第84話 国営迷宮五

「今後、お前らの行動は全て監視する。予定を俺と共有しろ。これは決定事項、絶対に覆えさない、逃がさない、何処に隠れようとも全ての能力と権限を使って探す」


 伊崎総理からそう強く言われたのが五日前。

 ロマノフ邸でのパーティーは結局七日七晩続き、家人達が寝て起きても庭では宴が続いていた。

 エレーナは「ご親戚はすごい体力とお祭り好きねぇ」と嫌味ではなく本当に感心している様子で言われ「今後パーティーを開くときはこれくらいの期間を想定して準備しなくちゃね」と前向きであった。

 その間、姉弟付のSP達はイワノフ邸前で待機し、迷宮化しているために中の様子を窺うことが出来ず、安否不明の状態だった。

 現在日本で最重要人物となっている姉弟の様子は、総理の元へ一日一回定時報告が入る。SPは“イワノフ邸に滞在中と思われるが安否不明”と報告。しかし超大忙しの伊崎はその報告を確認したのが宴が終わってからであった。

 七日間も安否不明となった姉弟に、伊崎はこれまで警備対象であった二人を監視対象に切り替える。その行動は逐一記録報告され、寝ている間でもカメラにより監視されることとなる。

 なにしろ姉弟が日本迷宮を踏破しなければ伊崎の計画は頓挫してしまうのである。これも全日本人の為であると厳しく言いつけたのだ。


「えー!? 風呂とトイレも? プライバシーの侵害とかいうやつじゃねぇ?」


「お前達にプライバシーはない! 公人扱い、いやそれ以上の囚人と同じだ!」


「うわ、ひでぇ! オーボーだ、訴えるぞー!」


「どこでも訴えろ。受けてくれる弁護士はいない。圧力をかけるからな!」


「もう完全に開き直ってるよ」


「その代わり、国営に好きなだけ籠もっていいぞ」


 キラリ! フィーッシュ!

 伊崎のに姉の目が輝き食いつく。国営迷宮裏ルート、そこはまだ踏破していないルートだ。いつかSPの目を欺いて入宮しようと思っていたが、こうして許可が出るとは思わなかった。姉は我慢出来ずに立ち上がる。


「国営なら俺が中の様子を確認できるし、すぐに強制退宮できるからな!」


「ボス戦中に退宮とかやめてくれよー?」


「入るついでに自衛隊と連携確認しろ。日本迷宮踏破想定訓練だ」


「それが目的かよ」



 そして今、国営迷宮裏ルート三十階層。

 サポーターとして陸自・海自・空自それぞれから選出された隊員二十名が十階層毎に拠点設営を行っている。二十名で一チーム、それが交代制で三チームあり、さらに物資搬入・医療・通信・防衛・遊撃とそれぞれチームが組んであり、総勢二百名近い隊員が参加する。そしてそれらは前線部隊であり、設営した各拠点で防衛・待機する隊員を合わせると相当な人数になる。


 正に全力を持って日本迷宮踏破を目的とした想定訓練。それは本番さながらに行われていた。


「防衛拠点設営完了!」

「通信設備完了!」

「医療体制及び機器配置完了!」


 次々と報告が入る。キビキビとした動きはさすがにプロの動きである。

 拠点設営の間、姉弟は防衛任務の手伝いをと動こうとするが、少しでも身体を休めてください! と隊長から懇願され、イサナと姉弟は体育座りでじっと待っていた。


「姉ちゃん、暇」


『母様、自衛隊カッコイイね!』


「はい。でもこの方達があの日本迷宮で同じように動けるかどうか……」


 日本迷宮十階層を模した吉田脱サラ迷宮で死に繋がる失敗をした姉弟だ。今では余裕を持って挑めるが、はたして自衛隊は大丈夫なのか、姉に不安がよぎる。


「姉殿。そこは安心していただきたい。我々は日々、日本迷宮下層階で訓練を行っております。二十階層までは先行部隊が拠点設営を完了しております」


「おおー! すげー! いえ、すごいであります!」


 弟がまた変な、にわかミリタリーオタク病が発動し隊長に返事をする。

 今回、前線部隊を率いる隊長は姉弟も知っている、陸自特殊作戦群隊長の浅見さんだ。

 姉がバチカンに誘拐されたときに救出部隊を率いていた人である。


「しかし初めは反対いたしましたが、イサナ殿は本当にお強いですな。おそらく我々など相手にならないでしょう」


『任せて! 叔父ちゃんより強いよー!』


「俺、なにもする事なかった……」


 ここまで姉とイサナのツートップで道を切り開き、弟はその後をついていくだけだった。初めは楽でいいわーと言っていたが、余りにも何もすることがないために、俺散歩しに来たの? と自問自答しながらドロップ品を拾う道中であった。


 そしてイサナは帯刀していた双剣を抜き嬉しそうに眺める。


 イサナ専用の細井双剣『魂之叫美たましいのさけび』だ。


 天目一箇神(あめのまひとつのかみ)にご指導賜った細井さんが、母様と同じがいい! というイサナの要望に応え、打った双剣だ。

 これまで銘に拘らなかった細井さんだが、天目一箇神より『銘を与えると命が宿る。刀の声を聞いてつけてあげんといかんよ』と教授いただき与えた、二振りでひとつの銘である。

 姉の双剣には『天剣・神斬(あまのつるぎ・かみきり)』『天剣・魔斬(あまのつるぎ・まきり)』とそれぞれに銘がつけられた。

 弟の太刀は、細井さんが打つときに何故か天から『騎士月光薔薇騎士月光薔薇』と呪文のような言葉が降ってきてその事象に相応しい銘となる。

 それが細井太刀『朱刃厘衛・月晄(しゅばりえ・げっこう)』だ。刀身は朱くマナを通すと淡く輝き、それは赤い月明かりのようである。


 にやにやと双剣を眺めるイサナに弟が声を掛ける。


「よかったなぁ、銘はともかくすげー刀だよ、ソレ」


『うん! でもソレとか言っちゃこの子、怒るよ。アメお婆様に吐息をかけて貰ったから神になっちゃった!』


「まじかよ! 孫が可愛い婆ちゃんかよ!」


『魂之叫美ちゃんがんばろうねー!』


「しかも姫神かよ! 細井さんおっちゃんに言って銘変えてあげようぜ、可哀想じゃね!?」


『もう定着しちゃったからねー。それにこの子も喜んでいるし可愛い銘だからいいの!』


細井さんおっちゃんとイサナのセンスが理解できねぇ!」



 やがて三十階層の拠点設営が全て完了し先へ進む。

 拠点という名は伊達ではなく立派な建物だ。プレハブ工法で建てられ短時間で設営できる。建材は迷宮素材で作られており非常に丈夫で、迷宮鞄(特大)に入れて運ばれる。

 壁や柱など一人でも持ち上げられるほど軽いため、クレーン車等の特殊車両は必要ない。

 また階層が平地であるとは限らないので、あらゆる地盤に対応できるよう研究開発されている。

 そして建設現場照明のバルーン照明を改良し、空中に浮くようにした。さらにドロップ品の魔物避けミニライトを解析し、そのバルーン照明に機能を搭載。日本迷宮下層階で実験を重ね実用化したのであった。

 ただしこれら全ての物と技術は今後も極秘扱いとし、民間に降ろす予定はない。


 姉とイサナが先頭に立ち魔物を斬り進む。裏ルートでは立ち塞がる魔物の数が異常に多い。それらを、まだ足りないもっと来いと言いたげに息の合った連携で道を開いていった。

 姉の持つ双剣は美しく羽ばたく翼のよう。両翼を広げ、大地から飛び立つ強さがあり、時には降り立つ優しさを見せる。

 そこに合わさるかのようにイサナの両翼も加わっていく。


 一方、弟はお散歩の詩を口ずさみながら着いていく。未だ細井太刀『朱刃厘衛・月胱』を振るう機会は来ていなかった。


「弟殿。暇そうでありますな。いや自分らもでありますが」


 浅見隊長が弟に声をかけてきた。そうは言っても目は油断のない視線でいつでも対応出来るよう身構えている。


「は! 暇であります!」


「普段通りの話し方にしていただけませんか。その方が楽で……民間人でありますし」


「そうすかー。一体くらい漏れてくるかもなぁと思ってたんだけど、全く来ねぇし。この勢いだと最上階まで何もしないまま踏破するかも、っすね」


「ですなぁ。うちの隊員にも切り開く訓練をしたかったのでありますが、まぁそれは別の機会にしましょう。姉殿とイサナ殿が楽しそうでありますしなぁ」


「女の子が楽しそうに魔物斬ってるって怖いよね?」


「ははは、それは何とも言えんですなぁ。うちの女性隊員にもうっとりと舐めるように銃器を眺める者がおりますからな。……実際に舐めておりましたが」


「ナニソレ、怖い」


「しかしこの目で姉殿が戦うお姿を拝見するのは初めてですが、本当にお強い。強すぎて恐ろしいですなぁ。これは畏怖でしょうな」


「うーん、でもバイクで言うとまだ一速にも入ってない感じ、っすよ。ゆるい下り坂をニュートラルでブレーキかけながらのろのろ行く感じ?」


「ほう! あれで! となると全速の姉殿は本当に目にも止まらぬほどでしょうな」


「うん……見えなかった」


「それは……自分でしたら誇らしい反面、悔しいですな」


「うん。俺も、そう。まだまだ足りない……足りねぇ」


 弟が真剣な顔で前方の姉を見つめる。神であるイサナに並ぶ、いやそれ以上の姉。

 追い付けるとは思わないが、せめて少しでも近づき両翼の双剣の片翼になれれば……。

 このまま日本迷宮に入っても片翼にはなれない。

 競技迷宮で、市営迷宮で、疲れ果て動けない自分を庇いながら戦う姉の姿が思い出される。確かにあの時より力はついている。夜のおすくにで半強制的に鍛錬をしたが、わざの修得は完全には出来なかった。それでも人間の領域は超えたと神様がおっしゃったのだ。これでいいと思った。充分だと納得させた。

 しかし、姉の進化は止まらない。その一撃は何千年もわざを磨いてきた神にさえ届く。


 また同じ事が起きないよう、もう二度と同じ思いをしないよう、姉と一緒に戦える力を得たい。置いていかれたくはない。自分はいなくても進めると思われたくない。

 天之神がおっしゃった裏迷宮での言葉が頭をよぎる。


『結局、お前の才を見ることは叶わなんだな。たまには全力を出せい』


 “全力”

 天之神だけが知る自分の“全力”

 それを自分でも知らねばならない。


「ピエール」


 弟が呟く。するとすぐ横にその姿を現し、跪いて言葉を待つ男装の麗人。

 浅見隊長は何者だ! と小銃(博士の研究技術を使ったマナ弾を撃てる銃火器)を構える。弟が大丈夫というようにその小銃を手で逸らした。


「俺をもう一度あそこへ連れていってくれ。いや、連れていって下さい」


「その御言葉、お待ちしておりました。今すぐ、でしょうか?」


 頷きで返した弟は浅見隊長に、姉への伝言を頼みその姿をピエールと共に消した。


 四十階層拠点設営地にて浅見隊長から弟の伝言を聞いた姉は、そうですかとだけ言ってにこりと笑った。


『母様、イサナが時々様子見てくるよー!』


「ううん、いいの。一緒に待ちましょう」




 “姉ちゃん。ちょっと俺の翼を探しに行ってくるわ”

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