、ビール三つなー」
「貴様、馴れ馴れしく声を掛けるな。殺すぞ」
「ナアマちゃん! お客さんにそんな言い方したらダメー!」
「いやこれがクセになりそうでいいんだよなぁ」
「ほんとほんと、慣れたらもう最高」
「おい店主。クズ共にビール三杯だ。値段も三倍でいいぞ」
「はーい。ビール三杯三倍でー!」
「ひでぇ!」
「だが仕方ない! ナアマちゃんが運んでくれたビールにはその価値がある!」
一方、バロウズは鼻歌を口ずさみながら皿洗いをしていた。意外と家事がお好きなバロウズ様だった。
浅見らは一度日本へと戻る。言語、文字、文化など持ち帰った情報は多い。その情報と偵察衛星による撮影から世界地図を作り上げ、各国の力関係を予測していく。
日本をこの世界へと転移させることをまだ周知していないが、各分野の有識者達に国交樹立と文化的侵略、そして有事の際のプランを作成させている。
その者達は情報漏洩を防ぐため専用の迷宮を開設しそこへ監禁状態だ。迷宮であれば携帯端末は使えないし、管理者権限によって退宮さえできない。刑務所と同じであるが、彼らは未知の世界への探究心に進んでプラン作成を行っている。
総理官邸。執務室。
異世界から戻った姉弟達を総理がよくやったと迎える。浅見も同席し敬礼で返す。
「それで、向こうは国交の意思ありと?」
「はっ。一領地でありますので国交となりますと王都へ赴くことが必要かと思われます」
「これか」
浅見の言葉に伊崎が一枚の写真を出す。それは上空からロックウッド国王都を映した物。フレイバーグ城の数倍はありそうな大きな城を中心に街並みが広がる。
「見たところ、二十万人都市と言った所か。他の国も似たような様子だな。この世界は人口が少ない。異世界神がこちらに目を付けるわけだ」
日本で言えば「渋谷区」「つくば市」「都城市」「鈴鹿市」といったところだ。
「異世界神、でありますか」
「浅見、極秘事項だ。これから言う事はその胸の内に秘めよ」
「はっ」
伊崎が浅見にこれまでの経緯と異世界神の目的、姉弟の両親が日本迷宮を踏破していることなどを告げる。浅見の顔が怒りに変わっていく。常に冷静な判断で涼しげな顔を保っていた彼でさえ、異世界神の目的に激怒する。
「今、この時も日本人の魂が奴等に!」
「そうだ。そしてそれは向こうの世界の人々も同じだ。そこの姉弟によると我々を家畜と呼んでいる。向こうと日本は奴等の牧場とでも思っているのだ」
「伊崎総理! 出動命令を!」
「何処に?」
「もちろん向こうの世界であります! そして異世界神を!」
「で、奴等は何処に居るというのだ」
「そ、それは……」
「向こうの迷宮には何らかの手がかりがあるはずだ。……あって欲しい、だな。それを姉弟に協力願っている。日本人である両親探索もな」
「そうでしたか。それでは、これからの動きはどうされるのでしょうか」
「姉弟には自由に動いて貰う。こちらの動きを異世界神共に察知されると困る。そして日本は国土ごと向こうへ行く」
「は? え? 国土……地球から日本が無くなると」
「そうだ。この地球において日本はすでにやっかい者なのだ。ならば向こうへ行き世界を丸ごと頂こうじゃないか」
「我が国は専守防衛を貫いておりますし、自分はそれを誇りに思っております!」
「わかっている。こちらから戦争を起こす気はない、専守防衛は貫いていく。文化的世界侵略だ」
そして後日、伊崎は日本全土を迷宮化し完全鎖国を実施した。
数年にわたる全土迷宮化計画によって、各家庭・企業全てにケーブルが引かれている。実施すると電波・無線が使用できなくなるために、テレビやラジオ、携帯端末などが使えなくなる事を防ぐ為だ。
一時的に不便にはなるが、一定距離ごとに携帯端末を接続するステーションが設置され、GPSを使用したナビはすでに道路接触型に置き換わっている。
車のタイヤを改良し、タイヤを通じて道路に埋め込まれたラインから情報を吸い上げ、これまでと何ら変わらない物となる。
無線タイプのヘッドホンやマウス・キーボードが使えないと文句が押し寄せる中、それらを打ち消す発表をする。
【日本迷宮最上階層の先に異世界への入り口があった】
【政府は先遣隊を派遣し、国交樹立を目指す】
数枚の写真と共に報道され、日本中を沸き立たせた。
メイドのゼナの写真(目線付き)も含まれ、メイドブームが再燃する。
そんな中、姉弟とイサナは独自に動く許可を貰い、再び異世界へと向かう。
日本人(海人)という事を隠し、現地人として振る舞う。
任務はある。伊崎も願う両親の捜索、それと異世界神への手がかりだ。
「行きましょう」
『行こー!』
「姉ちゃん、イサナ。メイド服はやめとこうな」
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