第95話 フレイバーグ迷宮


 島イチ(仮称)。集落。

 歓待を受け是非うちに泊まってくださいとオードから申し出があったが、丁重にお断りし集落の外に天幕を張る。交代で警戒しながら夜を迎え、翌日の昼過ぎに二台の馬車と三頭の馬がやってきた。


「フレイバーグ伯爵騎士団団長ライオールである! うみびといずか!」


 その馬から銀色の全身甲冑に帯剣した人物が降り叫ぶ。声からして男性だ。


「私は日本国自衛隊特殊作戦群隊長浅見であります。お目にかかれ光栄であります。ライオール団長殿」


 一晩で言語を解析しそのデータを自動翻訳機に送信していた。何しろ日本にはマナコンピュータがある。量子コンピュータよりも速い処理速度だ。言語学者が曖昧な表現などを訂正し、問題なく集落の人々と会話ができる事を確認していた。


「よくぞ来られた海人よ。都市フレイバーグへ招待したい。今すぐ出立は可能か? ああ、すまん! 俺は根っからの軍人で言葉遣いを知らん。無礼があったならば許して欲しい」


「構いません。私共も三名を除き国を守る者であります。出立はすぐにでもできますが、同行は五名とさせていただきたい」


「おお! あなたも軍人だったか。ならば少し手合わせ願えないか? いや、突然の事を申して失礼だとは重々承知している。それをわかった上での事。なにしろ我々は島から出る事もなく、島へ軍人が来る事もなく、我らの力がどれほどのものか測りかねるのだ」


「なるほど。では模擬訓練という形でいかがでしょう。お互い模擬刀を使うという形式で」


「ありがたい!」


 ライオールが心からの感謝を述べている。客人を迎えに来たのに模擬戦をするとは失礼な行為ではあるが、浅見は情報収集になると判断した。この地の者がどれほどの強さか、また敵対したときに自衛隊が対抗できるのかここで測ることができる。

 更に相手は騎士団団長。この島で強者に分類されると思われる。この者に対抗する術なく負けるようであれば、対策を練らなければならない。


 ライオールが右手を掲げるとそこに模擬刀が出現する。何もないところから現れたことに注目していた皆が驚く。


「ライオール殿。今、行ったのは?」


「うん? 模擬剣装備であるが……これではまずかったか?」


「いえ、私共はその行為を見るのが初めてでありまして」


「おお! そうであったか。探索証は持っているか?」


 探索証の事だと思われる。浅見は首から提げていた自分の物を服の中から出し、これでしょうか? と見せる。


「おお、そうだ。それにあらかじめ登録しておけば装備する事ができるのだ」


 探索者証の使い方は同じのようだ。日本でも同じようにあらかじめ装備を登録しておき、迷宮で切り替える。異世界神のシステムだから同じであるというのも当然だ。


「失礼しました。私共は探索者証に触れながら行うものでして、魔法かと思いました」


「はっはっ! 魔法で物は製作できぬ。炎や風など攻撃に使うものであるしな」


 日本ではスペルと呼んでいる物がここでは魔法という言葉のようである。いろいろとすりあわせが必要だ。


 浅見は小銃を部下に預け、用意されていた銃剣を模した木剣を受け取る。


「ほう? 変わった剣の形だな?」


「はい。銃剣と言います」


「どのように振るわれるかわからんが、では手合わせお願いする!」


「いつでもどうぞ」


 二人が対峙する。ライオールは両手剣で胸元くらいまでの長さがあり、上段に構えている。

 浅見は剣の後ろ部分とそこから五十センチほど離れた剣の中間部分を握り、中段構えだ。 ライオールが一気に踏み込み、上段から振り下ろす。それを上へ弾き飛ばし剣先を喉元に突きつけた。達人であればあるほど一合で終える事が多い。

 しかも浅見は銃剣術の相当な使い手だ。極めれば無敵と言われる銃剣術はどのような攻撃への対応もできる。特に浅見は後の先カウンターに長けている。先ほどの攻撃は小手調べではあろうが、だいたいの相手の力量は見極めた。探索者級で言えばA級と言った所だ。


「むう。これほどの使い手とは。もう一合お願いする!」


「はい。いつでもどうぞ」


 今度は本気の一撃だろう。中段に構えた剣を先ほどとは全く違う速度と軌道で振る。

 浅見は銃剣の中程で絡め取るように受け、ライオールの胴を目掛け蹴りを放つ。

 ぐぅっと発しながら弾かれるように下がっていき、剣を収めた。


「礼を言う。かなりの使い手、いや俺が弱いのか。何にしろ我々はまだまだ力が足りぬようだ」


「いえいえ、ライオール殿はお強い。私の部下で敵う者は少ないでしょう」


「アサミ殿は貴国ではどれほどの使い手であるか?」


「国の守り手の中では、一、二を争うと思いますが、今回の部隊の中では四番目でしょうね」


「なんと、さらなる使い手がこの中に!」


 ライオールが驚きを隠せず、どの者かと探すように視線を動かす。

 ぼーっとしている男性、これは違うだろう。

 その者にちょっかいをかけるように蹴りを入れている子供、これも違う。

 子供を見守るように微笑んでいる女性、違う。

 ならばアサミと同じ服装である者の中の誰かかと探す。


 浅見は答える事はなく、行きましょうかと声を掛けた。



 都市フレイバーグへの道中、馬車内。

 同行する者は姉弟とイサナ、浅見と調査班の五名。

 他の者達は見つからないよう離れて車両で追いかける。

 ライオールをまだ信用はしていない。何があっても対処出来るよう指示を出し、艦艇『あしはら』から対地攻撃の準備もさせている。しかし、あくまでも専守防衛。攻撃を受けるまではこちらから手を出さないよう厳命している。


 道中に現地人といろいろすりあわせをしたかったのだが、馬車内は日本人五名だけだ。しかし良いことでもある。馬車内から指示を出し、マップ端末に落とし込めなかった情報の入力もできるからだ。


 四頭立ての馬車速度は意外と速い。夕刻前に出発した馬車は朝焼けが出る頃には都市フレイバーグへと到着した。夜通し走る事を申し訳なさそうにライオールが頭を下げ謝罪してきたが、浅見は慣れていますからと快諾していた。


 休憩の間に聞いた情報によると都市フレイバーグは約五万人規模。

 日本で言えば、「石狩市」「京丹後市」「日南市」「常滑市」あたりの規模だ。

 フレイバーグ伯爵はロックウッド王が治めるロックウッド王国に属する。王都は船で二日ほど航海した先の大陸にあり、世襲君主制。

 フレイバーグ家は代々有能な当主を輩出しており、領地の立地もあってどの派閥にも属することはない。その昔、有能さ故に辺境の島へと追いやれた、らしい。(全てライオール談)


 浅見が情報入力を終える頃、都市が見えてきた。

 へいも堀もなく何処からが都市の始まりかは曖昧だ。農地が広がり、そこを過ぎると街並みが目に入ってくる。

 美しい中世代の街並み。石造りの建物は三階建てが一番高く、平屋が目立つ。道は街に入ってすぐは土が固められた物であったが、中心部へいくと石畳に代わってきた。

 そしてその中心部に白く輝きそびえ立つ城。

 その城にだけは石造りの塀と堀があり木製の橋がかかっているが、両端に鎖が見えた事から有事には上げられるのであろう。


 その橋を馬車が駆け抜け城門を抜ける。美しく整えられた庭園を横目に馬車は城の正面へと付けられた。

 貴賓室と言ってもいいほどセンスの良い調度品の整った部屋に通され、メイドが紅茶を入れてくれた。姉がじっと見つめている。弟も本物のメイドを興奮気味に見つめている。制服マニアの姉はその服を手に入れられないか考えている。見られているメイドは少し恥ずかしそうだ。


「本物、本物の制服……」

「本物、本物のメイド……」


 ぼうっと見つめているような二人でも個人端末での撮影は忘れていない。もちろん許可を貰ったが、写真・動画という技術がないのであろうこの世界の人には意味がわからず、はいと頷くしかなかった。


「制服を脱がして、あとは」

さらう、か」


『浅見おじちゃん、母様と叔父ちゃんをとめてっ!』


「ははは、本気ではないでしょう。大丈夫ですよ。え? 大丈夫ですよね?」


 浅見が二人を見ると戦闘時の目だ。これは本気!?


 伯爵という貴族位がどれほどの物であるかわからない現在の日本ではあるが、礼を尽くそうと浅見は金色の飾緒のついた第一種礼装で迎える。同行している調査部隊の一名は飾緒はないが第一種礼装、姉弟はスーツ、イサナも姉の真似をして同じ色のスーツを御業で造りだした。

 しばらくするとノックされてライオールが入室して来る。続けて紺色の落ち着いた所謂貴族服を着た男性が入室してきた。

 ライオールが貴族服を着た男性の紹介を始める。


「こちらがフレイバーグ伯爵だ」


「初めましてうみびと様。トビアス・フレイバーグと申します。ロックウッド王より伯爵を賜っております」


 優雅に礼をし、ニコリと笑う。四十代と思われる美中年、というよりは愛嬌のある少しふっくらとした顔立ちだ。


「自分は日本国自衛隊特殊作戦群隊長浅見であります。こちらは調査班の者、そして日本国の至宝特A級探索者の姉弟とその娘であります」


 浅見が敬礼をし紹介する。

 座って話しましょうという伯爵の言葉に皆がソファーに座る。ライオールは伯爵の後ろに控え立ったままだ。


「海人様にも国という制度があるのですね。本来、国賓は謁見の間でお迎えするのですが、伝説に名高い海人様を玉座の高い位置からお迎えするのも失礼かと思いまして、この部屋で謁見させていただくこととしました」


「お気遣いありがとうございます」


 伯爵は誰とでも友になれるような温和な話し方だ。伯爵という地位は高い部類の入るのだろうが、それを鼻に掛けていない。


「海人様は何か目的があって来訪されたのですか?」


「はっ。地上調査が目的であります。私共は先遣隊でありましてこの地の文化、言葉、制度などを知りたく参上致しました」


「調査、だけですか?」


「はっ。決して地上を手に収めようとか攻め込もうなどという考えはありません。しかしながらこちらでもそうでありましょうが、攻撃されたら反撃の準備はあります」


「まぁ、確かに。やられたらやり返す、というのは当然でしょうね」


 浅見の牽制を気にも留めず、にこやかな対応だ。反撃と聞いてどう反応するか見たかった浅見であるが少し拍子抜けではある。まだ隠している部分もあるであろうが。


「質問よろしいでしょうか」


「はい、何なりとどうぞ」


「海人という言葉は初めて耳にしました。こちらではどう伝わっているのでしょうか」


「ここは海に囲まれており、住人は何らかの形で海と関わっています。漁、塩、航海、時には嵐に備え、その嵐によってもたらされた見た事も無い魚介類など、海は切っても切れないものとなっています。島の特産品も他では見られない海の恵みによる物が多く、おかげで国の中でも経済状況は非常に良い領地と言えるでしょう」


 伯爵の言葉にライオールがうむと頷く。


「その全ての恵みをお与えくださるのが、海の中に住まわれている海人様と信じられております。豊漁も無事な航海も、嵐でさえ海人様が起こしておられる。それがこの島に伝わる海人様です」


「なるほど、ある種の信仰という事ですか」


「そうです。海人様信仰がありますので、この島にはカエフ教の教会はありません」


「カエフ……」


「国で最も信者の多い宗教です。迷宮での加護をお与えくださる神として、探索者の多い我が国では信者が多いのは当然と言えば当然ですね」


「迷宮、ですか」


「ご存じありませんか? ライオールからは探索証を持っていらっしゃって、彼よりもお強いと聞きましたが」


「いえ、存じております。我が国とこちらでのあり方についてすりあわせをしておかないと、話が通じない部分もありまして」


「なるほど、確かにそうです。文化の違いもさることながら、最も大事な迷宮の話をしなければなりませんね。迷宮なしでは生きていけないほどですしね」


 そうして伯爵と浅見の話は続き、迷宮のことも聞き出すことができた。

 この世界においても迷宮は重要な位置にある。それはすでに生活の一部であり、国を動かす原動力となっている。

 各国には同数の全く同じ迷宮がある。優秀な探索者がどれほどのドロップ品を持ち帰るか、どれだけの迷宮を踏破しているかが国力となっていた。

 その事からも優秀な探索者を抱える国イコール強国、という図式である。

 国が滅びれば迷宮も閉じられる。国が興れば迷宮が開く。

 異世界神はこうして国同士を競わせることで迷宮へ誘い、死亡率を上げているのであった。

 日本では迷宮開設が自由にできる事はまだ黙っておく。これがどういう火種になるかわからない。良い方向に動くとは思えないからだ。




『ピエール! ピエール!』


「ツクヨミ様、あまり興奮なさると私のようになりますよ」


 そう声を掛けるピエールの顔は鼻血で真っ赤に染まっている。

 とある国の騎士団演習を見たツクヨミ様とピエールが大興奮まっただ中だった。


『決めました』


「はい」


『この騎士団は理想的です。私の騎士団に相応しい! 私がこの騎士団に入り、見事革命を起こしましょう!』


「いえ、革命を起こすのはどうかと思いますが、入団はいいお考えだと思います」


『飛び散る汗、脈動する筋肉、なんという世界。私の理想郷!』


「すでに入団要項を入手しております」


『さすがです。意を汲む従者、見事ですよ』


「ありがとうございます」



『ふむ、ふ……む? 貴族しか入団できない、と』


「はぁ……一般人は騎士団ではなく、警備隊ですね」



『では、家を興します!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る