第83話 ロマノフ邸迷宮


 アレクセイと恋人になった姉は、お見合いの場をセッティングしてくれたエレーナに二人で報告に行った。

 ニコライと共に大喜びで迎えられ、あらためて自分で良かったのだろうかとも思った。

 カーチャは「身内がラスボスとかアリよね」とだんだん患いが増している様子だが、これが彼女にとって平常だ。


 弟とイサナも喜んでいる。

 エレーナの前で弟がイサナの口を押さえる場面もあったが元々協力体制であり遠慮のいらない間柄でもあったので、これまでとそう変わらない日々になりそうだ。


『家族、親戚一同合わせてパーティーしたいね!』


「あらーそれはいいわね、イサナちゃん! 早速手配しましょう」


 イサナの思いつきにエレーナが手を叩いて喜ぶ。

 しかし姉と弟は渋い顔だ。イサナの親戚一同って……?


「ないない、それはない。ていうか無理。やめといた方がいいと思うぜ」


 珍しく弟が親切心を出して言うが、エレーナは、親戚に子供扱いされるのが嫌なのね、よしよしと頭を撫でてあげている。


「天岩戸の宴会みたいになると思うぜ……」


 弟の呟きは誰にも聞こえず、ニコライとエレーナは日本に来て初めてのパーティー企画に盛り上がっていた。

 その後、開催することを避けられないと思った姉弟は、絶対に関係者以外入れないよう迷宮化した会場で行って欲しいと要望を告げ、ニコライが購入していた私邸で行われる事になった。そこは元々防犯対策に迷宮化していたので好都合であった。

 姉は親戚一同(神々)に、不敬ながらも人間として出席し神様とわからないよう平に平にお願い奉ります、と何度も念を押す。


 そして当日。

 ニコライの私邸は広い、すごく広い。ロシアへ訪問し滞在した私邸も広かったが、この日本の何処にそんな土地があったのかと思うほど無駄に広い。

 気軽に参加できるガーデンパーティーがいいわね、とエレーナの計画で進められた今回の催しは、姉弟の強い要望もあって使用人は極力少なめにし、配膳と接客は家政婦魔物を使うことにしてある。

 招待客は三人(三柱・イザナギ様、イザナミ様、天之神)だけであるが、(勝手に)増えるかもしれないと伝えてある。



 現れたイザナギ様は着流しに雪駄、顔立ちは日本人であるがロマンスグレーの素敵なおじ様を演出。しかし左腕は未だ再生していない。いつでも元に戻せるのだが、姉に斬られた喜びをそのまま残しておきたかったのである。

 イザナミ様は白地に金魚柄の浴衣姿で立ち姿が美しく、イザナギ様の和装とお似合いだ。

 そして天之神は姉と変わらない年齢を模して、肩と腕がレースで透けている紺色の六分袖ワンピース、黒いローヒールに小さなハンドバッグを持ち、髪は編み込みをして上品なお姉様風で現れた。


「初めましてニコライ・ロマノフと申します。イサナちゃんのご両親と伺いました」


『いかにもイサナの父、イザナギである。弱者に用は無い』


『妻のイザナミよ、よろしくしてあげるわ人間』


「わー、ナギ兄もナミ姉もめっちゃ上から目線」


「イザナギ……イザナミ? まだ日本に慣れておりませんので、失礼でしたら申し訳ありませんが、珍しいお名前ですな」


『貴様、呼び捨てとはいい度胸をしておるな』


『第二夫人を預ける家庭としてどうなのかしら?』


 第二夫人とはもちろん姉のことだ。空気を読まない両柱に天之神が間に入る。


『妾が高祖母の……』


 天之神が自己紹介をしようとして、弟に近づき耳打ちする。


 “おい、名を名乗ってもいいのかのう”

 “御名はまずいっしょ、てかナギ兄もナミ姉もまずいんじゃないの?”

 “あやつらはもう遅い。それより人間の振る舞いをせよと言われたが、名までは考えておらんかったのじゃ”

 “適当に名乗ってよ、二柱見るとアメ婆ちゃんが常識ある神様に見えるよ”

 “ちっ。クソガキめが”


『妾が高祖母のアメノミナカじゃ』


「まぁ、ようこそいらしてくださいました雨野美奈香様。高祖母様にしては相当お若くお見えになり羨ましいですわ」


 名前を勘違いしているエレーナがこれも迷宮パワーかしらと、想像していたお婆ちゃんと全く違う天之神をまじまじと見る。

 若さを保てるかもしれないと考えたエレーナは、この日以降からニコライと共に上級探索者を雇って入宮する日が増える。



 一方、ロマノフ家の方は……。


「イヴァンだ。イザナギ殿、相当出来ると見える。後ほど手合わせ願いたい!」


『ふむ。我の力をほんの極一部であろうが見抜いたか。しかし、我に挑むにはまずわざを伝授した小娘と渡り合えるように成ってから来い』


「おお! ワザ! デンジュ! シショウであられましたか! 大変失礼した!」


『よい、今日は何を言われても腹を立てるなときつく小娘から言われておる』


 馬鹿息子ほど短気ではないのだがな、とイザナギ様はイヴァンと微妙に食い違っている会話を成り立たせている。


「失礼ついでにシショウは隻腕であられるのか?」


『うむ。小娘に斬られた。見事であった』


 その場面を思い出すかのように目を瞑り一人回想にふける。



「イザナミ様、大変な子沢山だとか……。その美しいプロポーションはどう保っていらっしゃるの?」


 エレーナの姉(エリザベータ、愛称リーザ、五十代、ミツルの恋人)がイザナミ様にお声をかける。

 褒められて満更でもなさそうなイザナミ様はニッコリ笑って答える。


『神のわざよ。お前には無理』


「あ、あら。そ、そうですか」


 取り付く島もなかった。



 そして同刻。弟に迫る影があった。


『月光の君よ。パーティーに私を呼ばないとはどういう事でしょうね?』


「げっ。ツクヨミ様……。なんでここに?」


『私の輝きでその美しい顔が照らされてこその月光の君であるというのに私を呼ばないとは。しかも私達は本当の親戚ではありませんか。さぁ、この服を着るのです』


 いつの間にやらまぎれていたのはつくよみのみこと。ツクヨミ様の後ろで二人の従者が店の開店祝いの様な花輪を掲げ薔薇の背景を作りだしている。

 そして横で跪いて待機していたピエールがツクヨミ様にサッと騎士服を渡す。それを弟に着るよう促した。


「俺、動きやすいのがいいから。ジーパンとかジャージで充分」


『馬鹿なっ! それではアンドレ分が薄くなってしまうではないですか!』


「薄くて良いよ……。この暴走ツクヨミ様、誰か押さえられる人いねぇのかよ」


『おるぞよ、叔父上』


 弟の言葉に姿を見せたのはアマテラス様。ノースリーブの紺色フィッシュテールワンピースを着こなし素敵なお姉様風だ。どことなく天之神のファッションとかぶる。いや、盗み見て合わせて来たのか。

 アマテラス様がにっこり笑って弟を見やる。ツクヨミ様は、姉上……と呟いて頬が引きつっている。苦手意識があるようだ。


『ツクヨミ、今日は大人しく致せ。人間のぱーてぃーで浮かれておるのだろうが、迷惑をかけるでない』


『は、はいっ。月を照らすがは眩しき太陽の光、姉上のおっしゃる事は素直に受け入れましょう』


「なんでアーちゃんもいるの? 喚んでないよね?」


『ほほほ! 妾を邪魔者扱いするのは叔父上くらいじゃの。請うて喚ばれる事は多々あっても、喚んでないぞと邪険にされるとはのう。面白い、面白いぞ』


「で、二柱がここにいると言う事は当然……」


『ほれ、向こうじゃ』



『ママ……来たよ。褒めて』


「スサ、須佐。なぜ、ここに」


『うん。これ』


 ツクヨミ様、アマテラス様と揃えば三貴子(みはしらのうずのみこ)のもう一柱、スサノオ様がられないわけがない。姉の元で甘えるように寄り添う。

 そして姉の問いに対して、携帯端末を見せる。

 そこにはメッセージアプリの神様グループに一斉配信されたメッセージがあった。


【○月○日、親戚一同を集めたうたげアリ。場所――】


「これは……発信者、イサナ? しょうがない子、ふふ」


 イサナの仕業とあって親馬鹿姉はしょうがないで済ませる。

 しかし日本の神様と言えば、ほぼ全柱親戚と言える。必ずどこかで繋がっているのである。喚ぶ柱を指定せずに親戚とだけ書いたのならば……天岩戸の大宴会以上の大変な事になりそうだ。



 その頃イサナはカーチャで遊んでいた。


『ふはは! どうした勇者よ、臆したか』


「くっ。魔王の親戚はいかがこんなに多いとは……」


『全員倒さねば魔王様にはたどり着けないぞー!』


「魔王きたない! ひきょうもの!」


『勇者よ、よく考えてみろ。お前の愛する兄は魔王の伴侶になるのだ!』


「兄様までもたおすべき敵……わたしの味方はこの聖剣レーヴァテインだけなのね」


 聖剣レーヴァテイン。それは運命の出会いだった。とある地元の譲り合いサイトで、差し上げますコーナーに掲載されていたのだ。ひっそりと主を待つように壁に立てかけられている聖剣。

 それを見たカーチャの頭に電撃が走った。コレは本物だ! と。

 がんばれカーチャ。勇者への道はまだ始まったばかりだ。



 エレーナがちょいちょいと手をこまねいて姉を呼ぶ。


「なんでしょう?」


「あなた、というかイサナちゃんの親戚ってどれだけいらっしゃるの? いえ、何人来て下さってもいいのだけれど、さすがに覚えきれないわ」


 あらためて周りを見渡すとそこら中で勝手に酒盛りが始まっている。よほど暇な……失礼、神様がお暇なのは神頼みがないので良いことかもしれないが、多くの神々が降りてきておられた。

 イザナギ様、イザナミ様の二柱だけでも百柱以上の神をお生みになったのだ。その神々がさらにお生みになり、さらに、と延々と続いていく。

 こんなに一斉にお集まりになる事は滅多にない。平穏で安定してきた日本では神が集まって何とかせねばならぬほどの惨事は起きなくなっている。

 イベントに飢えていた神々の元へ、ある日メッセージ一斉配信が来る。それはもう大騒ぎだ。宝くじが当たった人の元へ親戚だと名乗り出るように、次々と我も我もと集まってしまったのだ。


「し、親戚は多いと思います。八百万?」


「やおよろずって、神様じゃないのだから……。それにしても本当に多いわね、あんなに兄が喜んでいるのを見た事が無いわ。兄は家族は多ければ多い方がいいと普段から言っているのだけれど、ここまでとは思ってなかったと思うわ。期待以上で本当に嬉しいみたいね」


 神様だぞ、エレーナ。

 姉の言った事は間違っていない。



 パーティーは本人達そっちのけで大盛り上がりの様相を見せる。

 宴会と聞いて舞い降りた天宇受賣命(あめのうずめのみこと)が自作お立ち台で踊り、神直日神(かむなおひのかみ)が宴会芸を披露、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)がその場で酒を精製していた。


『これは一日では終わりそうにありませんね』

『あたしは何日でも大丈夫だよ!』

『ここの人間が持たんわ、せめて三日で終わらせるのじゃ』


 タカミムスビ様とカミムスヒ様も降りて来られ宴会に混ざっていた。その二人を諫める天之神であるが、三日三晩この調子だと人死にが出そうだ。三柱とも人間の常識にはまだ疎い。


 様々な神が降りて来られこのニコライ私邸は今や神域同然と化している。これだけの神が集まると更にあらたな神が生まれそうである。


「姉ちゃん、やっぱこうなったな」


「うん。皆様楽しそう、です」


「だな! 日本迷宮に入る前にいい思い出ができたわ!」


「それもあって皆様お集まりくださったのかも、しれません」


「そっかー。ま、今回のイサナ暴走は褒めといてやるかぁ」




『な、なんということだ……月光の君に勝るとも劣らぬ。朧月の君と呼ぼう、フェルゼンよ』


「は? フェル?」



 その頃、アレクセイはツクヨミ様に捕まっていた。

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