第92話 日本迷宮四


 日本迷宮、三百階層。ボス部屋。

 吉田さんが設計したのはここまで、となる。これまでの階層に変更は無く設計通りであった。

 自衛隊拠点は三十拠点。三百階層はボス部屋、三百一階層からは迷宮が独自に造った階層となり、何があるかわからないので二百九十九階層に拠点を設営した。今後はこれまで通り十階層毎に設営できるようならそうするが、臨機応変に対応していく事となる。

 それぞれの拠点に三十人から五十人ほど待機し、拠点間を行き来して魔物掃討を常に行う。物資を下から運び込む為の補給路確保である。

 各拠点に一ヶ月は補給なしで防衛できる物資があり、十日ごとに補給が来るようにしている為、数十も編成された補給部隊はフル稼働だ。

 その事から各階層にいずれかの部隊がいる、という状況に現在日本迷宮は二百九十九階層までは難易度S迷宮の中で一番安全な迷宮と言える。


 そして五十階層毎にあるボス部屋は、今や軍事産業に携わる企業の実験場と化し、新開発の武器防具を研究者達マッドサイエンティストが嬉々として試していた。

 伊崎がこの事を受け入れた、と言うより積極的に参加を促したのは計画の一環だ。その計画は日本が転移した時にわかる事になる。



 一方、姉弟とイサナはボスを目の前にしていた。


『私はアルファであり、オメガである』


「なに言ってんだろ」


『最初であり、最後である』


「ここ途中だし、まだ先があるよ」


 ボスは人間の想像する、所謂、神様。それはアルファオメガと言い、日本の神様ではない。

 姉の三倍はありそうな巨大な体、天然パーマの白髪と白髭、トーガを纏い、体長ほどある長さの金色に輝く錫杖を手に持つ。


「当初の日本迷宮ではここが最上階層ですから、ラスボスだったのでしょう」


「あー、そっか。なんか格下げになった感じでカワイソ」


『降格人事だね!』


「気にしてるかもしれないだろ、言うなよ」


『見事、最上階まで来た信徒よ。私を倒せたならば叡智を授けよう』


「あー、ゲームの村人が同じセリフ繰り返す感じだなぁ。悲しくなる」


『偽神には本物が相手するよ!』


 イサナが言って、ふんすと鼻息荒く対峙する。姉弟はイサナを見守るよう下がった。


『小さき者よ。私に挑む勇気を示せ』


『小さい言うなー! 成長途中だぞー!』


 アルファオメガが錫杖を上げると、雷雲が現れ雷がイサナを襲う。ひょいっと避けるが雷は次々と落ちてきてイサナを狙い続ける。


海外向こうの神様ってなんで雷攻撃が多いんだろうなぁ」


 ゴッドイヤーを持つイサナが避けながら弟の言葉に応える。


『いかにも! 神って感じだし! 派手で! 人間には! それが! わかりやすいから!』


「なるほどなぁ、イサナには何かそんな感じのねぇの?」


『イサナは! 何でも! 出来る! よ! ほら!』


 見ててと言うとまだ続いている落雷それぞれに黒い稲光が命中していき、その力を霧散させていった。


「うーん、黒い雷かぁ。イサナの方がラスボスっぽいな」


 アルファオメガは雷が効かないと判断し、錫杖を地に叩きつける。すると地面が波打ちだしイサナを飲み込もうとし始めた。

 次に錫杖を横に振り、暴風を生み出す。その風がいくつもの竜巻となってイサナを襲う。


「シナツヒコ様の方がすごかったな」


 島でシナツヒコ様本来の御業を目にした弟が呟く。

 それは比べる尺度が違う。神様と、造られた神というより魔物である。この力でも充分特A級探索者を退けられる技だ。

 弟は本物を目にし、自分の力量も上がっている。所謂、目が肥えているのだ。


『技には御業で! 行っくよー!』


 イサナが叫んで右手を掲げる。手を広げ力を集めるように拳をぎゅっと握り込んだ。


「げっ! やべぇ!」


「壁際に!」


 巨大な燃える岩が複数天井から落ちてくるのが見え、姉弟は壁際まで走る。

 ゴゴゴゴッと聞こえる音が大きくなって行く。アルファオメガは即座に錫杖を地に打ち鳴らし、地面を盛り上げて障壁で防ごうとするがもう間に合わない。

 何十もの岩が命中していき、その余波が壁際にいる姉弟を襲う。

 アルファオメガに当たった岩が砕け、その破片と衝撃波が押し寄せてくる。

 姉が弟を庇うように前に立ち、双剣でそれを相殺していく。


『どうだー! あ、もう聞こえないんだねー』


 アルファオメガが居た場所は岩の塊が散乱し無事とは思えない。姉が全ての破片を捌ききった時には、イサナの目の前に石版がモノリスのように現れていた。


「イサナやりすぎ! すごかったけどやばかった」


 弟が文句を言いながらイサナに近づく。姉は即座にイサナの傍に寄って頭を撫でていた。


『母様! どうだった?』


「イサナすごい、です。よくがんばりました」


『えへへ! この先もイサナがやっつけるよー!』


「それはない。もうイサナには任せねぇ」


 ひどーい! と言いながら弟を追いかけ回すイサナを余所に、姉はモノリスに書かれている文字を読み始めた。


 “日本迷宮ガイドライン。ここは日本迷宮最上階、だった階層である。この先にも試練があり探索者は進む事ができる。ここから迷宮入り口へ戻る選択肢もあり、その際はドロップ品を得る事ができる。進む者にドロップ品はない。「進む」「戻る」を選択せよ。尚、パーティー毎の選択とし、個人別に選択する事はできない”


 先の階層のことが書かれているので、これは吉田さんが置いた物ではない。迷宮独自判断であるか、異世界神が設置した物だ。

 ドロップ品の文字に、姉の指は震えながら「戻る」の方に向かっている。


「最上階ドロップ品……三百階層のドロップ……日本最高のドロップ」


 もう頭はドロップ品の事でいっぱいになりこの一瞬だけは両親の件が消える。戻る者にしか与えられず、進む者には何もない。

 何と言う姉への罠。数々の迷宮罠の中で一番有効かつ巧妙な罠だ。


「一度戻って、ダッシュでまたここへ……」


 何かとんでもないことを言いながらも指は「戻る」へ吸い込まれていく。

 この階層まで約一年を費やしている。ダッシュで戻ったとしても半年。その前に再度日本迷宮への入宮許可を得なければならない。

 伊崎が許すと思うか? 姉よ。


「姉ちゃん! 何やってんだ!」


 追いかけっこをやめ、モノリスの文字を読んだ弟が叫ぶ。


「あ……」

「あ……」


 声に驚き指先が「戻る」に触れてしまった。

 瞬間、姉弟とイサナは日本迷宮入り口前に立っていた。



≪なにやってんだ! バカヤロウーッ!≫


 伊崎の怒号が通信機から響く。

 入り口前に戻った姉弟に、迷宮踏破か! と自衛隊が駆け寄り事情を聞く。

 そして伊崎に連絡を取り姉に代わった瞬間、先の叫び声である。


≪すぐに入りなおせ! 同じ経路を辿らないと立体魔方陣(仮)は起動しない! いいか! 不眠不休で走れ! それからドロップ品は没収だ、アホウ!≫


 戻った瞬間に姉の手にあった箱形の何かは自衛隊が引き取っていく。絶対に離そうとしない姉だったが、弟の言葉「今回は姉ちゃんがわりぃよ。とりあえず五百階層めざそうぜ」に渋々と離す。

 五百階層でまた「戻る」を選択するのじゃないぞ、姉よ。


 それからすぐに入宮し猛ダッシュで上を目指す。イサナは休息の必要はないが、姉には少しの休息が、弟は睡眠も必要だ。途中、姉とイサナが運ぶ超スピードの担架で弟は寝ながら、補給部隊と遊撃部隊などとすれ違い、追い越し、進む。


 そして伊崎の心労はまた積み重なっていく。何度姉弟に計画を狂わされたかわからない。思い通りにならない。姉弟を原因に、時には中心に騒動が起きる。

 それでも伊崎は信じる。何もかも投げ捨ててやりたい心を押し殺し、信じるしか無いのだ。



「バロウズ様。娘らは消えましたが……」


「ふむ、この「戻る」を選択したようですね。行動が読めない、どうしてここで「戻る」なのでしょうか。これも伊崎の計画の一部、いや何か隠された意図が……」


「何もないと思いますが」


「戻るまで待つしかないようです。この先へは、立体魔方陣を起動させなければ進めないようですし、仕方ありません。ナアマ、長風呂になりそうです」


「はっ。お背中流させていただきます」



 日本迷宮。再び三百階層。

 不眠不休でも半年はかかると思われた三百階層まで三ヶ月で辿り着き、いよいよこの先からが異世界ではないかと思われる階層だ。

 モノリスの選択は弟が「進む」に触れた。姉が弟に「早く押して!」と葛藤を断ち切るように叫んだのだった。

 進むを選択するとボス部屋が開放され浅見隊長らが入ってくる。


「お疲れ様であります。いやぁ、一時はどうなる事かと思いましたが」


「姉ちゃんは……何するかわかんねぇ! って事」


「ははは、さすが姉弟ですなぁ。それは弟殿もですな」


「俺の場合、周りに振り回されてんだよ」


「しかしここに入り口まで戻る転送機能があるのはありがたいですな。任務交代・補給が楽になります。しかも戻る度にドロップ品を取得できる、と」


 その言葉に姉の首がぐいんと回り浅見隊長を睨むように見る。人を殺せる視線だ。

 数々の難関任務をこなし常に冷静沈着な浅見隊長が、ヒィッと声を上げ後ずさるほどだ。他の隊員はあまりの殺意視線に尻餅をつく者もいる。

 気付いた弟が姉の目を手で塞ぎ、最上階まで行って戻りはゲットできるじゃんと言うと姉の肩の力が抜ける。そして塞いでいた手を姉がそっと下ろさせるといつもの目に戻っていた。


「んじゃ、上いくかー!」


『行こー!』


「階段、どこ?」


 突然、地面が発光し始めた。魔方陣のような物が地面に現れ、それが宙に浮かび上がってくる。何層もの魔方陣が重なり、三百階層全ての魔方陣がひとつになっていく。

 魔方陣の中心から眩しいほどの白い光が上に伸び、やがてゆっくりと魔方陣と共に消えた。

 跡には上層への螺旋階段が出現していた。これが三百一階層への階段だろう。

 早速、姉弟とイサナが昇ろうとすると浅見隊長が、まずは調査部隊が行きますと止めた。


 三百一階層に入る前に自衛隊の調査部隊が、水も空気も通さない宇宙服のような物を着て、階層の空気成分分析をする。

 もし地球と違っていたら弟や続く自衛隊の進軍が困難になる。最悪の場合、この計画を根本から見直す必要が出て来る。

 結果は地球と同じ。浅見隊長がほっとした表情を見せる。五百階層を超えその先へ行く時にも同じような調査をする予定だ。

 両親が踏破しているのだ。結果がわかっていた姉弟だが、その事は極秘扱いである為に黙って調査結果を待っていた。



 日本迷宮、三百一階層。

 ここまでの階層と様子が全く違う。暗闇では無く地面、壁、天井が赤黒く、鈍く光っている。さらに弾力性を持ちうねりを伴う。何か巨大な生物の体内にでも居るような様子だ。

 弟が壁に太刀を這わせると裂け目から黒い液体が流れ出てくる。それはまるで血のようであった。


「気持ちわりぃな」


『ここからは経路とか関係ないんだよね?』


「そうだな。うーん、しかしそれはどうなんだろう。多分、イサナが考えてるのは」


『迷宮最短攻略法は! 真っ直ぐ上に向かうこと!』


 そう言ってイサナが上を見て指さす。つられて姉弟も上を見る。


「破壊不可属性はないみたいだし、それもアリなのかぁ?」


「あり、です。行きましょう。思わぬアクシデントで時間をロスしています」


「それ、姉ちゃんのせいだよな?」


 姉の殺意視線ビームを首を傾けて避け、弟は迷宮鞄からロープを取り出す。

 このロープは姉が何度も斬って研究者達を泣かせた新開発の通信ケーブルと同じ素材だ。軽くて丈夫、いや丈夫どころではない。もう弟にはこのケーブルを断ち切る事はできない。姉にならできるが、ここではしない。する意味がない。


 そのロープをいそいそとイサナの腰に巻き付け縛る。続けて姉と自分にも巻き付け、一本のロープで皆が結ばれた。


「イサナ、オッケー」


『発射シーケンス開始。外部タンク推進剤充填』


 イサナが言いながら弟の口にパンを突っ込む。


「なに? 俺がタンク?」


『乗員、搭乗』


「もう乗ってるよ。いいからさっさと行けー」


『コミュミケーションチェック』


「イサナはコミュニケーションというか、コドモケーション」


『メインエンジン点火準備』


 イサナが力を溜め込むようにしゃがむ。姉弟は立ったまま見つめている。

 弟はまだかよーと言いながら、姉は可愛いと優しく微笑みながら。


『メインエンジン点火!』


 言い終わると、力を解放し一気にジャンプするイサナ。繋がれたロープに姉が引っ張られ、弟が続く。


「うわあああああ! やべええええ! イサナー! ゆっく、りーっ!」


 凄まじい勢いで天井に向かい……突き破る!

 三百二階層……三百三階層……三百五十階層……四百階層。


『外部タンク分離』


「こらぁ! 分離すんなー!」


 タンク(弟)分離は冗談であったが、全ての階層を突き抜け五百階層、最上階へ到達する。


 そこには巨大な……上には雲がかかりそうなほど巨大な、人間型の胸から上の姿があった。

 ちなみに裸、男性体。




『人間。手段はどうあれよく来たな。一瞬だけ歓迎してやる。さぁ、お前の魂を捧げよ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る