第93話 異世界神迷宮


 日本迷宮、五百階層。

 そこに居たのは巨大な人間型の生物だった。ソレが魂を捧げよと発する。


『お前は異世界神だねー?』


 イサナが前に出て挑発するように声を掛ける。上を見上げすぎて首が痛そうだ。


『そうだ。貴様ら家畜は我々の為に存在する。貴様は家畜が言う神、だな? 神とて例外では無い。この世界の家畜が敬う神にも魂はある。それはまだ喰った事がない。その魂を捧げよ』


「まぁ、その前にさ、ちょっとだけ教えてよ」


 弟が双剣を抜こうとしていた姉を抑え、異世界神に話しかけた。


『家畜に教える事などない。何かを知った所でここで我に喰われるのだ。意味がない』


「いいじゃん。ねぇ、ここを誰か通らなかった?」


 両親のことだ。異世界神の言葉は無視して、まずはそれを聞いておきたい。


『ああ、二匹通したな。貴様のように教えを請うたな。ゼディーテで我らの為に働くと言ったのでな。通した』


 通したと言うのは両親の事だろう。姉弟はほっとしたように少し力が抜ける。


「ゼ、ゼ、なに?」


『ゼディーテ、だ。貴様らの言う地球だ。の事だ』


「それで、なんであんたはここにいんの? 門番?」


『貴様っ! 我を門番扱いするなど!』


「ごめんごめん。それで?」


『地球を狩り場にした奴が消え、ここの管理者がいなくなったのでな、グハハ! あの愚か者め、こんな世界の家畜に消されるとは、無能な奴だ。我らは天界で吸い上げた魂を喰らうが、ここで迷宮として待ち受けておれば我が独占できるだろう? グハハ! 我は賢い!』


 姉とイサナに怒りが浮かぶ。帯刀している双剣の柄を握る手に力がこもる。

 しかし弟の方は未だ冷静だ。しかし冷静とは言っても言葉の音程は低い。いつものちゃらけた様子ではなく怒りを抑えながら言っている。


「独占って? 日本人の魂全部あんたが喰ってんの?」


『この迷宮で死んだ家畜のみだな。全部喰ってしまうとゼディーテにいる者達にばれてしまうからな』


「もしかして、三百一階層から上はあんたの体?」


『そうだ。そこまで来られる家畜は美味。数年に一度くらいのものだが、それは待つ価値があるというものだ』


「ここを抜ければ異世界の……ゼテーテなの?」


『ゼディーテ、だ』


「そっかー。俺らを通してくれない?」


『先に通した二匹以来の家畜だぞ。次のを待ちわびていたのだ。通すわけがないだろう』


 姉弟が異世界神の言葉を切っ掛けに戦闘態勢に入る。もう聞くことはない、これ以上聞きたくない。それ以上しゃべるな。

 人間を家畜と呼ぶ異世界神。

 ここでその魂を独占しているという異世界神。

 殺す。

 その怒りが姉弟を突き動かす。


「カグツチィーッ!」


 弟の左手に炎の剣が出現する。最初から全力全開。手加減するつもりはない。明らかに敵だ。

 ここでいくつの魂が消え去っていったのか。彼らは神と成り家族を見守る事も出来ず、生まれ変わる事もできない。

 殺す。奪われた魂の苦しみを味あわせるよう、いたぶる事はしない。一瞬で消す。


 弟の持つ二振りの太刀が胸の部分に傷を付ける。傷は深いようだ。黒い液体が噴き出してくる。

 姉の双剣が弟の付けた傷をなぞるように寸分違わぬ所に振るわれる。傷口が開き内部が露出する。

 二人の攻撃は休む事なく続く。弟はカグツチをメインに、姉は神薙を舞う。舞曲神技『細井双剣・森羅』は相手の攻撃あっての舞であるために、攻撃してくる前では舞う事は出来ない。

 異世界神は何も抵抗できずに、止めどなく黒い液体が噴き出している。


 しかし、それは最初に付けた傷のみ。それも収まりつつあり、傷が塞がっていく。


「カグツチのつけた傷を……」


 神の御業でさえ癒やすことができない傷を与えるカグツチ様の炎の剣。

 それが効かない!?


『グハハ、家畜が足掻くか。我に抗って見せ、さらに魂の格を上げてくれようと言うのだな? 家畜にしては良き行いだ。これは美味そうだ』


『イサナもいるよー!』


 イサナが右腕を上げ、広げた手をぎゅっと握りしめる。アルファオメガをそのひとわざで倒した燃え落つ岩だ。

 前回よりも無数の岩が降り注ぐ。姉弟には届かなかった頭にも降り注ぎ辺りは砕け散った岩と埃で埋まる。


『地球の神はこんなものか。それが全力か? 弱すぎる』


『なんだとー!』


 異世界神の言葉に、更に怒りを覚えたイサナが今度は両腕を上げ、手を握り込んだ。

 燃え落つ岩、氷山ほどもある氷のやいば、無数の黒い雷、それが頭に集中して攻撃を与える。


『児戯にしては面白い。だが、大道芸止まりだ』


 異世界神の様子は何ら変わりなくその場に佇む。

 カグツチ様の剣もイサナの攻撃も通じない。姉の神薙でさえ。


『もう良いか? さぁて食事だ』


 異世界神が巨大な右腕を水平に振る。その動きは見えていた。見えていたのだが、避けることはできなかった。

 姉弟とイサナが、ただ水平に振っただけの腕に吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。


「っ!」

「あがっ! ぐうぅう」

『ぶっ、ぐっ』


 姉はよろめきながらもすぐに立ち上がるが、弟の口からは血が漏れ出し横たわっている。頭も打ったようで、その顔に血が流れていく。イサナのダメージが一番大きい。姉弟は指先に少し触れた程度で吹き飛ばされたが、イサナには腕が直撃した。両目に渦巻きがあり回っているかと表現できるほどだ。


 攻撃してくるのならば、森羅が使える。

 姉が構え、舞い始める。


 再び異世界神の腕が横薙ぎに向かってくる。

 それを受け流……せない! 体に直撃し壁へと吹き飛ばされた。


「ぎっ……うっ」


「ね、姉ちゃ……ん」


 両足に踏ん張りを利かせるよう膝を押さえながら立ち上がった弟が姉に近づく。


「大丈夫、です。でも」


「やべぇ、な」


 ニヤリと見下ろす異世界神が両の手の平で姉弟とイサナを挟みこまんと、左右から腕を向かわせてきた。


 避けるのは無理だと姉は判断する。先の攻撃、見えていても避けられなかった。

 ならば。

 立ち上がり、双剣を横に突き出す。手の平中央に突き刺さり、そのまま前へと滑走した。

 腕が分割されるように斬り裂かれて行く。黒い液体が噴き出し辺りを染めていく。

 肘の辺りまで裂くと腕の動きが完全に止まった。


 二本の腕が斬り裂かれ四本になった状態だ。しかしそれも束の間、すぐに修復されていき元の腕へと戻って行く。


「くっ」


「どういう体してんだよ……」


『ここまで抗った家畜は初めてだ。さぞ美味かろう』


 再び両腕が迫ってくる。もう抗う術が無い。

 森羅でさえ効かない、舞えない敵にどうすればよいのか。



 “お前様よ。我は知っておる。お前様と混ざり合い、全てを分かち合った我は知っておる。我が相手ではないのが口惜しいが、お前様の姉殿だ。許すぞ。うむ、姉殿ともなかうしておかないとな、我の愛嬌を知ってもらわねばな”



「カグツチ……何のこと?」


 “ほんにお前様は面白い。ほれ、我が知っておるお前様の記憶を呼び起こしてくれよう”

「ぐあああアアアっ! な、なんだ……? なんで、忘れて……親父」


 フーッと息吹を出し立ち上がる弟。カグツチだけを手に持ち、腰を落とし猫足立ちのように構える。


 そして……舞い始める。


 剣舞。それは父、たけるが弟に仕込んだ島に伝わる舞。

 神へ奉納する舞。神楽。

 姉はそれを見て神薙を舞い始める。


 二人舞神楽『もつくに・葬送』


 二人でひとつの舞。

 死んだ者を神の元へと送る葬送舞。

 炎の剣が弧を描くように大きく振るわれる。それを追う双剣。

 互いが互いを見つめ、悲しみを忘れ、死んだ者の行く末を、祝う。

 その者の魂は神と成り、守護する者と成る。それは祝い。


 剣が異世界神の右腕を切り飛ばす。

 双剣が異世界神の左腕を切り飛ばす。


 修復はしない、できない。

 ソレはもつくにへと送られた。


 胸を裂き、駆け上がって首を飛ばす。

 抗えない、抗えない、抗おうと思う事さえできない。


 二人は下層階へ向かう。三百一階層から五百階層まで、異世界神の体全てを送る。

 肉片ひとつ残さない。その者の遺志をも送る。何も遺す事無く全てを送る。



「ハァー、ハッ」

「ハッ」


 二人の最後の発声と共に舞は終わる。


 そこは三百一階層。

 かつては赤黒い壁に囲まれていた階層だが、今は青空が広がる。

 波打つ音が聞こえ、足元に水が押し寄せてきた。

 辺り一面、水。湖か、もしくは海か。


 二人は黙ったままイサナを抱え起こし、弟が背負って三百階層へと降りた。

 そこへ浅見隊長が近づいてくる。


「お疲れ様であります。三百一階層はどうでしたか?」


「うん、もうないよ。五百階層までが全部異世界神の体だった」


「は? あ、あの、詳しくお聞かせ願えますか」


 弟がイサナを姉に任せ、浅見隊長に説明する。

 イサナが全階層を突き破り一気に五百階層まで行った事。

 そこに異世界神がいた事。

 そして魂を喰らっている事は伏せ、消し去った事。


 驚きを隠せない浅見隊長だったが、すぐに持ち直し調査部隊に指示を出し始めた。

 姉弟は二百九十九階層の拠点に行き、休息を取る。

 イサナをベッドに寝かせ、弟はベッドに入るとすぐに寝入った。姉はひとりベッドに座り、先の舞を思い起こす。

 二人舞神楽。決して美しく優雅な舞ではないが、その舞の力は異世界神をも消し去った。今更ながら自分のした事を恐ろしく感じる。

 これは……禁忌だ。


 そして様子の変わった探索者証。黒かった物がクリスタルガラスのように淡いブルーの透明な物に変化している。これはどういう事か、博士か伊崎に確認しなければならない。




「ようやく異世界の入り口が開いたようですね。ナアマ、行きますよ」


「はっ。その世界をバロウズ様の物とする為、微力ながらお力添え致します」


「ククク、私は! 異世界に! 誰も見た事がないような! スペシャルエンターテイメント浴場を作りますよ! ククク、アハハハハ!」


「はっ。バロウズ様ならば必ず。番台とやらのシステムを取り入れましょう」


「ククク、さすがはナアマ。私と同じ事を。異世界人の心を虜にして見せましょう!」


 バロウズとナアマは異世界侵略に乗り出し、旅立つ。

 これは彼らの欲望に溢れた壮大な計画のひとつであった。

 ……壮大?



 少しの休息を取った姉は伊崎と連絡を取る。おおよその事は浅見隊長が報告したが、姉と話したいと伊崎からの指示だ。周りに誰も近づかないようお願いし、通信機を手に取る。


「もしもし」


≪よくやった! もう少しかかるかと思ったが、早かったな!≫


 伊崎のテンションは高い。これで計画が進められるからだ。


「はい」


≪それで? 浅見に言えない事もあったのだろう?≫


「はい。異世界神は日本迷宮に居座り、そこで亡くなられた人の魂を……」


≪そうか……しかし一体とは言え、仇は取れた。本当にありがとう≫


「いいえ。私の印象ですが、異世界神同士は仲が良くないと言いますか、敵同士のように思えました」


≪神でさえ仲違いするからな、そういう物だろう。ところで健さんと七都さんは? 何かわかったか?≫


「先に進んだと、異世界神が」


≪良かった。本当に良かった。今はクソヤロウの言葉でも信じたい≫


「はい。それで、私達ですが」


≪進みたいのだろう? いいぞ。ただし! 調査が終わってからだ。それと浅見部隊と同行し指示に従え≫


「え? 足手まと」


≪わかっている。お前らには付いていけないだろうが、合わせてやれ。お前達のフォローをさせる。向こうの文化も何もわからないだろう? こちらとの連絡役も兼ねる≫


「わかり、ました」


≪気を付けていけ。誰かに伝言はあるか?≫


「え、えと。リョーシャ……いえ、皆さんに行ってきます、と」


≪わかった。アレクセイに伝えておく≫


「え、ちが」


≪通信終了!≫


 違う違うと言いながら通信機の発信ボタンを押すが通じない。探索者証の事も話せなかった。はぁと溜め息を吐きながら弟の所へもどる。

 リョーシャはアレクセイの愛称である。いつの間にか愛称で呼ぶ仲に。




おや様、あの者らは異世界へ辿り着いたようですが?』


『シナツヒコか。うむ、手助けの必要もないほど成長しおったのう』


『はい。もはや私は超えているでしょう』


『シナツヒコよ。向こうでちと手伝ってフォローしてやれ。それとなく、な』


『畏まりました。幾柱かお連れしても?』


『いいじゃろう。スサノオとツクヨミ以外な』


『ふふふ、はい』




『甘い、甘いですよ御祖様! 人間の書物にありました。異世界とは剣と魔法の世界である、と! まさに騎士の世界! アンドレに勝るとも劣らぬアンドレがいるに違いありません! ピエール!』


「はっ。準備はできております」


『王国……騎士団……革命……ふふふ、待っていてください、私の騎士達よ!』

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