第94話 異世界探索と迷宮


 日本迷宮、二百九十九階層自衛隊拠点。

 未だ姉弟とイサナは迷宮内にいた。調査部隊がまだです、まだ、もうちょっと! と学者肌の調査部隊の興味は尽きることが無く、異世界の調査に没頭しているからであった。


 三百一階層に巨大海上拠点(しょっぱかったので仮に海とした)を据え、調査研究施設を設営。すぐに迷宮化しようと試みたができなかった。しかし国旗を立てた後に再度試してみると拠点が迷宮化された。この世界ではどの国も領土を主張していない地域に国旗を立てるとできるのかもしれない。切り取り次第、戦国時代か。

 海上拠点の壁にエレーナに頼まれていた会社のロゴプレートを飾って貰った。国の施設ではあるが、踏破した姉弟の願いとあって快く了承してくれた。


 無線・電波が使用できる事がわかり、簡易人工衛星を複数打ち上げこの世界『ゼディーテ』が球状であると判明。その大きさもわかった。

 ただやはり迷宮化した拠点内では無線・電波の使用はできず、急遽海上拠点迷宮外に一区画増やしそこを無線電波基地とした。


 仮座標として拠点を緯度経度ゼロ度とし、GPS通信衛星を数十機打ち上げて、通信機を兼ねたマップ端末の使用ができるようになる。

 次に偵察衛星を打ち上げ、大陸、島、都市などを発見。それらをマップに落とし込み端末で使用できるようにした。

 そしてここの空気は人間に害はないが、マナが微量に含まれている事が分かり迷宮外でも迷宮武器・防具、さらには迷宮鞄が使用できると調査結果が報告された。


 また、日本迷宮管理者権限が復活した。上層階にいた異世界神を消した為と思われる。

 これにより物資や人の往来が一瞬で済み、拠点設営と衛星機材などの搬入時に早速役立っていた。

 伊崎を日本迷宮管理者とし、魔物ポップと罠を全て止める。これで日本最高難易度迷宮は日本最高安全迷宮と変貌する。

 行き来自由になった事から姉弟達には一旦外で待機してはどうかと提案したが、一秒でも早く先に行きたい気持ちを抑えきれず申し出を断り、調査終了を今か今かと待つ日々であった。


 急ピッチで調査が進められ、というより調査意欲の湧いた部隊が進んで不休で調査し、衛星などの打ち上げもJAXAを脅すように打ち上げさせたのだった。政府は当然、異世界へ行った時の為に衛星打ち上げ計画はしていたが、偵察衛星はまだこの段階では考慮しておらず、伊崎の許可を得て研究段階であった新型偵察衛星を持ち込ませた。

 調査部隊はまだ継続したかったようだが、姉の無言圧力には勝てなかった。何より陸地を目指すという姉弟達についていきたいという欲求もあり、上陸部隊参加を強く希望した。



 そして迷宮踏破から半年後。姉弟とイサナ、浅見隊長率いる部隊(以降、浅見部隊)が出発する。

 まずは拠点から一番近い島を目指す。情報によると淡路島ほどの大きさで都市がひとつ、その周辺に町、村が点在する。さらに未開発と思われる森が多くある。


 半年の間に建造された船で向かう。艦名は『あしはら』、色は艦船用灰色二七○四、イージス艦の半分ほどの大きさで砲塔や機銃などの戦闘用機器も搭載。動力はマナエネルギーで動く。


 拠点から船が離れていく。見送る隊員達が帽子を振っている。それに応え姉弟とイサナは手を振る。


「はぁー、やっと出発だよ」


「長かった、です」


『海底散歩で行こうとしたら怒られたしねー!』


「俺を置いて行こうとするんじゃねぇよ」


「お父さんとお母さん、ここを泳いだのでしょうか。船でも三日かかると言われましたけど」


「親父達ならやりそうだけどなぁ。あの異世界神がどっかに送ったとか?」


『異世界神の為に働くって言ってたみたいだから、送ったかもー!』


「なぜそんな事を言ったのでしょう。何を聞き出したのでしょう、か」


「そりゃー、会って聞いてみなくちゃわかんねぇ!」


「そう、ですね」


 同行している数名の調査部隊が海上に生物らしき影を見つけると「止めてください! 調査の必要性を感じます!」などと進言していたが浅見隊長は却下し船は進む。

 途中、砲撃訓練・緊急時避難訓練などを行いながら三日後、その島に到着する。


「上陸できる地点を探せ」

「はっ!」


『あしはら』は沖に停泊し、小型の輸送艇で向かい上陸する。上陸予定は七日。定時連絡が途絶えたら『あしはら』は海上拠点へ帰港する。

 そして上陸するのは姉弟とイサナ、浅見部隊十名、調査部隊二名の計十五名だ。


 輸送艇五号型が砂浜に乗り上げる。平底になっているため浅瀬でも大丈夫だ。

 艦首のバウランプ(フェリーのスロープのようなもの)を降ろし、軽装甲機動車と輸送防護車を上陸させる。車両はバッテリーとマナエンジンのハイブリッドでエンジン音は無い。


「こちらイ特殊作戦分隊。島イチに上陸した。これより集落を目指す。繰り返す……」


≪イ特殊作戦分隊、了解した。健闘を祈る≫


 浅見隊長が海上拠点に通信を入れ報告する。調査部隊の二名は早速砂の成分などを分析したり、貝や生物をサンプル用に集めたりしている。

 内陸部は森が広がっており車両が進入できる所をUAVドローンで空から探す。調査結果は芳しくないようだ。

 見かねた姉が浅見隊長に近づき提案する。


「私達で森を切り開きましょうか?」


「ありがたいご提案ですが、この森で林業を営んでいる方がいるかもしれませんし、森の生態系を変えてしまうかもしれませんのでなぁ」


「衛星とかでわかんねぇの?」


「衛星情報ではここ一帯は森ですなぁ。集落まで五キロであります。海に出る道があると考えておりますが、木々でその道は上からは見えませんな」


『イサナが探してこようか?』


「いえいえ、小さいお嬢さんをまだ何もわからない所で頼るのは危険ですからなぁ。ここで素敵なレディに怪我でもあったら大変ですからな」


『レディ! イサナはレディ!』


 浅見隊長は全ての提案を却下し、結局砂浜沿いにしばらく走る事とした。しかし浅見隊長は口説き上手。この時からロリコン疑惑がくすぶり始める事になる。


 しばらく砂浜沿いを走ると森へ入れそうな細い道を発見した。獣道のように荒れ気味であるが車両は通れる。その道に入り、途中車両が停められそうな広場になっている場所に停める。


「集落まで二キロ、ここから三名偵察に出します。オイ! 出発!」


「はっ! 出発!」


 浅見隊長の指示で三名が偵察に出た。他の者は警戒しながらも休息を取る。

 調査部隊はこれ幸いと、土や木、草花の調査を始める。


「異世界って言っても変わんねぇなぁ」


「そうでありますなぁ。今のところ生態系は同じに見えますな」


 弟と浅見隊長が会話している中、イサナが小さな動物を抱えてきた。


「イサナ殿、それは」


『あっちにいた! 捕まえた!』


 調査部隊が駆け寄り抱えている動物を観察する。「少し痛いですよぉ」と言いながら注射器を刺し血を抜き取る。DNA検査等をする為だ。結果はその場で出る。

 その動物は暴れたがイサナがしっかり押さえているため逃げ出すことはできずにいた。


「うさぎ」


 姉が動物を撫でる。見た目は確かにうさぎだ。地球のうさぎと外見は変わりない。


「簡易DNA検査の結果……不明、新種と判明いたしました!」


「判明してねぇし」


「仮にうさぎとしておきますかな。イサナ殿、今回持ち帰りは許可されておりませんので後で離してあげてください」


『はーい。ねぇ、うさぎちゃんここに住んでいるの? ふーん、そっかー。父様と母様もいるの? え! 奥さんがいるのー? すごいねぇ』


「え、えー? イサナ殿?」


「イサナは何とでも話しできんだよ。そういう変態体質」


「そ、それはすごいですな。しかし調査部隊に知られないようにしておかないと、拘束され調査に使われそうですな」


「イサナを拘束できる奴はいねぇと思うけど、言っておく」



≪こちら偵察班。集落を視認≫


 偵察に向かった三名から連絡が入った。浅見隊長が無線機で指示を出す。


「超小型UAVにて集落内を偵察開始」

≪UAV離陸。偵察開始します≫


≪人型二足歩行生物発見。男性体三、女性体二。武装はナタのような物、カナヅチ。防具はありません。服装は全生物、麻のような物でできたポンチョにズボン≫

「建物状況知らせ」


≪建物は七。やぐらが一。いずれも木造。車両は見当たりません。集落の周りにへいほりはなし。畑が六枚≫

「UAV収容後、そのまま待機。そちらへ向かう」


 大きな脅威はないと判断した浅見隊長が皆を集合させ、徒歩で出発する。

 三十分後、偵察班と合流。姉弟とイサナはここで待機し、まずは浅見隊長と二名の隊員が接触を図る。

 が、すぐに一名が引き返してきて状況を説明する。


「人型二足歩行生物は我々人間と変わりはありません。服装や武装に驚いているようでしたが敵対する様子は見られません。が、言葉が通じません。今は浅見隊長がボディランゲージで何とかコミュニケーションを取ろうとされていますが、難しいと思われます」


『イサナが行くよー!』


「なら俺達もだな」


 状況を聞いた姉弟とイサナが連れられて集落へ向かう。

 集落では浅見隊長がボディランゲージをしており、変なダンスをしているような感じだ。


『こんにちは! イサナはイサナ!』


「おおー、言葉が通じる人が! こんにちは、私はここの集落のまとめ役をしているオードと言います」


 老齢の男性がほっとした様子でイサナに笑いかけ自己紹介をした。


『オード! よろしくね!』


 浅見隊長と自衛隊二名、弟には何を言っているのかわからない。しかし姉には理解できていた。これも創造主の三体と融合した結果だ。


「それで、イサナさん達はいったい何処から来られたのですか? 見た事もない服と武器? ですね」


『イサナ達が何処から来たか聞いてるよー』


 浅見隊長に日本語でイサナが話す。


「海の向こうから来た、と答えて貰えますかな。まだ詳しい情報は出したくありません。しかし向こうの情報は頂きましょう」


 イサナは、うんと頷いてオードに答える。以降は浅見隊長の指示ありきの会話となる。


『海から来たよ!』


「なんと、海から。うみびと(うみんちゅではない)様!? よ、ようこそいらっしゃいました」


『海人ってなにー?』


「なるほど、海人様はご自分達の事をそう呼んでいらっしゃらないのですね。海人様は海の中に住まれ、我々に海の恵みを与えてくださる人々の事、つまりイサナ様達の事です」


『イサナは偉いのだー!』

(浅見隊長指示ではない)


 その言葉と同時に、ピカーッ! と後光差す過剰演出をするイサナ。

 人知を超えた突然の光にオードは驚き、これまで語り継がれる事でしか知らなかった海人という存在をすっかり信じてしまう。

 イサナは、ふふんと腰に手を当てドヤ顔の仁王立ちだ。


「ははー! ほれ、皆よ。海人様がお越しになった。フレイバーグ様に誰か連絡を!」


 オードが集落の人にそう言うと、一人の若い男性があわてて何処かに走り出す。そして馬に乗って行ってしまった。


『フレイバーグって?』


「はい。この島を治めておられるフレイバーグ伯爵様で御座います。ここから一日ほど馬を走らせた所に都市フレイバーグがあります」


『他にも森で待ってる海人がいるんだけど呼んでいい?』


「おお! もちろんで御座います。歓迎致します」


 待機していた海人……隊員を呼び寄せ各自情報収集を始める。重要人物だと紹介された姉弟は広場で飲み物、食べ物に囲まれていた。

 飲み物はぬるいビールと薄い赤ワイン、食べ物は鳥を丸ごと焼いた物とパンそれに何かわからないスープだ。味付けは塩とハーブがメインで、普段料理をしない姉弟には他に何が使ってあるかわからない。果物も何種類かあり籠に盛り付けてあった。

 魚介類は普段召し上がっているでしょうからと出すのを控えたそうである。


 イサナと浅見隊長は語学研究の為に、この地の母音子音と見える物手当たり次第に名称を聞き録音している。これはリアルタイムで拠点へ送られすぐに解析に入る。

 言葉が違う事も想定されていた為、言語学者を待機させていたのだった。




「ふむ、ナアマ。この大陸でこの都市が最も栄えているようですね」


「はっ。見るに地球の中世あたりの風景です」


「ここで手頃な広さの土地を確保しましょう」


「はっ。邪魔な建物を吹き飛ばしますか? バロウズ様」


「お前は何を言っているのです。私達は客商売をしようというのですよ。最初からそのようでは誰も近づかないでしょう?」


「失礼致しました! では土地の購入を?」


「そうです」


「はっ。しかし、この世界の通貨がありません」


「全く……世間知らずですね。こういうときには決まっているでしょう?」


「申し訳ありません! それで、何を?」


「アルバイトですよ」

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